婚約破棄された令嬢、教皇を拾う

朝露ココア

文字の大きさ
20 / 44

多少の無礼

しおりを挟む
 執務室にやってきたシャンフレック。
 彼女はファデレンに順を追って説明する。

 「先日、王都で滞在しているお兄様のもとに客人がやってきたそうです」
 「ほう。で、どうした?」

 アルージエが話した内容も踏まえつつ。
 正直なところシャンフレックも急展開すぎて頭を悩ませていたのだが、父ならばきっと的確な助言を出してくれる。

 「お兄様は客人を殴り、投獄しました」
 「なるほど。フェアリュクトはそういう人間だからな。一見まともな貴公子に見えて、狂乱することが多々ある。特にお前が絡むとな」
 「……耳が痛い話です」

 シャンフレックを単純に心配しているのだと思うが、兄の行動は度が過ぎる。
 投獄した相手が教皇だと知ったら、ファデレンはどういう顔をするのだろう。
 答えはもうすぐわかるが。

 「そのお客人は私に用があったようで。婚約破棄されて領地に帰ったという噂を聞き、なんとか脱獄してフェアシュヴィンデ公爵領に逃亡してきました」
 「なんとか脱獄……? どういうことだ?」
 「そういうことです」

 普通、脱獄など簡単にできるものではない。
 しかしアルージエは教皇。
 実際に奇跡を使いこなすフロル教の最高権力者である。
 逃げることくらいはできるだろう。

 「で、その方が当家の敷地内で倒れていたのです。お兄様に殴られた傷を抱えながらも、満身創痍でたどり着いたようで……庭園で気絶して倒れていました」 
 「それは……申し訳ないことをしたな」
 「ええ、本当に。最初は記憶喪失のフリをなさっていたのですが……とある一件を機に、その方が身分を明かされまして」
 「ほう。まったく、荒唐無稽な話だな。お前が語る以上は事実なのだろうが。そのお客人とは誰なんだ?」

 ファデレンの予想は商人。
 シャンフレックは王都における販路をかなり確保しているので、商談を持ち掛けにきたのだろう。

 もしくは婚約破棄されることを事前に知っていた貴族が婚約を申し込みにきたか。無礼な話だが、フェアシュヴィンデ公爵家の後ろ盾が欲しい貴族はいくらでもいる。

 だが、シャンフレックの返答は予想にまったく反するものだった。

 「教皇聖下です」
 「──は?」

 なるほど、さすがのファデレンも動揺するらしい。
 シャンフレックは普段見ない父親の表情に満足した。
 こんな呆けた顔を見るのは初めてのことだ。

 「いま、何と?」
 「アルージエ・ジーチ教皇聖下です。たしかお父様とは顔見知りだったと聞きましたが」
 「あ、あぁ……何度か挨拶をしたことがあるが……いや、おかしいだろう。聖下は滅多に外出なさらないし、人前に顔も見せない。ましてや外国にいらっしゃるなど」

 シャンフレックにしては珍しい冗談だと、ファデレンは苦笑いした。
 だが娘の表情は真剣そのもので。

 しばらく沈黙が続き、ファデレンの表情が固くなっていく。
 娘の目が本当の本当に真剣なのだ。
 念のため、ファデレンは聞いてみた。

 「……聖下はどちらに?」
 「客室にいらっしゃいます」

 瞬間、椅子を蹴り飛ばして部屋を出て行くファデレン。
 廊下を全力疾走だ。
 こんなに本気で走るのは何年ぶりか。

 ***

 客室をノックすると、中から聞き覚えのある『どうぞ』の声。
 ここでファデレンの疑惑は確信に変わった。
 この怜悧な声は間違いなく。

 「ああ、ファデレン。久しいな」
 「息子がとんだご無礼をッ! お許し下さい聖下!!」

 笑顔で迎えたアルージエに対し、ファデレンは勢いよく頭を下げる。
 少し遅れて歩いてきたシャンフレックは、父親のみじめな姿に同情した。
 だいたい兄のせい。

 「シャンフレックから聞いてないのか? フェアリュクト殿の行動は全面的に許したと。命の恩人の兄なのだから、多少の無礼は許されるさ。もちろんファデレン、きみも同じだ」

