これは報われない恋だ。

朝陽天満

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261、クワットロまで夜デート

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『今クワットロに向かってる』という雄太のチャットメッセージを確認しながら、俺はクラッシュの店の奥にいた。

 ただいま必死で古代魔道語のレベル上げをしているところ。っていうかあの隠されたダンジョンから持って帰ってきた本の読解を一心不乱にしていた。

 途中クラッシュが顔を出すときが休憩の時。ヴィデロさんが交代して迎えに来てくれるまでここで勉強予定。



「……大陸の、中心部に、巨大な、巨大な、ええと、石。人形。あ、石像か。があった。その石の人形は、繁栄した、人族の、上の、身の上……?」



 まるで英語の初心者が単語一つ一つを辞書で調べてつなげたような歪な文章が出来上がっていく。最初よりは全然スムーズに読めるようになったけれど、まだ意味の通じない物とかもあって、たまに頭を悩ませている。

 それでも一冊の本を何とか読解し終わると、古代魔道語のスキルレベルは上がっていた。

 単語はわかるんだよ。あと簡単な文章も。でもそれが長い文章になったり難しい言い回しになったりすると途端にわけがわからなくなる。こういうのがスムーズにいくようになったら魔法陣魔法に使える単語とかももっと沢山出てくるんだろうなあ。頑張ろう俺。

 と気合を入れたところでクラッシュが顔を出した。



「ごめんマック。ハイポーションとディスペルハイポーション切れちゃったからすぐ作れないかな」

「あ、いいよ。気分転換にもなるし」



 俺は快諾して、最近必ずしている調薬キットの配置をした。

 それを見たクラッシュが、目を丸くする。



「えっと、そんなに使うの?」

「あ、うん。最近覚えた調薬方法なんだけど、なかなかうまくできないから、練習がてらね。でもハイポーションとディスペルハイポーションは簡単だからそんなには失敗しないんだよ。待ってて、すぐ作るから」



 既に下ごしらえをしている素材をインベントリから取り出し、キットの横に並べる。新居に設置してもらった乾燥器具で乾燥させた素材を全て粉状にしたものだ。もちろん粉にする場合も葉脈を傷つけることなく磨っていくから、苦くなることはない。その素材を、まだまだ慣れない手つきで次々入れていく。

 最初はハイポーションから。全てのキットをハイポーションに使うから、一回に大量のハイポーションが出来るんだ。

 よし、と出来上がったハイポーションを瓶に詰めて行く。それをクラッシュに渡すと、クラッシュははぁ……と感嘆の声を上げた。店にも行かずにずっと調薬を見てたよこの店主。いいのかなお客さんを放っておいて。



「マック凄いなあ。器用だね。最近前にもまして薬師能力上がってない? いつも助かるよ。ありがとう」

「え、どうしたのいきなり」

「ん、マックが日々進化してってるから俺も負けてられないなって思ってさ。まずはもっとしっかりした大人になるところからかなって。そうしないとセイジさんに大人扱いしてもらえないし」



 クラッシュ、セイジさんからはいつも子ども扱いだからね。まんまお父さんって感じだもん。

 そんなのもクラッシュにとってはちょっと悔しいらしい。でもさ。

 俺から言わせると。



「……仲良くなり始めたころより、クラッシュはものすごく大人になったと思うけど。ちょっと悔しいくらい。前よりなんか堂々としてるっていうか自信がついたっていうか。カッコいいなあって思う。俺も見習いたい」



 結構いろんなことを体験したからね。多分一番大きかったのは魔力暴走寸前のあの騒動だとは思うんだけど。魔力が大きくなっただけじゃなくて、なんていうか、人としての器が成長した気がする。

 俺も器の成長したいんだけど。こればっかりはなあ。



「なに嬉しがらせてくれるんだよ。何もでないよ?」

「貸しにしとくよ」



 クラッシュが冗談めかして言ってきたので、俺も冗談を返す。

 クラッシュが出来立てほやほやのハイポーションを抱えて店に戻っていったのを見送ってから、俺はディスペルハイポーションを作り始めた。





 納品した分の賃金を貰い、また本を開いてヴィデロさんを待つ。

 でもなんとなく気分は薬師になってたので、本に集中できずにもう一度キットを並べた。

 ここは店の奥の部屋だから、どれだけ何をしても見られるのはクラッシュとヴィデロさんとエミリさんくらいなので、自分の工房と同じくらい自由に出来るのが嬉しい。

 手慣らしするためにひたすらハイポーションを次々作っていく。たまに失敗しつつも、なかなかにスムーズな仕上がりに、もしかして腕が上がった? なんて喜んだ瞬間、簡易キットと上級キットの中身が黒くなった。ああ……やっぱり調子に乗っちゃダメなんだな俺。



