25 / 44
愚者と賢者
しおりを挟む
「兄上が父上を説得してくれている間に、俺は政務を終わらせなければならない。だが、父上から嫌がらせのように押しつけられた大量の仕事……簡単には終わらないぞ」
もちろん正攻法では終わらない量だ。
公正書類、公証人文書、裁決文書……字面を見るだけで吐き気がしてくる。
小さいころからシャンフレックに仕事を押しつけてきたせいで、まるで手がつかない。一から十まで、すべて婚約者に任せていたのだ。
隣にいるアマリスももちろん仕事などできない。
「……どうしようか」
「ねえ、ユリス様? このお仕事、無理に終わらせなくてもいいんじゃない?」
ふとアマリスがユリスに寄りかかって囁いた。
「どういうことだ?」
「少しくらい適当に書いたり、隠したりしてもいいんじゃないかしら。だって、こんなにお仕事を押しつける陛下が悪いと思うもの」
たしかに、言われてみるとその通り。
今まで政務に触れてこなかったユリスに対して、この仕事は明らかにキャパシティオーバーだ。父の判断が間違っていると言わざるを得ない。
「そう、だな……! これは父上の判断ミスだ。それに臣下も俺の手伝いをさせられてかわいそうだし……少しくらいなら適当にやってもいいか!」
ユリスは数枚の紙をめくり、適当に数字を書き入れた。
計算などせず、最初からこうしていればよかったのだ。
どうせユリスに回される書類など重要な物ではないのだから。
「おお、どんどん紙の山が減っていく……」
「ユリス様、これもこれも!」
「ああ、アマリス! この調子ですべて片づけるぞ!」
無造作に書き殴られた数字、支離滅裂な文字列。
ユリスとアマリスは次々と意味を成さない書類を作り上げていった。
***
「聖下……困りますよ。今回の一件でどれだけ神殿が騒ぎになったことか」
馬車に揺られながら、アルージエは説教を受けていた。
彼は怒られながらも愉快そうに笑う。
目の前に座るのはフロル教の大司教。
「司教の皆には説明していただろう。まあ、当初の予定よりも長引いてしまって申し訳ないが」
「教皇が護衛もつけずに他国へ行くなど……御身に何かあればどうするのです! なんとか聖下が不在の事態は誤魔化せましたが、もしも信徒に知られたらと思うと……」
「誕生祭までには帰国が間に合ったのだから構わないだろう。今後は二度とこんなことはしないと約束しよう」
命の恩人であるシャンフレックに会うという目的は果たせた。
もうルカロを無断で出て行くことはない。
大司教も渋々といった様子で納得し、アルージエに尋ねた。
「して、どうでしたか? ヘアルスト王国の信徒は」
「ああ、みな素晴らしい信仰の持ち主だった。教皇として誇りに思う」
信教に国境はない。
ヘアルスト王国だけではなく、周辺諸国はほとんどがフロル教を国教として掲げている。大勢力を誇る帝国でさえも、宗派は違うがフロル教徒が多い。
「では、ヘアルストに迫る危難というのは?」
アルージエは考え込んだ。
ヘアルスト王国に危機が迫っていると啓示を受けたが、特に混乱は見られなかった。
「これといって問題はなく、安寧に包まれたように見えた。しかし、国の実情というのは一見にして窺い知れぬもの。よく動向を見ておく必要がある」
王国はアルージエの生まれ故郷。
そしてシャンフレックが生きる土地でもあるのだから。
容易に見捨てることはできない。
「それと、第二王子にも会ったな。他の王族は軒並み評判が良いのに対して、彼……ユリス王子だけは評価できない。他国の事情にそこまで深入りはしないがね」
「統治者が無能だと民も大変でしょうな。一方、フロルを治める有能な聖下はわずかに不在にしただけで大混乱。混乱が民に悟られないように隠すのは大変でしたなぁ」
恨めしそうに文句を垂れる司教に苦笑いする。
神殿の者には申し訳ないことをした。
アルージエは反省しつつ、とあることを思い出した。
「そういえば、話は変わるのだが」
「いかがいたしました?」
「今度、ヘアルスト国王と話がしたい。会合の場を設けてくれ」
「国王と……?」
司教は唐突な命令に目を丸くした。
今までに何度も他国の王と教皇が話す場はあったが、政争や戦争の後処理が主だった。今回は特に争いなども起きていないし、宗教の在り方を論じる必要性も提起されていない。
