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晴臣は12歳の時、天使と出会った。末に生まれた可愛い弟。
その時すでに下に、四歳になる夏輝と五歳になる冬紀という年子の弟がいた。二人とも可愛い……弟ではあった。物静かだがすでに冷静で、大人びた次男。やんちゃでちょっと粗暴な三男。
だが、末っ子の可愛さに比べたら月とスッポン……天地の差。
「あ、あぅ?」
母の腕に抱かれた末っ子は真っ赤なぷにぷにのほっぺたに、小さなむちむちの腕、まだ産毛のつやつやでふわふわの巻き毛。
ミルクの匂いに混じるさわやかな甘い匂い──。
頬をつつけば、こちらを見上げてくる。見つめ返すと、頬をピンクにしてふにゃりと笑い返してきた。
「あ、あ!」
それはまさに天使だった。
早熟で賢かった晴臣でも、あまりの可愛さに背中に羽が生えていないか何度も確認したくらいだ。
そんな末っ子を家族みんなが可愛がった。だが、とりわけ自分が一番かわいがっていたと晴臣は思う。
忙しい父母、通いの家政婦はいるものの、まだ弟たちも幼く手がかかる。末っ子の面倒は「俺がやる」と買って出るほどには溺愛していた。
そんな末っ子はわがままになることもなく、素直で純粋で、実に愛らしく成長した。
末っ子の名前は生まれた季節にちなんで、「亜季」と名付けられた。
兄弟の最後のピースがそろったときだった。
それから何年も経ち、晴臣が二十五歳、末っ子が中学二年生になった年に転機がおとずれた。
亜季の第二性が検査で、「オメガ」だと判明する。
家にたった一人のオメガ──。
末っ子以外は全員が揃いもそろって「アルファ」だった。ベータすらいない、アルファだけの家族にいきなり「オメガ」が紛れ込んでしまった。
家族は混乱状態に陥った。中でも母の混乱は激しいものだった。
その日は第二性の検査結果が判明するとあって、晴臣は一刻も早く家に帰りたかったが、そういう日に限って、仕事が立て込み遅くなっていた。
すでに自分以外の全員が自分より先に亜季の第二性を知っていることが不快でしかたがない。亜季の一番は全部自分のものにしたかった。
晴臣は自分自身でも少しばかり、末っ子に執着している自覚はある。だが、自分が育てたような可愛い末っ子なのだ、仕方がない。
亜季は寝てしまっているだろう……。
晴臣は父から亜季の第二性について話を聞こうと、帰宅したまま足を書斎に向けた。
すると、なんと亜季が父の書斎から歩いて帰ってくるところに遭遇した。
「亜季!?」
前から歩いてくる末っ子は頬を涙で濡らしていた。一体何が……そう思って、今日の第二性の結果がショックだったのだろうかと思い至る。
「どうした?」
声をかけると、自身の人差し指で涙をぬぐい、何もなかったような顔をする。
「晴兄さま……? い、いえ、なんでもないです」
「なんでもないわけあるか! 何かあったのか?」
顔を近くで見ようと駆け寄るが、亜季は体を背けて拒絶の態度を示した。
いつもなら、「あのね、晴兄さま」とむしろ駆け寄って話しかけてくる末っ子の自分を避けるような態度に、晴臣はショックを受けた。
「あ、亜季……」
抱きしめようと差し出した手がやり場のなさに彷徨う。傍らの亜季から香る清潔感のあるやわらかな甘い香りがふわりと鼻腔をくすぐる。
意を決して、差し出した手を亜季の肩にかけ、正面を向かせる。真っ直ぐに見つめると、「大丈夫です。ちょっと……、あ、物悲しい気持ちになっただけ」と言い訳をつく。
わかり切った嘘だ。
「亜季……」
晴臣は自分には相談できないことなのかと、寂しい気持ちになった。父の書斎から戻ってくるということは、父か母に何か言われたのだろうか。
たとえ、第二性が「アルファ」でなかったとしても、大して気にしなさそうな両親が……? と不思議に思った。
もしかしたら、第二性のことではないのかもしれない。
(いじめ? か!?)