 殴って投獄するのは『多少の無礼』ではないと思うが。
 シャンフレックは心の中で突っ込んだ。

 ファデレンはアルージエに言葉に疑問を呈する。

 「命の恩人とは……?」
 「僕はグラバリの惨劇の生き残りだ。あの日、僕はシャンフレックに助けられたことにより奇跡を得た。今の教皇アルージエがいるのは、彼女のおかげだということ。僕が今回ヘアルスト王国に視察をしに来たのも、実を言うとシャンフレックに会いにくるのが本命の理由だったんだ」

 アルージエは立ち上がり、逆にファデレンに頭を下げ返した。

 「ひとつ、お願いがあるのだが」
 「え、ええ……なんなりと。聖下のご下命であれば」

 この後、とんでもない要求がアルージエの口から飛び出る。
 ファデレンは一切予想していなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ざまぁに失敗したけど辺境伯に溺愛されています

木漏れ日
恋愛
天才魔術師セディが自分の番である『異界渡りの姫』を召喚したとき、16歳の少女奈緒はそれに巻き込まれて、壁外という身分を持たない人々が住む場所に落ちました。 少女は自分を異世界トリップに巻き込んだ『異界渡り姫』に復讐しようとして失敗。なぜかロビン辺境伯は少女も『異界渡りの姫』だと言って溺愛するのですが…… 陰陽の姫シリーズ『図書館の幽霊って私のことですか?』と連動しています。 どちらからお読み頂いても話は通じます。

婚約破棄されたので田舎で猫と暮らします

たくわん
恋愛
社交界の華と謳われた伯爵令嬢セレスティアは、王太子から「完璧すぎて息が詰まる」と婚約破棄を告げられる。傷心のまま逃げるように向かったのは、亡き祖母が遺した田舎の小さな屋敷だった。 荒れ果てた屋敷、慣れない一人暮らし、そして庭に住みついた五匹の野良猫たち。途方に暮れるセレスティアの隣には、無愛想で人嫌いな青年医師・ノアが暮らしていた。 「この猫に構うな。人間嫌いだから」 冷たく突き放すノアだが、捨て猫を保護し、傷ついた動物を治療する彼の本当の姿を知るうちに、セレスティアの心は少しずつ惹かれていく。 猫の世話を通じて近づく二人。やがて明かされるノアの過去と、王都から届く縁談の催促。「完璧な令嬢」を脱ぎ捨てた先に待つ、本当の自分と本当の恋——。

完 独身貴族を謳歌したい男爵令嬢は、女嫌い公爵さまと結婚する。

水鳥楓椛
恋愛
 男爵令嬢オードリー・アイリーンはある日父が負った借金により、大好きな宝石だけでは食べていけなくなってしまった。そんな時、オードリーの前に現れたのは女嫌いと有名な公爵エドワード・アーデルハイトだった。愛する家族を借金苦から逃すため、オードリーは悪魔に嫁ぐ。結婚の先に待ち受けるのは不幸か幸せか。少なくとも、オードリーは自己中心的なエドワードが大嫌いだった………。  イラストは友人のしーなさんに描いていただきました!!

虐げられた私、ずっと一緒にいた精霊たちの王に愛される〜私が愛し子だなんて知りませんでした〜

ボタニカルseven
恋愛
「今までお世話になりました」 あぁ、これでやっとこの人たちから解放されるんだ。 「セレス様、行きましょう」 「ありがとう、リリ」 私はセレス・バートレイ。四歳の頃に母親がなくなり父がしばらく家を留守にしたかと思えば愛人とその子供を連れてきた。私はそれから今までその愛人と子供に虐げられてきた。心が折れそうになった時だってあったが、いつも隣で見守ってきてくれた精霊たちが支えてくれた。 ある日精霊たちはいった。 「あの方が迎えに来る」 カクヨム/なろう様でも連載させていただいております

