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連載
680、「ログアウト、しようか」
しおりを挟む「ログアウト、しようか」
俺を膝に乗せたまま、ヴィデロさんがそう言った。
ドキン、と一つ胸が高鳴る。
ログアウト。
ヴィデロさんの口からその言葉を聞くとは思わなかった。
ヴィデロさんがまだここに住んでいた時、住む前、俺はそういう言葉を敢えて使わないようにしていたから。っていうか使って変な顔をされたら、住んでる世界が違うんだってことを突き付けられるみたいな気がしたから。
でも、そういうゲーム的言葉をヴィデロさんから聞くと、それはそれで違和感というかなんというか。
要するに、俺はいまだにヴィデロさんがちゃんと世界を渡れたことを夢かもしれないって思ってるんだ。
ログアウトしたら実はヴィデロさんはいなくて、どこにもいなくて。
そんな不安が押し寄せる。
ちゃんとヴィデロさんは存在してる? ホントに奇跡というか普通では考えられないようなことをしたから、余計に不安になる。
ヴィデロさんの服をキュっと握ると、ヴィデロさんは膝の上で小さくなる俺を包み込むように抱きしめてくれた。
二人でベッドに並んで転がる。
いつもは一人だけログアウトして、お風呂に入ったり現実に戻って日常のことをこなしたりしていたけれど。
今度は隣に転がったヴィデロさんも同じ場所に帰るってこと、なのかな。
ヴィデロさんの指が宙を動く。
少しだけ困ったような顔をして、首を傾げてから、スッと目を閉じたヴィデロさんは、一瞬にして眠りに落ちただけのように見えた。さっきの困ったような表情は既にない。無表情と言ったらおかしいけれど、無表情の寝顔が、今までとは違うってことを教えてる。そういえば遺体安置所状態で転がっていたヴィルさんのアバターもこんな感じだったよなあ。表情がない寝顔だから、作り物っぽくてちょっと怖かったんだった。
ヴィデロさんから少しだけ遅れて、俺もログアウトした。
いつもの身体に戻って起き上がる。ギアを外して充電器の上に置くと、俺は周りを見回した。
いつもと変わりないヴィルさんから借り受けている部屋。ヴィデロさんはどこにいるんだろう。
そういえばヴィルさんがログアウトしたら部屋に来いって言ってたっけ。そっちにヴィデロさんがいるのかな。
玄関に向かって行って、俺は姿見の前でハッと動きを止めた。
こんな、マックとはまた違う姿を見られて、ヴィデロさんになんて思われるんだろう。
今まで通り接してもらえなかったら俺はどうしたらいいんだろう。
また一から距離を詰めて? で、ログインしてる時にくっついて……ってそんなの俺には無理。
靴を履く足を止めて、玄関に手を添えるのを躊躇う。
でも、それでも無事だったヴィデロさんの姿を見たい。
少しの間逡巡していると、いきなりチャイムが鳴ってビクッと肩が跳ねた。
「マック……ケンゴ?」
物凄く聞き慣れた、耳に心地いい声が、ドア越しに俺の名前を呼ぶ。
ドキドキしながら鍵に手を伸ばして、ガチャリと開ける。
その音は外にも聞こえているはずで。
「ヴィデロさん……」
震えそうになる声で名前を呼び、取っ手に手を掛けた瞬間、ドアが外からの力で開けられて、俺の身体は温かい腕に包まれた。
その腕の力強い感触に、いつも感じていた安心感がフワッと心の中に広がる。
でも今はギアを被っていなくて、健吾としての俺で。その俺がこの腕に抱きしめられていることの奇跡に、ぐっと何かがこみ上げてくる。
顔を上げると、そこには、最愛の人がいた。
「ほんとに……無事で」
それだけしか言えなかった。
魔王討伐時、ちゃんとプレイヤーとして動いていたヴィデロさんを見ていたはずなのに。
さっきまで隣にいて、キスしてギュッとしたはずなのに。
ここにヴィデロさんがいることがすごく不思議で、怖い。
マックは作られたアバターだから、こっちの姿を見たらヴィデロさんは俺に愛想をつかさないかな。だって身バレしない程度には見た目が全然違うから。
一応この姿は携帯端末に送ったことあるけれど、端末で見るのと実際に会うのとでは全然違うし。
そんなことを大好きなヴィデロさんの腕の中で混乱しながら考えてると、じっと俺の顔を見ていたヴィデロさんが少しかがんでおでこにキスをして来た。
「逢いたかった、ケンゴ」
優しい響きのその言葉に、俺はたまらず力の限りヴィデロさんに抱き着いた。
ヴィデロさんに連れられて、隣のヴィルさんの部屋に行く。
すると、ヴィルさんはコーヒーを片手にリビングで寛いでいた。
「遅かったな、健吾。余りに顔を出さないから弟を迎えに行かせてしまったよ」
