私生児聖女は二束三文で売られた敵国で幸せになります!

近藤アリス

文字の大きさ
4 / 42

悪魔の領主

しおりを挟む
【出迎えありがとう】

 コルネリアは紙にそう書いて、使用人の先頭にある執事長、マルコに渡す。白い髭の似合うダンディな執事だ。

「旦那様は本日帰宅が遅くなってしまうようで、おそらく今日中には帰られると思うのですが」

 マルコは自身の白髭を触りながら、申し訳なさそうにそう言う。

「けして、奥様を軽んじているわけではありません。どうしても外せない用事でして」

 ヴァルターの代わりに必死で弁明するマルコに、コルネリアがくすりと笑う。

 大丈夫ですよ、と言う意味を込めて、コルネリアが微笑みながら頷いてみせる。

「旦那様はおりませんが、心から歓迎させていただきます」

 マルコがそう言って頭を下げると、後ろにいる使用人たち全員が「歓迎いたします」と言いながら、頭を下げた。

 コルネリアが頷いて返事をすると、マルコが屋敷の中にコルネリアを誘導する。

「長旅でお疲れでしょう。少しお部屋でお休みください。旦那様はおりませんが、料理長渾身の料理を用意しますので、楽しみにしてください」

 マルコはそう言うと、カリンに一言声をかけて、その場から立ち去った。

「料理長の料理は本当に美味しいんですよ!さあ、奥様。ひとまずお部屋にご案内しますね」

 カリンがそう声をかけ、コルネリアを連れて屋敷内を歩く。すれ違う使用人はみんな笑顔で、コルネリアを歓迎していることが分かる。

 玄関から少し歩くと、二つの部屋がある。カリンは右にある方の部屋を開けた。

「こちらが奥様の部屋になります」

 わあ、と声は出ないけれど、コルネリアの口から感嘆の空気が漏れた。日当たりの良いその部屋は、可愛らしい調度品が揃っていた。

「あちらの奥の扉は、ご夫婦の寝室へとつながっています」

 角にあった部屋は夫婦の寝室のようだった。思わずぎょっとしたように、コルネリアはカリンを見る。

(―― 確かに夫婦だから寝室一緒でもおかしくないけれど、いきなり同じなの?!)

「まぁ。奥様。照れていらっしゃるのね」

 儚げな見た目補正か、カリンの目には恥じらっているように映ったようだ。

 寝室問題については考えないようにしよう、とコルネリアは扉から目を逸らし、可愛らしい調度品やカーテンの方を見つめた。











(――本当に帰ってこなかったわね)

 ぱんぱんに膨らんだお腹を、寝巻きの上からそっと撫でるコルネリア。

 コルネリアの好みが分からないから、という理由で夜ご飯には、沢山の料理がテーブル目一杯に並んでいた。

 普段はスープとパンばかりを食べているコルネリアなので、もちろん美味しそうなご飯に大喜びで食べ進めた。が、限度がある。

 限界まで食べた結果、現在ベッドの上でパンパンのお腹を満足げに撫でているわけだ。

(――それにしても。すごい歓迎っぷりだわ。なぜかしら?)

 屋敷で出会った人たちを思い出し、胸がじんわりと熱くなる。ここでならやっていけそうかも、コルネリアがそう思っていると、寝室のドアがそっと開いた。

「す、すまない!」

 ドアを開けて現れたのは、大柄の筋肉質な男性だった。さらりとした短髪に、端正な顔立ちをしている男性は、一言謝るとバタン!とドアを閉める。

(――もしかして、ヴァルター様?)

