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第2話
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自室で魔導書の封を解いた私。そのページを開くと同時に視界が白く染まる。
次の瞬間、目の前の景色はまるで別世界のように塗り替えられていた。
「ここは……?」
そこは、見たことのない奇妙な部屋だった。
壁も床も天井も、どこか冷たい金属のようなものでできていて、淡く青白い光を反射している。
広さはダンスホールくらい。だけど圧迫感がある。
理由はすぐにわかった。
部屋のあちこちに山積みになった資料と、形も用途もわからない奇妙な道具が所狭しと並んでいたからだ。
金属の管、球体、瓶、歯車、魔力のような光を放つ装置――まるで学者の実験室と宝物庫を無理やり詰め込んだみたい。
「なにここ……。さっきまで部屋にいたのに」
私は周囲を見回しながら、慎重に足を踏み出した。
床の材質が見たこともない。靴底が金属を叩く軽い音を立てる。
その音が妙に響く静けさの中、部屋の中央に一つだけ置かれた椅子が目に入った。
――玉座。
そんな言葉が自然と頭に浮かぶほど、威厳のある椅子。
そしてその上に、なにかがちょこんと乗っていた。
「……ぬいぐるみ?」
熊の形をした、赤ん坊ほどの大きさのぬいぐるみ。
丸い目、短い手足、古びた縫い目。
思わず手に取ってみると、ふかふかとした感触が返ってくる。
……本当に、ただのぬいぐるみ。
「なんなの、これ……? どうしてこんな場所に……? ていうか、ここっていったいどこ? 私、たしかに自分の部屋で――」
「――知りたいか?」
「うわぁっ!!」
いきなり聞こえた低い声に心臓が飛び跳ねた。
慌てて辺りを見回すが誰もいない。
……と思った、その瞬間。
手の中のぬいぐるみがモゾッと動いた。
「ひゃ、ひゃああっ!?」
ビックリして思わず放り投げてしまう。
けれどぬいぐるみはキレイに椅子に着地すると、何事もなかったかのようにつぶらな瞳をこちらに向けてきた。
「この部屋は私の工房だ。突然移動したのは、そなたが手にしていた魔導書に私の転移魔術が仕掛けられていたからだ」
「ぬ、ぬいぐるみが立った……! ていうか、しゃべってる!?」
口は動いていないのに、確かにその声はぬいぐるみから発せられていた。
ゾッとするような不気味さと、妙なリアリティ。
私は本能的に一歩後ずさる。
「フッ、しゃべるとも。私はゴーレムだからな」
「ゴ、ゴーレム……?」
得意げに胸を張るような仕草をする子熊。
あまりの光景に、私は言葉を失う。
ゴーレム――物質に魂を宿して作られた仮初の生命体。
もちろんこんなデタラメが許されるのは魔術のおかげだろう。
そして、数ある魔術の中でも魂を操るゴーレムを生み出せる魔術は一つしかない。
「ちょっと待って。それって……」
「いかにも。我が名はザック=ゼノ=ジーヴェント――【錬金術師】だ」
錬金術。
数百年前に失われたとされる大魔術。
鉛を金に変え、万物を自在に変質させる――かつて人間が神の領域に手を伸ばそうとしてできた魔術。
しかも、ジーヴェントですって?
