第四王女と手負いの騎士

ミダ ワタル

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王宮編

第21話 謁見した騎士とむくれる王女

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「フューリィ殿、貴殿には一度、王に会っていただきたい」

 ――そう、宰相殿に言われて頷いた俺であったが。
 まさか、頷いて半時も置かずとは思わなかった。
 王国は大国だ、それを統治する王といったら毎日の接見だけでも大変なはずだろうに。

「案外、暇なのか? 王国王は」
「そんなはずがあるか馬鹿者っ! わたしが手筈を整えたからに決まっているっ!」

 ぽつりと漏らせばすぐさま半歩前を歩く宰相殿から怒号を浴びせられ、だろうなと得心した。
 本当に暢気者というかなんというか、順番飛ばしで謁見だけでもどれ程骨が折れるかという事なのに内々になんて条件付きで、なによりティア王女から口止めされていたのをこんな形で破らざるを得ないなど……と、ぶつくさぼやく声に申し訳ないと詫びればまったくだと返された。
 余程大変であったらしく、それを上回ってティアとの約束を破らざるを得なかったことが不本意だったらしい。
 しかし昨晩の今朝でよくその調整がついたものだ。
 ティアやフェーベ王女がなにかにつけ彼の名を口にして頼るのもわかる気がする。
 しかし彼は王国の宰相であるはずで、王より王女優先でよいのだろうかと思った胸の内を読んだかのように、大きな声で公に言えることではないがわたしは王より王女派だとぼそりと聞きようによっては大変に不穏に思える言葉を吐いた。
 
「いまのわたしはあのお二人がいたからこそ成り立っているようなもの。わたしにとって、あのお二人が幸せでいられぬような国などなんの意味も持たない。文官として出来ることがあるうちは最善を尽くす。ただそれだけだ」
「そうか……」

 やはり宰相殿は、少々血の気が多いというか精神的ななにかの値が常人より高い気がする。
 情熱とは違う、もっとなにか……騎士でいうならば闘志であるとかそういった。
 人を黙らせたり従わせたり巻き込んだりする意志の強さというか気迫というか、その若さで王国の宰相として文官の長の立場にいるのも頷ける。
 ティアやフェーベ王女がいなければいまの立場はなかったとは本人の言ではあるが、たぶんいなくてもなんとかなってたんじゃないかと俺には思えるのだが……それを口にするのは、敵の領域で陣形を誤ったり崩した時と同じくらいに生命の危機を感じる気がしたため飲み込んだ。
 そういえば、いつだったかティアをもてあそぶような真似をしたら王国臣民総出で地の果てまでも追って殺すなどと脅されたが、あながち脅しではないかもしれない。
 襟を掴まれた時など、結構、俺の副官くらいには力強いものがあったし。
 元商人とティアが言っていたが、労働とは無縁そうのな色の白さと容貌で、銀色の髪と切れ長の紫がかった瞳を持つ目が妙に艶めいた凄みを醸し出し、平民階級にはとても思えない。
 ティアが生まれた時から見守っていると言っていたから、少なくとも俺より十以上は歳上のはずだが、年齢不詳で、あの老若男女関係なく誰もがぼんやり見とれそうな美女であるフェーベ王女と並んで見劣りしない。
 垣間見る有能さも含めて謎が多い。
 王国を内部からどうこうなど、この人がいる間は無理ではなかろうか。
 それに王国には軍神殿もいる。
 重鎮二人がこれで、その下にまた彼らが信を置いている部下なりなんなりがいると考えると、王国は家臣や官吏の層が厚い。
 盤石の基盤とは、長い歴史や広い国土や財や他国を圧する技術力だけではない。
 
「なに物言いたげに人の顔を見てる?」
「いや、宰相殿は王国宰相に相応しい男であるなと考えていただけだ」
「なんだそれは……貴殿に言われてもまったくうれしくない」
「だろうな。そんな宰相殿やあの軍神殿、あなた方の部下などを召しかかえ勤勉に仕える気にさせるティアの父親とはどんな偉大な人物かと考えていた。謁見するため剣も置いてきたというのにこうして向かって歩く足が重くなる」

