この歌声が届くまで

蒼村 咲

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9月4日 木曜日

第22話 塚本翔の回想

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 木崎先輩はそのまま行ってしまった。

「追いかけますか……?」

 僕は新垣先輩を振り返る。けれど答えてくれたのは乾先輩だった。

「いや、いいよ。後で呼び出せばいいし。っていうか、呼び出すことになるだろうし。それに」

 乾先輩はそう言って、新垣先輩を振り返る。

「話はまだ終わってない──だろ?」

 そんな乾先輩に、新垣先輩は視線だけでうなずいた。顔は桐山さんに向けたままだ。

「……そうだね。桐山くん──君の話はわかった。でもそれはまた別の話だ」

 桐山さんは黙ったまま続きを待っている。その目はしっかりと新垣先輩をとらえていて、僕は心の中で身震いした。

「君の考えはわかる。でも僕はそれを、合唱祭をなくすのに十分な理由だとは思わない。合唱祭実行委員長として」

 思わずはっと目を見開く。
 もしかしたら新垣先輩は、本当はまだ合唱祭の開催を諦めていないのだろうか。

「……それで」

「『それで』?」

 桐山さんは眉間に軽くしわを寄せて腕を組んだ。

「そろそろ本題に入ろうじゃないか、と言っているんだ。君たちは合唱が中止された理由なんかを確認しに来たんじゃない──そうだろう?」

 僕はこっそり中村と視線を合わせた。
 理由を聞きに来たわけじゃないって、いったいどういうことなのだろう。
 僕は昨日の朝の昇降口での桐山さんとの会話を思い返す。


「おはようございます──桐山さん」

 昇降口で靴を履き替えている桐山さんを見つけ、声をかける。
 すると桐山さんは振り返ってじっと僕を見た。

「おはよう──君は……たしか合唱委員の二年生だね」

 直接の面識はないのだが、一応合唱祭実行委員としては認識されているらしい。
 僕はぺこりと頭を下げ、「塚本翔といいます」と名乗った。

「じゃあ、塚本くん。こんな朝早くから僕に何の用?」

 桐山さんの声音には、苛立ちも威圧感も感じられなかった。少なくとも、不快感をあらわにしない程度には迷惑ではない、ということらしい。
 が、それに引きかえ僕は緊張で息が詰まりそうだった──新垣先輩にも、他の誰にも相談せずにこんな行動に出てしまったのだから。
 でもここまで来てしまった以上、もう引き返すことはできない。

「実行委員会への解散命令を取り下げてもらえませんか」

 意を決して口にする。
 が、桐山さんはただ意外そうに目を瞬くだけだった。
 しばらく間を置いてから、「何のために?」と短く問う。

「合唱祭のためです」

 即答することができた。が、桐山さんはその目を冷たく細めた。

「合唱祭は中止が決まっているんだ。君たちが動くことはもうないはずだと、始業式の日にも言ったはずだ」

 たしかに、そのときのことはよく覚えている。
 でも今は、あのときよりもわかっていることがたくさんあるのだ。

「それなら、解散命令を出したのはなぜですか」

 僕は核心に迫るべくそう訊いた。
 案の定、桐山さんは一瞬動きを止める──が、すぐに何事もなかったかのように靴箱の扉を閉めた。

「……どういう意味かな」

 その声はあくまで落ち着いていた。
 向こうが余裕だからといって、こちらが余裕を失ってはいけない──僕は自分に言い聞かせる。

「合唱祭の中止はもう正式に発表されています。学校側が決めたことである以上、僕たちが何をしようと、そう簡単にひっくり返せるはずなんてないんです」

 実行委員会のミーティングでは、みんなが口にしないよう避けて回っていたことだ。それは見方を変えれば、全員がわかっていたということでもある。
 桐山さんは口を挟まずに、目だけで先を促した。

「なのに桐山さんはわざわざ、解散命令まで出して僕たちを止めようとしました。それはつまり僕たち実行委員がやっていることが、桐山さんにとって何か都合が悪いということなんじゃないかと、僕は考えました」

 桐山さんは、たとえば僕たちが合唱祭の中止を言い出した人物にたどり着くのを阻止したかったのかもしれない。それがなぜなのかはわからないけれど。
 僕の発言が意外だったのか、桐山さんは何か面白いものでも見るような目で僕を見た。

「なるほどね……」

 言いながら、教室棟の方へと足を進める。
 僕はそれを、半歩ほど後ろから追いかけた。

「君はどうやら『考える』タイプらしい」

「え?」

 どういうことだろう。「君は」とは、「考える」とは。
 しばらく行ったところで桐山さんは立ち止まり、こちらに向き直った。

「塚本くん。今度うちに──生徒会室に来るといい」

「生徒会室、ですか……」

 一般生徒には全く縁のない場所だ。どこにあっただろうかと頭の中の校内地図をたどる。

「解散命令の取り下げは約束できないが──それは君たちのリーダー次第だ。それでも君にとっては何か収穫があると思うよ」

 桐山さんはそう言い残して去っていった。

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