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その日は朝から亜季の体調がすぐれなかった。
微熱がでているという。
だが、晴臣は溜まっている仕事を片付けに行かなくてはならなかった。
「なるべく早く帰るよ」と薬を飲んだ後、ひと眠りしている亜季の頭を起こさないように軽く撫でて、部屋を出る。
今日は冬紀も夏樹も学校がある。古くから勤めてくれている家政婦に「頼みます」と伝えて仕事へと向かった。
疲れて仕事から帰り、玄関の扉を開けると……、部屋の中はオメガの甘いフェロモンに満ちていた。
(亜季!)
なんてことだ。朝から微熱があるといっていた末っ子オメガに発情期が来たのだ。
(まずい……)
自分もオメガのフェロモンに当てられそうになるのを、必死で耐えて鞄の中からアルファ用の抑制剤の注射器を取り出す。
太ももに突き立て、逸る気持ちを落ち着かせる。
即座に抑制剤の効果はあらわれたが、亜季の……オメガの甘いフェロモンを十分に遮断することは出来ていない。
残りの薬はあと三本。一度に使用可能な本数もあと一本しかない。
「晴臣さま!」
悲鳴のような叫びで家政婦が晴臣を呼ぶ。
「なに、が!?」
「いけません、晴臣さまも……!」
晴臣は最後まで聞かずに慌てて亜季の部屋に走った。
これほど家が広いことを呪ったことはない。普段なら広大で優雅なこの家が大好きだが、亜季の部屋までの道のりが永遠のように感じる。
甘い香りの源にやっとの思いでたどり着いて、扉を開く──。
すると、普段から仲の良い三兄弟達の変わり果てた姿がそこにあった。
目の前のひどく惨憺たる光景に目を覆いたくなる。
部屋の中にいつもの亜季の石鹸のような清潔感のある香りの中に麝香のような官能的で甘い匂いが充満していた。
(あぁ……いい……匂いだ)
長兄はなけなしの理性で末っ子オメガから弟たちを引き離す。
アルファの発情に陥って暴れる弟たち──。
末っ子オメガを別の部屋に連れ出し冬紀と夏輝の太ももに抑制剤を突き刺す。
弟二人を亜季の部屋に放置して、亜季のもとへと戻った。
別室に入った晴臣は、いまだ「足りない、足りない」と焦点の合わない目を彷徨わせ、自分自身で穴を慰める末っ子オメガを見つけた。
天使のようだった末っ子が天使の容姿で小悪魔のような妖艶さを纏って身を捩る。
その時、長兄は自分の理性が吹き飛ぶほどの衝撃を受ける。
亜季から普段香る石鹸のようなクリーンでパウダリーな香りの中に、色香を含んだ深みのある独特な甘い甘い匂い。
こんなに甘く心地よい匂いは嗅いだことがない──。
「あれは俺のオメガだ。運命の番だ」
晴臣は本能から出た言葉を口走った。
発情のフェロモンにあてられただけではない。本来ならあてられるはずがなかった。
かなり強めの抑制剤を打っていたのだから。
実際、持っていた即効性の抑制剤を打った弟二人は打った瞬間、効果が目に見えるほどだった。
だが、その抑制剤をも凌駕する甘く濃いオメガの匂い。
(俺の番にしたい……)
頭の中に強くなる本能の声を理性がかろうじて踏みとどまらせている。
うなじを噛みたくなる衝動を堪えて、限界を迎える前に末っ子オメガを病院に運んだ。
病院での付き添いは認められなかった。
その理由は簡単だ。晴臣がアルファだから──。
それだけではない。家族の誰一人面会はできなかった。
ベータの家政婦に後を任せて、晴臣は帰宅の途につく。
すでに両親も帰宅しており、状況は家政婦と当事者兄弟から聞いていたようだった。
晴臣は帰宅早々に父の書斎を訪れ、「亜季は自分の『運命の番』です」と告げた。
「なんですって?」
「間違いないのか?」
母と父とどちらからも聞き返されるが、「運命の番」を間違えるはずがない。
「そんな……」
だが、本当は晴臣自身も信じられなかった。兄弟で運命の番になることなんてありえるのか──。
「ありえない……」
「ならばどうして!?」
兄弟で「運命の番」になることがありえないのなら、この晴臣の衝動はなんだというのか。
答えは何のことはない。
晴臣は、両親の本当の息子ではなかった。
晴臣も知らないことだった。
生まれてからこれまでの二十数年間、晴臣はこの家の実子だと、養子だったなどとは疑ったこともなかった。
微熱がでているという。
だが、晴臣は溜まっている仕事を片付けに行かなくてはならなかった。
「なるべく早く帰るよ」と薬を飲んだ後、ひと眠りしている亜季の頭を起こさないように軽く撫でて、部屋を出る。
今日は冬紀も夏樹も学校がある。古くから勤めてくれている家政婦に「頼みます」と伝えて仕事へと向かった。
疲れて仕事から帰り、玄関の扉を開けると……、部屋の中はオメガの甘いフェロモンに満ちていた。
(亜季!)
