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第3話
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修行が始まって三年が過ぎた。
私は城の地下工房で毎日師匠と向き合い、ひたすら錬金術の理論を叩き込まれ続けた。
でも、その時間も終わりのときが近づいている。
師匠のゴーレム――ぬいぐるみは、日に日に動きが鈍くなっていった。
今ではもう自力で体を動かすこともできず、机の上に座らせたまま、かすかに声を響かせるだけ。
「ふむ。これで、そなたには錬金術の基礎をすべて叩き込むことができた。まさかこの短期間でここまで習得できるとは。まったく驚かされたぞ」
「いえ、そんな……。たまたま似たようなものを知ってただけです」
「前に言っていた“前世の記憶”というやつか?」
「はい」
魔術の発動方法はいくつもある。
詠唱、印を結ぶ、魔術陣を描く――国や流派によって形式は違う。
けれど錬金術は少し特殊だ。
魔力の塊である“魔石”に術式を刻み、そこへ魔力を流すことで発動する。
簡単に言えば、魔石が“記録媒体”であり、“触媒”でもある。
そして気づいたのだ。
――これはプログラムに似ている。
数式のような呪文で現象を構築する点、前提条件や魔力の流れ方で結果が変わる点。
その規則性はまさしくコンピュータの命令文に近い。
前世でパソコンやスマホを使い倒していた私には、直感的に理解しやすかった。
学校でプログラミングの授業があったのも幸いだった。
もちろん最初のうちは頭が爆発しそうなほど難しかったけれど、高校時代に微分だの積分だので脳が溶けかけた経験に比べればいくぶんマシだったろうと思う。
「ともあれ、安心した。これでようやく私も本当にあの世に逝けるというもの。長い年月をかけて生み出した叡智が、こうして受け継がれていく……それだけが心残りでな。わざわざこうして現世に留まっていたのもそのためだ」
か細い声で師匠が言葉を紡ぐ。
「ありがとう、フェルトよ。願わくば、この叡智がそなたの手でさらに育ち、そのまた次の世代へと繋がることを願う」
「こちらこそ感謝します、師匠。おかげで、ようやく夢のために動き出せます」
国を救い、姉を取り戻す。
それが私の夢。
錬金術を学び終えた今、ようやく“始める”準備ができたのだ。
「なに、礼には及ばん。私も修行中に聞くそなたの前世の話には心躍らされた。ふむ、あの“ばけもの”とかいう飲み物……。どんな味だったのか、実に気になるな」
「え、あ、エナジードリンクですか? あれは……ちょっとクセがありますけど、飲むと元気になります」
「ほう。なんとも便利な飲み物だ。まさに現代の錬金術ではないか」
思わず笑ってしまう。
師匠は本当に、未知のものへの好奇心が尽きない人だった。
「それにしてもおかしなものだな。転生など、この世で起こり得るとは思わなんだ。だがアストリア家は代々、魔力の濃い血筋だった。もしかすると、その特殊な血がそなたをこの世界へ導いたのかもしれぬ」
言われてみればそうかもしれない。
どうして転生先がここだったのかは、私も少し気になっていた。最初はただの偶然かと思ったけど、師匠の推測はあながち的外れでもないように感じた。
「願わくば、私もどこか別の世界に転生して、また研究を続けたいものだな」
「師匠……」
生物のように光っていたぬいぐるみの瞳から徐々に生気が抜けていく。
ただ、どうしてもお別れの前にこれだけは聞いておきたかった。
「師匠、最後に一つだけよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「その……師匠のお声なんですけど。それって、生きていた頃のままなんですか? 長く生きていらした割に、ずいぶん若々しい声で……」
「ふん、今更何を言うかと思えば。私は大錬金術師ザック=ゼノ=ジーヴェント。魔導書を通してそなたの魂の記憶を読み取り、最も好意的な音声を解析して調整した。それだけのことよ」
「師匠っ……!」
ぬいぐるみの目から完全に光が消える。
宿した魔力を使い果たし、ただの人形へと還っていったのだ。
私は膝から崩れ落ちた。
「……ありがとうございました、師匠。あなたのことは一生忘れません」
蘇る三年間の記憶。
込み上げる感謝の気持ちとともに、私は動かなくなったぬいぐるみに深々と頭を下げた。
「さてと、いつまでもこうしちゃいられないわよね」
