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王宮編

第20話 目を覚ました王女と決めた騎士

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 眠りのなかで、考えていた。
 まるで暗闇の沼に沈んでいくような気分だけれど、冷たくない。
 温かい、フューリィに抱きしめられている時のように。
 そういえば怯えた私がすがりついたフューリィは温かいというより熱かった。
 熱い手、熱い吐息、熱い目……私は、少し混乱していて――。

 ――あまり俺をもてあそぶな。

 フューリィはそう言った。
 
 ――いま手折らないと、萎れてなくなってしまうからって顔して。

 彼から見た私は、それほど頼りなく心細い様子に見えていたのだろうか。

 ――お前一体なにを焦って怯えてる?。

 私は、少し混乱していて……寒さと、寂しさと、押し寄せてくる怖さ。
 いや、もっと……怖さにも色々ある。
 フューリィの前で取り乱して泣くのを止められないほど、一体なにが怖かった?
 なにかに襲われる怖さ、悪い予感への怖さ、嫌な気配への怖さ……まだなにか足りない、もっと……なにかを見落としている時みたいだ、知っているはずなのにわからない焦燥感、私は……。

 ――弄んでなんかない。お前が好きだし心ごと連れ去って欲しい。

 なにもかも奪って欲しい。
 私の心も、まだ誰も触れていないこの身も、こうしているうちにも嵐のような勢いで色々なことが巡っては消えていくとりとめのない思考も、王国の王女である事もすべて。 
 これまでの私を……私は……自分を疑っている?
 どうして? 
 わからない。 
 すごい殺し文句だと、フューリィは言った。きっと私の言葉が誘いの言葉に思えた?
 けれど、私は。

 ――でないと、また、攫われる。

 また、攫われる。
 また?

 はっと、目を覚ました。
 明るい。
 朝? 昼? 
 
「おはよう、ティアちゃん」
「……フェーベ……姉、さま?」

 突然、半分かげった視界に瞬きすれば、にっこりと微笑んで、寝台に横になっていた私を上から覗き込んでいるフェーベ姉様の顔があった。

「どうして……」

 寝台はフューリィの客間のものではなく私の寝台で、部屋は私の部屋だった。

「話しているうちに眠ってしまったティアちゃんを、そのまま自分の客間に寝かせておくわけにはいかないからティアちゃんのお部屋に運んだのですって。あの人、ティアちゃんが本当に大事なのね」
「フューリィは?」
「王宮医のところ。肩の傷は利き腕だしトリアヌスが一度きちんと診せたほうがいいだろうって」
「そうか……それは、そうだな」
「昨晩のティアちゃんの様子が少し心配だったからついていて欲しいって、あの人に頼まれたの」

 寝台の縁に横座りに座るフェーベ姉様へ、私は顔を向けた。

「……フェーベ姉様」
「なあに?」
「また、ってなんだろう……」
「え?」
「いや、なんでもない」

*****

 あれはたしか六つか七つの頃だ。
 私は姉様や兄様達のように初等学校も中等学校も行っていない。
 初等学校に入る頃には中等学校で教わるくらいの内容がわかるようになっていたからで、勉強は王宮の中で家庭教師に教わっていた。
 家庭教師に教わっていたけれど、わからなくなるとトリアヌスに尋ねていた。
 彼は直接、答えを教えることはしなかったけれど、なににつまづいているのかを解きほぐしてくれる。
 わからないことはなにか、それをわかることが一番難しい。 

『ティア王女、わからなくなった時は、うんとはじめに戻ってもう一度順番に考えるのです』
『もう一度……順番?』
『たくさんのことをいっぺんに考えようとしたり、わかっているつもりで無理やり片付けようとしてはいけません。どんな事も、混沌であっても、すべては秩序を持って順番につながっているのですよ』
『順番……』
『そう思って、もう一度、課題に取り組んでご覧なさい』

 わからなくなったら、うんとはじめに戻って順番に考える。
 幼い私にトリアヌスは教えてくれた。
 うんとはじめに戻って、順番に……。
 いま、フューリィと王宮にいるところからずっと遡っていく。
 彼との出会い、何故出会うことになったのか、塔に一人で暮らしていること、王宮を出るため長い年月をかけた父様の説得、そもそもどうして王宮を出たいと思っていたのか……人と会っているとすぐに疲れる、でもどうして? 
 急に私に近づこうとする大人が突然増えて……それがなんだか怖くて、彼らを避けるようにあまり人目につかない場所に一人でよくいた。
 私しか知らない通路や隠れ場所……そこで毎日過ごして、毎日?

