これは報われない恋だ。

朝陽天満

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262、レガロさん

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「ディフェンサーポーション……? これは人が飲むやつですか?」

「ポーションというからにはそうですね。怪しい物ではないですよ。飲むと防御力が一定時間上がるという物です。出自は怪しい物ではないんです。私の血縁の者の遺物を整理しておりましたら出てきた物なのですが、今の世の中ではこの精製方法が出来ないらしく。でも、もしかしたらマック君なら出来るかとちょっとだけ期待をしていたものなのですよ」

「レガロさんの血縁者って」



 エルフの方のかな。ってことは、エルフの寿命は長いから、いつの時代のレシピかわからない物なのか。

 レシピを覗き込んで「うわぁ……」とあまりの手順のめんどくささに変な声を出していると、レガロさんが「ヴィデロ君もこっちに来て何か飲みませんか」と店にいたヴィデロさんを奥に呼んだ。

 俺が座ってるところの隣のテーブルにヴィデロさんを案内してお茶を出すと、レガロさんは期待を込めた目でニコニコと俺を見下ろした。

 これ、失敗したら蘇生薬の断片が手に入らないんだよな。でも俺、連続して同じものを精製する方法しかまだ習ってないんだよな。……でも。やってみよう。



 しばらくレシピとにらめっこして、手順と方法を頭に叩き込んでいく。

 これ、一回手順を間違うと絶対に成功しないやつだ。何せ、上級キットに元となる素材を用意しておいて、簡易キット普通のキットと別々の物を精製してからすべてを上級キットで混ぜ合わせて出来るっていう代物だもん。

 手順を間違うとどれか一つが黒くなって、そうなると最終的にすべてが失敗、って感じかな。目の前に並んでいる素材を見ると、すべて一回ずつの物だろうから慎重にやらないと。でも簡易キットと普通のキットの作業は慎重に、かつ早急にって感じかな。む、ムズカシイ。

 目の前に用意された素材を手にしてみる。

 一つ一つ鑑定していき、レシピと見比べて、知らない素材を調べてみる。初めての素材が二つ。あとは使ったことがあるものばかり。

 これはこの器具で、これはこっちの器具で、と素材ごとに分けていき、確認すると、俺は一度手を止めた。



「命の源を司る水の聖霊よ、その美しい澄んだ調べをここへ。ウォーター」



 魔法で器具の中に水を満たす。

 ちょっとだけ量を調整して、火をつけた。

 レガロさんとヴィデロさんに見守られる中、俺はさっき頭の中で組み立てた手順をひたすら実行し続けた。

 大きな器具内で二つの素材を溶かして火を止め、色が変わる前に小さなものに素材を順に三つ、ちょっと煮立ったら次の素材を。それが煮立つ合間に普通の器具に素材を順に入れていき、溶け切る前に火からおろして大きい方に入れる。

 その間に煮立った簡易キット内にまた一つ素材を追加し、粘り気が出てきたら火からおろす。

 大きな器具の中に、しっかりと溶けるように少しずつ少しずつ入れて混ぜ、すべて混ぜ終わったらまた大きな器具に火をつける。サラサラの液体になったら、最後の素材を投下し、甘い香りが漂ったら出来上がり。

 上級キットを棒でかき混ぜながら、沈殿している物がだんだんと溶けていくのを目で確認する。

 これが溶け切ってこの抵抗がなくなったら、残り一つの素材を入れるってことだよな。

 手元に残っている緑色の素材「月光草」をちらっと見ながら、混ぜ合わせた物の状態を必死で感じる。

 ちょっと抵抗があったのが、スッと回り始めたので、最後の素材を入れて、溶けるまで混ぜると、だんだんとバニラの様な香りがしてきた。あ、甘い香りだ。ふわっと色が薄いミントグリーンに変わったので、火を止めて器具を下ろした。