【完結】その令嬢は可憐で清楚な深窓令嬢ではない

まりぃべる
恋愛
王都から少し離れた伯爵領地に住む、アウロラ=フランソンは領地の特産物である馬を領民と共に育てている。 一つ上の兄スティーグは学友から、妹を紹介しろと言われるが毎回断っていた。そしてその事を、寮から帰ってくる度に確認される。 貴族で伯爵家の娘であるアウロラは、そのうちいつかはどこかの家柄の男性と結婚をしなければならないのだと漠然と思っている。ワガママが許されるのなら、自分の好きな乗馬は止めたくなかったし結婚はしたくなかったけれども。 両親は好きにすればいいと思っていたが、父親の知り合いから結婚の打診が来て、まずは会うだけならと受けてしまった。 アウロラは、『仕方ない…いい人だといいなぁ』と思いながら会い、中身を知ろうとまずは友人から始めようと出掛ける事になるのだが、なかなか話も噛み合わないし価値観も違うため会話も出来ない。 そんな姿を見てか相手からは清楚だなんだと言われていたが、相手がある女性を助けた事で「僕達別れよう」と一方的に言われることになった。 あまりの事に驚くが、アウロラもまたある男性と出会い、そして幸せになるお話。 ☆★ ・まりぃべるの世界観です。現実とは常識も考え方も似ているところもあれば、全く違う場合もあります。単語や言葉も、現実世界とは意味や表現が若干違うものもあります。 ・人名、地名など現実世界と似たもしくは同じようではありますが全く関係ありません。 ・王道とは違う、まりぃべるの世界観です。それを分かった上で、暇つぶしにでも楽しんでもらえるととても嬉しいです。 ・書き終えています。順次投稿します。

薬師の能力を買われた嫁ぎ先は闇の仕事を請け負う一族でした

あねもね
恋愛
薬師として働くエリーゼ・バリエンホルムは貴族の娘。 しかし両親が亡くなって以降、叔父に家を追い出されていた。エリーゼは自分の生活と弟の学費を稼ぐために頑張っていたが、店の立ち退きを迫られる事態となる。同時期に、好意を寄せていたシメオン・ラウル・アランブール伯爵からプロポーズを申し込まれていたものの、その申し出を受けず、娼館に足を踏み入れることにした。 エリーゼが娼館にいることを知ったシメオンは、エリーゼを大金で身請けして屋敷に連れ帰る。けれどそこは闇の仕事を請け負う一族で、シメオンはエリーゼに毒薬作りを命じた。 薬師としての矜持を踏みにじられ、一度は泣き崩れたエリーゼだったが……。 ――私は私の信念で戦う。決して誰にも屈しない。

婚約破棄?結構ですわ。公爵令嬢は今日も優雅に生きております

鍛高譚
恋愛
婚約破棄された直後、階段から転げ落ちて前世の記憶が蘇った公爵令嬢レイラ・フォン・アーデルハイド。 彼女の前世は、ブラック企業で心身をすり減らして働いていたOLだった。――けれど、今は違う! 「復讐? 見返す? そんな面倒くさいこと、やってられませんわ」 「婚約破棄? そんなの大したことじゃありません。むしろ、自由になって最高ですわ!」 貴族の婚姻は家同士の結びつき――つまりビジネス。恋愛感情など二の次なのだから、破談になったところで何のダメージもなし。 それよりも、レイラにはやりたいことがたくさんある。ぶどう園の品種改良、ワインの販路拡大、新商品の開発、そして優雅なティータイム! そう、彼女はただ「貴族令嬢としての特権をフル活用して、人生を楽しむ」ことを決めたのだ。 ところが、彼女の自由気ままな行動が、なぜか周囲をざわつかせていく。 婚約破棄した王太子はなぜか複雑な顔をし、貴族たちは彼女の事業に注目し始める。 そして、彼女が手がけた最高級ワインはプレミア化し、ついには王室から直々に取引の申し出が……!? 「はぁ……復讐しないのに、勝手に“ざまぁ”になってしまいましたわ」 復讐も愛憎劇も不要! ただひたすらに自分の幸せを追求するだけの公爵令嬢が、気づけば最強の貴族になっていた!? 優雅で自由気ままな貴族ライフ、ここに開幕!

虐げられた令嬢は、姉の代わりに王子へ嫁ぐ――たとえお飾りの妃だとしても

千堂みくま
恋愛
「この卑しい娘め、おまえはただの身代わりだろうが!」 ケルホーン伯爵家に生まれたシーナは、ある理由から義理の家族に虐げられていた。シーナは姉のルターナと瓜二つの顔を持ち、背格好もよく似ている。姉は病弱なため、義父はシーナに「ルターナの代わりに、婚約者のレクオン王子と面会しろ」と強要してきた。二人はなんとか支えあって生きてきたが、とうとうある冬の日にルターナは帰らぬ人となってしまう。「このお金を持って、逃げて――」ルターナは最後の力で屋敷から妹を逃がし、シーナは名前を捨てて別人として暮らしはじめたが、レクオン王子が迎えにやってきて……。○第15回恋愛小説大賞に参加しています。もしよろしければ応援お願いいたします。

処理中です...