【完結】末っ子オメガ

鉾田 ほこ

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 晴臣も知らないことだった。
 生まれてからこれまでの二十数年間、晴臣はこの家の実子だと、養子だったなどとは疑ったこともなかった。

 名家に生まれながら、男と駆け落ちしたオメガの女──。
 晴臣は母に妹がいたことも知らなかった。
「話さないつもりだったけど、全部話すことにするわ。晴臣、貴方は私たちの子供ではないのよ。本当の……産みの母親は私の妹」
 女はオメガだというだけで、家で冷遇されていた。そこに優しい言葉をかけて近づいてきた男。男はアルファではあったが、夜の街をうろつくような破落戸ごろつきだった。
「母は……妹がオメガだとわかったときから、彼女が家にいないようにふるまった。ろくな食事も与えない。『オメガに学は必要ない』といって、学校にもまともに通わせなかった……」
「そんな……」
「それでも、私には可愛い妹だった。知っていると思うけど、父も母も、親戚ももちろんアルファばかり。私だってアルファだった。母はオメガを人だと思っていないような人だった……。妹をそれまで暮らしていた部屋から離れにある倉庫のような部屋に追い出して、軟禁状態にしたのよ。やがて精神的に不安定になって、病院に通うようになった」
 その病院にも付き添うものは誰もいなかった。
 母は付き添える時は付き添ったが、そう頻繁に会社を休むわけにもいかなかった。
 そんな一人の通院の際の外出の時に出会った。
「妹は本当にきれいな子だった。
 オメガらしい小柄な体型、自然に波打つ艶やかで豊かな黒髪、白磁のように滑らかな白い肌──。
「歩くだけで人が振り返るような子だった……」
 そんな花にたかる虫の一人だった男。
「最初は見た目で近づいたんでしょうよ。そのうち実家が金持ちだと知られたのね。その男もアルファらしく、狡賢くて見た目のいいやつだった」
 妹の愚痴に優しい言葉をかけ、時に寄り添った。妹はどんどんその男にはまっていった。
「ある日、突然『彼氏ができた。アルファなのよ』って言われて。私は頭から反対した。私を信じて話してくれたのに……」
 晴臣は黙って聞いていた。というより、言葉を挟めなかった。
「そのうち母に知られて、軟禁が監禁になったわ。自由に外にでることもできなくなった。でも、病院に行くふりをして、その男といなくなった」
 妹が十八歳、母が二十六歳になった年のことだった。
 しばらく音沙汰がなかった。
 だが、駆け落ちしたものの、クズな男の目的は女の実家の金だった──。
 実家を捨てて家を出た女には価値はなかった。

 女は捨てられたものの、すでに妊娠していた。
「妊娠した時に連絡でも、戻ってきてくれでもしていれば……」
 妹は身重な身体で放浪し、行政に保護されることになるのだが、子供を産むと同時に亡くなった。
 亡くなる前……晴臣を出産する直前に、妹は母に手紙を残していた。
「その手紙を頼りに妹を探しにいったの……、でも、妹の代わりに貴方を見つけた」
 母はそんな妹から晴臣を引き取り、長兄として実の息子同様に育てた。
「こんなことが起きなければ、このことを伝えるつもりもなかった」
 母は自分の母親と同じようにはなりたくなかった。
 オメガだからといって自由を縛ったり、家の中だけで生活をさせたりするなんてそんなことはしたくない。そう思って、亜季がオメガだとわかるより前と同じように生活をさせていた。だが、それは間違いだった。
「アルファとオメガを一緒に育てるということを理解していなかった」
 母はそう言って、自分の両手に顔を埋める。泣いているような声だった。
 薄暗い書斎に父と母と自分。晴臣は亜季の第二性の結果が出た日の夜を思い出す。
(あの日と同じ……)
 母の嘆きの正体が晴臣にはわかった気がした。
「一緒には育てられない」
「そんな!」
 晴臣は声を荒げた。確かにこんなことは二度と起こってほしくない、いや、起こってはならない。だからといって、一緒に育てられないは極端ではないか──。
「検査の結果、亜季は抑制剤が効きづらい体質だそうだ」
 なんということだろう。
 そうでなくとも、運命の番のフェロモンは強烈だ。それなのに抑制が効きにくいとなると……。
「私が家を出ればいいのでは」
「冬紀と夏輝にだって、影響があるの……」
「確かにそうですが」
「晴臣。さっき亜季と君が『運命の番だ』と言っていたね」
「はい」
「どうしたい?」
「それは! 許されるなら『番』になりたいです」
 それが難しいことはわかっている。運命の番であろうと、現行法では兄弟での婚姻も番を結ぶことも許されない。
「ならば、うちの戸籍から出なくてはいけない」
 晴臣はそれだけで許されるなら、それで構わなかった。末っ子オメガは自分の運命なのだ。
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