どうも、崖っぷち王女です~転生先が滅亡寸前の小国だった私は、幼馴染の騎士とクセモノな兄二人に囲まれながら【禁忌の術】で国を救います!

宮田花壇

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第29話

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 測定は小一時間ほどで終わった。
 私は記録板のデータを眺め、背後ではギルが服を着直している。
 ……なんというか、ものすごく疲れた。まるで体力を根こそぎ持っていかれたような脱力感。
 それと身体も火照ったままだ。正直、今もまだ心臓がドクドクしてる。

 でも、おかげでデータ自体は完璧なものが取れた。
 精度も反応も申し分ない。
 これでようやく装備の設計に集中できる。

「ありがとね、ギル。長々と付き合わせちゃって」
「どういたしまして。フェルトもお疲れ様」

 お疲れ様……うん、ほんとにね。

「でも測定してみて驚いたわ。ギルは戦士として理想的な体をしている」
「へぇ~、そうなんだ。そのデータでそんなことまでわかるのかい?」
「だいたいはね。筋肉の密度とか、反応速度、体内の魔力伝導率……全部の数値が綺麗に良いバランス。楽しみにしてて。このデータを基に、きっとギルの想像を超えるような装備を作ってみせる。そして、二人でグロウ兄様に勝ちましょう」
「ああ。俺も必ずこの一ヶ月で殿下に追いつけるよう、努力するよ」

 私と違い、すっかり凛々しさを取り戻したギルが頷く。
 ふっ、いい返事ね。
 どうやら敗戦のショックはすっかり吹き飛んだみたい。
 それと、もしかしたらライルのパスタが効いたのかも。
 美味しいものって、それだけで人の心を元気にする力があるからね。

「ところで気になったんだけど、その武装、使えるのは俺だけなのか?」
「いえ。やっているのは身体能力の底上げだから、データさえ揃えば他の人の分も作れるわ。将来的には、グロウ兄様や騎士団の兵士たちにも配備したいと思ってる」
「データさえ揃えば……か」
「……うん」

 ギルの想像していることはわかる。
 データを取るためには、さっきのアレを他の人にもやらないといけないということ。

「なんか……ちょっと嫌だな」
「まあ、その辺はあとで改善策を考えておくわ……」

 うん、そうね。何かこう、自動で測定できる装置でも作りましょう。
 正直なところ、私もギル以外の人の裸はなるべく見たくないし。


 ***


 翌朝。
 ギルとともに死の山脈へ向かった私は、再びトンネルの掘削作業に取り掛かる。
 今日は昼過ぎからリヒテル兄様と重要な話をする予定があるため、それまでに区切りをつけておきたい。
 意気込んで作業を進めること数時間。
 目標としていた地点に到達した頃には、ちょうどお昼どき。
 今日はライルがお弁当を持たせてくれた。
 トンネルの片隅に風呂敷を敷いた私とギルは、ありがたくいただくことにした。

「おお!」

 包みを開けて、ギルが声を上げる。
 お弁当の中身は三角のおにぎり、海で獲れた魚の佃煮、そしてパスタの応用で作ったライスペーパーを皮にした巻き料理。
 野菜や干し肉を巻いたそれは、見た目も色鮮やかで、前世で言うところの「生春巻き」のようだった。

「うまっ。それにおもしろい!」

 一口かじったギルが目を輝かせる。

「ほんと。ソースをゼリーみたいに固めているところが憎いわね。これならこぼれないし、お弁当にももってこい。さすがライルだわ」
「うん、これはいいや。また作ってもらおう!」

 二人で思わず笑顔になる。
 工夫が凝らされていて、食べやすくて、何より美味しい。
 パスタ用の米粉の作り方を教えたのは私だけど、まさかそれをたった数日でここまで応用してしまうとは。
 愛らしいだけじゃなく、この料理の才能……本当に私にはもったいないくらいの出来すぎた弟だ。
 気づけば、私たちはあっという間にお弁当を食べ終えていた。

「ギル、今日も夕方から海に行くのよね?」
「うん。今日からは俺とグロウ王子の二人で特訓だ」
「そっか。ご苦労さま」
「フェルトは?」
「ごめんね。私は別件で手が離せないの。というわけだから、これを使った感想をあとで詳しく教えてくれる?」

 私はゴソゴソとバッグを探り、あるものを取り出した。

「これは……新しい鎧?」
「例の新装備の試作品よ」

 銀と黒の繊維を編み込んだような外装。
 軽装鎧のような見た目だが、内側には細かな魔導線が張り巡らされている。

「各部には、あなたの魔力に反応して電気信号を増幅させる回路を組み込んであるの。この鎧を纏えば、今まで以上の“速さ”と“反応”を手に入れられるはずよ。ちなみに、データ測定のときみたいにビリッとはしないから安心して」

 私は軽く笑いながら説明した。
 自分でも実験済みだから間違いない。
 これならギルも安心、さぞや喜んでくれる――と思ったのだが。

「……昨日、あのあとに作ったのかい?」
「そう心配しなくても、元から似たようなものを以前作ってたって言ったでしょ?」
「目の下にクマができてるよ」

 あら、やっぱりバレてしまったか。
 たしかに昨晩はほとんど寝ていない。

「もしかして、俺が“なるべく早く仕上げてほしい”って言ったから?」
「まあね。でも本当に気にしないで。好きでやってることだから」

 ギルの勝利もまた、この国の未来につながっている。
 私としてはそれだけで頑張る理由になる。
 錬金術による救国のためには、私たちがグロウ兄様に決闘で勝って軍の兵士たちに認めてもらわないといけない。