「毎日……」
「ティアちゃん?」

 起き上がって枕に背を預けて考えに没頭し、そう呟いた私へ心配そうに声を掛けるフェーベ姉様に、そういえば小さい頃、いまみたいに目を覚ました私のそばについて心配そうにしていたことがあったと思い出した。
 あの時はたしか、私しか知らない場所で私が五日も姿を消していたとかで……王宮内にいたものの家出したみたいな心配をトリアヌスや皆にかけて……でもあまり叱られなかったような。
 なにかと厳しく口うるさいトリアヌスなら絶対、侍従長が止めに入るほど怒りそうなものなのに。
 というより、私、五日も王宮のどの場所でなにをしていたんだ?
 そんなにお菓子や食料を蓄えた覚えもないし、本をどこかに持っていったような覚えも……。 
 覚えも……覚えが……。

「あれ……?」
「……ティアちゃん?」

 どうしたの、と怪訝そうに尋ねてくるフェーベ姉様の声が聞こえるのに、うんと曖昧に返事をして、姉様だったら私より六つも年上だしなにか覚えているかなと尋ねた。

「前にもフェーベ姉様が寝ていた私についててくれてたことがあった。覚えてる?」

 薄着が少し寒くなってきて、とりあえず着替えるかと寝台を降りてクローゼットに向いかけて、いつもなら私の服をやたら選ぼうとするフェーベ姉様が黙ったまま動かないのが不思議に思えて振り返った。
 
「フェーベ姉様?」
「ティアちゃん……思い出したの?」
「え?」

 いつもにこやかな微笑みを浮かべているようなフェーベ姉様なのに、私を見たその顔は硬い表情をしていた。

*****

 服を選ぶのは面倒だ。
 いっそ全部同じものでもいいと思うのだけれど、そういったわけにはいかないらしい。
 とりあえず一番最初に目についた服にした。
 飾り気のない薄紅色したチュニックに同じ色に染めた袖の広がった上着を重ねる。
 絹を織り込んだ柔らかな薄手の毛織物で、夕暮れになっても寒くはないだろう。
 珍しくフェーベ姉様はなにも口を挟まなかった。
 ただ、櫛と髪を結うための細いリボンを持ってこっちへいらっしゃいと言って、また寝台の上に私を座らせた。

「ティアちゃんの髪はいつも真っ直ぐで綺麗ね。うらやましいわ」
「まあ、あまり面倒はないかな」
「わたしなんて毎朝苦労しているのに」
「でも姉様は蜂蜜みたいで綺麗な色だし」

 ゆるく波打って輝くようでとても綺麗だ。
 私達は、姉妹だけれどそれぞれ別々の母親似なので見た目は全然違う。
 姉様の肌はほんのり赤味がさしているような透けるような白さで、私とは違う色の白さだ。
 髪や瞳の色も違うし、顔立ちも父親の要素が薄いからあまり似ていない。
 私達が仲の良い姉妹になれるか、周囲は少し心配したらしい。
 早くに実母を亡くし、二の兄様と歳も離れている、二番目の王妃様生き写しのフェーベ姉様は少し他の兄様姉様と距離を置く存在だったそうで、あまりに小さい末っ子として産まれてかえって家族の話題となっていた私に嫉妬を向けるのではないかと。
 心配しておりましたが杞憂で済んでようございましたと物心がつく頃に乳母は私に言った。
 フェーベ姉様は最初から優しくて、兄様や姉様のなかでは多分一番、私を可愛がってくれる。
 私を着せ替えたり、髪を色々編み込んで結いたがったりして時々ちょっと面倒くさいこともあるけれど、私はフェーベ姉様が好きだった。
 ティアちゃんは賢いからっていつも言うけれど、フェーベ姉様もとても賢くてたぶんトリアヌスと同じくらい周囲全体のことが見渡せる。
 だからきっと私がまだ幼かった頃のこともきっと覚えているはず。