こんなに可愛く優秀な末っ子を妬んで誰かがいじめているのかもしれないと考え、晴臣の眉間に皺が寄る。
「本当に、なんでもないよ。晴兄さま、大好き」
そう言って、亜季が晴臣の胸に抱き着いてきた。
自分とは違って、まだ幼く守ってあげなくてはいけない末っ子。
晴臣の胸に甘えるように頬をすりつける。その態度だけで、晴臣の眉間の皺は吹き飛んだ。亜季のことは心配だが、それは後でいくらでも調べようがある。
「何かあるなら、兄さんにでもいいし、両親にでもきちんと相談するんだよ」
そう言って優しく抱きしめ頭を撫でる。
亜季は不安そうな声で「はい……」と答えた。
「部屋まで行くか?」と尋ねるが、亜季は頬をふくらませて「小さな子供じゃないんですよ」と返してきた。
そのふくれっ面だって可愛くて仕方がない。
「おやすみ」
「おやすみなさいませ」
晴臣は亜季の後ろ姿を見送って、父の書斎へと足を進めた。
その時すでに下に、四歳になる夏輝と五歳になる冬紀という年子の弟がいた。二人とも可愛い……弟ではあった。物静かだがすでに冷静で、大人びた次男。やんちゃでちょっと粗暴な三男。
だが、末っ子の可愛さに比べたら月とスッポン……天地の差。
「あ、あぅ?」
母の腕に抱かれた末っ子は真っ赤なぷにぷにのほっぺたに、小さなむちむちの腕、まだ産毛のつやつやでふわふわの巻き毛。
ミルクの匂いに混じるさわやかな甘い匂い──。
頬をつつけば、こちらを見上げてくる。見つめ返すと、頬をピンクにしてふにゃりと笑い返してきた。
「あ、あ!」
それはまさに天使だった。
早熟で賢かった晴臣でも、あまりの可愛さに背中に羽が生えていないか何度も確認したくらいだ。
そんな末っ子を家族みんなが可愛がった。だが、とりわけ自分が一番かわいがっていたと晴臣は思う。
忙しい父母、通いの家政婦はいるものの、まだ弟たちも幼く手がかかる。末っ子の面倒は「俺がやる」と買って出るほどには溺愛していた。
そんな末っ子はわがままになることもなく、素直で純粋で、実に愛らしく成長した。
末っ子の名前は生まれた季節にちなんで、「亜季」と名付けられた。
兄弟の最後のピースがそろったときだった。
それから何年も経ち、晴臣が二十五歳、末っ子が中学二年生になった年に転機がおとずれた。
亜季の第二性が検査で、「オメガ」だと判明する。
家にたった一人のオメガ──。
末っ子以外は全員が揃いもそろって「アルファ」だった。ベータすらいない、アルファだけの家族にいきなり「オメガ」が紛れ込んでしまった。
家族は混乱状態に陥った。中でも母の混乱は激しいものだった。
その日は第二性の検査結果が判明するとあって、晴臣は一刻も早く家に帰りたかったが、そういう日に限って、仕事が立て込み遅くなっていた。
すでに自分以外の全員が自分より先に亜季の第二性を知っていることが不快でしかたがない。亜季の一番は全部自分のものにしたかった。
晴臣は自分自身でも少しばかり、末っ子に執着している自覚はある。だが、自分が育てたような可愛い末っ子なのだ、仕方がない。
亜季は寝てしまっているだろう……。
晴臣は父から亜季の第二性について話を聞こうと、帰宅したまま足を書斎に向けた。
すると、なんと亜季が父の書斎から歩いて帰ってくるところに遭遇した。
「亜季!?」
前から歩いてくる末っ子は頬を涙で濡らしていた。一体何が……そう思って、今日の第二性の結果がショックだったのだろうかと思い至る。
「どうした?」
声をかけると、自身の人差し指で涙をぬぐい、何もなかったような顔をする。
「晴兄さま……? い、いえ、なんでもないです」
「なんでもないわけあるか! 何かあったのか?」
顔を近くで見ようと駆け寄るが、亜季は体を背けて拒絶の態度を示した。
いつもなら、「あのね、晴兄さま」とむしろ駆け寄って話しかけてくる末っ子の自分を避けるような態度に、晴臣はショックを受けた。
「あ、亜季……」
抱きしめようと差し出した手がやり場のなさに彷徨う。傍らの亜季から香る清潔感のあるやわらかな甘い香りがふわりと鼻腔をくすぐる。
意を決して、差し出した手を亜季の肩にかけ、正面を向かせる。真っ直ぐに見つめると、「大丈夫です。ちょっと……、あ、物悲しい気持ちになっただけ」と言い訳をつく。
わかり切った嘘だ。
「亜季……」
晴臣は自分には相談できないことなのかと、寂しい気持ちになった。父の書斎から戻ってくるということは、父か母に何か言われたのだろうか。
たとえ、第二性が「アルファ」でなかったとしても、大して気にしなさそうな両親が……? と不思議に思った。
もしかしたら、第二性のことではないのかもしれない。
(いじめ? か!?)
こんなに可愛く優秀な末っ子を妬んで誰かがいじめているのかもしれないと考え、晴臣の眉間に皺が寄る。
「本当に、なんでもないよ。晴兄さま、大好き」
そう言って、亜季が晴臣の胸に抱き着いてきた。
自分とは違って、まだ幼く守ってあげなくてはいけない末っ子。
晴臣の胸に甘えるように頬をすりつける。その態度だけで、晴臣の眉間の皺は吹き飛んだ。亜季のことは心配だが、それは後でいくらでも調べようがある。
「何かあるなら、兄さんにでもいいし、両親にでもきちんと相談するんだよ」
そう言って優しく抱きしめ頭を撫でる。
亜季は不安そうな声で「はい……」と答えた。
「部屋まで行くか?」と尋ねるが、亜季は頬をふくらませて「小さな子供じゃないんですよ」と返してきた。
そのふくれっ面だって可愛くて仕方がない。
「おやすみ」
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晴臣は亜季の後ろ姿を見送って、父の書斎へと足を進めた。
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