 コルネリアは身体を起こし、ベッドの上に座って扉を見つめる。

 少しの間が空いて、再びそおっと扉が開いた。

「入っても良いだろうか?」

 大きな身体で申し訳なさそうに言うヴァルターに、コルネリアは少し面白い気持ちになる。

(――ご自分の寝室なのに気づかってくれてるのね)

 笑顔でコルネリアが頷くと、怯えさせないようになのか。ゆっくりとヴァルターが部屋に入る。

 よく見れば赤髪はしっとりと濡れ、湯浴みをしてから寝室にきたことが分かる。ヴァルターはコルネリアの隣に腰を下ろす。

 じっとコルネリアが見つめると、ヴァルターは顔を真っ赤にして話し出す。

「今は何もしないから安心してくれ。同じベッドで寝ないと、不仲説が流れたら困るからな」

(――これが私の旦那様?何てかっこよくて可愛らしいんだろう!)

 長らく戦争をしていないブーテェ法国では、筋肉の少なくすらっとした中性的な男性が、かっこいいともてはやされていた。

 しかし、貴族に悪いイメージのあるコルネリアは、筋肉質な男らしい男性の方がタイプなのだ。そして、ヴァルターはそんなコルネリアのタイプど真ん中だった。

「心配か?」

 はっとコルネリアは我にかえると、サイドテーブルの上にある紙とペンを手に取る。

【承知しました。私はコルネリア・エヴァルトと申します。末長くよろしくお願いしますね、旦那様】

「あ、俺はヴァルター・メラースだ。こちらこそ、よろしく頼む」

 にこっと笑顔で言うコルネリアに、ヴァルターも口の端を少し持ち上げて笑った。

(――よし。挨拶は済んだし、手も出さないって言ってくれてるし。今日は疲れたからもう寝よっと!)

 コルネリアはさっと布団の中に潜り込み、すぐにすうすうと寝息を立てて寝始めた。

 まさかそんなにすぐ寝ると思っていなかったヴァルターは、呆然としたようにコルネリアの寝顔を見る。

「そうか。聖女だから、男女関係について詳しくないのか」

 初対面の男性の前ですぐ寝てしまった無防備さを、無知からくる警戒心の無さと判断したヴァルターは一人頷いている。

 実際コルネリア自身は、恋愛経験はないものの、周りから聞いているのでもちろん男女の営みについても知識はばっちりだ。眠れているのも、ただ図太いだけ。

 そんなことも知らないヴァルターは、コルネリアを起こさないようにそっとベッドの端に横になる。

「眠れるだろうか…」

 ヴァルターは真っ赤な顔でそう言うと、すやすや眠るコルネリアの横で目を閉じた。
しおりを挟む
感想 29

あなたにおすすめの小説

【完結】 私を忌み嫌って義妹を贔屓したいのなら、家を出て行くのでお好きにしてください

ゆうき
恋愛
苦しむ民を救う使命を持つ、国のお抱えの聖女でありながら、悪魔の子と呼ばれて忌み嫌われている者が持つ、赤い目を持っているせいで、民に恐れられ、陰口を叩かれ、家族には忌み嫌われて劣悪な環境に置かれている少女、サーシャはある日、義妹が屋敷にやってきたことをきっかけに、聖女の座と婚約者を義妹に奪われてしまった。 義父は義妹を贔屓し、なにを言っても聞き入れてもらえない。これでは聖女としての使命も、幼い頃にとある男の子と交わした誓いも果たせない……そう思ったサーシャは、誰にも言わずに外の世界に飛び出した。 外の世界に出てから間もなく、サーシャも知っている、とある家からの捜索願が出されていたことを知ったサーシャは、急いでその家に向かうと、その家のご子息様に迎えられた。 彼とは何度か社交界で顔を合わせていたが、なぜかサーシャにだけは冷たかった。なのに、出会うなりサーシャのことを抱きしめて、衝撃の一言を口にする。 「おお、サーシャ! 我が愛しの人よ!」 ――これは一人の少女が、溺愛されながらも、聖女の使命と大切な人との誓いを果たすために奮闘しながら、愛を育む物語。 ⭐︎小説家になろう様にも投稿されています⭐︎