「……わかった。君がそこまで言うなら、俺もこれ以上は何も言わない。ありがたく使わせてもらうよ」
「ええ。そうしてちょうだい」
「ただ、疲れたときはちゃんと言ってくれよ。君を支えるのが俺の役目、そのための近衛騎士なんだから」
「うん、ありがとう」

 こういうとき、ギルは私の気持ちを最大限汲み取ってくれるから助かる。
 ……思えば、昔からそうだった気がする。
 ギルは出会った頃からいつも私にそっと寄り添ってくれた。
 だから人見知りがちな私でも気兼ねなく仲良くなれたのかも。


 ***


 夜の作業に支障が出ないよう、魔力を少しだけ残してトンネルの掘削を中断した。
 徹夜続きの影響もあって、さすがに体は重い。けれど進捗自体は順調。これなら予定どおりの期間で完成できそう。
 私はギルと別れ、ひとりで城へ戻る。
 そして帰るなり自室に荷物だけ置き、リヒテル兄様の執務室へ直行した。

「フェルト、よく来てくれたね。まずは資料に目を通してくれ」

 扉を開けるなり、リヒテル兄様が手元の紙束を差し出す。
 机の上には地図や予算書が整然と並べられており、いつもの几帳面さが伺えた。
 私は席に腰を下ろし、資料に目を通す。
 ……さすがリヒテル兄様。整理が行き届いていて、説明も的確で読みやすい。

「お米の生産……結局今年は国の畑でやることにしたんですね。民のみんなには分配しないの? 苗は多めに用意していたはずだけど」
「まずは一定の成果を示してからじゃないとね。フェルトの錬金術の力には期待している。けれど外と実験場で環境が違う以上、失敗のリスクはある。それを引き受けるのは国の責任だ」

 リスクを負うべきは、“民”ではなく“国家”。
 淡々とした口調だけれど、その一言にお兄様の政治観が詰まっている。

 この国には二種類の畑がある――民の私有地と、国が管理する国有地だ。
 国有地では兵士たちが農作業を担っており、開拓も兼ねて耕している。

 もっとも、アストリアの人口は三千人ほど。
 純粋な職業軍人を養う余裕なんてない。
 兵士は全部で百人程度。そのうちの多くが“半農兵”だ。
 午前中から昼過ぎまでは開拓や畑仕事に従事し、残りの時間を訓練にあてている。どことなく社会人チームに所属するスポーツ選手みたいなイメージに近い。
 だからグロウ兄様の直下兵団のように海へも同行していない。

「土地を持たない彼らは国から給料をもらい、開拓や国有地での農業を行っている。収穫物は国へ納める決まりだ」
「以前にリヒテル兄様が考案した制度よね。みんなからも好評だとか」

 一日中面倒を見られない彼らにとって、自分の畑を持つのはリスクでもある。
 だから畑自体は国の所有物として、代わりに安定した給料を支払う。
 そして歳をとったりケガなどで兵士を続けられなくなった場合は、退職金代わりにそのまま面倒を見てきた国有の畑を与えられて引退――なかなか理にかなったシステムだ。

 国にとっては収穫量が安定しているうえに、給料を払っても黒字になる。
 兵士にとっては「常に食い扶持がある」「失敗への恐怖が少ない」「将来的に畑を持てる夢がある」。
 双方が得をする、まさに理想的な施策だった。

「まあおかげさまでね。そういう意味でも、彼らは他の農民よりも動かしやすい。いくら口では“このイネは失敗しない”と言っても、前例がないと納得してもらえないだろうからね。この国では何度も麦の栽培に挑戦して失敗している。その同じ穀物である稲を、いきなり育てろと言われても民たちは恐いんだ」

 稲作りに失敗すれば、即ち“飢え”に直結する。
 備蓄も金銭的余裕も乏しいこの国では、命に関わる問題だ。

「だから、まずは国が主体となって成功例を見せつけないとならないってわけさ」
「……なるほど」

 確かに国有地ならば、たとえ失敗しても兵士たちは給料で補償できる。
 失敗しても困らない。

「でも、計画自体はすごく楽に進められたよ。フェルトが塩を用意してくれたおかげだ。塩を買うために確保していた備蓄を、失敗時の給料に回せる」
「稲が育たない可能性も考慮するなんて……私って信用ないのかしら」
「そうじゃないさ。それとこれとは別問題だよ。万が一の事態にもきちんと備えてこそ、為政者というものだ」
「徹底してますね」
「それが僕の仕事だからね」

 そう言ってリヒテル兄様は微笑んだ。
 政治の場ではいつも冷静で、柔らかく、揺るがない。
 本当に、頼もしい人だ。
 資料を読み進めるほどに、その綿密さに感心する。
 稲作地の規模、立地、投入人員、数年先も見据えた季節ごとの管理体制。
 さらには、魔物を肥料に再利用するための効率的な処理法まで草案がある。
 ……職場の上司にこんな人いたら楽だろうなぁ。

「さすがです、リヒテル兄様。私もこの計画には異論ありません。ぜひこのまま進めてください」
「ああ……と行きたいところだが、一つ問題が起こってるんだよ」

 え。

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