これは報われない恋だ。

朝陽天満

文字の大きさ
101 / 744
連載

187、『石の宴に獣は咆える』

しおりを挟む
「何かお探し物ですか? 身分証を見せてくだされば、ご案内できますが」



 横から声を掛けられて我に返った俺は、慌てて通行証をその人に見せた。



「探し物というか、なんというか」



 その通行証を見たその人は、驚いたような顔をした後、わかりましたと頷いた。

 何がわかったのかがさっぱりわからなかった俺は、その人の後ろをヴィデロさんと一緒について行くことしかできなかった。

 螺旋階段を上部まで上がり切り、細い橋を渡り、壁に隙間なく置かれた本棚の前を歩き、そして着いたのは、ひとつの質素な扉だった。ここです、と言われるまで気付きもしなかった扉は、何らかの力で一般人の気に止まらないよう隠蔽が施されているようだった。

 そっとドアを開けて、中へどうぞと案内される。



「すみませんが、お連れの方は入室することが出来ません」



 ヴィデロさんはドアの前で止められてしまった。

 ざっと見たこじんまりとした部屋のほぼすべてが古代魔道語の本だったから、本当に極秘中の極秘なのかもしれない。

 でもヴィデロさんが入れないなんていうのは想定してなかったよ。

 俺が戸惑っていると、ヴィデロさんはすんなりと「わかりました」と答えていた。



「マックはこの機会を逃すべきじゃない。俺も久しぶりにゆっくりここらへんで読書でもしているから、俺のことは気にするなよ」



 そう言って笑顔で手を振るヴィデロさんに後ろ髪をひかれながら俺はその部屋に入った。

 音もなく扉が閉まり、しまった瞬間ふわっと扉が光る。やっぱり何かが掛かってるんだな。さすが王宮。手が込んでる。

 気を取り直して周りを眺める。下の様子を見て来たせいか、かなり本の量が少なく感じる。でも、流石に王宮の秘蔵書庫。全ての背表紙が古代魔道語。これを読める人って王宮で一体何人くらいいるんだろう。古代魔道語を覚えてなかったらせっかくのこういうチャンスを逃すところだった。クラッシュありがとう。

 ヴィデロさんを待たせるのもアレだし、と俺は早速一冊目を手に取った。



 背表紙からレシピが書かれていると思われる本を片っ端から選んで机に積み上げ、そこから一気に読み上げる。

 積み上げた本を読み終えるころには古代魔道語と速読のレベルが2も上がっていた。

 レシピは大半は覚えている物だったけれど、中には今まで作っていた方法よりも簡単に同じものが出来る方法なども書いてあって、なかなかにいいレシピを手に入れることが出来た。

 錬金関係は残念ながらなかったけれど、まあ仕方ない。

 本の山を棚に返し、次の本を手に取る。背表紙を目で追っていると、一冊の本が目についた。



『石の宴に獣は咆える』



 その背表紙から、レシピ関連でないことは間違いなかったけれど、石の宴、というところに何かが引っかかった。

 その本を手に取り、次に読む本として山に加えた。





 また机に山を作り、一冊を選んで開く。

 まず手に取ったのは、さっきちょっとだけ気になった、『石の宴に獣は咆える』という本。

 厚くてシンプルな表紙をめくると、そこに一言だけ、作者の言葉のようなものが添えられていた。



『人族と獣人が

 互いに寄り添って

 生きることの出来る世界が

 来ることを祈って

 私はこの書をしたためました



 願わくは

 愛しいあの人が

 今も笑って居られるよう

 私の存在を忘れ

 心から消し去り

 幸せになってほしい

 それだけが

 私のひとつの心残り』



 その文を読んで、手が少しだけ震えた。

 愛してるから忘れて欲しい。

 笑って居てほしいから、存在を消したい。

 そんな選択も、あるんだ。

 俺は小さく深呼吸して、その本のページを繰った。







 読み終わり、本を閉じる。

 涙が溢れて止まりそうもなかった。

 これは、魔物の大陸がまだ魔物の大陸じゃなかったころの、ジャル・ガーさんとその番さんの話だ。

 獣人がいなくなった理由が、これを書いた人の心情と共に綴られていた。

 これは、フィクションなんかじゃない、本当に起こったことだ。



 ジャル・ガーさんは昔、獣人族をまとめる若長老というものをしていて、そして人族の番がいた。 

 でもジャル・ガーさんが暮らしていた大陸の王が闇に落ちて、神の使いの入れ物によって闇に取り込まれてしまい、大陸に住むことが出来なくなったジャル・ガーさんたちは、この大陸に逃げ延びてきた。

 しかしこの大陸には人族以外の者に対する差別が当たり前に蔓延しており、ジャル・ガーさんたちにとってはとても住みにくい土地だった。

 ある日、北の若長老である獅子獣人オランの番の獣人が人族の手によって惨い状態で命を落とし、それをきっかけに人族と獣人、そしてエルフが袂を分かった。

 ジャル・ガーさんの番は人族であったために、獣人の住処に連れていくことは出来ず、自らの身体を石と化して、少しでもその愛しい人族のそばにいようと村の入り口の守護をすることにした。

 それを知ってしまった人族の番の人が、とうとうジャル・ガーさんを見つけて、駆け寄って、呪われても呪われてもその場を離れることが出来なかった。見かねたジャル・ガーさんの友人である獣人が獣人の村から現れて、その番さんにだけジャル・ガーさんに掛かった呪術を一時期だけ無効化できる方法を教え、ようやく二人は言葉を交わすことが出来るようになった。