別れは寂しい。けれど、ここで泣いてばかりいるわけにもいかない。
師匠は命をかけて託してくれた。そして、私にはやるべきことがある。
錬金術はとてつもなく便利な技術だ。
これさえあれば、金も地位も手に入るだろう。自分ひとりの利益だけを追えば、ここを出て行っても十分にやっていける。
だが、私はそうはしない。私がこの力を学んだのは、姉を取り戻し、祖国であるアストリア王国を救うためだ。自分だけが幸せになる道より、みんなを豊かにする道を選ぶ。
この国には愛着がある。曲がりなりにももう15年間も過ごしているのだ。見捨てることなんてできない。
幸い、ここには師匠が長年にわたり集めた膨大な資料や貴重な道具、そして素材がたくさん残されている。
この三年間、修行の傍らで師匠の手も借りながら様々な仕込みもしてきた。ここからは準備ではなく、いよいよそれを使っての実践の段階だ。
「よーし! そうと決まったらやるわよ! 絶対に私の手で、この国を救ってみせるんだから!」
***
……なんて、元気に意気込んでいたのだけど。
「ジーク、どうしたの? こんなところに呼び出して。まさか今さら武芸の稽古をしましょうなんて言わないわよね?」
やってきたのは城の中庭にある訓練場だった。
目の前にいるのは世話役であるジーク。
ジークはこの国でも最強クラスの剣士だが、すでに高齢となり第一線から退いており、私の従者として働く以外は兵士の訓練を行っている。
幼い頃は身体を鍛えるという名目で私も稽古をつけてもらっていた時期もあったが、最近は錬金術の学習が忙しかったこともありめっきりやっていない。
だからここに来るのも久々だった。
「お忙しいところ申し訳ございません、フェルト王女。ですが今日はぜひとも王女に会わせたい者がおりましてな」
「会わせたい者?」
ジークに促されて視線を向けると、訓練場の入口から一人の少年が姿を現した。
赤い髪が陽光を反射してきらりと光る。
背筋がまっすぐ伸びていて、立ち居振る舞いも自然に整っている。
まだ十五歳くらいのはずなのに、どこか完成された雰囲気があった。
「もしかして……ギルバート?」
「はい。お久しぶりです、フェルト王女。――いや、こう呼んだ方がいいかな? “泣き虫フェルト”」
「その呼び名はやめてちょうだい。“弱虫ギルくん”?」
「うぐっ……おいおい、そっちこそよしてくれよ。こう見えても俺は変わったんだ」
「なによ、仕掛けてきたのはそっちが先でしょ? ……ふふっ」
「ははっ」
気づけば二人して吹き出していた。
ギルバート=ガルディーニ。
ジークの孫で、私の幼馴染。
幼い頃はよく一緒に遊んでいた仲だ。
この国は人口が少なく、同年代の子ども自体が珍しい。
しかも私も彼もどちらかと言うと気弱な性格で、それもあってお互いウマがあった。
たまにジークに怒られ、城の廊下でこっそり隠れて二人で泣いたのも今となっては懐かしい思い出。
「いつ戻ったの?」
「ついさっきだよ。真っ先に君に会いに来た」
「知ってのとおり、ギルバートはわしの伝手で知人に預けておりました。向こうでの修行を終え、今日帰ってきたのです。十五にして、ローム帝国の聖十字騎士団への入隊が許されるほどの腕となっております」
「まあ、あの“大陸最強”と謳われる? それはすごいわね」
「性格は若干気弱ですが、この子の実力は本物です。それはこのわしが保証します。ギルバートの強さは、もはや全盛期のわしに匹敵するほどでしょう」
「じいちゃん、それは言い過ぎだって……」
ギルが頬をかきながら照れる。
相変わらず、褒められるのが苦手らしい。
ギルは気弱でよくオドオドしていたが、剣術の名門ガルディーニ家の血筋だけあって剣の才能は凄まじかった。
ジークも、「あの子に足りないのは心だけ。そこを克服できれば、いずれ大陸全土に名を馳せる剣士になれる」とよく言っていた。
実際、十歳のころにはすでに国内で学ぶことがなくなり、異国へ修行に出た。
「でも、なんでまた急にこっちに戻ってきたの? その若さでローム帝国の聖十字騎士団に入れるなら、いずれ部隊長だって夢じゃなかったはずでしょ? 剣士としてそれ以上の誉れはないと思うけど」
ローム帝国。
大陸でも屈指の強国であり、名高い騎士団を有する国。
その中でも聖十字騎士団は“神の剣”と呼ばれる精鋭部隊だ。
国民からは憧れの的、他国からは恐怖の象徴。
六人いる部隊長は、いずれもたった一人で一個師団に匹敵すると言われるほどの怪物揃い。
そんな場所に籍を置けるというのは、ただの才能ではない。
であれば、もっと上を目指してもいいはずでは……。
「そんなの決まってるじゃないか。君のためだ」
私は城の地下工房で毎日師匠と向き合い、ひたすら錬金術の理論を叩き込まれ続けた。
でも、その時間も終わりのときが近づいている。
師匠のゴーレム――ぬいぐるみは、日に日に動きが鈍くなっていった。
今ではもう自力で体を動かすこともできず、机の上に座らせたまま、かすかに声を響かせるだけ。
「ふむ。これで、そなたには錬金術の基礎をすべて叩き込むことができた。まさかこの短期間でここまで習得できるとは。まったく驚かされたぞ」
「いえ、そんな……。たまたま似たようなものを知ってただけです」
「前に言っていた“前世の記憶”というやつか?」
「はい」
魔術の発動方法はいくつもある。
詠唱、印を結ぶ、魔術陣を描く――国や流派によって形式は違う。
けれど錬金術は少し特殊だ。
魔力の塊である“魔石”に術式を刻み、そこへ魔力を流すことで発動する。
簡単に言えば、魔石が“記録媒体”であり、“触媒”でもある。
そして気づいたのだ。
――これはプログラムに似ている。
数式のような呪文で現象を構築する点、前提条件や魔力の流れ方で結果が変わる点。
その規則性はまさしくコンピュータの命令文に近い。
前世でパソコンやスマホを使い倒していた私には、直感的に理解しやすかった。
学校でプログラミングの授業があったのも幸いだった。
もちろん最初のうちは頭が爆発しそうなほど難しかったけれど、高校時代に微分だの積分だので脳が溶けかけた経験に比べればいくぶんマシだったろうと思う。
「ともあれ、安心した。これでようやく私も本当にあの世に逝けるというもの。長い年月をかけて生み出した叡智が、こうして受け継がれていく……それだけが心残りでな。わざわざこうして現世に留まっていたのもそのためだ」
か細い声で師匠が言葉を紡ぐ。
「ありがとう、フェルトよ。願わくば、この叡智がそなたの手でさらに育ち、そのまた次の世代へと繋がることを願う」
「こちらこそ感謝します、師匠。おかげで、ようやく夢のために動き出せます」
国を救い、姉を取り戻す。
それが私の夢。
錬金術を学び終えた今、ようやく“始める”準備ができたのだ。
「なに、礼には及ばん。私も修行中に聞くそなたの前世の話には心躍らされた。ふむ、あの“ばけもの”とかいう飲み物……。どんな味だったのか、実に気になるな」
「え、あ、エナジードリンクですか? あれは……ちょっとクセがありますけど、飲むと元気になります」
「ほう。なんとも便利な飲み物だ。まさに現代の錬金術ではないか」
思わず笑ってしまう。
師匠は本当に、未知のものへの好奇心が尽きない人だった。
「それにしてもおかしなものだな。転生など、この世で起こり得るとは思わなんだ。だがアストリア家は代々、魔力の濃い血筋だった。もしかすると、その特殊な血がそなたをこの世界へ導いたのかもしれぬ」
言われてみればそうかもしれない。
どうして転生先がここだったのかは、私も少し気になっていた。最初はただの偶然かと思ったけど、師匠の推測はあながち的外れでもないように感じた。
「願わくば、私もどこか別の世界に転生して、また研究を続けたいものだな」
「師匠……」
生物のように光っていたぬいぐるみの瞳から徐々に生気が抜けていく。
ただ、どうしてもお別れの前にこれだけは聞いておきたかった。
「師匠、最後に一つだけよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「その……師匠のお声なんですけど。それって、生きていた頃のままなんですか? 長く生きていらした割に、ずいぶん若々しい声で……」
「ふん、今更何を言うかと思えば。私は大錬金術師ザック=ゼノ=ジーヴェント。魔導書を通してそなたの魂の記憶を読み取り、最も好意的な音声を解析して調整した。それだけのことよ」
「師匠っ……!」
ぬいぐるみの目から完全に光が消える。
宿した魔力を使い果たし、ただの人形へと還っていったのだ。
私は膝から崩れ落ちた。
「……ありがとうございました、師匠。あなたのことは一生忘れません」
蘇る三年間の記憶。
込み上げる感謝の気持ちとともに、私は動かなくなったぬいぐるみに深々と頭を下げた。
「さてと、いつまでもこうしちゃいられないわよね」
別れは寂しい。けれど、ここで泣いてばかりいるわけにもいかない。
師匠は命をかけて託してくれた。そして、私にはやるべきことがある。
錬金術はとてつもなく便利な技術だ。
