どうも、崖っぷち王女です~転生先が滅亡寸前の小国だった私は、幼馴染の騎士とクセモノな兄二人に囲まれながら【禁忌の術】で国を救います!

宮田花壇

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第30話

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「問題? それはなにかしら、リヒテルお兄様」
「兵たちが首を縦にふらないんだ。予定通りカボチャを育てさせろって直談判してきた」
「えっ……?」
「情けない話だけど、僕の説得を聞いてくれない。“万が一、収穫がなくても給料を出す”と言っても、“自分たちの心配だけをしてるわけじゃない。俺たちが育てるはずだったカボチャがあれば助かった命があったかもしれない”――そう言うんだ」
「それは……ちょっとまずいわね」

 専任であれ兼任であれ、この国の兵士たちはいつだって国のため、仲間のために動いてきた。
「給料が出るなら楽でいい」とは誰一人として思っていないのだ。
 もし稲作が失敗して飢える者が出たら、たとえ自分が無事でも「自分のせいだ」と苦しむ――そんな気質の国民性。
 でもそれゆえに、彼らの強い責任感がこうして裏目に出ることもある。

「まずはこの秋に国有地で成功させて、来年の種もみを確保してから国全体で稲作に移行――それがこの計画の大まかなライン。今年植えられなければ、半年以上の遅れが出てしまうわ」

 あの稲は私が独自に改良した品種だけど、さすがに冬までは越せない。
 今年が無理なら、次は早くて来春に田植えからスタート。
 お米の生産は国を救う重要な柱であり、半年ものロスは大きすぎる。

「無論、無理やり言うことは聞かせられるよ。彼らは職業軍人。手綱を握っているのは僕らだ。……だけど、それはよくない」

 リヒテル兄様は悩ましげに顔をしかめる。

「この国が成り立っているのは、民が国を愛してくれているからだ。その根を壊したら、どれだけ秩序を整えても崩壊は時間の問題になる。もちろん無理にやらせて成功すれば、あとで納得はしてくれるかもしれない。でも、確実に“しこり”は残るだろう」
「ええ。重々わかっているわ」

 何もないこの国にとって、最大の資源は“人”。
 それを損なうような真似だけは、絶対にしてはいけない。

「そこでだ、フェルト。君に彼らの説得をお願いしたい」
「私が……ですか?」
「そうだ。君はこれまでずっと彼らの開拓を手伝ってきただろう? 彼らにとって、君は王族でありながら“現場にいる仲間”でもある。そのフェルトの言葉なら、きっと耳を傾けてくれるはずだ」

 ……たしかに。
 私は錬金術を学ぶ以前から、ジークと共に開拓現場に立っていた。
 顔なじみの兵士や農夫も多い。
 だったら、できるかもしれない。

「わかりました、リヒテル兄様。やってみます」
「ああ、頼んだよ」

 収穫までに必要な期間は約三か月。
 冬を越せない以上、ぼやぼやしてたら間に合わなくなる。もはや一刻の猶予もない。
 だからこそ、この説得は絶対に失敗できない。

 ――でも、私は知っている。
 彼らも決して私たちの邪魔をしたいわけじゃない。
 罰を覚悟で声を上げたのは、この国と民を守りたい一心ゆえに。
 ならば私も誠心誠意、言葉を尽くしましょう。
 同じ国に生きる者として、心を交わせばきっと伝わる。
 そして必ず、あの黄金の稲をこの国に根付かせてみせる。


 ***


 私がリヒテル兄様と数人の護衛とともに開拓地へ向かうと、まだみんな一生懸命に作業を続けているところだった。
 しかし、私はすぐに声をかけなかった。
 作業中に話しかけるのは野暮だし、そろそろ終業のベルが鳴る時間だ。
 錬金術を得てから研究に没頭する時間が増えたためめっきり訪れる機会が減ってしまったが、かつての私はジークといっしょに彼らの開拓を手伝っていた。

 やがて、開拓民のリーダーであるオーストンがベルを鳴らす。
 それを合図に人々は一斉に手を止め、道具を片付け始めた。
 私は頃合いを見計らい、リヒテル兄様と並んでオーストンのもとへ歩み寄る。

「お疲れ様、オーストン。今日も精が出ますね」
「おお、これはフェルト王女! 久しぶりだなぁ。最近見かけねえから、みんな寂しがってたぜ」
「ごめんなさい。公務がいろいろ立て込んでいて」
「なぁに、責めてるわけじゃねえさ。事情は聞いてる。こっちでも噂になってるぜ――“あの塩を手に入れたのはフェルト王女だ”ってな」