たしかその名は最初に錬金術を生み出した“開祖”の名だったはず。歴史の本で見た気がする。
言うなれば、伝説の人物。
「そんな、まさか……」
「フッ、なにをそんなに驚く。その魔導書を開いてここに来たということは、そなたも何かしらの力を求めていたのだろう? まさか裁縫の手引きでも書いてあるとでも思ったか?」
「それは……」
たしかにその通りだ。
私はこの魔導書に、“何かを変えられる力”を感じたから開いたのだ。
であれば、この程度の異常事態は想定内とも言える。むしろそこに込められているのが強力な魔術ならば喜ばしいこと。
とはいえ、よもや錬金術だなんて。
だって、それは……。
「恐ろしいか?」
「え……」
まるで心の奥を見透かされたようなひと言にドキッとする。
錬金術は多くの魔術の中でも文句なしに大魔術だ。
しかし、廃れたのにはもちろん理由がある。
かつて錬金術師たちは不老不死を求め、魂の構造そのものを解き明かそうとした。
ゴーレムもその副産物のひとつ。
だがそれは神への冒涜とされ、教会は錬金術を悪魔の技と断じ、記録を焼き、術者たちを排除した。
今でも各国では錬金術の研究や習得を禁止している。
もし見つかれば即刻処刑。場合によっては一族郎党揃って皆殺しもあり得る。そしてそれが王族だったなら、国の滅亡さえも……。
「さあ、どうする少女よ」
ぬいぐるみ――いや、ザック=ゼノ=ジーヴェントが私を見上げた。
丸いガラス玉の瞳なのに、なぜか底知れない圧を感じる。
「それでもそなたは、我が錬金術を受け継ぐ気があるか? そなたが望むなら、私は持てる知識のすべてを授けよう。だが、もしも迷いがあるのならおすすめはしない。何もかも忘れ、即刻ここから立ち去るがいい」
まるで私を試すような問いかけ。
でも、先に言っておこう。答えなんてもう決まっている。
錬金術は万物の性質を変え、新たなものを生み出す魔術。
これがあれば、きっとこの国を救える。
例えば、効率よく作物を育たせる肥料を生み出すこともできるはず。
ろくに食料もないこの国にとって、それはまさに喉から手が出るほど欲しいものだ。
であれば――。
「いいえ、迷いはありません。私は力を求めてこの魔導書を開きました。すでに覚悟はできています」
自分でも驚くほどまっすぐな声。
動かないはずのぬいぐるみの口元がふっと笑ったように見えた。
「いいだろう。それならば早速修行に移ろう。私の命は、もって三年。その間に私の膨大な知識を叩き込まねばならん」
「三年……?」
「ああ。と言っても、これは決して長い時間ではない。錬金術は奥が深く、この私とて深淵に辿り着いたとは言い難い。ゆえに、たとえ三年かけても教えられるのは入り口までだ」
ゴーレムは製作者の魔力を動力とする。
一度起動したが最後、常に魔力は垂れ流し状態。ゆえに三年で役割を終え、ただのぬいぐるみに戻る。
そうなったら最後、あとは自力で学ぶしかなくなってしまう。たしかに一分一秒が惜しい。
「わかりました。お願いします、師匠」
「……師匠、か。懐かしい響きだ」
ぬいぐるみは、ほんの一瞬だけ遠い昔を思い出すように目を細めた。
「よかろう。では始めよう。そなたの名は?」
「フェルトと申します」
「うむ、フェルトか。覚えたぞ。では、ゆくぞ――フェルトよ」
「はい。……あ、でもその前にひとつだけ聞いてもいいですか? さっき工房っておっしゃってましたけど、ここはいったいどこなんですか?」
「ん? ああ、そういえば説明していなかったな。その魔導書を持っているということは、そなたはアストリア家の人間なのだろう? この空間はそなたがいた王城の地下に作ったものだ。さっきの転移術式はあくまで緊急用。後で城の中にある隠し階段の場所を教えるから、次からはそこを通ってここを訪れるといい」