「フェーベ姉様……えっと」
「わたしね、妹が欲しかったの。お兄様なんて遊び相手にもなってくれないし、そもそも好きなものも性格も全然違うのですもの」
「たしかに……」

 小さい頃のことを尋ねようとしたら、急にそんなことを言い出したフェーベ姉様に思わずくすりと笑ってしまった。
 二の兄様は真面目で几帳面で慎重で心配性で、だからまあお金のことや都市の整備などには向いている。

「いまの王妃様に子供が産まれるって聞いた時に、女の子だったらいいなあって思ったの。出来れば王妃様に似た可愛い妹だといいなって。一緒に遊んだりお洒落したり、おしゃべりもできるでしょう?」

 お姉様方は私より十以上も年上で、もうほとんど大人だったんですもの。
 言いながら、私の左右の髪を順番にリボンと一緒に編み込んでいく。髪をいじるのが苦手な私と違ってとても手際がいい。侍女よりも器用なくらいだ。
 あっという間に編み終えた左右の髪を頭の上に飾りのように渡して耳の後ろに余ったリボンで留めると、出来たと言ってフェーベ姉様は後ろから私の肩に腕を通して、私を抱きしめた。

「フェーベ姉様?」
「小さい頃のわたしが寂しくなかったのは、トリアヌスやティアちゃんがいたからよ。だからわたし二人を苦しめる人がいたなら絶対許さない」
「そんな大げさな……」
「大げさじゃないの」

 躊躇ためらうような間を置いて、ティアちゃんはねと、フェーベ姉様にしては低くくぐもった声がした。

「八歳の時、王宮の外に攫われたの。五日も行方不明だったのよ」
「五日……」
「最初は、ティアちゃんしか知らない場所に隠れていると思ったの。だってあの頃、お父様やお兄様のちょっとした言葉が一人歩きしてしまって、あなたに取り入ろうとする大人達が沢山現れて、人見知りしがちなティアちゃんは戸惑って怯えていたから」

 でも、トリアヌスが。
 ティアちゃんの部屋にわたしと入って、お菓子も本も持ち出した様子がないのはおかしいって。
 心当たりを二人で探したけれど見つからなくて。

「そして夜になっても、次の日の朝になっても、ティアちゃんは姿を現さなかった」
 
 さすがに侍従長達も心配しはじめたけれど、ティアちゃんたまにあなたしか知らない場所で眠っていて出てこないことがあったから、まだそれほど深刻に受け止めてはいなかった。
 トリアヌスは心配して、念の為と侍従長に口止めするよう進言したの。
 二日経って三日経って、皆がおかしいと慌てはじめて、けれどトリアヌスは王女がいなくなったなんて大ごとだから漏らさないようにと、そんな場合ではないと言ったお父様を宥めて。

「王の子供達の中で、一番王位についておかしくない資質を持っているといった噂に乗じてのことかもしれないからって」
「そんな……そんな簡単に継承順は覆らないだろ?!」
「いくら王国法典が厳格でも、時に人の欲は止められなくなる。彼はそう言って心配してた」

 フェーベ姉様は深く息を吐くと私に腕を回していたのを離して寝台を降りた。

「お茶、頼んでもいいかしら。喉が渇いちゃったわ。ティアちゃんもなにも食べていないでしょう?」
「ん……あ、ああ……うん」

 フェーベ姉様が私の部屋から廊下へ顔を出し、控えている侍女にお茶を頼むとまた戻ってきて、私に手を差し出し私も寝台を降りた。
 それほど間をおかないで侍女がお茶の支度を運んできてテーブルに置いた。
 お茶を注ごうとして、後はいいわとフェーベ姉様が止めて私達が礼を言えば黙って頭を下げて出ていった。

「……トリアヌスが、昔」

 フェーベ姉様がお茶を入れてくれるのを眺めながら、私は、わからなくなったら遡って順番に考えることをトリアヌスから小さい時に教わったことを話した。
 どうしてそんなことを思い出したのか。
 昨晩嫌な夢に取り乱してフューリィに宥められたことや、内容も覚えていない夢にそんなに怯えたのか考えてわからなくなったこと、自分でも話が行ったり来たりとりとめないなと思いながら。
 喉が渇いたと言っていたのに、フェーべ姉様はお茶に手をつけないでそんな私の話をじっと黙って聞いてくれた。

