どうも、崖っぷち王女です~転生先が滅亡寸前の小国だった私は、幼馴染の騎士とクセモノな兄二人に囲まれながら【禁忌の術】で国を救います!

宮田花壇

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第34話

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 号令と同時に、ギルは跳んだ。
 地を蹴った瞬間、装備している《クロックアーマー》の魔導回路が閃光を放つ。
 魔力の流れを一気に解放――全身の神経と反射を極限まで加速させる。
 体内を巡る電流が音を立ててはじけ、視界の色が鮮やかに広がった。

 初手から全開。出し惜しみなど一切ない。
 最初の一太刀で主導権を握らなければ、本気のグロウ兄様には瞬時に押し潰される。

 ギルが一閃。
 砂が爆ぜ、風が鳴る。
 まるで前回の初戦を再現するかのような疾風の立ち上がり。けれど、そこには確かな進化があった。

 速さの中に“緩急”がある。
 突き、払い、溜め、踏み込み――テンポを微妙に崩すことで、相手の読みを外す。
 以前、グロウ兄様から「独りよがりの剣」と評されたその動きは、いまや明確な戦略に昇華していた。

「ふん……どうやら浮き足立っちゃいねぇみたいだな」
「無論です!」

 刃が火花を散らす。
 しかしグロウ兄様も冷静だった。
 なにせギルの修行をつけたのは他ならぬ兄様本人。
 その成長も、剣筋も、誰よりも理解している。驚きではなく、むしろ喜びすら滲んでいた。

 互いに幾度も打ち合い、闘技場に剣戟の金属音が響き渡る。
 ギルの動きは速い。けれどお兄様の反応はそのさらに上をいく。
 打ち合うたびに風圧が走り、砂埃が渦を巻く。
 なかなか均衡は崩れない――が。

「ちっ……!」

 打ち合いの中、グロウ兄様が体勢を崩す。
 ほんのわずかに重心が乱れた。

 ギルはその瞬間を逃さなかった。反射よりも早く、体が動いていた。
 地面すれすれまで身を沈め、全身の魔力を一点に集中――爆発的な踏み込みで一気にグロウ兄様の死角へ。
 セオリーからはまったく外れた超人的な動き。
 もちろん急接近で間合いを詰めるのは危険が伴う。しかし生半可な動きでは勝利をつかめない。
 そう判断しての勇気ある決断――戦略。正面にいたグロウ兄様はまるでギルが消えたように見えたでしょう。
 私の頭にはたしかに勝利の二文字が過ぎった。

「なっ……!」

 けれどグロウ兄様は、あろうことかその戦略すら読み切っていた。
 ギルが現れるであろう未来の位置を正確に予測し、振り向きざま、最短の突きを繰り出す。

 巨大な剣とは思えぬ速さ――軌道も無駄がない。
 まるで剣そのものに意志が宿っているような完璧な一撃。
 恐ろしい。
 経験と勘、そして戦場で磨かれた獣のような直感。
 この人は、まさしく生きる武そのもの。

「終わりだ、坊主!」

 グロウ兄様の咆哮とともに、刃が風を裂いた。
 切っ先がギルの顔面めがけて迫る。

 回避は不可能。
 普通なら、ここで決着がつく――はずだった。

 けれどギルは退かない。
 むしろ一歩、さらに前へ。

「――はああああっ!」

 雷鳴のような声とともに、彼は前のめりに踏み込み、逆方向から渾身の一太刀を叩き込んだ。
 衝撃音。金属が悲鳴を上げる。
 ただし筋力はグロウ兄様が上。普通なら押し負けて終わる。

 ――しかし、それは互いの剣の質が同等ならば……の話だ。

「なに……!?」

 グロウ兄様の目が見開かれる。
 甲高い破裂音とともに、お兄様の剣が斜めに裂けた。
 刃が宙を舞い、光を反射して地に落ちる。

 そう、ギルの剣は私が錬金術で鍛えた特別製の剣だ。
 通常の鋼とは比べ物にならない強度と切れ味を持つ、唯一無二の刃。
 グロウ兄様もそれは知っていた。だからこそ、これまでギルの剣をまともに受けず、いなしていた。
 でもギルはその読みすら越えた。
 そして、ついに――。

「うおおおお!!」

 ギルが踏み込む。
 グロウ兄様は薄く笑った。
 大剣を失ったその瞬間、逃げるでも防ぐでもなく、真正面から弟子の一撃を受ける覚悟を決めたように見えた。

 真紅の閃光が走る。
 次の瞬間、鎧ごと肩口から脇腹までを斬り裂く。
 血の飛沫が光を散らし、会場が息を飲む。

「それまで!」

 リヒテル兄様の声が、空気を断ち切った。

「勝者――ギルバート=ガルディーニ。よってこの決闘はフェルト=アストリアの勝利とし、彼女をアストリア王国の次期国王とする!」

 沈黙のあと、爆発するような歓声が湧き起こった。

 ――勝った! ギルが、あのグロウ兄様に!

 しかしそう思ったのも束の間、私は余韻に浸る暇もなくリングの上に走る。

「グロウ兄様!」

 すでに兄様の周囲には部下の兵士たちが集まり、不安そうに固唾を飲んでいる。
 その中をかき分け、私はお兄様の胸元に手を伸ばした。

「すぐ手当てするわ、動かないで!」

 鎧の留め具を外し、胸当てを外す。
 あまりにも滑らかな切断面。深く斬られた傷口から血が溢れ出していた。
 私は腰のポーチから消毒液を取り出し、ためらいなくぶちまける。
 さらにその上から、錬金術で精製した高濃度ポーションをたっぷりとかけた。

「ぐっ……お、おい……それ、染みる……!」
「我慢して。今は止血が先よ!」

 薬液が泡を立て、見る見るうちに傷が塞がっていく。
 完全には結合していないが、表皮と浅層は繋がり、血も止まった。
 私は布で血を拭い取り、薬を染み込ませた包帯を素早く巻きつけ、固定する。

「よし、これでもう大丈夫よ。とりあえず命の危険は脱したわ」

 私が胸をなでおろすと、他の兵士たちもホッと息を吐いた。

「フェルト……まるで魔法だな」
「一応塞いだだけよ。三日は安静にしてちょうだい。動けば傷が開くわ」
「三日、ね。俺の剣を叩き切った剣に、剣士を加速させる鎧……お前の“道具”はどれもめちゃくちゃだな」

 グロウ兄様の苦笑は、どこか誇らしげに聞こえた。
 そして、今度は私の隣に立つギルに視線を移す。

「おい、坊主。最後の場面――よく、あそこで斬り返してきたな」

 決着の瞬間。
 グロウ兄様のカウンターが決まりかけたあの一瞬、ギルは怯まず突き進んだ。
 普通なら恐怖で体が止まるはず。だが彼はさらに一歩、踏み込んで見せたのだ。

「殿下なら、あの状況でも反応してくると確信していましたので」

 ギルの声は落ち着いていた。
 グロウ兄様は一瞬だけ目を丸くし、それからニヤリと笑った。

「……そうかよ」

 その笑みは恐らく敗北の悔しさより、師としての満足感からだったと思う。
 この一か月、自分の背中を追い続けてきた弟子が、ついに自分を越えた。
 その事実が何より嬉しいのだろう。

「あ~あ、負けた! 完全に負けた!」

 グロウ兄様は声を張り上げ、全員に聞こえるように叫ぶ。

「見たな、お前ら! この中に、俺が手を抜いたように見えた間抜けは一人もいねぇよな!? 坊主の努力は、お前らもこの一ヶ月で嫌ってほど見てきたはずだ!」

 修行は毎日欠かさず海辺で行われた。
 当然、日々の特訓の様子は兵士たちも見ている。

「そのうえで最後の一瞬、坊主は怯まず勇気を見せた。その結果、俺の予想を超えやがった」

 お兄様は荒く息を吐き、今度はゆっくりと続けた。

「それだけじゃねぇ。俺は今でも坊主より強いって自負がある。……だが、負けたんだ。なぜか? フェルトが作った剣と鎧が、俺と坊主との差を覆したんだ。それは紛れもなく、フェルトの力だ」

 グロウ兄様は身を起こし、私に向かって血だらけの手を差し伸べた。

「いいかフェルト。これから俺はお前の下につく。だから今度は坊主だけじゃなく、その力で俺たちも強くしろ。その代わりに、俺は俺でお前を心から信じ、お前のために俺の力を振るうことを約束する」
「私も約束するわ、グロウ兄様。私はこの国を強くするために、あなたを――そして、あなたの騎士たちを使う。だから、みんなも強くなるために私を使って」
「……ああ」

 互いにガッシリと手を握り合う。
 そしてグロウ兄様は背後を振り返って叫んだ。

「おいお前ら! 新しい王がこう言ってるぞ! 返事はどうした!」
「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」

 地面が震えるほどの咆哮が響き、騎士たちの声がひとつになって空へと昇っていく。
 観客席からも一層大きな歓声が沸いた。

「よっしゃあ! んじゃ今日はもう午後の訓練も作業もなしだ!」
「えっ、いいんですか団長!?」
「おうよ! せっかくフェルトが次期国王に決まった祝いの日だからな! みんなでパァーッとやろうぜ!」

 気前よく言ったグロウ兄様の言葉に、兵たちが笑い声を上げる。

 ……やっぱりさすがね、お兄様は。こういう雰囲気、私にはちょっと真似できない。
 けれど嫌じゃない。むしろ、こんな温かい空気の中にいられることが嬉しかった。

 観客席でも拍手が止まらない。
 笑顔が次々と弾け、闘技場は一つの祝祭と化していた。

「ギル、ありがとね。よく頑張ってくれたわ」

 喧騒の中で、私はそっと隣の騎士に声をかけた。
 ギルは剣を納めながら、少し照れたように笑う。

「……正直、紙一重だった。さっきはああ言ったけど、一瞬、冗談じゃなく走馬灯が見えたよ。ちゃんと身体が動いてくれたのは……運みたいなものだ」
「運でもなんでも、勝ったんだからいいじゃない。さすがは私の騎士ね」
「はは。そうだな。とにかく、今は俺もただ喜ぶとするよ」
「ええ。本当にお疲れ様」

 ギルの顔には安堵と誇りが入り混じっていた。
 私も同じだ。やっと肩の荷が下りた気がする。

 さてと、宴か。
 ……そうだわ。せっかくだし、ギルと約束していた“アレ”を打ち上げましょう。
 きっとギルだけじゃなく、兄たちやみんなも喜んでくれるでしょうし。

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