 偽らざる本音というやつだった。
 そもそもいまや敵国の公国騎士長、おまけに公国王の弟でありながら王国王の末娘に手を付けた男であるわけだし。いや、まだ手は付けてないか……昨晩は危うかったが、しかし父親としてはいまの状態でも十分手を付けたことになりそうな気も。
 仮に自分がティアのような娘を持つ親だと考えたら……。
 殺すな、間違いなく。
 俺だったら、問答無用で殺す――。

 王宮が無駄に大きく広いことになんとなく救われるような思いで、先が見えないほど長く続く赤い織物を敷いた廊下――おそらくそれが“使われている通路”の目印なのだろう――を眺め嘆息すれば、なにを急に落ち込んでおるのだ貴殿はと宰相殿が怪訝そうに目を細めた。 
 
「たしかに、あの方の寛大さというか鷹揚さを思うと、自分の矮小さが思い知らさせられるものはあるが。カルロ殿はともかく、わたしのような者を宰相などにいきなり据えたりするような豪胆さなどは特に、常人が真似しようとしてできるようなものではない」
「そういったことではないのだが」
「では、どういったことだ?」

 宰相殿が俺と同類であるならいずれわかる、と言いたかったが、なんとなくそれも剣呑な気配を感じるため上手く説明できないが恐れ多さのようなものだなどと適当に濁した。
 昨晩ティアよりもフェーベ王女が心配であるといった彼の言葉を聞いてから後、二人の王女に言及する際、必ずフェーベ王女をティアの前に置くのは単に序列の問題だけではないように俺には思えてならない。
 それにおそらくはフェーベ王女も。
 まったくの憶測であるし、そもそも国から見ても人間関係の上から見ても通りすがりの部外者でしかない俺になにか言う権利も資格もない。
 
「恐れ多さのようなものとは、貴殿にもそのような殊勝な精神があったのだな」
「なんとでも言ってくれ」

******

 増改築を繰り返し、場所ごと時代様式が異なっていたりするといった宰相殿の説明を聞ききながら歩いた王宮だったがどこもかしこもいちいち壮大、壮麗といった言葉が浮かぶ事には変わりない。
 そんな王宮内でも、一際大きく重厚な扉の前に我々の足は一旦止まった。
 黒く堅い材に精緻な植物紋様を彫り込んだ装飾が王国つまりはアウローラ王家の紋章を囲む扉の向こうは、説明されるまでもなく王の玉座がある間だとわかる。 

「理由を付けて人払いも済ませてある。この向こうにいらっしゃるのは王と王妃と護衛にカルロ殿だけだ。それほど多く時間は取れない」
「わかった」
「では入るぞ」

 そうして宰相殿が扉を僅かに開け声を上げて入室の許しを乞い、それが許されると我々は扉の向こうへと進んだ。
 真四角の部屋の奥、玉座に向かって深く藍色に染めた敷物が伸びている。
 心の準備をする間もなく扉を潜って真正面、まるで大聖堂の祭壇のように高くなっている場所に玉座はあった。

 宰相殿やカルロ殿を見ていたから、王国王はさぞ気迫のある雄々しく立派な人物であろうと想像していたが、立派な人物ではあるものの予想に反してことさら体格が良いわけでも見目麗しいというわけでもなく、普通より少し丈夫そうな体躯でやや四角張った顔に適度な皺を刻み褐色の髪と目をして、顎髭を蓄える初老の男だった。
 王妃似とは聞いていたがティアにもフェーベ王女にもどこにも似ていない。
 とはいえ数百年にも渡る大国の統治を平然と背負って玉座に座っている時点で、もはや常人であるわけがなく、人徳というか懐の広さが遠目にも感じられるような穏健な迫力を有していた。 
 俺は玉座のある高みに登る手前の床に膝をついて、一礼し、宰相殿はそんな俺を置いて玉座のある側へとゆっくりと短い階段をのぼり王国王の右側に控えるように立った。
 そこが宰相である彼の定位置なのだろう。

「ヒューペリオ公国騎士長、現公国王実弟のフェリオス・ヒューペリオ・フューリィと申します。恐れながら、その、陛下のご息女であられるティア王女に命を救われ……」
「仔細はこのトリアヌスから聞いている」
 
 一通りの説明を述べようとした俺の言葉を王国王は遮って、で? と続けた。

「儂の娘とは――」

 いきなり核心に切り込まれた。
 下げた頭の額に下りる髪の隙間から王国王を見上げれば、玉座の肘掛に両肘を置いて左手でこめかみを押さえるような仕草をした。
 不意に彼の右腕が動いて、ガツッ、ガシャンと重々しく金気のぶつかる音がし、俺の足元に鞘に収まった剣が転がっている。

「王……?!」

 宰相殿が訝しむ声が漏れたのが玉座の間にやけに大きく響き、俺は文字通り背筋が冷えた。 
 王国王にとくに怒りや不快の様子は見えず、穏やかな表情でゆったりと構えている姿に変わりはなくだからこそ一層、迫られている圧を覚える。
 皮肉にも――と、王国王の声が頭上から降ってくる。

「傍系中、現在、最も強く残るのが決別したはずのヒューペリオの一族。先代は早世し、いまは貴殿の兄上が王であったな。後継者もすでに生まれ健やかであると。先々代の兄上殿は息災か? 放蕩で王位を継げずだったそうだが、継承権は残していると聞く」
「は? は……御蔭、様で」
「御蔭様とは、奇妙な返事だ。まあいい……我が末娘のためフェリオス殿は国が取れるか?」

 なっ……と、発しそうになった声をごくりと飲み込み、床に転がっている剣を見詰め、宰相殿を見たがまるで感情のない、仮面のような無表情さであった。
 顔かたちが整っているだけに余計に作り物めいたものに見える。
 すでに王国王と俺に対する対応は決めているのか、助力は望めなさそうだ。
 そういえばカルロ殿もいるはずだと視線を彷徨わせ、王の玉座の背後、陰に隠れるようにほとんど気配もなく佇んでいるのを見つけたが、その表情は影っていてわからない。
 カルロ殿のさらに左隣に普段はそこになさそうな玉座とは意匠の異なる小さめの椅子に華奢な黒髪を夫人が静かに座っているのことにも気がついた。
 おそらく、ティアの母親の現王妃だろう。
 たしかに似ているがティアよりもっと優し気な雰囲気だった。

「どうか?」
 
 再び問いかける声が玉座の間に響き、俺は顔を上げて王国王を仰ぎ見た。
 それにしても、見た目はまったく似ていないが口調がティアそっくりだ。
 あいつの偉そうな感じはこの父親である王国王譲りかと、宰相殿が聞いたらまた暢気者だの無礼だのと言われそうなことを思いながら、ティアのためか……と胸の内で呟いた。
 ティアなら、どうだろう。

「フェリオス殿?」
「取れません」
「んぅ……?」
「その……剣を振るうという意味でなら公国にその必要があれば振るうことはできる。だがティア王女や王国のためにというのであれば……」

 まあ王国王が言わんとすることもわからないではない。
 帝国に与している公国の男と娘が恋仲になるのは、父親としても王としても許しがたいことだろうし、しかし、正当な継承権を俺がたまたま持っているというのなら、公国を帝国から守るためだのとなにかしらの大義名分の下に活用して損はない。
 娘は安全だし公国を王国の実質的に管理下にも置くことができる。
 言うほど簡単なことではないが、選択肢としては有りだ。
 だが。
 
「ティア王女はたぶん望まないでしょう、選択肢としてはあるなとは言いそうですが……仮に私がよかれと陛下の仰る通りにしたとしても哀しむだけかと。寧ろ哀しむ前に無茶苦茶怒って阻止する側に回りかねない。あいつはそういった奴だ……」

 腕を伸ばし、剣を取って鞘から抜けば、宰相殿が動揺したように息を飲む音が聞こえ、流石に前方からびりっとしたカルロ殿の警戒の気配を感じる。
 あの軍神の速さではきっと俺が王国王に近づくより先に、一戦交えることになるだろうし本気を出したあの御仁に、こんな状況で勝てる気もしない。
 
「いい剣です」

 さっと刃を検分して、少し笑った。
 貴方って大将は進んで前線に出て行くだけでも迷惑なのに、何故そこで余裕かませるんだって時にかませるんだから呆れて物も言えないと、しばらく聞いていない俺の副官の声が耳の奥で蘇ってさらに苦笑する。
 頭上から不審と怪訝しかない視線を感じる。

