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連載
662、当時の気持ち
しおりを挟む俺はヴィルさんの住んでいる階の違う部屋で寝起きしはじめた。朝着替えて朝ご飯を作りにヴィルさんの部屋に行く。そこでヴィルさんと佐久間さんにご飯を作る。たまにヴィルさんが作ってる時はご相伴にあずかる。
そして出社して、仕事をしながらヴィデロさんを待つ。
今日も来ない。溜息をついて、俺専用ギアを充電器に置いた。
ヴィデロさんの道を繋いでくれているはずの携帯端末は、ひたすら充電器に刺さって通話を示しており、それ以外の反応も、声すら入らない。でも繋がってるっていうのが目で見てわかるのはとてもありがたい。
それをしっかりと確認してから、俺は会社のあるフロアの上の階に上がった。借りてる部屋に戻って、軽くシャワーを浴びて、ログインする。
誰もいない工房で、調薬と錬金を繰り返していると、雄太からチャットが届いた。
雄太には、ヴィデロさんが今まさに俺たちの世界に向かっているということを、伝えていない。どう説明していいかわからないし、そこで無理だろって否定されたらきっと信じることが揺らぐ気がする。雄太はそんなことは言わないと信じてるけど。ドッキリの方が楽しいからね、と言い訳を考えていたりする俺は、やっぱりまだ現れないヴィデロさんに少し不安になってるのかもしれない。こんなんじゃ道が揺らいじゃうじゃん。
前にアリッサさんは心が揺らぐと迷子になるって、そんなことを言ってた様な気がする。ヴィデロさんの心が揺らぐことはないから、そこは安心として。確かに待ってる方が辛いじゃん。何も出来ないから。
溜め息を呑み込みながら、俺はチャットを開いた。
『セイジが日程の調整をしてるから、そろそろ魔王の所に行くかもな』
「マジか」
雄太のメッセージを読んで、思わず声が出た。
え、俺、こんな気分で魔王の所に行けるの?
俺は雄太に返事を出すこともできずに、一旦ログアウトした。
そして、会社のドアを開ける。
ヴィルさんはまだ何か作業をしていた。
「健吾。どうしたんだ。君の業務時間は終了したはずだけど」
「ヴィデロさんはまだ来ないのかなっていてもたってもいられなくて」
「そうか。もう10日過ぎたものな……こうして、異世界間を渡るのを待つのは、そう何度も経験したいわけじゃないな」
溜め息を吐きながら、ヴィルさんは手を止めてモニターを消した。
「気分転換に何か飲むか? ここじゃ落ち着かないなら上に行こうか」
「ここがいいです」
「充電器ごと上の階に端末を持って行ってもいい。あれはこの場所であれば通じるから」
ヴィルさんは立ち上がって、今だ通話中の画面になっている携帯端末と充電器を手にした。
俺が出ると会社の電気を消して、ドアを二重に施錠する。
階段を上がると、ヴィルさんは俺が借りてる部屋じゃなくて、自分の部屋へのドアを開けて、俺に入るように促した。
携帯端末が部屋の隅にセットされる。
すぐにヴィルさんは俺の前にブドウジュースを出してくれた。
自分の前には、ワイン。
乾杯のまねごとをしてジュースに口をつけると、濃厚なブドウの味が口に広がった。美味しい。
「そのジュースはこのワインを作ったところのブドウで造られたジュースだ。母方の祖父母が住んでいる場所にほど近い農園の物なんだ。美味しくて、毎年まとまった数量買っているんだ。特別に健吾にも味わわせてあげよう。心が落ち着くジュースだ。二十歳になったら今度はこっちで乾杯しよう。こっちも美味いんだ」
ヴィルさんがグラスを少しだけ持ち上げる。ワインの瓶は、英語ではない文字が書かれていて、俺にはどこの言葉か読めなかった。
「それにしても、グランデの方で何か動きがあったのか?」
じっくりとワインを味わいながら、ヴィルさんが俺に質問する。
俺はちょっとだけ考えてから、口を開いた。
「もうすぐ、魔王討伐が始まるらしくて。それをついさっき雄太からのチャットで知って、なんか」