要するに、アルージエはシャンフレックを婚約者として迎える準備がしたいのだった。
「心配はいらない。少し説得するだけだ」
「はぁ……聖下のお考えはいつもわかりません。仰られた通り、会合の場を設けさせていただきます。ですがその前に、誕生祭についてお考えくだされ」
「無論だ。今年もフロル教にとって、すばらしい祭日となるように。僕は教皇としての務めを果たそう」
もちろん正攻法では終わらない量だ。
公正書類、公証人文書、裁決文書……字面を見るだけで吐き気がしてくる。
小さいころからシャンフレックに仕事を押しつけてきたせいで、まるで手がつかない。一から十まで、すべて婚約者に任せていたのだ。
隣にいるアマリスももちろん仕事などできない。
「……どうしようか」
「ねえ、ユリス様? このお仕事、無理に終わらせなくてもいいんじゃない?」
ふとアマリスがユリスに寄りかかって囁いた。
「どういうことだ?」
「少しくらい適当に書いたり、隠したりしてもいいんじゃないかしら。だって、こんなにお仕事を押しつける陛下が悪いと思うもの」
たしかに、言われてみるとその通り。
今まで政務に触れてこなかったユリスに対して、この仕事は明らかにキャパシティオーバーだ。父の判断が間違っていると言わざるを得ない。
「そう、だな……! これは父上の判断ミスだ。それに臣下も俺の手伝いをさせられてかわいそうだし……少しくらいなら適当にやってもいいか!」
ユリスは数枚の紙をめくり、適当に数字を書き入れた。
計算などせず、最初からこうしていればよかったのだ。
どうせユリスに回される書類など重要な物ではないのだから。
「おお、どんどん紙の山が減っていく……」
「ユリス様、これもこれも!」
「ああ、アマリス! この調子ですべて片づけるぞ!」
無造作に書き殴られた数字、支離滅裂な文字列。
ユリスとアマリスは次々と意味を成さない書類を作り上げていった。
***
「聖下……困りますよ。今回の一件でどれだけ神殿が騒ぎになったことか」
馬車に揺られながら、アルージエは説教を受けていた。
彼は怒られながらも愉快そうに笑う。
目の前に座るのはフロル教の大司教。
「司教の皆には説明していただろう。まあ、当初の予定よりも長引いてしまって申し訳ないが」
「教皇が護衛もつけずに他国へ行くなど……御身に何かあればどうするのです! なんとか聖下が不在の事態は誤魔化せましたが、もしも信徒に知られたらと思うと……」
「誕生祭までには帰国が間に合ったのだから構わないだろう。今後は二度とこんなことはしないと約束しよう」
命の恩人であるシャンフレックに会うという目的は果たせた。
もうルカロを無断で出て行くことはない。
大司教も渋々といった様子で納得し、アルージエに尋ねた。
「して、どうでしたか? ヘアルスト王国の信徒は」
「ああ、みな素晴らしい信仰の持ち主だった。教皇として誇りに思う」
信教に国境はない。
ヘアルスト王国だけではなく、周辺諸国はほとんどがフロル教を国教として掲げている。大勢力を誇る帝国でさえも、宗派は違うがフロル教徒が多い。
「では、ヘアルストに迫る危難というのは?」
アルージエは考え込んだ。
ヘアルスト王国に危機が迫っていると啓示を受けたが、特に混乱は見られなかった。
「これといって問題はなく、安寧に包まれたように見えた。しかし、国の実情というのは一見にして窺い知れぬもの。よく動向を見ておく必要がある」
王国はアルージエの生まれ故郷。
そしてシャンフレックが生きる土地でもあるのだから。
容易に見捨てることはできない。
「それと、第二王子にも会ったな。他の王族は軒並み評判が良いのに対して、彼……ユリス王子だけは評価できない。他国の事情にそこまで深入りはしないがね」
「統治者が無能だと民も大変でしょうな。一方、フロルを治める有能な聖下はわずかに不在にしただけで大混乱。混乱が民に悟られないように隠すのは大変でしたなぁ」
恨めしそうに文句を垂れる司教に苦笑いする。
神殿の者には申し訳ないことをした。
アルージエは反省しつつ、とあることを思い出した。
「そういえば、話は変わるのだが」
「いかがいたしました?」
