57 / 64
紫と衝動
43.はらえない雲
しおりを挟む重く哀愁が漂う雰囲気に、吐息さえもその場に留まっていくようだ。
塔での生活、意味を見いだせない、何のためにそこにいるのか、いつ終わりがくるのかわからない日々が脳内を駆け巡っていく。
私はゆっくりと瞼を閉じ、あの頃は縁がなかった、それどころか顔さえ知らなったベアティを視界に捉えた。
「そう、だね。確かに可能性がないとは言えない。でも、私はいなくならないし、ベアティが見失いかけたら何度だって引き戻してあげる」
ベアティが見てくれるように、私の視界にはベアティが映っている。
その姿だけでも、あの頃とは違うことを証明している。
ベアティだけではない。シリルも、双子も、きっと第三王子殿下も。
少しずつ何かが違ってきているのは感じる。
いつもならこの手の私の言葉に顔を輝かせるベアティだが、今回は悲しげに眉を寄せ首を振った。
きゅっと口を引き結び、絞り出すような声で言い募る。
「エレナ様の力はすごい。それでも、絶対ではない。相手は得体が知れない能力を持っている」
「でも、私の力があれば対処できることは証明されている」
いつの間にか私のほうが励ますことになっているが、ベアティの不安に触れることで、伝えることで、私の気持ちがさらに強くなっていくようだ。
――結局、ベアティの不安は私が深く関係しているのよね。
ベアティの情緒は私に左右されるのだと、痛感させられる。
私が揺らぐと、さらにベアティも揺らいでしまう。だから、なおさら迷っていられないと思える。
双子たちの屋敷、大雨で一度離れた後再会したベアティの様子がおかしかった。
尋常ではない震えとなんとか理性を保とうとするかのように必死に縋りつかれ、ベアティの魂が怯え泣いているのを感じた。
本当にうっすらだがベアティとシリルが黒い靄がかかったように見えており、私は双子に気づかれないように軽く聖女スキルを使用した。
すぐにそれらは晴れていったが、あの日から私たちの頭上にはうっすらと雲がかかっているかのようにすっきりしない。
マリアンヌに接触した後、ベアティは気持ちが塞ぎ、支配されていきそうだったと言っていた。
シリルは徐々に気分が悪くなり、どうしようもない不安が増したと言っていた。
これは偶然ではない。
黒い靄で顔が見えなかった理由が、双子の話も含め、マリアンヌにあると私は確信した。
死に戻り前の黒い靄、今回の黒い靄、ベアティを洞窟で見つけた時の黒い靄は、魔法によって精神に関与を受けている状態だったからそう見えるのではないか。
もしかしたらマリアンヌは、回復スキル以外に精神作用系のスキルを持っているのではないか。
そう私たちは疑っている。
「ですが……」
「私たちは確実に皆目を付けられた。相手がどんな手を使ってくるのか、ほかにどのような企みがあるのかわからない。だからこそ、それぞれ助け合ってできることをしていかないと。失ってからでは遅いの」
ベアティ、シリルと関わり、双子の事情までも知った今、もう何もせずにはいられない。
今回は、マリアンヌの取り巻きたちにそれぞれ事情があったことを知った。
彼らの事情が死に戻り前の状況に影響しているのなら、とことん邪魔をすることが最大の防御であり攻撃ではないだろうか。
奪われた前回の分まで、すべてを取り返す。
だから、こんなことで怯んでいるわけにはいかない。
私は、私のことを私以上に心配するベアティを掴んでいる手に力を込めた。
訳もわからず、奪われることのないように。
もうあの意味のわからない苦しみと悲しみは嫌だ。
ベアティにも、理不尽な目に遭ってほしくない。大事なものを失ってほしくない。
「エレナ様……」
その気持ちが伝わったのか、ベアティはうっすらと目に涙を浮かべゆっくりと瞬きをすると、一層熱い眼差しで私を見つめてきた。
「自分の気持に正直に生きていけるよう、大事なものを守りたいだけなの」
何が起こっているのか、これから起こるのか予想がつかない。
だからこそ、少しの不安も取り除き結束していきたい。
「――わかりました。俺も全力を出します」
「ええ。スタレット侯爵家関連は常に警戒していきましょう」
眩しそうに見つめられ、顔を近づけられる。
最近、以前にも増して距離が近い。
あまりにも美しい造形は飽きることなく、ふと気づくと見惚れてしまうほどの完成度だ。
まじまじとつい見つめてしまう。
そこで目を細めたベアティが、鼻を擦りつけるように左右に首を振った。
「ふふっ」
「エレナ様」
艶やかな黒髪が私の頬を撫でていき思わず笑うと、嬉しそうにベアティも笑う。
領地にこもっていたときは決められた人たちとの交流しかなかったので気づかなかったが、過去のトラウマからベアティは他人に触れられることがかなりの苦痛であるようだ。
マリアンヌが無遠慮に触れようとしてきたことで、余計に刺激されてしまったらしい。
まさかここにきてぶり返すというか、副作用的なことが発覚してしまったが、ベアティの過去を考えるとできるだけ彼のすることを否定したくなかった。
普段はクールなベアティが、私の前で見せるこの笑顔を私は守りたい。
じっとベアティを見返すと、睫毛と睫毛が触れるほどさらに近くまで顔を寄せられた。
251
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。
三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。
何度も断罪を回避しようとしたのに!
