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763、グチグチしてしまった
しおりを挟むヴィデロさんが俺のすぐ横にいるだけで、奇跡だって改めて思う。
ログインしてもログアウトしても横にヴィデロさんがいること。それがどれだけ稀有なことか、少しだけ幸せな毎日に忘れかけてた。
少し前までは想像もしてなかった今の現実は、あらゆる奇跡が重なって起きたことで、周りの受け入れが万全だったからこそここまでスムーズにヴィデロさんがこっちの生活に慣れることが出来たってことで。
そう考えると、身一つで言葉すら通じない場所に行ってしまったアリッサさん、両親がいない状態でも幼いころから親の研究を続けていたヴィルさんは、本当にすごい人たちで。そんな人たちがヴィデロさんの家族だってことがすでに奇跡で。
考えていくときりがないけど。ADOをやっていなかったら俺は今とは全く違う人生を歩んでいたんだと思うと、ここにこうしていること自体が奇跡なんじゃないかって考えてしまう。
俺は、ヴィデロさんの隣にふさわしいのかな。ごくごく一般的なようやく成人を迎えたばかりの男である俺が。
こんな考えが浮かんでくるのは、きっともうすぐヴィデロさんとこっちの世界でも結婚出来ることがまだ現実味を帯びてないからかな、なんてアホなことを思う。
他のADO内恋愛をしている人たちは、皆何かを抱えてるっていうのに。一人で幸せになっていいのかな。
膝を抱えながら、俺は勝手知ったる部屋の隅で溜息を呑み込んだ。
「っていうか人の部屋でそんな辛気臭い顔をするんじゃねえ」
雄太に突っ込まれて、脳天にチョップを食らう。
そう、ここは勝手知ったる雄太の自室である。
自転車を飛ばして、雄太の家に来たのだ。自分の家が近くにあるけど、両親は仕事なのを知ってるから寄らないと決めている。
「だってさ。そんなことを思ったらなんかもやもやしてさ。でも色々知っててなんでも話せそうなの雄太しかいないじゃん」
「まず悩むことなんてねえだろ。あれか。マリッジブルーってやつか。心境を詳しく教えろ。唯がマリッジブルーになった時にちゃんと対処したいから」
「マリッジブルー……なのかな。違うと思うけど」
「そうだってことにしとけよ。唯のためにほら」
はよ、と急かす雄太に「絶対違うから」とツッコミを入れつつ、その気安い空気に安堵する。
ほいよ、とジュースの入ったコップを渡されたので、俺は素直に礼を言った。
「奇跡とかなんとか、まあ確率は天文学的数字かもしれねえけどさ。ずっと一緒にいたい相手が出来た。一緒にいられる手段があった。ってことは、状況とか運とか色々なことをフルで使って一緒にいるべきだし、でもそれが誰かの不幸を踏み台にした幸福なら多分ずっと一緒になんていないだろうし。健吾は誰も踏み台にしてないだろ。他のやつは他のやつで、自分の状況を把握して最大限に努力してる。健吾だって状況を把握して最大限に努力した。ただそれだけだろ」
何難しいこと考えてんだよ、と呆れたような声を出されて、俺は、でも、と口を尖らせた。
「健吾だけ幸せになっていいんだよ。それだって健吾とヴィデロさんが死に物狂いで努力した結果だろ。手ぇなんて抜いてたらそもそもヴィデロさんがここまで来るとは思えねえし。あの人、対立すると容赦ねえ人だから」
「ヴィデロさんは優しいよ」
「優しいのは知ってる。でも、優しいだけじゃねえ。心と身体の強さを持ってるし、色々考える知能も持ってるどころか、極上だろ。あの人の口から日本語を聞いたとき、俺実は鳥肌立ったもん。言葉ってそんな簡単に覚えられるもんだっけって。文字だってもう書けるんだろ。健吾なんて小学校からやってる英語、未だマスターしたとは言えねえじゃん。俺もだけど」
「うん……そうだよね」
「だからさ、あの人はその全ての情報とか状況をしっかり把握して使い分けてるんだよ。健吾には見せてない面も絶対あるし、健吾にしか見せてない顔もあるんだよ。それなのに、無理を押してこっちに来た。実際来れるかどうかもわからない道を通って、おおよそ現実とはかけ離れた希望と運と奇跡を頼りにだ。しかもそれを絶対できるって確信してだ。それを一番知ってるのは健吾だろ。その健吾が今更ふさわしいも何もあったもんじゃねえ。原動力じゃねえかよ。いわばお前はヴィデロさんのエンジン」
だからそんなちまちましたこと今更言ってんじゃねえよ、とお菓子の袋を差し出してくる雄太に、心の一部が軽くなる。
ああ、本当に俺は今マリッジブルーなのかな。なんてアホみたいな考えになるのは、雄太のお陰かもしれない。