「今度、ヘアルスト国王と話がしたい。会合の場を設けてくれ」
「国王と……?」
司教は唐突な命令に目を丸くした。
今までに何度も他国の王と教皇が話す場はあったが、政争や戦争の後処理が主だった。今回は特に争いなども起きていないし、宗教の在り方を論じる必要性も提起されていない。
要するに、アルージエはシャンフレックを婚約者として迎える準備がしたいのだった。
「心配はいらない。少し説得するだけだ」
「はぁ……聖下のお考えはいつもわかりません。仰られた通り、会合の場を設けさせていただきます。ですがその前に、誕生祭についてお考えくだされ」
「無論だ。今年もフロル教にとって、すばらしい祭日となるように。僕は教皇としての務めを果たそう」
7
あなたにおすすめの小説
ざまぁに失敗したけど辺境伯に溺愛されています
木漏れ日
恋愛
天才魔術師セディが自分の番である『異界渡りの姫』を召喚したとき、16歳の少女奈緒はそれに巻き込まれて、壁外という身分を持たない人々が住む場所に落ちました。
少女は自分を異世界トリップに巻き込んだ『異界渡り姫』に復讐しようとして失敗。なぜかロビン辺境伯は少女も『異界渡りの姫』だと言って溺愛するのですが……
陰陽の姫シリーズ『図書館の幽霊って私のことですか?』と連動しています。
どちらからお読み頂いても話は通じます。
婚約破棄されたので田舎で猫と暮らします
たくわん
恋愛
社交界の華と謳われた伯爵令嬢セレスティアは、王太子から「完璧すぎて息が詰まる」と婚約破棄を告げられる。傷心のまま逃げるように向かったのは、亡き祖母が遺した田舎の小さな屋敷だった。
荒れ果てた屋敷、慣れない一人暮らし、そして庭に住みついた五匹の野良猫たち。途方に暮れるセレスティアの隣には、無愛想で人嫌いな青年医師・ノアが暮らしていた。
「この猫に構うな。人間嫌いだから」
冷たく突き放すノアだが、捨て猫を保護し、傷ついた動物を治療する彼の本当の姿を知るうちに、セレスティアの心は少しずつ惹かれていく。
猫の世話を通じて近づく二人。やがて明かされるノアの過去と、王都から届く縁談の催促。「完璧な令嬢」を脱ぎ捨てた先に待つ、本当の自分と本当の恋——。
完 独身貴族を謳歌したい男爵令嬢は、女嫌い公爵さまと結婚する。
水鳥楓椛
恋愛
男爵令嬢オードリー・アイリーンはある日父が負った借金により、大好きな宝石だけでは食べていけなくなってしまった。そんな時、オードリーの前に現れたのは女嫌いと有名な公爵エドワード・アーデルハイトだった。愛する家族を借金苦から逃すため、オードリーは悪魔に嫁ぐ。結婚の先に待ち受けるのは不幸か幸せか。少なくとも、オードリーは自己中心的なエドワードが大嫌いだった………。
イラストは友人のしーなさんに描いていただきました!!
虐げられた私、ずっと一緒にいた精霊たちの王に愛される〜私が愛し子だなんて知りませんでした〜
ボタニカルseven
恋愛
「今までお世話になりました」
あぁ、これでやっとこの人たちから解放されるんだ。
「セレス様、行きましょう」
「ありがとう、リリ」
私はセレス・バートレイ。四歳の頃に母親がなくなり父がしばらく家を留守にしたかと思えば愛人とその子供を連れてきた。私はそれから今までその愛人と子供に虐げられてきた。心が折れそうになった時だってあったが、いつも隣で見守ってきてくれた精霊たちが支えてくれた。
ある日精霊たちはいった。
「あの方が迎えに来る」
カクヨム/なろう様でも連載させていただいております
【完結】その令嬢は可憐で清楚な深窓令嬢ではない
まりぃべる
恋愛
王都から少し離れた伯爵領地に住む、アウロラ=フランソンは領地の特産物である馬を領民と共に育てている。
一つ上の兄スティーグは学友から、妹を紹介しろと言われるが毎回断っていた。そしてその事を、寮から帰ってくる度に確認される。
貴族で伯爵家の娘であるアウロラは、そのうちいつかはどこかの家柄の男性と結婚をしなければならないのだと漠然と思っている。ワガママが許されるのなら、自分の好きな乗馬は止めたくなかったし結婚はしたくなかったけれども。
両親は好きにすればいいと思っていたが、父親の知り合いから結婚の打診が来て、まずは会うだけならと受けてしまった。