これさえあれば、金も地位も手に入るだろう。自分ひとりの利益だけを追えば、ここを出て行っても十分にやっていける。
だが、私はそうはしない。私がこの力を学んだのは、姉を取り戻し、祖国であるアストリア王国を救うためだ。自分だけが幸せになる道より、みんなを豊かにする道を選ぶ。
この国には愛着がある。曲がりなりにももう15年間も過ごしているのだ。見捨てることなんてできない。
幸い、ここには師匠が長年にわたり集めた膨大な資料や貴重な道具、そして素材がたくさん残されている。
この三年間、修行の傍らで師匠の手も借りながら様々な仕込みもしてきた。ここからは準備ではなく、いよいよそれを使っての実践の段階だ。
「よーし! そうと決まったらやるわよ! 絶対に私の手で、この国を救ってみせるんだから!」
***
……なんて、元気に意気込んでいたのだけど。
「ジーク、どうしたの? こんなところに呼び出して。まさか今さら武芸の稽古をしましょうなんて言わないわよね?」
やってきたのは城の中庭にある訓練場だった。
目の前にいるのは世話役であるジーク。
ジークはこの国でも最強クラスの剣士だが、すでに高齢となり第一線から退いており、私の従者として働く以外は兵士の訓練を行っている。
幼い頃は身体を鍛えるという名目で私も稽古をつけてもらっていた時期もあったが、最近は錬金術の学習が忙しかったこともありめっきりやっていない。
だからここに来るのも久々だった。
「お忙しいところ申し訳ございません、フェルト王女。ですが今日はぜひとも王女に会わせたい者がおりましてな」
「会わせたい者?」
ジークに促されて視線を向けると、訓練場の入口から一人の少年が姿を現した。
赤い髪が陽光を反射してきらりと光る。
背筋がまっすぐ伸びていて、立ち居振る舞いも自然に整っている。
まだ十五歳くらいのはずなのに、どこか完成された雰囲気があった。
「もしかして……ギルバート?」
「はい。お久しぶりです、フェルト王女。――いや、こう呼んだ方がいいかな? “泣き虫フェルト”」
「その呼び名はやめてちょうだい。“弱虫ギルくん”?」
「うぐっ……おいおい、そっちこそよしてくれよ。こう見えても俺は変わったんだ」
「なによ、仕掛けてきたのはそっちが先でしょ? ……ふふっ」
「ははっ」
気づけば二人して吹き出していた。
ギルバート=ガルディーニ。
ジークの孫で、私の幼馴染。
幼い頃はよく一緒に遊んでいた仲だ。
この国は人口が少なく、同年代の子ども自体が珍しい。
しかも私も彼もどちらかと言うと気弱な性格で、それもあってお互いウマがあった。
たまにジークに怒られ、城の廊下でこっそり隠れて二人で泣いたのも今となっては懐かしい思い出。
「いつ戻ったの?」
「ついさっきだよ。真っ先に君に会いに来た」
「知ってのとおり、ギルバートはわしの伝手で知人に預けておりました。向こうでの修行を終え、今日帰ってきたのです。十五にして、ローム帝国の聖十字騎士団への入隊が許されるほどの腕となっております」
「まあ、あの“大陸最強”と謳われる? それはすごいわね」
「性格は若干気弱ですが、この子の実力は本物です。それはこのわしが保証します。ギルバートの強さは、もはや全盛期のわしに匹敵するほどでしょう」
「じいちゃん、それは言い過ぎだって……」
ギルが頬をかきながら照れる。
相変わらず、褒められるのが苦手らしい。
ギルは気弱でよくオドオドしていたが、剣術の名門ガルディーニ家の血筋だけあって剣の才能は凄まじかった。
ジークも、「あの子に足りないのは心だけ。そこを克服できれば、いずれ大陸全土に名を馳せる剣士になれる」とよく言っていた。
実際、十歳のころにはすでに国内で学ぶことがなくなり、異国へ修行に出た。
「でも、なんでまた急にこっちに戻ってきたの? その若さでローム帝国の聖十字騎士団に入れるなら、いずれ部隊長だって夢じゃなかったはずでしょ? 剣士としてそれ以上の誉れはないと思うけど」
ローム帝国。
大陸でも屈指の強国であり、名高い騎士団を有する国。
その中でも聖十字騎士団は“神の剣”と呼ばれる精鋭部隊だ。
国民からは憧れの的、他国からは恐怖の象徴。
六人いる部隊長は、いずれもたった一人で一個師団に匹敵すると言われるほどの怪物揃い。
そんな場所に籍を置けるというのは、ただの才能ではない。
であれば、もっと上を目指してもいいはずでは……。
「そんなの決まってるじゃないか。君のためだ」
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