「それで、さっきわたしに前にもこんなことあったの覚えてるか聞いたのね?」
「うん……姉様ならきっとはっきり覚えているかなと思って。でも」

 フェーベ姉様の話が本当なら、私が王宮にいたと思っていた五日、王宮にはいなかったことになる。

「保護された後、ティアちゃんは三日も眠り通しで起きたらなにもかもすっかり忘れていたの」
「だからって、どうしてそんな大事なこと教えてくれなかったんだ?! その時にちゃんと話してくれたら思い出せたかもしれないのに」
「だって、ティアちゃん自身がいつのまにか記憶を作ってしまっていたんだものっ」
 
 責めるつもりはないけれど、つい語気が強くなった私の言葉にかぶせるようにフェーベ姉様は言った。

「ティアちゃんが人を避けるようになったのも、その事があった直後からなの。けれどいつの間にか人と会っているとすぐ疲れるからとか、本の方が人よりずっといいとか、果てはそんな自分は王族としては失格だ欠陥品だなんて言い出すし……」

 きっと、ティアちゃんに取り入ろうとする人を無意識に遠ざけようとそんなことを繰り返し言っているのかなって。 

「そんなティアちゃんに、あなたは五日間も攫われていた、一体何があったのか思い出せなんてとてもじゃないけど言えないわ」
「姉様……」
「保護されたティアちゃんは特に怪我も傷も負ってはいなかったし、王宮医もひどく疲れていても身体に特に異常はないと仰っていたけれど、なにもかも忘れていても無意識にそんな言動をし続けるなんて、きっと余程のことがあったのかとわたしもトリアヌスも……その夢も、なにも?」
「覚えてない。けれどひどく嫌な感じは残ってる」
「そう、じゃあ結局は同じね」
「もしかしたら……今の状況にも関係しているのかも」
「ティアちゃんの誘拐に関わった人はもう処罰されているし、時間も経ちすぎてる」

 かちゃりと音がして、フェーベ姉様はお茶を飲んだ。
 飲んで、一息吐いて、ひとまずティアちゃんなにか食べましょうと私に焼菓子を勧めた。

「空腹で難しいこと考えたって、嫌な気分になるだけよきっと」
「……フューリィも似たようなこと言ってた」
「そういえば、あの騎士長さんは大丈夫なのにね」
「それは……あいつは私が世話を焼いてた奴だからだ。ああ見えて、本当にちょっと前は瀕死の状態だったんだぞ」
「聞いたわ、昨日」

 テーブルに両肘をついて自分の頰を挟むようにして、にこにこしているフェーベ姉様になんとなく意地悪さを感じて私はむすっとお茶の杯を口元に運んだ。
 そして彼のことを思い出して少し会いたくなった。
 王宮医に診てもらっているらしいけれど傷の具合はどうなんだろう。
 塞がった傷なんて治ったのも同じだなんて言って、抜糸以降、結構無頓着に動いているし。
 フェーベ姉様が気がつくくらいだからそれなりに影響あるのだと思うのだけど。
 学術院では医科に進んだけれど、私は医術の訓練は受けていない。
 
「すっかり恋する乙女ね」
「……フェーベ姉様は意地が悪い」
「好きな人にいくらでも好きって言える、ティアちゃんが羨ましい」
「姉様も好きな人が?」
「みんな公平に接してあげないと拗ねちゃうもの」

 肩をすくめたフェーベ姉様になんだ取り巻きの人たちの話かと、卵と小麦粉を混ぜてふわふわした生地に焼いた菓子を手にとって蜂蜜を垂らして頬張った。
 そういえば社交上の話以外に、フェーベ姉様の恋愛話なんて聞いたことがない。
 
「フェーベ姉様が縁談を全部断って困るって、トリアヌスが言ってたけれど」
「わたしは結婚するならわたしが選んだ人と一緒になりたいだけ」
「フェーベ姉様が結婚相手に選ぶなんて、すごく難しそうだ」
「あら、どうして?」
「だって王族を除いた身近な男の人っていったら私やフェーベ姉様の場合、トリアヌスかカルロかだろ……基準にしてしまわないか?」
「やあね、勝手に人の好みを決めないでちょうだい」

 ――つまり、お前の基準はカルロ殿というわけか?