アウロラは、『仕方ない…いい人だといいなぁ』と思いながら会い、中身を知ろうとまずは友人から始めようと出掛ける事になるのだが、なかなか話も噛み合わないし価値観も違うため会話も出来ない。
そんな姿を見てか相手からは清楚だなんだと言われていたが、相手がある女性を助けた事で「僕達別れよう」と一方的に言われることになった。
あまりの事に驚くが、アウロラもまたある男性と出会い、そして幸せになるお話。
☆★
・まりぃべるの世界観です。現実とは常識も考え方も似ているところもあれば、全く違う場合もあります。単語や言葉も、現実世界とは意味や表現が若干違うものもあります。
・人名、地名など現実世界と似たもしくは同じようではありますが全く関係ありません。
・王道とは違う、まりぃべるの世界観です。それを分かった上で、暇つぶしにでも楽しんでもらえるととても嬉しいです。
・書き終えています。順次投稿します。
薬師の能力を買われた嫁ぎ先は闇の仕事を請け負う一族でした
あねもね
恋愛
薬師として働くエリーゼ・バリエンホルムは貴族の娘。
しかし両親が亡くなって以降、叔父に家を追い出されていた。エリーゼは自分の生活と弟の学費を稼ぐために頑張っていたが、店の立ち退きを迫られる事態となる。同時期に、好意を寄せていたシメオン・ラウル・アランブール伯爵からプロポーズを申し込まれていたものの、その申し出を受けず、娼館に足を踏み入れることにした。
エリーゼが娼館にいることを知ったシメオンは、エリーゼを大金で身請けして屋敷に連れ帰る。けれどそこは闇の仕事を請け負う一族で、シメオンはエリーゼに毒薬作りを命じた。
薬師としての矜持を踏みにじられ、一度は泣き崩れたエリーゼだったが……。
――私は私の信念で戦う。決して誰にも屈しない。
婚約破棄?結構ですわ。公爵令嬢は今日も優雅に生きております
鍛高譚
恋愛
婚約破棄された直後、階段から転げ落ちて前世の記憶が蘇った公爵令嬢レイラ・フォン・アーデルハイド。
彼女の前世は、ブラック企業で心身をすり減らして働いていたOLだった。――けれど、今は違う!
「復讐? 見返す? そんな面倒くさいこと、やってられませんわ」
「婚約破棄? そんなの大したことじゃありません。むしろ、自由になって最高ですわ!」
貴族の婚姻は家同士の結びつき――つまりビジネス。恋愛感情など二の次なのだから、破談になったところで何のダメージもなし。
それよりも、レイラにはやりたいことがたくさんある。ぶどう園の品種改良、ワインの販路拡大、新商品の開発、そして優雅なティータイム!
そう、彼女はただ「貴族令嬢としての特権をフル活用して、人生を楽しむ」ことを決めたのだ。
ところが、彼女の自由気ままな行動が、なぜか周囲をざわつかせていく。
婚約破棄した王太子はなぜか複雑な顔をし、貴族たちは彼女の事業に注目し始める。
そして、彼女が手がけた最高級ワインはプレミア化し、ついには王室から直々に取引の申し出が……!?
「はぁ……復讐しないのに、勝手に“ざまぁ”になってしまいましたわ」
復讐も愛憎劇も不要!
ただひたすらに自分の幸せを追求するだけの公爵令嬢が、気づけば最強の貴族になっていた!?
優雅で自由気ままな貴族ライフ、ここに開幕!
虐げられた令嬢は、姉の代わりに王子へ嫁ぐ――たとえお飾りの妃だとしても
千堂みくま
恋愛
「この卑しい娘め、おまえはただの身代わりだろうが!」 ケルホーン伯爵家に生まれたシーナは、ある理由から義理の家族に虐げられていた。シーナは姉のルターナと瓜二つの顔を持ち、背格好もよく似ている。姉は病弱なため、義父はシーナに「ルターナの代わりに、婚約者のレクオン王子と面会しろ」と強要してきた。二人はなんとか支えあって生きてきたが、とうとうある冬の日にルターナは帰らぬ人となってしまう。「このお金を持って、逃げて――」ルターナは最後の力で屋敷から妹を逃がし、シーナは名前を捨てて別人として暮らしはじめたが、レクオン王子が迎えにやってきて……。○第15回恋愛小説大賞に参加しています。もしよろしければ応援お願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる