これは報われない恋だ。

朝陽天満

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213、これが、勇者……

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 俺達の向かった西の洞窟は、位置的には、この間ヴィデロさんと一緒に行ったオットの街からさらに進んだ九個目の街、ノヴェの街近くに位置している。

 トレからジャル・ガーさんの洞窟に行くのと同じくらいの距離を、ノヴェの街から東に移動して、中央の山脈の麓に洞窟があるらしい。

 プレイヤーにとっての推奨レベルはだいたい90くらい。俺はまだパーソナルレベルが80くらいだから一人で来るには早すぎる場所だ。

 雄太たちもよくこの洞窟には遊びに来るらしいんだけど、あいつらは勇者にパワーレベリングされてるみたいだから、もはやここの敵は雑魚と同じだと思う。ユイ一人でも普通に走破できそう。俺は最初に出てきた魔物で下手すると死に戻りするけど。



 獣人の村の先の森を抜けて、転移場所から跳ぶと、目の前に大きな熊の獣人の石像がいた。

 オランさんが指で小さく魔法陣を紡ぐと、熊の獣人さんが足元から順に艶のある毛並みに変わっていく。

 身体全体の石化が解かれると、のそ……と熊の獣人さんが台座から降りてきた。



「オラン、久しぶりだな」

「ああ、でも今は挨拶よりも先にすることがあるんだ。悪いな。ここに小さな狐の子が迷い込んでこなかったか?」

「ああ、あのチビか。あのチビ、俺を見上げて「えいゆうじゃない」とか言いながら帰り方すらわからずに扉を出てっちまったんだよ。あれはケインの子だろ。そっくりだ」

「外に出ていったのか……? 大変だ……!」



 ガウ! と一つ咆えてオランさんが身を翻すと、熊さんがすかさずその手を掴んだ。



「待て待て、オランが外に探しに行くのか?! 俺が行くから村に戻れよ!」



 慌てて止めに入った熊さんは、オランさんと同じ時代を生きて来ただけあり、オランさんのあの辛さをわかっている人のようだった。心配に顔が歪んでいる。

 そんな熊さんに、オランさんは小さく微笑んだ。



「心配するな。もう、正気に戻ってる。こいつらが俺を正気に戻してくれたんだ。だから、俺は、もうああはならないと、こいつに誓った」



 そう言って、オランさんがヴィデロさんの肩に手を置いた。

 え、いつの間にそんな誓いをヴィデロさんとたててたんだろう。剣を打ち合わせて友情が芽生えたのかな。

 ドキドキしてみていると、ヴィデロさんが少しだけ目を細めて、軽くオランさんの厚い胸板を拳で叩いた。

 瞬間、複雑な感情が俺の中でふわっと渦巻く。それを深呼吸で無理やり抑え込み、「じゃあ行ってくる」と言って身を翻した二人の後を追うべく俺も振り返ろうとした。瞬間、熊さんと目が合う。



 熊さんは、何も言わずに俺の頭に大きな手をポンと乗せた。

 もしかして今の感情、知られたのかな。は、恥ずかしい。

 「頑張れよ」って、ユイル探しを頑張れよってことだよなそうだよな。と自分を納得させて、慌てて二人を追った。





 前を走る二人は、推奨レベル90の魔物なんて雑魚だとでもいうように一撃ずつで屠っていた。ヴィデロさんは剣で、オランさんは爪で。補佐役の俺は全く出番なし。っていうか俺が出番になったらもう後がない状態なんじゃなかろうか。なんて思う。