「事態が進んでしまって弟が現れないことに焦燥を感じたというところか」
「ええ……まあ、ちょっと違うんですけど。なんていうか、どっしり構えられないというか、ヴィデロさんをじりじり待ちながら魔王の所に行っても気がそぞろになってしまって、すぐ死に戻るんじゃないかって思うとすごく気分が中途半端で。なんか、ちゃんと道が繋がってることをこの目で見たくなっちゃって」
「なるほど……その気分はよくわかる。母がこちらに来るときに、まさに俺がその状態だった。色々とグランデとの通信を確認し、システムを構築し、母が戻ってきたら最終的なチェックを、と思って母の帰還に合わせていたら、音信不通だろ。あの頃は何もわからない状態だったから、焦るし心配になるしでどうしようかと思ったよ」
笑いながらそう語るヴィルさんは、とても落ち着いていた。
「これで発売のめどが立たなくなったらさすがに路頭に迷うだろうし、そうなるともう研究の方も続けて行けない、母も心配、とくれば、流石に20そこそこの若造だった俺も、焦りもする。実際にはパッケージデザインでもめて、システムにも不備が見つかって、母の帰還に時間がかかったことが助かったんだけどな。丁度死に戻りした時の様に現れた母は、かなり疲れ切った様子だったよ」
疲れ切ってたのか。
ちびり、とジュースを飲みながら、渡っている時のことを話してくれたアリッサさんを思い出す。
何度も迷いそうになったんだっけ。これ、皆待つ方が辛いって言ってるけど、渡ってくる方が物理的精神的に俺なんか目じゃないくらい辛いんじゃないかな。
2人とも辛くなったら、道が揺らぐってことなのかな。何かの試練みたいだ。
「それでも、約20年ぶりの母との抱擁は、嬉しかった。俺は、その嬉しい気分も知っている。アバター越しじゃなくて、本物の弟と抱擁できるっていう喜びを、俺は待っているんだ。健吾にも早くあの喜びを味わわせてあげたいとすら思うよ。羨ましいだろ。俺は二度もそんな喜びを味わえるんだから」
「そこでいいだろって言っちゃえるヴィルさんが凄いです。なんか、力が湧いてくる気がします」
「だろ。俺は凄いんだよ。自慢のお兄ちゃんだからな。だから、もし弟がまだ出てこなくても、健吾は気楽に魔王討伐に行っちゃえよ。そして、弟に「もう魔王倒しちゃったから」と自慢するといい」
「そうですね。そっか。きっとヴィデロさんも死に戻れる、って状態になっても、気分はすぐになんて切り替え出来ないから、ヴィデロさんが横にいた方が焦るかも。魔王討伐」
「そうだな」
「しかもここに来てからすぐにログインしたとしても、一からでしょ。レベル1で魔王と戦うなんて」
「あ、それは安心しろ。レベルは向こうで住んでいたとき相当のものだそうだ。母が言っていた。スキルもしっかりと覚えているし、何より、身体が向こうの魔素を覚えていて、より効率的に伸ばせるようになるらしい」
「……じゃあ、ヴィデロさんはログインするとすでにレベル200とかそんな感じに?」
「限界突破神殿もクリアしたから、そうなんじゃないか?」
「最強すぎる……」
最強のヴィデロさんかっこいい。もしレベルが見れるようになったら教えてもらおう。俺とパーティー組んでくれるかな。二人で色々遊びたい。っていうかヴィデロさんがゲームとか、想像もつかないんだけど。
「あ、でも向こうで鍛えても、こっちではギアを被って転がってるだけだから、筋肉は落ちる……?」
ハッと思いついたことを呟くと、ヴィルさんがブッと吹き出して、むせていた。
「け、健吾の心配はそこか……? 大丈夫だろ、ずっと鍛え続けていたんだ。こっちに渡ってきても鍛えないと多分落ち着かないだろ」
「でもこっち魔物は出ないですし」
「いいジムを紹介しとくよ」
「あ、じゃあ俺も一緒に通おう。俺も筋肉ムキムキに」
つい一緒に並んで筋トレしているところを想像してにやけると、ヴィルさんがまたしてもむせていた。
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