 空瓶に出来上がった物を注ぐと、瓶3本分の新しい薬が出来上がった。



「『耐久値上昇薬ディフェンサーポーション』ランクD、防御力を一時的にあげる。ランクが高くなる程上昇値が高くなり、時間が長くなる。よし、出来ました」



 最後に気を抜いて失敗なんてなったら目も当てられないからなあ。

 ホッとしながら薄いミントグリーンの液体の入った瓶をレガロさんに渡すと、レガロさんはそのうち一本だけ抜き取り、あとは俺の前に返してきた。



「確かに納品いただきました。それにしても、素晴らしい物を見せてもらいました。実は期待は半々だったのですよ。もしまだこれが作れないようでしたら、マック君に『蘇生薬』精製は早いのでは、と思っておりましたが、とても素晴らしいお手際。感服いたしました。そして、こうして試すようなことをしてしまって本当に申し訳ありません」

「いいえ、俺も新しいレシピを教えてもらったし、こういうやり方もあるんだなってちょっとワクワクしましたから。まだ複合調薬はそれほど腕を上げてなかったので、逆に俺こそ勉強になりました」



 しっかりと調薬レシピには今のレシピが載ったから、これからは素材が揃えばいつでも作れるってことだよな。二つほど所持してないのがあるけど。どこで手に入るかなあ。

 と考えていると、レガロさんが『耐久値上昇薬』を懐にしまいながら「言い忘れていましたが」と口を開いた。



「私の店でも素材を扱っておりまして。今使っていただいた素材はすべて、わが店で扱っている商品となります」

「買います。ください」



 すぐさまレガロさんの言葉に乗って俺は素材を購入した。

 今度はちゃんとお金で売ってくれたことにホッとした俺。新しい素材の入手に思わず顔も綻ぶ。



 目の前に残った二本の『耐久値上昇薬』はお持ち帰りくださいってことだったので、遠慮なく一本をインベントリにしまい込んだ。そしてもう一本をヴィデロさんの前にはい、と差し出す。



「マック? さすがにこれは貰えない」

「最初に作った物はまずヴィデロさんにあげたいんだって俺、いつも言ってるよね。必要になるかもしれないし、これがあったおかげで危機を脱したりできるかもしれない。だから、保険だと思ってもらって欲しいんだ。胸当てとローブのお礼。ヴィデロさん鎧とか俺に買わせてくれないから」



 それに、いま素材を手に入れたからこれからはガンガン作ってレベル上げるから。



「あ、ってこれ、ランク低いからもっともっと腕を上げてもっとランク高くなってからどんな風になったか、ヴィデロさんにモニターしてもらえばいいんじゃないかな。ってことは、最初に作った物をまず試してもらって、俺、必死でレベル上げるから、もっといい物が出来たらまた使ってもらうっていうのは」



 いいこと考えた! と提案すると、レガロさんがヴィデロさんの肩に手を置いた。



「観念するしかないようですね。マック君の新作はまずヴィデロ君で試しているのですね。なかなかヴィデロ君も大変な位置にいるのですね」



 まるで同情するかのような口調に、思わず吹き出す。

 そうだよね。いつもヴィデロさんに試してもらってるから、もし味が悪かったら改良する前に飲まなきゃいけないってことなんだよね。確かに同情しちゃうかも。へ、変なのは作らないからね! あ、でも今回のこれの味はどうなんだろう。甘い匂いがしてたから、甘いのかな。

 俺はインベントリにしまっていた一本を取り出して、蓋を開けてみた。フワンとバニラの香りがする。いやいやいや、あのバニラエッセンスは匂いに騙されて舐めると泣きを見るからまだ安心できないぞ。

 どれくらい防御力が上昇するのかも試してみたいし、一度自分で飲んでみるって手も。

 ちらりと自分のステータスを見てから、俺は出来立てほやほやの『耐久値上昇薬』を飲んだ。



「騙された」



 という言葉がまず出てくるくらい、甘くなかった。っていうかむしろ酸味が強かった。前にどこかで飲んだことのあるハイビスカスティーみたいな感じの、柑橘系にも近いきつめの酸味が口に広がる。