「ここで自害、あるいは罪人としてカルロ殿に斬らせるというのも選択肢としてはあるかもしれない。なんの罪になるかわからないが宰相殿なら上手く辻褄を合わせそうだ」

 宰相殿が思い切り顔をしかめる。
 貴様、王の手前、黙っているからといってといった顔だった。

「いまこうして王国王の前で剣も抜いてもいる、しかし、いまの私はティアの捕虜です。彼女がそう明言したのはそこにいる宰相殿もカルロ殿もフェーベ王女も聞いている」
「ふむ」
「勿論、身内の話と潰すことも出来ないことではないでしょうが、いまの俺は公国でも生死不明で扱いだって詳細不明だ。ここで死んでもまったくの犬死、王国にとっても後始末の面倒以外ない」

 ま、そりゃたしかにとカルロ殿の呟き、宰相殿が小声で咎めるやりとりがぼそぼそと聞こえ、張り詰めていた玉座の間の緊張感が一気に緩む。
 王妃が手を口元に苦笑を抑えて震えている。

「手続きを踏まない権力の濫用に対して王国は厳しいとティアが言っていた。いくら陛下でも、成人として認められた王族であるティア王女が第四王女の権限と責任を持って身柄を引き受けると言ってくれているのを私刑でどうこう出来ないはず」

 ふ、ふふふふ……と、王妃の、成人した娘を持つと思えない可憐な笑い声が玉座の間に響いた。

「意地悪ももうそれくらいになさらないと。ティアが知ったら、嫌われますよ?」
「むぅ……」

 王国王が唸って、口元を少々不服そうに曲げ腕組みをする。
 それを涼しい顔で見遣って俺に向き直り、王妃は困ったように僅かに首を傾けた。

「この人は、自分に似た末娘がかわいくて仕方がないのです」
「そういったことを客人に言うな」
「あなたが子供みたいなことをするからトリアヌスもカルロもいい迷惑です。これは家族の会談ですから、貴方も楽になさってフェリオス公国騎士長。貴方のその話し方、舌を噛むのじゃないかと聞いていて気が気じゃないわ」
「王妃……もうそのくらいで」

 宰相殿が溜息まじりにそう言って肩を落とし、首を緩く振る。
 にっこりと微笑んだ顔が、あのあまり善人には見えない笑みを見せるティアそっくりで、ああ、あいつの母上だなと俺は思った。

*****

「無能とはいえ儂も王国王である以上、信の置ける人間かは見極める必要がある」
「無能……」
「王っ!」
「どういったわけか昔から人と幸運に恵まれる。こやつのような優秀な奴を容赦無く取り立てて働かせ、王国王として表向きの威厳を保ちつつ楽をしているというわけだ」
「はあ」
 
 なんてことを仰るかと背後から咎めた宰相殿へ目をやって王国王はそう言い、少々小煩いがなと茶を飲んだ。
 場所は続き間となっていた部屋に移り、何故か王国王夫妻と同じ円卓について茶の歓待を受けている。
 なにせ非公式の会談だ、この部屋の用意もそのつもりで準備してあったのだろう。
 茶を入れたのは宰相殿で、王の右斜め背後に立って控えている。
 本当になんでも出来るなこの人はと少々呆れた気分で、杯に口をつけた。
 先程までのやりとりで生じた緊張に喉が渇いていた。
 それほど広くはない部屋だ。
 おそらくは王の休憩や家臣との相談ごとに使う部屋なのだろう。
 やはり真四角の部屋で、中央に王国王夫妻と俺が席についている四人がけの円卓、出入口から最も遠い部屋の奥に暖炉があり、煙突を囲う張り出した石積みの壁にアウローラ王家の紋章を織り出すタペストリーが掛かっていた。 
 暖炉の前にも椅子が二脚あり、内一脚にカルロ殿が寛いだ様子で腰掛けている。
 彼はどうやら王家の家族に近い扱いのようだった。

「儂の代よりはるか以前から登用機会は設けているが、玉座で暢気に昼寝ができるかどうかは別だ。十八で即位しいまの体制にするのに二十余年かかった。もう少しかかると思ったが、こやつは怖いからな、随分早まった」

 なにせ自分より上に立つ者ほど嬉々として調査し処理してくれる。
 喉を鳴らすように笑う側で、宰相殿が眉をひそめ、鼻に皺を寄せていた。
 嬉々としてといったわけではないとその目が言っている。

