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9月4日 木曜日
第21話 合唱の本質
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「……桐山さんの言うこと、わからなくもないですよ」
いつも通りの淡々としたした調子で言う。
なんてことを言うのだ、と思わないでもなかったけれど、それを言うのはあまりにも勝手だと思い直し、私は開きかけた口を閉じる。
「といっても、完全に同意するわけじゃないです。形だけ整えることが大事なときもありますけど、合唱はそうじゃないと思うというだけで」
そんな中村くんの隣で、塚本くんが息を吸い込んだのが見えた。
「見るに堪えなかった……ってことですよね──でも」
塚本くんはそう言って、桐山会長をまっすぐに見つめる。
「でも、みんなが、全員がそう……ではないと思います」
桐山会長は口を挟まずに続きを待った。
「勝利にこだわる人は確実にいます。でもそこに勝ち負けがあろうとなかろうと、純粋に歌うことを楽しめる人だって、歌うことに向き合える人だってちゃんといると思います。それは多数派ではないのかもしれないですけど……でも、そういう人たちのためにも、僕は合唱祭があってほしいと思います」
塚本くんはそう言い切ると、静かに目を伏せた。
生徒会室に沈黙が下りる。
私も、合唱祭があってほしいと思う。心からそう思う。それでも、去年まではたしかに、私もただ歌っているだけだった。
本番が近づくにつれて、合唱は変わってくる。明らかに完成度が上がってくる。それを、単純に良いことだとは思う。でも合唱の本質はそんなものじゃない。
それに気づいてしまった今、私はどんな言葉で塚本くんを援護すればいいのかわからなかった。
合唱祭とは何か──桐山会長に投げかけられた問いが、また頭の中をぐるぐると回り始める。
そんなとき口を開いたのは、二年生たちの言葉を黙って聞いていた乾だった。
「……コンクール形式に関してはさ、ある意味で仕方ないと思う。みんながみんな、お前みたいな考え方をしてるわけじゃない。たいていのやつが、歌う意味なんかわかんねえだろうし、だからとりあえず入賞を目指すんだよ」
私は驚いて乾を見た。
私だけじゃない、部屋中のみんなが注目しているけれど、彼はかまわずに続ける。
「何のためなのかわからずに、でもただ頑張るっていうのは、もともと合唱が好きなやつ以外無理なんだよ。だからそういう──ある意味特殊なやつ以外のやつらの頑張りは、金賞とか銀賞とかって形で報われないといけない──全校生徒はお前が思ってるよりはるかに未熟なんだ」
乾の言葉に、桐山会長は目を見開いた。が、まるでそれを隠すようにすぐに眉間にしわを寄せる。
それでも、乾の言うことは正しい──私たちはまだまだ未熟なのだ。「これまで十何年もの間生きてきた」なんて偉そうに言ってみたところで、たかが十何年なのだ。これから先、道はずっと続いていく。
「一つ言えるのは」
新垣くんが、眼鏡のブリッジを押し上げながら口を開いた。
「桐山くんがこんな……暴挙に出なければ、僕たちは合唱祭についてこんなふうに考えることもなかっただろう、ということかもしれない。あり方だとか、意義だとか役割だとかね」
そう言った新垣くんに、塚本くんがもの言いたげな顔を向ける。その気持ちは私にもよくわかった──合唱をというものを心から大切に思うゆえであっても、無理矢理中止させたことに賛成はできないのだ。
だから私は意を決して割り込んだ。
「でも私は……私には、合唱祭の意義や役割なんて正直どうでもいい。コンクール形式だろうが何だろうが、合唱を楽しむってだけで、合唱祭には十分な意味があると思う。だって──」
言いながら、なんて非論理的で説得力に欠けるのだろうと思う。そんなのはただの感情論だとか個人の好き嫌いだとか言われても、反論の余地がない。でも私が言いたいのは、この一点だけだった。
「……だって、合唱は一人じゃできないから」
みんなで声を合わせる──なんて陳腐な言い回しだと自分でも思う。でもどんなに時間をかけても、労力をかけても、一人では作り上げられないものは存在するのだ。
「……それが、合唱がそういうものだからこそ、合唱祭は、私たちが合唱に取り組める唯一の機会だったのよ」
みんながそれぞれ何を思っていたかはわからない。でも誰も、何も言わなかった。
私は静かに息をつく。これで、言いたいことは言った。聞きたいことも聞いた。
だったらもう、ここにいる必要も意味もない。私はくるりと向きを変え、入り口のドアへと向かう。