偽聖女と蔑まれた私、冷酷と噂の氷の公爵様に「見つけ出した、私の運命」と囚われました 〜荒れ果てた領地を力で満たしたら、とろけるほど溺愛されて

放浪人
恋愛
「君は偽物の聖女だ」——その一言で、私、リリアーナの人生は転落した。 持っていたのは「植物を少しだけ元気にする」という地味な力。華やかな治癒魔法を使う本物の聖女イザベラ様の登場で、私は偽物として王都から追放されることになった。 行き場もなく絶望する私の前に現れたのは、「氷の公爵」と人々から恐れられるアレクシス様。 冷たく美しい彼は、なぜか私を自身の領地へ連れて行くと言う。 たどり着いたのは、呪われていると噂されるほど荒れ果てた土地。 でも、私は諦めなかった。私にできる、たった一つの力で、この地を緑で満たしてみせる。 ひたむきに頑張るうち、氷のように冷たかったはずのアレクシス様が、少しずつ私にだけ優しさを見せてくれるように。 「リリアーナ、君は私のものだ」 ——彼の瞳に宿る熱い独占欲に気づいた時、私たちの運命は大きく動き出す。

幸せじゃないのは聖女が祈りを怠けたせい? でしたら、本当に怠けてみますね

柚木ゆず
恋愛
『最近俺達に不幸が多いのは、お前が祈りを怠けているからだ』  王太子レオンとその家族によって理不尽に疑われ、沢山の暴言を吐かれた上で監視をつけられてしまった聖女エリーナ。そんなエリーナとレオン達の人生は、この出来事を切っ掛けに一変することになるのでした――

私を溺愛している婚約者を聖女(妹)が奪おうとしてくるのですが、何をしても無駄だと思います

***あかしえ
恋愛
薄幸の美少年エルウィンに一目惚れした強気な伯爵令嬢ルイーゼは、性悪な婚約者(仮)に秒で正義の鉄槌を振り下ろし、見事、彼の婚約者に収まった。 しかし彼には運命の恋人――『番い』が存在した。しかも一年前にできたルイーゼの美しい義理の妹。 彼女は家族を世界を味方に付けて、純粋な恋心を盾にルイーゼから婚約者を奪おうとする。 ※タイトル変更しました  小説家になろうでも掲載してます

ボロボロになるまで働いたのに見た目が不快だと追放された聖女は隣国の皇子に溺愛される。……ちょっと待って、皇子が三つ子だなんて聞いてません!

沙寺絃
恋愛
ルイン王国の神殿で働く聖女アリーシャは、早朝から深夜まで一人で激務をこなしていた。 それなのに聖女の力を理解しない王太子コリンから理不尽に追放を言い渡されてしまう。 失意のアリーシャを迎えに来たのは、隣国アストラ帝国からの使者だった。 アリーシャはポーション作りの才能を買われ、アストラ帝国に招かれて病に臥せった皇帝を助ける。 帝国の皇子は感謝して、アリーシャに深い愛情と敬意を示すようになる。 そして帝国の皇子は十年前にアリーシャと出会った事のある初恋の男の子だった。 再会に胸を弾ませるアリーシャ。しかし、衝撃の事実が発覚する。 なんと、皇子は三つ子だった! アリーシャの幼馴染の男の子も、三人の皇子が入れ替わって接していたと判明。 しかも病から復活した皇帝は、アリーシャを皇子の妃に迎えると言い出す。アリーシャと結婚した皇子に、次の皇帝の座を譲ると宣言した。 アリーシャは個性的な三つ子の皇子に愛されながら、誰と結婚するか決める事になってしまう。 一方、アリーシャを追放したルイン王国では暗雲が立ち込め始めていた……。