 一本道の洞窟内には、ユイルの気配はなかった。感知のレベルが順調に上がっているおかげか、そこまで広くない洞窟の道は、隅まで何がいるのか把握できるのが助かる。

 ひたすら走り通し、洞窟内を走り抜けた。

 入口までの間も、ユイルはいなかった。

 洞窟内にいたんだったらまだよかったんだけど、森に出ちゃったら、探すのが格段に難しくなる。

 入口付近でどこから探すか相談していると、チャット欄に雄太からメッセージが入った。



『緊急事態。小さな英雄ファンをとっ捕まえた。ノヴェに来いって言っても無理だよな』



 そんな一言が。



「待って無理じゃない」



 つい口に出して言ってしまうと、二人が俺に注目した。



「どうしたマック。何か見つけたのか?」



 俺の感知能力を知ってるヴィデロさんが、期待を込めた目をしてこっちを向く。

 二人に「ちょっとだけ待ってて」と声を掛けて、雄太に『それはもしや子狐か? すぐ行ける』と送り返すと、すぐに返事が来た。



『マジか。よかった。さっき勇者がまさに子狐を保護したんだけどそいつが『えいゆう』ってのを繰り返してるからマックならすぐに英雄に会わせてやれるかと思って』

『うあああああ! マジ感謝。行く。すぐ行く。どこにいる? 俺は熊の石像の所!』



 一人雄太のメッセージを見て興奮しながら返信する。

 勇者が狐、というか多分ユイルを保護したのは、ノヴェにほど近い森の中だったそうだ。

 なんかいる、と呟いてのっしのっしと森の中に入って行ってしまって、帰ってきた時には小さい服を着た狐を腕に抱えていたんだそうだ。

 「なんかエミリに用事があるみたいだ」って言って。ユイルのいう英雄って、エミリさんの事だったのか。それなら、クラッシュに頼めば何とかなるかな。

 ホッとしながら雄太たちの居場所を聞くと、今俺達がいるところからそう遠くない場所にいるんだそうだ。見るからに獣人だから、熊さんに聞いてみようってことでこっちに向かってるらしい。



「高橋たちと勇者がユイルを保護してくれたって……」



 やり取り内容を二人に伝えると、二人とも少しだけ安堵の表情を浮かべていた。



「こちらからも向かうか。マック、どっちの方角かはわかるか?」

「ちょっと待って」



 感知を使ってみる。

 途端に、西の方角からぞくっとする何かが感知された。魔物の気配とは何かが違う、畏怖の様な威圧の様な重い空気が纏わりついてくる感じだった。

 もしかして、これが勇者の気配かな。



「多分、こっち」



 その空気を感じる方を指さすと、オランさんが空気の匂いを嗅いで、少しだけ鬣をぶわっと逆立てた。



「まさか……こんな恐ろしい物にユイルは保護されているのか……?」



 眉間に皺を寄せたオランさんは、勇者の重い空気を嗅ぎ取ったようだった。

 そんなに遠くないってことなのかな。

 足をそっちに向けると、二人も走り始めた。

 気配は段々と大きくなっていく。なんか腹の底に何かがズン、と溜まってくみたいだ。エミリさんとセイジさんはこういう気を発してなかったから勇者っていう物を軽く見てた。雄太たちはこんな気配の中レベル上げしてるんだ。これは精神が強くなるよ。ちょっと怖い。