 彼は豪快に笑った。
 その声に釣られて周囲の作業員たちもこちらを振り向き、柔らかい笑みを浮かべる。

「それに、俺たちが使ってるこの新しい道具。これも王女が鉄で作ってくれたんだろ? おかげで随分やりやすくなった」

 オーストンが誇らしげに鍬を掲げると、他の者たちも次々に農具を掲げて応えた。
 アストリアには鉱山がない。鉄の入手は困難で、手に入ったものはまず武器に回される。
 それでも私は地中から砂鉄をかき集めて錬成し、鍬の刃先だけでも鉄でコーティングする方法を編み出した。
 それだけでも作業効率は格段に上がる。

「そう。役に立っているようでなによりだわ」
「はは、役立つどころじゃねえさ! おかげで予定よりずいぶん開拓が進んだ。いくら感謝してもしきれねえ!」
「ふふ、それは光栄ね」

 温かい空気が流れる。
 けれどその空気は一瞬で変わったのは、オーストンの口調が静かになったときだった。

「……そう、開拓は順調だ。――んで、俺らはその土地でカボチャをたくさん育てられると思ってたんだがな」

 彼の視線がリヒテル兄様の方へ向かう。
 言葉にしなくても、何を指しているのかはわかる――稲のことだ。
 彼らは冒険をしたくない。
 ここまで開拓を頑張ってきたのは「皆が飢えないようにするため」。
 だからこそ、確実に収穫できるカボチャを求めているのだ。

「オーストン、そうリヒテル兄様を睨まないでちょうだい。実はね……稲を育てる提案をしたのは私なの」
「……え?」

 その瞬間、オーストンの表情が固まった。
 驚きのあと、ゆっくりと落胆が滲んでいく。

「……そうかい。フェルト王女は、ちゃんと俺たちのことを考えてくれてるって思ってたんだがな」

 その声には怒気よりも寂しさがあった。
 胸の奥がちくりと痛む。

 アストリア王家の子どもたちは、それぞれ違う層に支持されている。
 軍部に慕われるのはグロウ兄様。
 文官たちから厚い信頼を受けるのはリヒテル兄様。
 そして――民衆の支持を一身に受けてきたのが、他でもない私だった。

 けれど今、その民たちから向けられるのは疑念の目。
 裏切り者を見るような視線だった。
 ……それでも、私はここで退くわけにはいかない。

「あなたの言いたいことはわかってるわ、オーストン。でも聞いてちょうだい」

 私はまっすぐにその瞳を見つめる。

「信じられないかもしれないけど、あの稲はちゃんと育つの。私が作った特別な肥料を使えば、豊かなお米が実る。実験も何度も繰り返したわ。芋やカボチャより失敗する確率はずっと低いのよ。今度こそ、このアストリアの大地で穀物が実るの!」
「今度こそ……か。たしかに、そうなったら最高でしょうや」
「だったら――」
「でもよっ!」

 突然の大きな声に、私は思わず息を飲んだ。

「フェルト王女だって知ってんでしょうよ。この国はこれまで何度も何度も麦を育てようとして、その度に失敗してきた。そんで、その度に餓死者が出た。“今年こそは成功する”って希望を抱いて、裏切られて……その繰り返しだったんだ!」

 もちろん知っている。
 アストリアの農業史は、失敗の歴史そのものだ。

 この地は大陸でも北方に位置し、長い冬と痩せた土地に悩まされてきた。
 かつては一部の肥沃な土地を利用して少量の小麦を育てられていたが、隣国との戦で領地を奪われてからはそれも叶わない。
 諦めずに肥料を変え、耕作法を変え、それでも結果は同じ。
 ――そのたびに、家族を、仲間を、飢えで失っていった。

 その悲劇を、私はこの目で見てきた。
 父王が――病で倒れてからはリヒテル兄様が――国葬を出すたび、民たちは涙よりも虚無の表情をしていた。
 だからこそ、稲の栽培に抱く彼らの恐怖は痛いほどわかる。

「しかも今年はシルフィーナ王女がカボチャを送ってくれたおかげで、例年よりも食料が豊富だ。今年こそは、誰も死なずに冬を越せるかもしれねぇんだ。変なことさえしなきゃ、それが叶うところまで来てるんだ。なのに、なんで今さらこんな博打みてぇなことをするんだよ!」