家族から冷遇されていた過去を持つ家政ギルドの令嬢は、旦那様に人のぬくもりを教えたい~自分に自信のない旦那様は、とても素敵な男性でした~

チカフジ ユキ
恋愛
叔父から使用人のように扱われ、冷遇されていた子爵令嬢シルヴィアは、十五歳の頃家政ギルドのギルド長オリヴィアに助けられる。 そして家政ギルドで様々な事を教えてもらい、二年半で大きく成長した。 ある日、オリヴィアから破格の料金が提示してある依頼書を渡される。 なにやら裏がありそうな値段設定だったが、半年後の成人を迎えるまでにできるだけお金をためたかったシルヴィアは、その依頼を受けることに。 やってきた屋敷は気持ちが憂鬱になるような雰囲気の、古い建物。 シルヴィアが扉をノックすると、出てきたのは長い前髪で目が隠れた、横にも縦にも大きい貴族男性。 彼は肩や背を丸め全身で自分に自信が無いと語っている、引きこもり男性だった。 その姿をみて、自信がなくいつ叱られるかビクビクしていた過去を思い出したシルヴィアは、自分自身と重ねてしまった。 家政ギルドのギルド員として、余計なことは詮索しない、そう思っても気になってしまう。 そんなある日、ある人物から叱責され、酷く傷ついていた雇い主の旦那様に、シルヴィアは言った。 わたしはあなたの側にいます、と。 このお話はお互いの強さや弱さを知りながら、ちょっとずつ立ち直っていく旦那様と、シルヴィアの恋の話。 *** *** ※この話には第五章に少しだけ「ざまぁ」展開が入りますが、味付け程度です。 ※設定などいろいろとご都合主義です。 ※小説家になろう様にも掲載しています。

【完】聖女じゃないと言われたので、大好きな人と一緒に旅に出ます!

えとう蜜夏
恋愛
 ミレニア王国にある名もなき村の貧しい少女のミリアは酒浸りの両親の代わりに家族や妹の世話を懸命にしていたが、その妹や周囲の子ども達からは蔑まれていた。  ミリアが八歳になり聖女の素質があるかどうかの儀式を受けると聖女見習いに選ばれた。娼館へ売り払おうとする母親から逃れマルクト神殿で聖女見習いとして修業することになり、更に聖女見習いから聖女候補者として王都の大神殿へと推薦された。しかし、王都の大神殿の聖女候補者は貴族令嬢ばかりで、平民のミリアは虐げられることに。  その頃、大神殿へ行商人見習いとしてやってきたテオと知り合い、見習いの新人同士励まし合い仲良くなっていく。  十五歳になるとミリアは次期聖女に選ばれヘンリー王太子と婚約することになった。しかし、ヘンリー王太子は平民のミリアを気に入らず婚約破棄をする機会を伺っていた。  そして、十八歳を迎えたミリアは王太子に婚約破棄と国外追放の命を受けて、全ての柵から解放される。 「これで私は自由だ。今度こそゆっくり眠って美味しいもの食べよう」  テオとずっと一緒にいろんな国に行ってみたいね。  21.11.7~8、ホットランキング・小説・恋愛部門で一位となりました! 皆様のおかげです。ありがとうございました。  ※「小説家になろう」さまにも掲載しております。  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

見るに堪えない顔の存在しない王女として、家族に疎まれ続けていたのに私の幸せを願ってくれる人のおかげで、私は安心して笑顔になれます

珠宮さくら
恋愛
ローザンネ国の島国で生まれたアンネリース・ランメルス。彼女には、双子の片割れがいた。何もかも与えてもらえている片割れと何も与えられることのないアンネリース。 そんなアンネリースを育ててくれた乳母とその娘のおかげでローザンネ国で生きることができた。そうでなければ、彼女はとっくに死んでいた。 そんな時に別の国の王太子の婚約者として留学することになったのだが、その条件は仮面を付けた者だった。 ローザンネ国で仮面を付けた者は、見るに堪えない顔をしている証だが、他所の国では真逆に捉えられていた。

処理中です...