なんてことだ。朝から微熱があるといっていた末っ子オメガに発情期が来たのだ。
(まずい……)
自分もオメガのフェロモンに当てられそうになるのを、必死で耐えて鞄の中からアルファ用の抑制剤の注射器を取り出す。
太ももに突き立て、逸る気持ちを落ち着かせる。
即座に抑制剤の効果はあらわれたが、亜季の……オメガの甘いフェロモンを十分に遮断することは出来ていない。
残りの薬はあと三本。一度に使用可能な本数もあと一本しかない。
「晴臣さま!」
悲鳴のような叫びで家政婦が晴臣を呼ぶ。
「なに、が!?」
「いけません、晴臣さまも……!」
晴臣は最後まで聞かずに慌てて亜季の部屋に走った。
これほど家が広いことを呪ったことはない。普段なら広大で優雅なこの家が大好きだが、亜季の部屋までの道のりが永遠のように感じる。
甘い香りの源にやっとの思いでたどり着いて、扉を開く──。
すると、普段から仲の良い三兄弟達の変わり果てた姿がそこにあった。
目の前のひどく惨憺たる光景に目を覆いたくなる。
部屋の中にいつもの亜季の石鹸のような清潔感のある香りの中に麝香のような官能的で甘い匂いが充満していた。
(あぁ……いい……匂いだ)
長兄はなけなしの理性で末っ子オメガから弟たちを引き離す。
アルファの発情に陥って暴れる弟たち──。
末っ子オメガを別の部屋に連れ出し冬紀と夏輝の太ももに抑制剤を突き刺す。
弟二人を亜季の部屋に放置して、亜季のもとへと戻った。
別室に入った晴臣は、いまだ「足りない、足りない」と焦点の合わない目を彷徨わせ、自分自身で穴を慰める末っ子オメガを見つけた。
天使のようだった末っ子が天使の容姿で小悪魔のような妖艶さを纏って身を捩る。
その時、長兄は自分の理性が吹き飛ぶほどの衝撃を受ける。
亜季から普段香る石鹸のようなクリーンでパウダリーな香りの中に、色香を含んだ深みのある独特な甘い甘い匂い。
こんなに甘く心地よい匂いは嗅いだことがない──。
「あれは俺のオメガだ。運命の番だ」
晴臣は本能から出た言葉を口走った。
発情のフェロモンにあてられただけではない。本来ならあてられるはずがなかった。
かなり強めの抑制剤を打っていたのだから。
実際、持っていた即効性の抑制剤を打った弟二人は打った瞬間、効果が目に見えるほどだった。
だが、その抑制剤をも凌駕する甘く濃いオメガの匂い。
(俺の番にしたい……)
頭の中に強くなる本能の声を理性がかろうじて踏みとどまらせている。
うなじを噛みたくなる衝動を堪えて、限界を迎える前に末っ子オメガを病院に運んだ。
病院での付き添いは認められなかった。
その理由は簡単だ。晴臣がアルファだから──。
それだけではない。家族の誰一人面会はできなかった。
ベータの家政婦に後を任せて、晴臣は帰宅の途につく。
すでに両親も帰宅しており、状況は家政婦と当事者兄弟から聞いていたようだった。
晴臣は帰宅早々に父の書斎を訪れ、「亜季は自分の『運命の番』です」と告げた。
「なんですって?」
「間違いないのか?」
母と父とどちらからも聞き返されるが、「運命の番」を間違えるはずがない。
「そんな……」
だが、本当は晴臣自身も信じられなかった。兄弟で運命の番になることなんてありえるのか──。
「ありえない……」
「ならばどうして!?」
兄弟で「運命の番」になることがありえないのなら、この晴臣の衝動はなんだというのか。
答えは何のことはない。
晴臣は、両親の本当の息子ではなかった。
晴臣も知らないことだった。
生まれてからこれまでの二十数年間、晴臣はこの家の実子だと、養子だったなどとは疑ったこともなかった。
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