 オーストンの声は切実だった。
 彼らも好きで反対しているわけじゃない。
 自分たちが正しいと信じているからこそ、必死に声を上げているのだ。
 いくら私やリヒテル兄様が口で「これは博打じゃない」と否定したところで、彼らにとってはそう易々とその言葉を信じるのは難しい。
 それだけアストリアの国民にとって、穀物に対する“負”の意識は根深い。

「オーストン……」

 どうすれば稲を育てることを受け入れてもらえるか。
 たぶん、一番手っ取り早い方法は決まっている。
 百聞は一見に如かず。
 ギルやジークに見せたように、あの地下工房へ案内すること。
 豊かに実ったあの田んぼを目にすれば、きっとオーストンたちも信じてくれる。

 ……けれど、それは危険すぎる。

 錬金術にまつわる知識や成果物は、かつて“禁忌”として迫害を受けてきた。
 ギルやジークに見せられたのは、彼らが錬金術の危険性と価値を理解しているからこそ。
 魔術には魔力が必要で、魔力は一部の人間しか持って生まれない。
 ゆえに、魔力の有無で魔術への関心は大きく変わる。
 錬金術が危険なのは世界的に周知の事実だけど、その事実への警戒心は個人によってかなり隔たりがある。
 オーストンもここで働く人々も信頼できる仲間だけど、魔力を持たない彼らがうっかりポロッと秘密を漏らすことは十分考えられる。
 それはやがて人から人へ、街へ、やがて国境を越えて他国に渡ることもある。
 もし、あの地下工房の存在が外に知られたら――教会に届いたら、その時点で私の計画は終わってしまう。

 無論、そうでなくとも秘密を知る人間は少ないに越したことはない。
 ……だったらもう、私にできるのはこれだけね。

「なぜ稲を育てるのか……その答えはとても単純よ。私が、この国を豊かにしたいから」
「豊かに……?」

 オーストンが眉をひそめる。

「生きるためにギリギリの蓄え、最低限の食事をするためじゃない。いろんなものを、お腹いっぱい……みんなが毎日、“明日はあれを食べよう”とか“これを食べよう”とか、そういうことを当たり前に口にできる未来。そんな未来がほしいと思ったからこそ、私はその第一歩として稲を育てる挑戦を始めたの」

 そう、それが私の出発点。
 もちろん自分自身が食べたかったという気持ちもあったけど、一番はこの気持ち。
 貧しいアストリア王国の食卓を、どこよりも豊かにしたい。

「だけど、そう言って俺たちは何回も……」
「そうね。でも、これまで何回も失敗してきたからこそ、成功したときの喜びもひとしお。きっと新しい世界が開ける。私はその景色が見たいし、あなたたちにも見てもらいたい」

 そこで私はスッと頭を下げた。

「だから、どうかお願い。私を信じて」

 きっと、リヒテル兄様ならこんなことはしないと思う。
 それはプライドの問題ではなく、ただ懇願するだけでは意味がないと考えるからだ。
 お兄様ならもっとスマートに納得させる材料を探し、論理で相手を説得するに違いないだろう。

 でも、あいにく私にそんな話術はないし、なによりしたくもない。
 私はこの手で土を掘り、みんなと同じ汗を流してきた。
 だからこそ王族としてではなく、一人の仲間として――心から願いを伝えたかった。

「か、顔を上げてくだせえ、フェルト王女。王族の方が下々のもんに頭を下げるなんて、他のもんに示しがつかねぇでしょう」
「そんなことないわ。人にお願いしようっていうときに、自分の頭ひとつも下げられないほうがよっぽど示しがつかないわ」
「…………」

 頭を下げたまま答える私に、オーストンが押し黙る。
 そして彼は肩を落としてため息をつくと、がしがしと頭をかいた。

「……ったく、昔から変なとこで強情なお人なんだから」

 そう苦笑混じりに呟き、オーストンは空を仰いだ。

「ああもう、わかりやしたよ! フェルト王女の気持ちは十分伝わりやした! あんたがそこまで言うなら、俺だって覚悟を決めまさぁ!」
「! オーストン、それって……!」

 私はガバッと頭を上げる。

「けど、本当にできるんですね?」
「ええ、約束するわ」
「わかりやした。なら俺も信じます。今年の冬は――みんなでたらふく、その“コメ”ってやつを食いましょうや!」

 オーストンが手を差し出し、私も笑顔でその手を握り返す。
 ……よかった、なんとか想いが通じてくれて。
 胸の奥がじんわりと温かくなっていく。

 ――けれど、どうやらその考えは早計だったらしい。

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