「え?」
「あら」

 突然聞こえてきた声に、勢いよく部屋の入口を振り返ればカルロよりずっとがっしりした体型の男が、並んで見ると案外それに負けてない背格好の文官を連れて立っていた。

「軍神殿と比較されるのはなかなか辛いものがあるな」
「別にそういったわけじゃ……それにいくらトリアヌス付きだからって勝手に入ってくるな」
「何度か部屋の前で声はかけた。昨晩が昨晩だったから心配で入ったが……」

 思っていたより普段通りだった、と言いながら近づいて、断りもなく隣の席に座ったフューリィになんとなくむっとした顔をしてしまう。
 彼の姿を見て、自分でも気がついていなかった緊張が緩んだようなほっとした気分になったのに。

「よかった」

 そう目を細めたフューリィの指が口元に触れて、その指先が彼の口元へ運ばれる。
 さっき頬張った菓子の欠片だと一瞬遅れて気がついて、ちらりと姉様を見ればにこにことしている。

「甘いな」
「は、蜂蜜かけたから……怪我の具合は?」
「ん?」
「王宮医に診てもらっていたんだろ?」
「ああ……そっちは特に大丈夫だ。お前の処置が随分よかったらしく動かしても構わないそうだ」
「もう?! 普通はあと十数日はかかるはずだぞ」
「そう言われてもな……」

 どうしてこんなに回復が早いんだこいつは。まさか嘘ついていないだろうなと思ったけれど、それは私達の会話に口を挟んできたトリアヌスによって打ち消された。

「フューリィ殿が驚異的な回復力の持ち主なのと、縫合時の損傷が少ないためだと」
「トリアヌス、立ち会ったのか? いつからそんな仲良くなったんだ?」
「仲良くはありません。しかし、フューリィ殿には騎士として動けるようになってもらわなければ困る……フェーベ王女、お相手なら近衛騎士からでも」
「ティアちゃんの好みに便乗しないで頂戴。本当、ティアちゃんが羨ましいわ。さて、お邪魔虫は退散しましょう」

 立ち上がってフェーベ姉様は、私のすぐ後ろに控えるように立っていたトリアヌスの肩にそっと手を置いて促した。
 ぱたんとドアが閉まる音がして、急に部屋が静かになった気がした。
 昨晩の色々なこともあって、二人になってしまうとなんとなくフューリィの顔を見づらい。
 ふと、テーブルの上を見たら使っていない杯がまだ余っていた。
 きっとフェーベ姉様が多めに頼んだのだろう。

「お前、朝食は? いまお茶……」

 椅子から腰を上げて伸ばした手の手首を取られて、引っ張られる。
 名前を呼ぶより早く唇を塞がれて目を閉じる。
 どうしたんだろう?
 離れて、でもまだ間近にある顔をそっと目を開いてみる、赤く染めたままの髪がかかる額と私をじっと見ている緑色の瞳が見えてなんだかたまらない気持ちになった。
 なんとなく、フューリィともうそれほど長く一緒にいられないのかなといった予感に。

「塔に、帰ろうかな……」
「ん?」
「だって、お前近いうちに戻るって決めてるだろ?」

 だったら、二人でいたい。
 彼の左胸に額を寄せて呟けば、フェーベ姉様が編んでくれた髪の編み目を辿るように頭を撫でられた。
 時々、完璧なまでに可憐な王女になるから困るとぼやく声がして、まあそれはいいがと歯切れの悪い言葉が返ってきた。

「ん?」
「塔でも、そう二人というわけには……いかないかもしれん」

 実は、傷はもう大丈夫そうだとわかって、カルロ殿に毎日稽古をつけてもらうのを頼んだ。
 稽古?
 カルロに?

「いくら大丈夫って言われたからって、カルロは手加減なしだぞっ」
 
 それに。 

「別に、ずっとなんて言ってないっ!」

 人の気も知らないで。
 そもそもまだ私の捕虜扱いなのは変わりないのに、なにもかも勝手に決めて。
 なんだか腹が立って彼から離れ、まだ食べさしの焼き菓子の残りを私は頬張った。
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