 一つの種類で99個入るインベントリの二つ目の枠をハイポーションが圧迫し始めたころ、クラッシュがまたも顔を出した。



「ヴィデロ来たけど。工房で待ってたらいいのに。うちは待合所じゃないんだよ」



 そう言いながらもちゃんとヴィデロさんを奥に通してくれる辺り、クラッシュは優しいと思う。

 そしてクラッシュの後ろから顔を出したヴィデロさんに、テーブルの上の状態はそのままにして俺は抱き着きに行った。

 これからヴィデロさんとデートなんだよ。ヴィデロさんの馬で。もう夜だけど、帰りは転移魔法陣で帰ってこれるからいいよねって。

 工房で待ち合わせをすると、絶対にデートの前にいい雰囲気になってデートできなそうだったから、古代魔道語のレベル上げついでにクラッシュの店で待たせてもらうことにしたんだ。



「ごめんね。今作りたてのハイポーションを納品するから許して」

「許す」



 一瞬で許してくれたクラッシュに、インベントリ二枠分のハイポーションを納品する。複合調薬だと一回でハイポーション30本とか余裕で作れるから便利。

 調薬キットを全てインベントリにしまい込んで、俺とヴィデロさんはクラッシュの店を後にした。

 あ、クワットロに行くからって雄太たちと待ち合わせしてるわけじゃないよ。まだ雄太たちはこっちに着かないだろうし。



 ヴィデロさんが連れて来た栗毛の馬さんの顔を撫でて、よろしくね、と声をかけてから二人で馬上の人となる。



「夜デートか。楽しんで来いよ。くれぐれも人気のない森の奥でマックにいたずらすんなよ、ヴィデロ」

「そんな危ないところでするわけないだろ」



 夜の当番の門番さんに声をかけられて街の門を抜ける。

 門の外に出たら、馬さんは快調に飛ばし始めた。



「ごめんねヴィデロさん、疲れてるところを付き合ってもらって」

「いや、最近ゆっくり顔を見れてなかったから逆に嬉しいくらいだ」

「そう言ってもらえると俺も嬉しい」



 ヴィデロさんの腕に包まれながら、ホッと息を吐く。

 週三回のバイトイコールログインできない日、もしくは短時間ログインだから。

 まあ勉強に明け暮れてログイン出来なくなるっていう状況に陥るよりは全然マシなんだけど。ヴィルさんに感謝だよ。

 しかも最近は複合調薬にプラスして蘇生薬情報を探すことに躍起になってるから。

 そのうちまた王宮に行って極秘の書庫を探さないとな。でも王様の呼び出しを無視して帰ってきちゃったからちょっと行き辛い。ユキヒラにでも緩衝役になってもらおうかな。今も王宮に居着いてるならだけど。

 心地よい乗馬の振動と、ヴィデロさんの腕に包まれた安心感にとてつもない幸せを感じながら、俺は色々考えちゃう脳みそを「今だけはこの状況を楽しめよ」と叱りつけた。



「でもなマック」



 耳元でヴィデロさんがそっと囁く。



「あんまり無理するなよ。最近のマックは何かに追い詰められてるような切羽詰まった感じがするから、心配で」

「無理はしてないよ。ただ、時間が惜しいなって。やりたいことがいっぱいありすぎて」

「どれか一つを休むってのはどうだ? もちろん、俺と会う時間を休むのは却下で」

「あ、そんなことされたら俺再起不能だよ。ヴィデロさんに会えないと無気力になる。生きる希望が無くなる」

「あと、愛し合う時間を削ぐのも却下」

「もちろん。いっぱい愛し合いたい!」



 勢い込んで答えると、ヴィデロさんのクスッという笑い声がダイレクトに耳に入ってきて、心臓が高鳴った。そして、耳にちゅ、という唇の感触。思わずはぅ……と蕩ける。

 こんなところで発情したらどうしてくれるんだよ……! 心臓が辛い……! やめて、やめないで……!