「王宮勤めになったばかりの当時、平民出から見て、目に余る者が多かったというだけです」
「宰相になってしまったから、次に処理するとしたら儂しかいない」
「王」
「すでに息子達はこやつにしごかれている。娘二人は知っての通りだ。アウローラ王国がこやつの名を冠するようになるのも時間の問題だな」
「言っていい冗談とよくない冗談があります」
 
 冷めた声音に、王国王はそういちいち目くじら立てるなと顔を顰める。
 やはりティアに通じるものがある。
 姿は王妃似で鷹揚で大雑把なところは王似のようだ。

「まあ……とにかくだ、王都以外に規模の大きな街が東・西・南に三つ、中規模な街は五つ散らばり、小規模な村や集落は無数。王都から儂一人の目で見渡すには王国は広過ぎる」

 盤石だの安定した統治だのと言われているが、歴史に残るにはささやかすぎる水面下の攻防は絶えなかった、身近な家臣も少しは注意する必要があったと話す王国王が不可解だった。
 どうしてこんな話を、俺に、話しているのだろう。

「一掃は出来ん、が、そう好き勝手出来ぬように押さえつけてはいる。だが戦となれば別だ」

 そういった者共が長けているのは保身、小狡い奴らは有事だなんだと理由をつけて、自分に都合の悪い死んで欲しくない奴を前線や責任を負う者として立てたがる。
 また身近な家臣の腹を探りながら仕事をし昼寝が出来なくなるのはご免だと彼は言い、そんなことばかり仰ってと王妃が彼の杯にお茶を継ぎ足せば、誰が玉座に座っても良いように回っていくのが良い国だと、王国王は目を伏せ、おどけた仕草で両手立てて掌を軽くこちらに見せると、揉み合わせる形に組んだ。

「決定的な公国との衝突は避けたい」
「騎士長殿は実に都合の良い時に現れた、国交の切れた公国に繋がる糸」
「戻って俺に間諜の真似をしろと?」
「いや、公国の実権を公爵家の者に取り返してもらえれば儂らには十分。儂や王は力を貸す。トリアヌスは……どうかわからんがの」
「カルロ殿は不用意な物言いをしすぎる」
「儂は武官だから細かいことは知らん」

 まったく無責任な……とぼやく宰相殿に若干同情する。
 日々の務めに、王族のあれこれの辻褄合わせに御用聞きでは大変そうだ。

「とにかく、ひとまず公国の様子を直に確かめないことにはなんとも。俺の扱いがどうなっているのかも、兄がどうなっているのかもわからなければどうにもならない。力を貸してくれるというのならカルロ殿」
「ん?」

 暖炉へと体ごと向けて俺が声をかければ、背もたれ越しに振り返って、彼は顔だけをこちらに向けた。
 本当なら彼の正面に回って話すことであろうが、王国王夫妻と同じテーブルについていて勝手に立ち上がるわけにもいかず、俺はカルロ殿と目を合わせて会釈するように頭を動かし一礼した。

「長い間動いていないせいでいささかなまっている。身体もだが、カルロ殿にああも遊ばれるようでは多勢に無勢となった時に対処できない。訓練に付き合ってもらえまいか」
「そんなことか」
「明日からでも」
「いいだろう」

 カルロ殿の返答に俺は頷き、王国王夫妻へと視線を戻せば、武官同士は話が簡単でよいなと王国王は呟いた。
 おそらく日々の手続きを思ってのことだろう。
 もちろんこんな簡単なのは個人的なお願いだからで、いくら武官とはいえ公国で騎士長の任務上のこととなれば王国でなくたってそう簡単なものではなくそれなりに手続きもある。
 それはまあいいとして、いまは今後のことだった。
 王国王、と俺は彼に自分から話しかけた。 

「俺が、いまこうして話すことが出来るのもティアがいたからです。俺は間違いなくティアに救われた。あいつが望む限り側にいて、命じるならその通りにすると彼女に誓った。叶うならティアにとってよい形でそれを成したい」
「随分、欲の張った都合の良いことを言う男だな」
「あら、あなたも似たようなものですよ」
「む、そうか?」
「傲慢にも、国だけでなく私の天命まであなたのお好きに支配する気でいらっしゃるではありませんか」
「これ以上、妃を亡くすのが嫌なだけだ」