「木崎先輩?」
驚いた塚本くんの声がする。けれど私はかまわずドアを開け、そしてそのまま生徒会室を出た。
いつも通りの淡々としたした調子で言う。
なんてことを言うのだ、と思わないでもなかったけれど、それを言うのはあまりにも勝手だと思い直し、私は開きかけた口を閉じる。
「といっても、完全に同意するわけじゃないです。形だけ整えることが大事なときもありますけど、合唱はそうじゃないと思うというだけで」
そんな中村くんの隣で、塚本くんが息を吸い込んだのが見えた。
「見るに堪えなかった……ってことですよね──でも」
塚本くんはそう言って、桐山会長をまっすぐに見つめる。
「でも、みんなが、全員がそう……ではないと思います」
桐山会長は口を挟まずに続きを待った。
「勝利にこだわる人は確実にいます。でもそこに勝ち負けがあろうとなかろうと、純粋に歌うことを楽しめる人だって、歌うことに向き合える人だってちゃんといると思います。それは多数派ではないのかもしれないですけど……でも、そういう人たちのためにも、僕は合唱祭があってほしいと思います」
塚本くんはそう言い切ると、静かに目を伏せた。
生徒会室に沈黙が下りる。
私も、合唱祭があってほしいと思う。心からそう思う。それでも、去年まではたしかに、私もただ歌っているだけだった。
本番が近づくにつれて、合唱は変わってくる。明らかに完成度が上がってくる。それを、単純に良いことだとは思う。でも合唱の本質はそんなものじゃない。
それに気づいてしまった今、私はどんな言葉で塚本くんを援護すればいいのかわからなかった。
合唱祭とは何か──桐山会長に投げかけられた問いが、また頭の中をぐるぐると回り始める。
そんなとき口を開いたのは、二年生たちの言葉を黙って聞いていた乾だった。
「……コンクール形式に関してはさ、ある意味で仕方ないと思う。みんながみんな、お前みたいな考え方をしてるわけじゃない。たいていのやつが、歌う意味なんかわかんねえだろうし、だからとりあえず入賞を目指すんだよ」
私は驚いて乾を見た。
私だけじゃない、部屋中のみんなが注目しているけれど、彼はかまわずに続ける。
「何のためなのかわからずに、でもただ頑張るっていうのは、もともと合唱が好きなやつ以外無理なんだよ。だからそういう──ある意味特殊なやつ以外のやつらの頑張りは、金賞とか銀賞とかって形で報われないといけない──全校生徒はお前が思ってるよりはるかに未熟なんだ」
乾の言葉に、桐山会長は目を見開いた。が、まるでそれを隠すようにすぐに眉間にしわを寄せる。
それでも、乾の言うことは正しい──私たちはまだまだ未熟なのだ。「これまで十何年もの間生きてきた」なんて偉そうに言ってみたところで、たかが十何年なのだ。これから先、道はずっと続いていく。
「一つ言えるのは」
新垣くんが、眼鏡のブリッジを押し上げながら口を開いた。
「桐山くんがこんな……暴挙に出なければ、僕たちは合唱祭についてこんなふうに考えることもなかっただろう、ということかもしれない。あり方だとか、意義だとか役割だとかね」
そう言った新垣くんに、塚本くんがもの言いたげな顔を向ける。その気持ちは私にもよくわかった──合唱をというものを心から大切に思うゆえであっても、無理矢理中止させたことに賛成はできないのだ。
だから私は意を決して割り込んだ。
「でも私は……私には、合唱祭の意義や役割なんて正直どうでもいい。コンクール形式だろうが何だろうが、合唱を楽しむってだけで、合唱祭には十分な意味があると思う。だって──」
言いながら、なんて非論理的で説得力に欠けるのだろうと思う。そんなのはただの感情論だとか個人の好き嫌いだとか言われても、反論の余地がない。でも私が言いたいのは、この一点だけだった。
「……だって、合唱は一人じゃできないから」
みんなで声を合わせる──なんて陳腐な言い回しだと自分でも思う。でもどんなに時間をかけても、労力をかけても、一人では作り上げられないものは存在するのだ。
「……それが、合唱がそういうものだからこそ、合唱祭は、私たちが合唱に取り組める唯一の機会だったのよ」
みんながそれぞれ何を思っていたかはわからない。でも誰も、何も言わなかった。
私は静かに息をつく。これで、言いたいことは言った。聞きたいことも聞いた。
だったらもう、ここにいる必要も意味もない。私はくるりと向きを変え、入り口のドアへと向かう。
「木崎先輩?」
驚いた塚本くんの声がする。けれど私はかまわずドアを開け、そしてそのまま生徒会室を出た。
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