 甘い匂いに騙された。むしろさっぱりして美味しいんだけど、この味と匂いがちぐはぐすぎて「騙された」以外の言葉が出てこない。

 美味しいんだけどね。

 そして、防御力は俺の場合で「7」上がっていた。数値的にはそこまで大きくないんだけど、でもかなり有用なポーションだ。騙された感が半端ない以外は。



 空になった瓶をインベントリにしまい込み、変な顔をしていると、レガロさんとヴィデロさんも釣られたように真顔になった。



「……もしかして、失敗したのでしょうか。私の目にはちゃんと精製成功しているようにしか見えないのですが。……こんな不安な気分になったのは久方ぶりです」

「マック、もし身体に異常が出たら、隠さず言えよ」

「そんなんじゃないし、ちゃんと防御力上がってるから大丈夫だから! ただ、匂いと味がちぐはぐでちょっと納得いかなかっただけだから!」



 レガロさんの笑みを湛えていない顔なんてレア顔じゃないだろうか。

 俺が慌てて説明すると、二人はようやくほっとした様な顔になった。

 そして、レガロさんが不意に声を出して笑いだした。



「マック君といると、本当に楽しいです。なんといいますか、純粋に楽しいという気分を味わえます。憂いていた気分が晴れる心地になります。昔は、この世界の未来は闇しか見えなかったのですが。一筋の光が射したと思ったら、それがぐいぐいと闇を振り払っていく光景に、本当に爽快な気分になります」



 レガロさんが楽しそうに笑いながら、言葉を紡いでいく。

 闇しかなかった未来。それって、勇者たちが魔王を閉じ込めた後もそうだったんだろうか。一体いつまで闇だけの未来だったんだろ。



「もう今更かもしれませんが、私のことをお話してもよろしいでしょうか」



レガロさんの改まった雰囲気に、俺は神妙に頷いた。

俺の何かを認めてくれるから、話してくれるのかな。

俺が頷いたのを確認すると、レガロさんは口を開いた。



「私は特殊な力を持ったハーフエルフです。魔王を倒すことは出来ませんが、その力を引き出すことが出来る。遠くを見ることは出来ませんが、未来を見ることが出来る。その力故、闇しかない未来をずっと見てきて、失望して、絶望して、もういっそのこと何も手出しをしない傍観者となろうと思いました。最後に他者の力を引き出したのは、今から15年前です。その力を引き出してなお、その者たちに託そうと思った未来は、闇ばかりでした。その闇の中に一筋の光が差し込んだのは、今から5,6年前でしょうか。ちょうど、ヴィデロ君の母君の行方が知れなくなった頃です。その光は、ヴィデロ君、あなたの母君が灯してくれた希望の光でした」



 俺とヴィデロさんは、目を瞠ってレガロさんの言葉を聞いていた。じゃあ、もしかして、ヴィデロさんのお母さんが向こうに帰ろうと思わなければ相変わらずここの未来は闇しかなくて、そして静かに滅亡に向かってたってこと、なのかな。ヴィデロさんのお母さんが向こうに帰ろうと思った言葉って、ヴィデロさんが「この世には、俺と母さんは存在してはいけないんじゃないか」っていう言葉じゃなかったっけ。そんなヴィデロさんを一人じゃないんだって思わせるために、向こうの世界に帰って、ここと向こうをリンクさせて、俺たちみたいにバンバンスキルを使える人たちを送り込んで、すべてはヴィデロさんに辛い思いをさせないようにって。



「じゃあ、その光は、ヴィデロさんがいなかったら現れなかった光、なんですね」



 もしお母さんがお腹のヴィデロさんを諦めて帰っていたら。

 もし物質転移装置が暴走してお母さんがこの世界に来なかったら。来てもヴィデロさんのお父さんと出会えてなかったら。もし、魔物に襲われて命を落としていたら。

 そして、携帯端末が繋がらなくてヴィルさんと連絡を取れていなかったら。偶然お酒がジャル・ガーさんにかからなくて、帰り道がわからなかったら。

 そんなことを考えると、本当にお母さんとヴィデロさんの「幸運」は、この世界の闇を晴らすためになくてはならない唯一無二の「幸運」スキルで。



 無言でレガロさんを見つめているヴィデロさんの顔には、複雑な感情が浮かんでいた。



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