婚約破棄された令嬢、教皇を拾う

朝露ココア

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 客間には、まるで実家のようにくつろぐユリスの姿があった。
 紅茶を足を組みながら優雅にすすっている。

 正直なところ、二度と顔を見たくなかったが……仕方ない。
 シャンフレックは複雑な心持でカーテシーした。

 「ごきげんよう、殿下」
 「シャンフレックか」
 「私たちは婚約者ではありません。気軽に名前で呼ぶのはやめてもらっても?」
 「あ、ああ……フェアシュヴィンデ嬢」

 微笑を浮かべてユリスの向かい側に座る。
 こんな時でも笑顔は絶やさずに。
 それが公女の務めだ。

 茶を注ぐ使用人アガンは、すさまじく眉間に皺を寄せていた。
 彼が激昂してユリスに殴りかからないか心配だ。

 「それで、何かご用ですか?」
 「実は政務が大変でな」
 「でしょうね」

 ほとんどの仕事をシャンフレックが肩代わりしていたのだから、大変になるのは当然だろう。あのアマリスとかいう男爵令嬢に代わりが務まるとは思えない。
 もしもシャンフレックと同等の仕事をこなせる人材がいるとすれば……それはアルージエくらいだろう。

 「そこで提案があるんだが、補佐をしてくれないか? ついでにアマリスの教育係もやってくれると助かる。婚約破棄したが、お前を妾にしてもいいと思っているし……」

 ──何を言っているんだこの男は。
 シャンフレックの率直な感想だった。

 あまりの非常識さに、ティーカップを持つ手が小刻みに震えた。
 背後のアガンは鬼のような形相を浮かべている。
 また、サリナはアガンがいつ激怒しても止められるようにそれとなく移動していた。

 「あの、その提案は……私が受け入れるとお思いなのですか?」

 純粋な疑念だった。
 ここまでの大馬鹿と婚約を結んでいたなど、さすがに信じたくない。
 互いに愛し合っていなかったので会う機会はあまりなかったが、もっとユリスをつぶさに観察しておけばよかった。
 早めに彼の性格に気づいていれば……

 「もちろん、受けてくれるだろう? お前は俺を好いているからな」
 「お断りします」

 きっぱりと断った。
 断らないわけがない。

 シャンフレックに拒絶された瞬間、ユリスが顔を上げる。
 彼の浮かべていた微笑が、呆然としたものに変わった。

 「いま、なんて?」
 「お断りします、と申し上げたのです。そもそも私は殿下を好いてなどいません。婚約者だから頼みを聞いて、仕事も代行していましたが……今は赤の他人ですから。話はそれだけですか?」

 本当に馬鹿だ。
 そのまま行くところまで行って、破滅すればいい。

 ユリスは腕を組み合わせて、神に祈るように懇願した。

 「た、頼む……そこを何とか! 一時的にアマリスに算術やマナーを教えるだけでもいい!」
 「はぁ、ですから……」
 「王子の頼みだぞ!?」

 算術もできず、マナーもなっていない令嬢を選んだのはユリスだ。
 彼の選択にシャンフレックが付き合う必要はない。

 「──見ていられないな」

 そのとき、客間に声が響いた。
 鼓膜を打った怜悧な声に、その場の全員が振り向く。

 部屋の入り口にはアルージエが立っていた。
 突然現れた美丈夫に、ユリスは困惑する。

 「……誰だ?」
 「失礼ながら、一連の話は聞かせてもらった。きみがシャンフレックに婚約破棄を言い渡した愚者か。それが王子とは……聞いて呆れる」

 アルージエは迷いなくシャンフレックの前に出た。
 ユリスから彼女を庇うように。

 「だから、お前は誰だ? 俺に意見できる人間なのか?」
 「知らん。今は身分の話をしているのではなく、人としての倫理の話をしているのだ。誠実に尽くしてくれていた、何の咎もない少女を一蹴し……くだらん色恋に現を抜かすとは。挙句の果てに、見捨てた少女を雑用にしたいと? ユリス王子、きみは人として情けない」

 アルージエの容赦ない物言いに、ユリスの護衛が剣呑な雰囲気を発した。
 ユリス当人もまた釈然としない雰囲気で。

 「シャンフレック……じゃなくて、フェアシュヴィンデ嬢。彼は?」
 「彼は……ええと……」

 どう説明したものか。
 記憶喪失の少年で、たぶん貴族か商人で、すばらしく有能で。
 シャンフレックが困っているとアルージエは名乗りを上げる。

 「僕はアルージエ・ジーチ。ルカロ教皇だ」

 「「……は?」」

 彼の一声に、シャンフレックとユリスは同時に声を上げた。
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