「あ、そうなんですね」
よかった。てっきり別世界に飛ばされたのかと。もしそうだったらどうしようかと思っていたところだ。
せっかく苦労して錬金術を習得しても国に戻れないのでは意味がない。どんな技術も、使う機会がなければ宝の持ち腐れ以外の何物でもないもの。
……あと急に飛んできたからご飯だって用意してないし。
それにしてもこの声、どこかで聞いたことがあるなと思ったら、前世で好きだった声優さんの声だ。
まさかこっちの世界でも、また推しの声が聞けるだなんて。これもまた運命というものなのかしら。
……うん、これはこれでがんばる理由になるかも。ありがたい。
ともあれ、こうして私は禁忌と呼ばれる領域へと足を踏み入れたのだった。
***
次の瞬間、目の前の景色はまるで別世界のように塗り替えられていた。
「ここは……?」
そこは、見たことのない奇妙な部屋だった。
壁も床も天井も、どこか冷たい金属のようなものでできていて、淡く青白い光を反射している。
広さはダンスホールくらい。だけど圧迫感がある。
理由はすぐにわかった。
部屋のあちこちに山積みになった資料と、形も用途もわからない奇妙な道具が所狭しと並んでいたからだ。
金属の管、球体、瓶、歯車、魔力のような光を放つ装置――まるで学者の実験室と宝物庫を無理やり詰め込んだみたい。
「なにここ……。さっきまで部屋にいたのに」
私は周囲を見回しながら、慎重に足を踏み出した。
床の材質が見たこともない。靴底が金属を叩く軽い音を立てる。
その音が妙に響く静けさの中、部屋の中央に一つだけ置かれた椅子が目に入った。
――玉座。
そんな言葉が自然と頭に浮かぶほど、威厳のある椅子。
そしてその上に、なにかがちょこんと乗っていた。
「……ぬいぐるみ?」
熊の形をした、赤ん坊ほどの大きさのぬいぐるみ。
丸い目、短い手足、古びた縫い目。
思わず手に取ってみると、ふかふかとした感触が返ってくる。
……本当に、ただのぬいぐるみ。
「なんなの、これ……? どうしてこんな場所に……? ていうか、ここっていったいどこ? 私、たしかに自分の部屋で――」
「――知りたいか?」
「うわぁっ!!」
いきなり聞こえた低い声に心臓が飛び跳ねた。
慌てて辺りを見回すが誰もいない。
……と思った、その瞬間。
手の中のぬいぐるみがモゾッと動いた。
「ひゃ、ひゃああっ!?」
ビックリして思わず放り投げてしまう。
けれどぬいぐるみはキレイに椅子に着地すると、何事もなかったかのようにつぶらな瞳をこちらに向けてきた。
「この部屋は私の工房だ。突然移動したのは、そなたが手にしていた魔導書に私の転移魔術が仕掛けられていたからだ」
「ぬ、ぬいぐるみが立った……! ていうか、しゃべってる!?」
口は動いていないのに、確かにその声はぬいぐるみから発せられていた。
ゾッとするような不気味さと、妙なリアリティ。
私は本能的に一歩後ずさる。
「フッ、しゃべるとも。私はゴーレムだからな」
「ゴ、ゴーレム……?」
得意げに胸を張るような仕草をする子熊。
あまりの光景に、私は言葉を失う。
ゴーレム――物質に魂を宿して作られた仮初の生命体。
もちろんこんなデタラメが許されるのは魔術のおかげだろう。
そして、数ある魔術の中でも魂を操るゴーレムを生み出せる魔術は一つしかない。
「ちょっと待って。それって……」
「いかにも。我が名はザック=ゼノ=ジーヴェント――【錬金術師】だ」
錬金術。
数百年前に失われたとされる大魔術。
鉛を金に変え、万物を自在に変質させる――かつて人間が神の領域に手を伸ばそうとしてできた魔術。
しかも、ジーヴェントですって?