 時間が過ぎ、番さんは段々と老いていき、ジャル・ガーさんの所に通うのも困難になるほど身体が弱り、病を患ってしまった。

 身体の動かなくなった番さんが、晩年ジャル・ガーさんを想いながらこの本を綴った。



 あのライオンの石像、石になる前にもそんな辛い思いをしていたんだ。

 それなのに今もあんな姿に。

 そしてジャル・ガーさんも。辛い思いをしていたんだ。

 それでも今も人族から獣人たちを守るために、石像としてあの洞窟に一人立っているんだ。

 でも、この本からは最後の最後まで、ジャル・ガーさんを愛しているという気持ちだけが伝わってくる。たとえ別れても、それでもずっと愛していたと。

 そして自分が死んでしまってもなお、ジャル・ガーさんの事だけを想って存在を消したいと。忘れて欲しいと書かれている。

 これ、ジャル・ガーさんは読んだことあるのかな。ないんだろうな。

 想いだけでも伝えたい。

 この、ジャル・ガーさんの番である「フォリス」さんの。



 机に重ねていた本を読むことなく、俺は本をすべて棚にしまった。

 扉の取っ手に手を掛けると、扉が光り、鍵がカチリと外れる音がした。

 扉を潜り、すぐ近くの椅子に座って本を開いているヴィデロさんを見つけると、俺はそっちに向かって突進した。

 愛しい人が目の前にいて、こうやって触れることが出来るって、すごく幸せだなと改めて思う。



「……どうしたんだ、マック。目が赤い。泣いたのか……?」

「……うん。ねえ、ヴィデロさん。ジャル・ガーさんの所に行こう。伝えたいことが出来たんだ。後、あのライオンの石像、何とかして北の洞窟に帰したい。人族の街になんかいたら、あの獣人さんは辛すぎると思う。何とかならないか、ジャル・ガーさんなら知ってるかもしれないから、それも聞きたい。宰相の人に許可をとって、ライオンさんを運びたいんだ。……どうやるのかは、全く考えてないけど。早く複合呪いも解けるディスペルハイポーションを作るから、そしたら、獣人さんを運んであげたい。このカバンに入れることは出来ないかな。入れただけなら呪われないと思う。早速宰相の人の所に行ってくる」



 意気込んでヴィデロさんを見上げると、ヴィデロさんはわけがわからない、という顔をした。

 そういえば何でこんな気持ちになったのか、全然説明してなかった。

 俺は中で読んだジャル・ガーさんの本の内容をヴィデロさんに教えた。



「そうか。わかった。ジャル・ガーの所に行こう。勿論俺もついて行っていいんだよな」



 ウインクしてそう返してくれるヴィデロさんに感激してくっついた腕に力を込める。

 でも、この任務が終わったらヴィデロさんは俺の護衛からお役御免になっちゃうんだけどいいのかな。

 と心配になったら、ヴィデロさんは笑って声を潜めた。



「トレの街に帰り着く前だったら、まだまだ俺はマックの護衛だからな? 今のうちに行きたいところにとことん行こう」



 なんかそれって、いいのかなあ、と首を捻りながら、俺達は書庫から移動を開始した。向かうは宰相の人のところ。







 宰相の執務室に通された俺たちは、行き交う人の中、それぞれにあらゆる指示を出しては手に持った書類を覗き込む宰相の人を少しだけその場で観察してから、奥で宰相を待った。うん、やっぱりすごく忙しい人だった。アポなし突撃は迷惑だったかな。と思っていると、笑顔で宰相の人が現れた。



「やあマック殿、今日はどんな要件ですか?」

「ええと、教皇の所にあった石像のことを訊きたくて来ました」

「あの呪いの石像を。あれは今、動かす手立てがないので、現状維持でしょうな。どうしようもない。あの石像がどうかしましたか」



 宰相の人の言葉を聞いて安心した俺は、ずばり切り出すことにした。



「俺が、元あったところに戻したいので、貰って帰っていいですか?」



 その言葉に、宰相の人の目がまん丸になった。

 信じられないことを聞いたような顔だった。

 まあ、あの石像に触って呪われると、その呪いを解く手立てが全くないんだしそうだよな。



「しかしもし万が一マック殿が呪われてしまったら、この国の希望が一つ潰えてしまうことになります」

「その点はちょっとした考えがあるので大丈夫だと思います。呪われずに持って行くので、ぜひ許可をください」

「……もし、それは出来ないと言ったら……」

「こっそり持ち帰ります。だってあの石像を、どうしてもこんな人の多い街に置いておきたくなくて」



 ここで宣言している時点でこっそりじゃないのはわかってるけど。でも。

 あんなところにいつまでも置いておきたくはなかった。



しおりを挟む
感想 537

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

妹を救うためにヒロインを口説いたら、王子に求愛されました。

藤原遊
BL
乙女ゲームの悪役令息に転生したアラン。 妹リリィが「悪役令嬢として断罪される」未来を変えるため、 彼は決意する――ヒロインを先に口説けば、妹は破滅しない、と。 だがその“奇行”を見ていた王太子シリウスが、 なぜかアラン本人に興味を持ち始める。 「君は、なぜそこまで必死なんだ?」 「妹のためです!」 ……噛み合わないはずの会話が、少しずつ心を動かしていく。 妹は完璧令嬢、でも内心は隠れ腐女子。 ヒロインは巻き込まれて腐女子覚醒。 そして王子と悪役令息は、誰も知らない“仮面の恋”へ――。 断罪回避から始まる勘違い転生BL×宮廷ラブストーリー。 誰も不幸にならない、偽りと真実のハッピーエンド。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新! Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新! プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。

批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。

売れ残りオメガの従僕なる日々

灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才) ※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!  ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。  無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。

【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。 BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑) 本編完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 きーちゃんと皆の動画をつくりました! もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら! 本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけですー! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。