しっかりと繋がれた手が、俺をリビングまでエスコートしてくれる。
勝手知ったる部屋だけれども、いつも一緒に朝食を食べている佐久間さんは今は下で仕事中だ。
一人、人が変わるだけで、こんなにも違う雰囲気になるのか、と俺は繋がれた手に力を込めた。
「とりあえずは、魔王討伐お疲れ様、だな」
俺たちが腰を下ろすのと同時に立ち上がったヴィルさんが、キッチンに立ってお茶を淹れ始める。
それが俺たちの前に出されると、ヴィルさんは自分の分のコーヒーも新たに淹れ直してから、腰を落ち着けた。
いつもは俺がキッチンに立ってご飯を作ったりしているからか、お客様扱いにちょっと戸惑う。
「ありがとう」
ヴィデロさんは礼を言ってお茶を受け取り、口をつけてほんの少しだけ顔を緩めた。
それにしても。
「ヴィデロさん、言葉が」
さっきは混乱してスルーしちゃったけど。
ヴィデロさんはしっかりと日本語を話していた。
「実は母が話していた言語はだいたい話せるんだ。文字はアルファベットのものしか書けないけれど。しかもここの国の文字は一番複雑で難しい」
「母はずっと研究中は英語でメモを取っていたらしいから、文字はそれだけを知っているんだそうだ。言葉に関しては三か国語ほどはあまり難しい言い回しじゃなければ問題ないみたいだな。ああ、でも、研究用の専門用語はほぼ網羅していて笑った。幼いころはずっと魔道具を弄る母の横にいたんだろ」
「母が何をしているのか、とても気になったから、仕方ないだろう。父が不在の時は暇だったんだ」
「君の口から暇という言葉を聞くのはとても違和感があるな」
少しだけ拗ねた様な照れた様な表情をするヴィデロさんが「もう黙れよ」とヴィルさんに容赦なく突っ込み、ヴィルさんは声を上げて笑った。
小さいころのことを俺に聞かれるのがとても恥ずかしいらしい。聞きたいのに。
アリッサさんの後をついて歩く小さなヴィデロさん。うん。天使かな。可愛いしかない。
「どうだヴィデロ。俺は嘘は言ってなかっただろ」
「そうだな。たしかに嘘ではなかった」
悶えていると、2人の会話がふと耳に入った。
何の会話か全くわからなかったけれど、ふとヴィデロさんと目が合った時にその目が細められて、なんとなく俺のことを話してたのかな、とひらめく。
「なんの話ですか?」
首を傾げると、ヴィルさんの肩が楽し気に揺れた。
「健吾の身長が顎の高さだっていうことだ。少なくとも、アバターは口付近まではあっただろ」
「一番突っ込まれたくないところ来た!?」
笑いながら顎下を示すヴィルさんに、そこかよ! と全力で突っ込む。
そういえば前にありましたね、俺の身長が話題になったことが。っていうかそんな些末なこと忘れてほしかった。もっと大事なことが沢山あるだろ!
口を尖らせながらそんな想いをグルグルと抱え込んでいると、ヴィデロさんが俺の肩をそっと抱き寄せて頭にキスをした。
アバターとは違う、もっと短い髪の毛に。
そうだった。俺は今、マックとしてヴィデロさんの目の前にいるわけじゃなかった。
どうしよう、この顔が好かれなかったら。
アバターなんかよりもよっぽど幼いって言われてたこの顔。アバターですら向こうでは子供扱いされてたのに、ヴィデロさんの美意識感覚では、俺はアウトじゃなかろうか。老け顔だったらよかったのかな。老け顔羨ましい!
はらはらドキドキしながらヴィデロさんを見つめていると、ヴィデロさんはじっと俺を見た後、フッと目を逸らして、顔を片手で覆った。
その行動にガーンとショックを受ける。
「も、もしかして実際の俺はヴィデロさんの許容範囲外!?」
俺の心からの叫びに、ヴィルさんが盛大に吹き出した。美形でスマートなヴィルさんがここまで盛大に吹き出すとか、どうしたんだ。違和感ありすぎておかしい。
しかも今のでむせたらしく、激しく咳をしている。咳をしながら、自分の飛ばしたコーヒーを布巾で拭くのが律儀でおかしい。
ヴィルさんは、とりあえずヴィデロさんが住むのはこの部屋、ヴィルさんの部屋だということと、服はある程度用意しておいたことと、色々な手続きがあるから、しばらくはヴィデロさんも日中は忙しいということを簡潔に伝えてきた。
そして一言。
「手続きが終わったら、健吾は家に戻るか住処を変えるか、ここに住むか、今後どうするかヴィデロと二人で話し合うこと」
と言い置いて、会社に顔を出すため席を立った。
その言葉で、ヴィデロさんとの未来がまさにすぐ目の前にあるんだということが、一気に実感させられたのだった。
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