 マップに雄太たちと思われるマークが現れるほどに近くなると、オランさんが一声咆えた。

 地を震わせるような咆哮だった。

 俺とヴィデロさんも思わず足を止めて身をすくませるくらいな咆哮だった。

 間を置いて、叢ががさ、と揺れる。

 何かが鉄砲玉の様に飛び出してきて、オランさんの胸に突っ込んできた。

 勢いのあるその毛玉を難なく受け止め、オランさんが腕の中を覗き込む。



「ユイル!」



 がたがた震えたユイルが、オランさんの腕の中で丸くなっていた。



「ユイル、何か怖いことでもされたのか」



 落ち着けるように背中を撫でながら、オランさんが優しくユイルに声を掛ける。ユイルは首を横に振って、「されてないの。でもなんか震えちゃうの」とオランさんを見上げた。

 またしてもがさっと草が揺れて、奥から高橋と愉快な仲間達と、赤い髪の美丈夫というのにふさわしい男性が姿を現した。

 俺がずっと感じていた畏怖は、その赤い髪の美丈夫から発せられていた。



 無意識にごくりと喉が鳴る。

 これが、勇者か。レベルが違う、と一目見ただけでわかる。



「マック。悪いな呼び出して。にしてもどうやってここまで来れたんだ? 門番さんに連れて来てもらったのか?」



 雄太がさっと前に出てきて俺に話を振る。

 ピンと張り詰めていた空気が、そのおかげで若干緩んで、思わずホッと息を吐いた。



「こっちにいる獅子の獣人のオランさんに連れてきてもらったんだ」

「獅子の獣人……うわあ、熊のおっさんともまた違う雰囲気だな。初めまして、ここにいるマックの親友の高橋です」



 きりっとした顔をして雄太がオランさんに頭を下げる。

 オランさんは俺の親友と聞いて、険しい顔を少しだけ緩めた。



「俺は、このマックとヴィデロに命を救われたオランだ。この子を保護してくれてありがとう」

「保護したのは俺じゃなくて、そっちにいる勇者なんだ。だからお礼は勇者にな」

「わかった」



 オランさんは雄太から視線をずらすと、静かに横に立っているくせにやたら存在感の大きなその人に向きなおった。



「うちの村の子供を保護してくれて感謝する。とても助かった」



 腕組みをしてオランさんの礼を受け取った勇者は、鷹揚にうなずくと、そっとユイルに手を伸ばした。

 想像したよりもずっと繊細な手つきで、ユイルの首の下を撫でる。



「保護者が見つかってよかったな。でも狐、英雄はちょっと遠いところにいるんだぞ。さすがに馬を飛ばしても着くのは三日後か、四日後か」

「獣人の村を通ればすぐに着くから大丈夫だ。ところでお前の言う英雄とは、どこの誰の事なんだ?」

「幻の獣人たちにはわからねえのかあ。トレの街に住む、エミリっていう生粋のエルフのことを、俺らは英雄って呼んでる」



 そうだった。エミリさんは英雄だったね。

 勇者の指に喉を撫でられ、ユイルが少しだけ気持ちよさそうな顔をする。あ、可愛い。



「ユイル、ユイル」



 そっと声を掛けると、ユイルが目を開けて俺の顔を認識した。



「おにいちゃん!」



 耳をピクンと動かして頭を上げて、俺に飛びついてくる。可愛い。



「マック、ねえ、撫でていい?」

「俺も撫でたい。さっきまではすごく震えていて、下手に触れなかったんだ」



 海里とブレイブがそっと寄ってきて手をワキワキさせる。

 ちらりと見ると、唯まで目を輝かせている。ユイルは可愛いからなあ。



「ユイル、撫でられるのは怖い?」

「僕、怖くない。このおじちゃんがえいゆうに会わせてくれるって。ちょっと怖いけど、怖くない。それに長老さまがいるから怖くないよ」



 ユイルがそう言って勇者を指さした。

 オランさんが勇者に負けるわけないって思ってるから怖くない、のかな。さっきよりはちょっとは落ち着いたみたいだけど。

 それよりも気になったのが、ユイルが勇者にむかっておじちゃんと言った瞬間吹き出しそうになった向こう陣営の面々。

 ちらりと勇者を見ると、なぜか驚いたような顔をしていた。



「俺をおじちゃんなんて呼ぶやつがいるとは……面白いな」



 面白がってるよ。これが勇者か。

 若干さっきより覇気を抑えてはいるけれど、いまだにひしひしと感じる威圧は結構プレッシャーになる気がする。

 このプレッシャーの中、それを発している人にずっと抱かれていたのか、ユイルは。そりゃ疲れるだろ。



 キラキラした目でこっちを見ていた二人に「まだ落ち着かないからごめん」と言って謝ると、仕方ないか、とすぐ手を引っ込めてくれた。

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