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663、トレの南門で
まだまだ調薬のレベルを上げたくて、トレの森に素材採取に行こうと門を通り抜けようとすると、いきなりがしっと捕まえられた。
冷たくて硬い感触は鎧。
振り返って見上げると、それはマルクスさんで。
「ようマック。しばらく顔を見なかったけど、ヴィデロは元気か? もう一緒にラブラブしてるのか? あいつ、ここを辞めてもちゃんと顔を出すって言っときながら全然顔を出しやがらねえから、ちゃんと顔出せって伝えてくれねえ?」
「マルクスさん……」
羽交い絞めにされたような状態のまま、俺はマルクスさんの目を見上げた。
冗談めかして言ってるけど、すごく心配そうな顔をしているマルクスさんは、俺が笑いながら『ラブラブすぎて全然顔出せないんだって』みたいなことを言うのを待ってるっぽかった。
それは隣に立った門番さんも同じで。
「ヴィデロさんは」
「おう。ヴィデロは? もう次の仕事は決まったのか? まああの兄貴がいるから職は問題ないだろうけど、あいつ、ほぼ何も言わずに辞めてったんだよ。薄情だよなあ。なあ、どうなんだよマック」
マルクスさんに質問攻めにされている間に、次々門番さん達が詰所から出てきて、俺の周りはヴィデロさんの仲間で一杯になった。
説明は……出来ないよなあ。
それに、まだヴィデロさんは現れていない。
「マック?」
「ヴィデロさんは大丈夫。元気だよ。ちゃんと皆が心配してたって伝えておくね」
顔を上げて笑顔を向けると、マルクスさんは変な顔をした。
「おいマック」
「俺と同じ部屋で寝起きして、魔物のいない平和な国で、仕事は……ヴィルさんに用意してもらって」
そうなるといいな。そんな想いを込めて、口に出す。
「なあマック……お前今もここに工房を持ってるんだろ? ヴィデロはそこにいるんじゃないのか? それとも、異邦人が言うところの『リアル』とか言う場所にヴィデロは行ったのか? そこは本当に俺らが行けるところなのか? 転移魔法陣は……あれはヴィデロは使えねえだろ。なのに使えるはずのマックがここにいるってどういうことなんだよ」
「ヴィデロさんがいるのは工房じゃないよ」
マルクスさんに捕獲されたまま口に笑みを貼り付けてそう言うと、マルクスさんの顔が更に変な感じになった。
「……ヴィデロは、無事か?」
「無事。絶対に」
何かを確認するかのように、マルクスさんが俺の目を覗き込んでくる。
捕獲されてその状態って、俺、マルクスさんの懐に入り込んじゃってるってことなんだけど、これって浮気にカウントされないよね。そろそろ離して欲しいな。ヴィデロさんのぬくもりを上書きされちゃう前に。
その願いが通じたのか、マルクスさんはそっと俺を離した。
「悪いな、強引に引き留めちまって」
「ううん。ヴィデロさんを心配してくれてありがとう」
俺は心配するより信用する方だから。心配と信用って、矛盾するよね。でも心に同居するって、どう対処すればいいんだろ。人間の心って複雑すぎだろ。
素材を集めながらもさっきのマルクスさんの顔がちらつく。
ヴィデロさんを心配してるのがすごく感じられてよくわからない感情が浮かんでくる。
何とか素材を集めて、たまに出てくる魔物を長光さんの刀で消していく。
レベルが上がったからか刀がいいのか、俺でもここら辺の魔物はサクサク倒せるようになっていた。
欲しかった素材をゲットして門に戻ると、今度はいつも通りの顔つきのマルクスさんが「おかえり」と手を上げてくれた。
ヴィデロさん情報あげれなくてごめんね。嘘ついたみたいになっちゃったなあ。
ははは、と軽く笑うと、マルクスさんに顔をむにゅっと掴まれた。
「さっきから。なんつー顔してんだよ。ヴィデロとラブラブ生活なんだろ。だったら、それっぽい顔をしろよ」
「それっぽい顔って」
「いっつもしてただろ。ヴィデロにくっついてった時に。あ、あれか。タックルしないとダメか。俺が代わりにタックル受けてやろうか?」
「ごめんなさい」
サッと手を開いたマルクスさんに間髪入れずに頭を下げると、マルクスさんが苦笑した。そして隣の門番さんに「じゃあお前来るか?」とか話を振った。その門番さんはノリが良かったらしく、目の前で鎧同士の抱擁を見てしまった。複雑な気分。
生暖かい目で鎧の抱擁を見ていると、いきなり話しかける声が聞こえてきた。
『マック、今どこ?』
クラッシュの念話の声だった。
「今トレの南門でマルクスさんの愛の抱擁を見てた」
「あ、おま、マック! ここに愛はねえよ!」
「マジか、マルクスお前……フラれすぎてとうとう相手がいなくなって俺を……?」
ふざける二人の目の前に、フッとクラッシュが現れた。
そして、俺の手を取る。
「マック、とうとう招集掛かったよ。どうする? 行ける?」
真面目な顔で、俺を見下ろすクラッシュに、俺は息を呑んだ。
その招集って、もしかして、もしかする?
「行く」
頷いた瞬間、クラッシュの手が動く。
その時ふと目についたマルクスさんの顔は、何か巨大な魔物が目の前にいるような険しいものだった。
クラッシュと共に出たのは勇者の家。
ドアをノックすると、王女様がお出迎えしてくれたので、中に入れて貰う。
中には、勇者とエミリさん、『高橋と愉快な仲間たち』『白金の獅子』がいた。そして、俺とクラッシュ。
「連れてきました」
「サンキュ。んじゃ、始めるか」
セイジさんは俺とクラッシュに交互に視線を向けてから、テーブルの上に何かを出した。
鎧の間からクラッシュと共に覗き込むと、そこにはクリアオーブが置かれていた。
既に必要数揃っているクリアオーブに、クラッシュがもうセイジさんに渡していたということが分かった。
「昨日ちょっと下見してきたんだ」
「魔大陸の中心をか」
軽く言うセイジさんに、勇者が顔を顰める。
「どうだった」
「大分魔法陣の力が削がれてたぜ。まだまだ余裕と思ったけど、そんなに余裕はねえかも。あのせいでこっちの魔物が育ったのかもしれねえ」
「……そうか。サラは……」
「あのまま。うんともすんとも言わねえよ。あの状態でどうやって俺らの試練に口出せたのかほんとわからねえ」
「サラに常識を求めちゃダメよルーチェ」
「ああ、そうだったな。ってわけで、多分今の所元気っぽいから、魔法陣がダメになる前に行きたいわけだ。マック」
いきなりセイジさんに指名されて、俺は「はい」と身体をこわばらせた。
「蘇生薬は出来てるんだってな」
「サラさん用は一つ確保してます。ランクAの物は大量に作ってあるので、皆に配れます」
「こいつぁ頼もしいな」
くく、と喉で笑うと、セイジさんは今度は他の人たちをぐるっと見回した。
「お前らはここじゃねえ世界の方が忙しいんだっけ? 絶対に皆で行きてえ。時間合わせられないか?」
「もちろん。この時のために有休はまだ残ってる」
「あたしもまだまだ講義の時間調整できるからいつでもいいわ」
「俺就職浪人だもーん。バイトはシフト変更オッケーの場所を選んだから、いつでもいいよ」
「あ、俺らも大丈夫。全員で学校休む。マックは」
「魔王討伐の時は休んでいいって言われてるから大丈夫」
俺が頷くと、会社員組にいいなという視線を向けられた。だって上司ヴィルさんだもん。魔王の所に行くときは教えてくれって言われたよ。ついでに、その時は会社のギアを使ってもいいし、上でログインしてもいいからまず魔王を倒そうかって。仕事よりも優先される魔王討伐だよ。
「んじゃ、明日か、明後日か」
「明後日だったら俺ら大学休みだから明後日がいい」
「明後日か。いつまでかかるかはわからないから、その後数日有休とるか」
「土曜日ね。あたしも大丈夫、メモッとかないと」
次々皆が了承の意を伝えて、魔王討伐が明後日と決まった。そうと決まれば、大量に調薬錬金しないとだめだな。どれくらい必要かな。
明後日までに、来るかな。ヴィデロさん。
皆がワイワイ意見を出し合う中、おれは少しだけ視線を下げた。
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※本作にはボーイズラブ要素およびオメガバース設定(α、β、Ωの概念やフェロモンに関する描写)が含まれています。苦手な方は閲覧にご注意ください。