 王妃が口を挟んだのに、ふてくされた子供のように王国王はぼそりとそう漏らした。
 そういえば、ティアの母親は三番目の王妃だと聞く。
 王国王はカルロ殿より若く見え、王妃も四十位の夫人に見える。
 ティアと母親が異なるフェーベ王女は幼い時に母を亡くしたそうだから、随分若いうちに立て続けに妃を二度も失っている。

「母親としては、あの子に貴方のような方が出来て一安心。このまま身内にしか懐かず、あの賢さを国の繁栄に使い続けるような娘になってしまうのではと、それだけが心配でしたから」
「王妃」
「ですが、必ず貴方たち二人を祝福するとお約束はできないわ」

 どうもアウローラ王家は女性が強いようだ。
 ティアが歳を重ね、たおやかさを付け加えたような王妃の落ち着いた佇まいとこちらを見つめる静かな眼差しに、なんとなく居住まいを正した。

「お分かりでしょうが、いまの時点で私達は貴方のことは失礼ながら二の次。王国とティアのことだけを案じています。あの子はまだ若い、どのような形で貴方を失ってもいずれ立ち直れる」

 そうでしょうね、と俺は答えた。
 俺もそれは塔にいる時に何度か考えた。
 たとえ公国と王国が再び友好国となっても、ティアを迎え入れることが出来るかどうかはまた別だ。それにティアが言う通りに戻って謀殺されるおそれもあるし、成就するより死別あるいは状況によって引き裂かれる可能性のほうがおそらくは高い。
 王国はティアのことは守っても、俺とティアの間のことまでは守らない。
 ティアはまだ若い、それに王国の王女で相手はいくらでもいるだろうし、俺との間のこともいずれ時間が解決する。
 それが現実で、その現実を容易に理解出来る程度には俺はティアよりは歳を重ねている。

「それでも?」
「問題ない。俺は、偶然俺を助けてくれた敵国の王女に惚れた一介の騎士でしかありません」
「なら貴方のことは事が片付くまでは寛大に処します。それでよろしいでしょ?」

 王妃の問いかけに、誰も異議を唱える者はいなかった。

*****

 謁見後、宰相殿が一度怪我の具合は医師に診て貰うのがいいと王宮医のところへ連れて行かれ、結果、まったく問題ないといった診断を得られた。
 もう動いても構わないお墨付きまでもらえた。
 どうやらティアに鍛錬を咎められても反論出来そうだと右肩の具合を確かめるように医師の前で動かしていたら、しかしティア王女の腕がここまでとは……と医師が嘆息し、医術の訓練を受けていたら今頃自分は廃業ですと苦笑した。
 たしかに傷跡も斬られた傷と思えないほど綺麗だ。
 ふと、あの、まだティアに看護されていた日々のことが思い出される。
 まだ大して日は経っていないのに、随分遠い出来事に思えて懐かしさすら覚える。
 無性にティアの姿が見たくなった。
 昨晩、眠り落ちる前はもう随分落ち着いてはいたし、フェーベ王女にもついてもらうよう頼んだが、大丈夫だろうか。
 そんなことを考えながら、宰相殿に案内されて再びティアの私室に戻り、呼びかけても返事がないのに許可なく入ったら思いの外普段通りに、入室したことを咎めもしてほっとした。
 フェーベ王女や宰相殿の手前抑えてはいたが、すぐ隣でさらさらと揺れる黒髪の筋に触れたかったし、おまけに髪を少し結い上げたこれまで見たことないほど可憐な王女といった姿でいたティアに一体なにが問題ないんだろうかと俺は内心自嘲した。
 問題ないはずがない、大有りだ。
 こういった機微に敏いフェーベ王女が宰相殿を伴って部屋を出たら、抑えが外れた。

 塔に帰って、二人でいたい。
 そんなことを言って懐いたティアに、身勝手な満足を感じながら、更に身勝手なことを思い出す。
 そういえば、カルロ殿に訓練に付き合ってもらう約束を取り付けた。
 ほとんど主治医のようなティアに相談もせず、勝手に決めたことは悪かったが、そこまで怒ることでもないと思っていた。
 それなのに。

「別に、ずっとなんて言ってないっ!」

 などと、急にむくれ出して、塔に戻り二人でいたいの言葉は半ば打ち消された挙句。

「色々、考えを整理したいから自分の客間に行け」

 と、さらに部屋から追い出された。
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サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

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