「式はそこの神社だっけ? いいじゃんかっこいい。増田もミサトも絶対見に行くって言ってたぞ。あ、ついでにこの間道端で高三の担任とばったり会ったから、健吾結婚式ここで挙げるんだぜーって教えといた。神社だとそこらへん参拝してる人も見れるから、オープンでいいかもな。俺も健吾の式を見て候補に上げるか検討するかって唯と相談してたんだ」
「ユイとそこまで話が進んでたんだ。まだ4年くらい先の話だと思ってたよ」
「4年先だぜ。卒業してから。でも、俺が唯と家族じゃねえことに耐えられなくなったら学生結婚すると思う。そろそろ耐えたくないってところを正直に唯の親父に言ったら、なんか知らねえけど気に入られた。でも学生結婚の場合は唯の実家に住むことっていう条件を付けられたから、二人で悩んでる。新婚ラブラブ二人暮らしをしたいからって」
「マジかー。新婚ラブラブ二人暮らし……俺、実質実家に入っちゃったようなもんだからなあ。他の人のご飯作ってるし」
「あのビルだろ。めっちゃかっこいい部屋じゃん。あのヴィルさんの部屋を見て唯がこういう部屋に住みたいよねってハードル上げやがったから」
「住むんでしょ。無理してでも」
「当たり前だろ。でもその前に唯の両親と同居……」
「学生結婚する気満々じゃん!」
だって好きなやつは囲って手元に置いときたいじゃん、なんてあっけらかんと笑う雄太は、なんかすごく漢らしく見えた。潔いというかなんというか。その潔さで諦めて親と同居するといいよ。
「ところで神社での結婚式って参列するやつもそれっぽい着物とかの方がいいのか?」
「普通にスーツとかでいいんじゃないかな。下手すると普段着で「あ、結婚式やってる、おめでとう」なんて知らない人が外で見てたりするらしいって衣装屋のスタッフさんが言ってた」
雄太がふうん、と返事をしていると、雄太の部屋がノックされた。
「雄太、健吾君、唯ちゃん来たけど通していい? それとも下でお母さんと待ってた方がいい? 男同士の話でしょ」
「男同士の話ってなんだそれ。エロ話はしてねえよ。唯を返してくれ」
「返してくれって人聞き悪い。雄太ばっかりが唯ちゃんを占領するのずるいわよ」
「いいじゃねえかよ唯は俺の彼女だ」
「はいはい。仕方ないわねえ……唯ちゃぁん、残念ながら私とのお茶はまた今度ねえ」
本当に残念そうに部屋のドアを閉めた雄太のお母さんは、ユイを呼びに行くべく下に降りていった。
ユイが来たってことは、俺もお邪魔虫になるってことかな。
抱えていた膝を離して立ち上がると、自分の使ったコップを手にして、雄太に「俺帰るから」と声をかけた。
「おう。はよ帰れ。邪魔すんな」
「そう言われると邪魔したくなってくるよな」
「帰るんだろ! 午後から増田たちとクエスト行くから、唯を独占できるの午前中だけなんだよ!」
帰れ帰れ煩い雄太に笑っていると、ユイも雄太の部屋にやってきた。ユイの普段着はふわふわ系で、童顔の顔に良く似合っている。
雄太をチラ見してからユイに「やあ」と挨拶すると、ユイが困った顔で「健吾君ごめんね」と謝ってきた。そこで雄太のセリフに謝罪が出るのって、まんま夫婦みたいだよ。
「ユイ今日の服装すごく似合ってて可愛いね」
「ありがとう。これ、雄太の好みの格好なんだよー。私はもう少し大人っぽい恰好したいのに、雄太に却下されちゃうの。似合わないって」
「そうなんだ……大人っぽい恰好……」
わかる。わかるよ。俺らみたいな人種がオトナっぽい恰好をすると、途端に似合わなくなるの。ユイはもしかして自覚してないのかな。このセンスだけは雄太グッジョブだと思う。大人っぽい恰好は想像つかない。けれど、ちょっとだけ悪戯心が沸き上がる。
「見てみたい気もするけど」
そう言ってニヤッと笑うと、ユイが勝ち誇った顔を雄太に向けた。
「もっと言って。ほらあ、雄太。健吾君は見てみたいって」
「だからって健吾の結婚式にあのパーティードレスは却下でーす。あれはミサトみたいな人が着ないとダメなやつだからな。せめてストール羽織るかフワフワのボレロ羽織ってくださーい」
「ミニはダメって言わないのに。私ロングスカート履いてみたい」
「ロングだと裾ふんで危ないだろうが。わかった。ロング身に着ける場合ずっと俺にお姫様抱っこされてるってことだな」
「え、ずっとしててくれるの? それでいいなら穿きたい」
雄太のドン引きのセリフに恐れおののいていると、ユイが目をキラキラさせた。ユイ強すぎだろ。
お邪魔にならないように部屋を出ると、雄太のお母さんに使い終わった食器を託して家を出た。
卵もまだ孵らないまま、俺とヴィデロさんは三日後、こっちの世界でも結婚の儀式を受ける。
ところで最近全然顔を見ていないヴィルさんは、ちゃんと出てくれるのかな。無理して身体壊してないといいんだけど。
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