 今日もログアウトしたら右手とお友達になるのかな、なんて生殺し状態な馬上デートを堪能しながら、俺たちはクワットロへの道をひた走るのだった。パンツが剥がれない状態なのが幸いです。だって勃たないからね! 物理的に! 逆にもどかしい……。







 クワットロに着くと、街中は馬さんを手で引いて裏路地まで向かった。

 いつも魔法陣で来るから、こうして正規の道をたどってくるのが逆に新鮮だった。

 店の前で馬さんに待っていてもらって、俺とヴィデロさんは呪術屋のドアを潜った。



「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」

「お邪魔します」



 店に入ると、レガロさんがいつもの笑顔で迎え入れてくれた。



「今日はどういったものをお探しでしょう」

「情報が欲しいんですけど……内容が内容だから、高いかなあって」

「それはそれは……私が持つ情報で役立つ物があればいいのですが」



 奥に通してもらって、いつもの椅子を勧められる。ヴィデロさんは少しだけ店の中を見たい、と言って奥には来ずに商品の陳列された棚の方へ足を向け、行ってしまった。気を使ってくれたのかな。そんなところも好き。



「どういう情報が欲しいのでしょう」

「ええと、『蘇生薬』についての情報が、とりあえずなんでも欲しい状態なんです。どんな情報も嬉しいです」

「『蘇生薬』……そうですか。そこまで行ったのですか……」



 俺の言葉に、レガロさんはしみじみとそう呟いた。視線は俺じゃなくて、斜め下。緩く口元がカーブを描いていて、穏やかな笑顔が浮かんでいた。

 まるで、安堵するような、そんな顔をしたレガロさんを、思わず注視する。



「あまり大した情報は持っていないのですが、わかりました。少々お待ちください」



 レガロさんは、俺にガン見されてたことなど気付かなかったかのように顔を上げて、いつもの笑顔でそう言ったあと、奥のドアから出ていってしまった。

 そしてすぐに戻ってくる。 

 手には、数枚の古い紙を持っていた。

 その紙をテーブルに広げ、長い指でそれを指す。



「これは、昔どこぞの誰かが報酬として店に収めた品物です。そして、この紙の内容は」



 見たことのある文字が、メモが、その紙には書かれていた。

 隠しダンジョンの主の筆跡だった。



「内容がとても気になる代物だったので、私なりに展開してみたのですが、どうしても素材が揃わなくて、奥にしまっておいたのですよ。こちらが、原本、そしてこれが私なりの考察です」



 私なりの考察、と言われたその紙には、素材をどのようにして調薬すれば最上の状態で出来るのかが断片的に書かれていた。

 もう片方のあの人がメモした内容は、代わりになる素材の候補がずらっと並んでいた。もしかして、この代わりになる素材で作る練習が出来ないかな。……でも、それでも蘇生薬精製に引っかかってクエスト失敗になったら怖いんだよな。基準が全くわからないから、本当にレベル上げと情報集めしかできない。どうせだったら練習もしたいのに。

 メモを覗き込みながら、ムムム、と唸る。

 レガロさんの考察は、まるでヒイロさんが薬を作るときの様な精密な作業過程が書かれていて、この素材はこう処理する、的なとてもありがたい物だった。でもなんでこんなことを知ってるんだろうレガロさん。さすが謎執事。

 そう思った瞬間レガロさんの肩が震えたのは気のせいかな。気のせい気のせい。



「これ、すごく欲しいです。レガロさんの考察も含めて」

「では、対価として」



 レガロさんの答えに、売ってくれるんだ、と安心していると、レガロさんがてきぱきと素材を取り出し始めた。そして、俺の前にずらっと色々な素材を並べていく。

 その数、16種類。



「最近面白いレシピが手に入ったのですが、私は調薬は出来ませんし、知り合いの薬師はこんな調薬方法なんか出来ないと即座に断られてしまいまして。もしかしたらマック君だったら作れるんじゃないかと思っていたんですが、どうでしょう。これが作れたらそれが対価ということで。もちろん出来上がり品を納品してもらって終了です。どうですか?」



 最後にレガロさんが一枚の紙を俺に差し出してきた。

 そこには、複合調薬で作る『耐久値上昇薬ディフェンサーポーション』というポーションの精製方法が載っていた。



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