たしかその名は最初に錬金術を生み出した“開祖”の名だったはず。歴史の本で見た気がする。
言うなれば、伝説の人物。
「そんな、まさか……」
「フッ、なにをそんなに驚く。その魔導書を開いてここに来たということは、そなたも何かしらの力を求めていたのだろう? まさか裁縫の手引きでも書いてあるとでも思ったか?」
「それは……」
たしかにその通りだ。
私はこの魔導書に、“何かを変えられる力”を感じたから開いたのだ。
であれば、この程度の異常事態は想定内とも言える。むしろそこに込められているのが強力な魔術ならば喜ばしいこと。
とはいえ、よもや錬金術だなんて。
だって、それは……。
「恐ろしいか?」
「え……」
まるで心の奥を見透かされたようなひと言にドキッとする。
錬金術は多くの魔術の中でも文句なしに大魔術だ。
しかし、廃れたのにはもちろん理由がある。
かつて錬金術師たちは不老不死を求め、魂の構造そのものを解き明かそうとした。
ゴーレムもその副産物のひとつ。
だがそれは神への冒涜とされ、教会は錬金術を悪魔の技と断じ、記録を焼き、術者たちを排除した。
今でも各国では錬金術の研究や習得を禁止している。
もし見つかれば即刻処刑。場合によっては一族郎党揃って皆殺しもあり得る。そしてそれが王族だったなら、国の滅亡さえも……。
「さあ、どうする少女よ」
ぬいぐるみ――いや、ザック=ゼノ=ジーヴェントが私を見上げた。
丸いガラス玉の瞳なのに、なぜか底知れない圧を感じる。
「それでもそなたは、我が錬金術を受け継ぐ気があるか? そなたが望むなら、私は持てる知識のすべてを授けよう。だが、もしも迷いがあるのならおすすめはしない。何もかも忘れ、即刻ここから立ち去るがいい」
まるで私を試すような問いかけ。
でも、先に言っておこう。答えなんてもう決まっている。
錬金術は万物の性質を変え、新たなものを生み出す魔術。
これがあれば、きっとこの国を救える。
例えば、効率よく作物を育たせる肥料を生み出すこともできるはず。
ろくに食料もないこの国にとって、それはまさに喉から手が出るほど欲しいものだ。
であれば――。
「いいえ、迷いはありません。私は力を求めてこの魔導書を開きました。すでに覚悟はできています」
自分でも驚くほどまっすぐな声。
動かないはずのぬいぐるみの口元がふっと笑ったように見えた。
「いいだろう。それならば早速修行に移ろう。私の命は、もって三年。その間に私の膨大な知識を叩き込まねばならん」
「三年……?」
「ああ。と言っても、これは決して長い時間ではない。錬金術は奥が深く、この私とて深淵に辿り着いたとは言い難い。ゆえに、たとえ三年かけても教えられるのは入り口までだ」
ゴーレムは製作者の魔力を動力とする。
一度起動したが最後、常に魔力は垂れ流し状態。ゆえに三年で役割を終え、ただのぬいぐるみに戻る。
そうなったら最後、あとは自力で学ぶしかなくなってしまう。たしかに一分一秒が惜しい。
「わかりました。お願いします、師匠」
「……師匠、か。懐かしい響きだ」
ぬいぐるみは、ほんの一瞬だけ遠い昔を思い出すように目を細めた。
「よかろう。では始めよう。そなたの名は?」
「フェルトと申します」
「うむ、フェルトか。覚えたぞ。では、ゆくぞ――フェルトよ」
「はい。……あ、でもその前にひとつだけ聞いてもいいですか? さっき工房っておっしゃってましたけど、ここはいったいどこなんですか?」
「ん? ああ、そういえば説明していなかったな。その魔導書を持っているということは、そなたはアストリア家の人間なのだろう? この空間はそなたがいた王城の地下に作ったものだ。さっきの転移術式はあくまで緊急用。後で城の中にある隠し階段の場所を教えるから、次からはそこを通ってここを訪れるといい」
「あ、そうなんですね」
よかった。てっきり別世界に飛ばされたのかと。もしそうだったらどうしようかと思っていたところだ。
せっかく苦労して錬金術を習得しても国に戻れないのでは意味がない。どんな技術も、使う機会がなければ宝の持ち腐れ以外の何物でもないもの。
……あと急に飛んできたからご飯だって用意してないし。
それにしてもこの声、どこかで聞いたことがあるなと思ったら、前世で好きだった声優さんの声だ。
まさかこっちの世界でも、また推しの声が聞けるだなんて。これもまた運命というものなのかしら。
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