では、こんな国など出ていきます!
四の五の言わず離婚届にサインをしてくれません?
白雲八鈴
恋愛
アルディーラ公爵夫人であるミレーネは、他の人からみれば羨ましいと思える立場にいた。
王妹の母譲りの美人の顔立ち、公爵夫人として注目を集める立場、そして領地の運営は革命と言えるほど領地に潤いを与えていた。
だが、そんなミレーネの心の中にあるのは『早く離婚したい』だった。
順風満帆と言えるミレーネは何が不満なのか。その原因は何か。何故離婚できないのか。
そこから始まる物語である。
公爵令嬢ルチアが幸せになる二つの方法
ごろごろみかん。
恋愛
公爵令嬢のルチアは、ある日知ってしまう。
婚約者のブライアンには、妻子がいた。彼は、ルチアの侍女に恋をしていたのだ。
ルチアは長年、婚約者に毒を飲ませられていた。近年の魔力低下は、そのせいだったのだ。
(私は、彼の幸せを邪魔する障害物に過ぎなかったのね)
魔力不足に陥った彼女の余命は、あと一年だという。
それを知った彼女は自身の幸せを探すことにした。
弁えすぎた令嬢
ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
元公爵令嬢のコロネ・ワッサンモフは、今は市井の食堂の2階に住む平民暮らしをしている。彼女が父親を亡くしてからの爵位は、叔父(父親の弟)が管理してくれていた。
彼女には亡き父親の決めた婚約者がいたのだが、叔父の娘が彼を好きだと言う。
彼女は思った。
(今の公爵は叔父なのだから、その娘がこの家を継ぐ方が良いのではないか)と。
今後は彼らの世話にならず、一人で生きていくことにしよう。そんな気持ちで家を出たコロネだった。
小説家になろうさん、カクヨムさんにも載せています。
第二王女と次期公爵の仲は冷え切っている
山法師
恋愛
グレイフォアガウス王国の第二王女、シャーロット。
フォーサイス公爵家の次期公爵、セオドア。
二人は婚約者であるけれど、婚約者であるだけだった。
形だけの婚約者。二人の仲は冷め切っているし冷え切っている。
そもそも温度など、最初から存在していない。愛も恋も、友情も親しみも、二人の間には存在しない。
周知の事実のようなそれを、シャーロットもセオドアも否定しない。
お互いにほとんど関わりを持とうとしない、交流しようとしない、シャーロットとセオドアは。
婚約者としての親睦を深める茶会でだけ、顔を合わせる。
親睦を深める茶会だというのに、親睦は全く深まらない。親睦を深めるつもりも深める意味も、二人にはない。
形だけの婚約者との、形だけの親睦を深める茶会。
今日もまた、同じように。
「久しぶりに見る君が、いつにも増して愛らしく見えるし愛おしく思えて、僕は今にも天に召されそうなほどの幸福を味わっている。──?!」
「あたしのほうこそセオ様とお顔を合わせること、夢みたいに思ってるんですからね。大好きなセオ様を独り占めしているみたいに思えるんですよ。はっ?!」
顔を合わせて確認事項を本当に『確認』するだけの茶会が始まるはずが、それどころじゃない事態に陥った。
【完結】虐げられて自己肯定感を失った令嬢は、周囲からの愛を受け取れない
春風由実
恋愛
事情があって伯爵家で長く虐げられてきたオリヴィアは、公爵家に嫁ぐも、同じく虐げられる日々が続くものだと信じていた。
願わくば、公爵家では邪魔にならず、ひっそりと生かして貰えたら。
そんなオリヴィアの小さな願いを、夫となった公爵レオンは容赦なく打ち砕く。
※完結まで毎日1話更新します。最終話は2/15の投稿です。
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています。
私は本当に望まれているのですか?
まるねこ
恋愛
この日は辺境伯家の令嬢ジネット・ベルジエは、親友である公爵令嬢マリーズの招待を受け、久々に領地を離れてお茶会に参加していた。
穏やかな社交の場―になるはずだったその日、突然、会場のど真ん中でジネットは公開プロポーズをされる。
「君の神秘的な美しさに心を奪われた。どうか、私の伴侶に……」
果たしてこの出会いは、運命の始まりなのか、それとも――?
感想欄…やっぱり開けました!
Copyright©︎2025-まるねこ
【完結】恋人にしたい人と結婚したい人とは別だよね?―――激しく同意するので別れましょう
冬馬亮
恋愛
「恋人にしたい人と結婚したい人とは別だよね?」
セシリエの婚約者、イアーゴはそう言った。
少し離れた後ろの席で、婚約者にその台詞を聞かれているとも知らずに。
※たぶん全部で15〜20話くらいの予定です。
さくさく進みます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる