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第41話
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ついに、収穫祭当日を迎えた。
十五年ぶりの開催とあって、国中が朝から浮き足立っている。
通りには飾りつけが並び、子どもたちは手をつないで跳ね回り、大人たちは笑顔でそれを見守っていた。
収穫祭は冬のはじめに収穫を祝い、恵みに感謝する祭り。
けれど、ここ十数年はそんな余裕がなかった。
食糧は日々を生き抜くだけの量を確保するので精いっぱい。わずかに余った分も、塩を買う資金とするために売ってしまう。
しかも他国の情勢次第では塩が高騰し、最悪の場合は備蓄を削ってでも塩を買わねばならない年もあった。
とはいえ塩がなければ保存食が作れず、それはそれで冬を越せなくなる。
まさに「今日死ぬか、明日死ぬか」の究極の二択。
お祭りに回す余裕なんてあるはずもなかった。
……でも、今年は違う!
私が作った肥料によって芋もカボチャも見事に実り、収穫量は過去最高。
さらに初秋に植えた稲も、冬を前に黄金色の穂をつけた。
そして海の発見とトンネルの開通で塩が安定供給され、魚介類も豊富に。
おまけに塩が潤沢だから、肉や魚を塩漬けにした保存食も十分。
つまり――今年のアストリアは、食べ物が“余っている”!
***
夜になると、国中が灯りに包まれた。
通り沿いにはテーブルや椅子がずらりと並び、料理上手な主婦たちが次々と自慢の一皿を運び込む。
香ばしい匂いに誘われて、私も思わず足を止めてしまう。
中でも人気は、お米を香草と一緒に炊き上げ、魚介類をふんだんに使った料理。
見た目も華やかで、まるで前世で食べたパエリアのようだ。
私も仕込み段階で試食させてもらったが、これがもう本当においしくておいしくて……!
それに味もさることながら、見た目が豪勢でいかにもお祝いっぽいのもうれしいポイント。
これ一つとっても、アストリアという国の変化を肌で実感できる。
「さあフェルト王女、そろそろ出発しますぞ」
「悪いわね、ジーク。御者の役目を任せてしまって」
「なんの。これは自ら志願したものですぞ」
「あら、そうだったの?」
「はい。フェルト王女の晴れの舞台ですから。ぜひ間近で見たいと居てもたってもいられず」
馬車の運転席で振り返ったジークがにっこりと笑う。
ジーク=ガルディーニ――ギルの祖父であり、剣術の師匠でもある。かつてはアストリア最高の剣士であり、一線を退いてからは私の従者をしてくれている。
ジークとはしばらく会えていなかったが、実のところ錬金術の秘密を知る者の一人として極秘任務を頼んでいた。
こうして久々に再会できて、いっしょに収穫祭に参加できるのはとてもうれしい。
「では行きますぞ」
「ええ、よろしく」
ジークの声に頷き、パレードが始まる。
馬車には私のほかにギル、グロウ兄様、リヒテル兄様、ライルが同乗している。
オープンタイプの馬車なので風が心地よい。
城を抜けて街に入ると、すぐに人だかりができた。
酒に酔った民たちがジョッキを掲げ、声を張り上げて馬車を迎える。
お米の豊作によって、日本酒――この世界ではピンとこなさそうなので、“おコメのワイン”と呼ばせている――もたっぷり用意できた。
あれからライルが更なる改良を施して香りも味わいも向上したらしく、みんなからも大好評。
モーリスをはじめ兵士たちが総出で仕込み、今日のために樽を並べた。
酒は娯楽が少ないこの国で大きな役割を果たす。
まだ毎日飲めるほど在庫はないけど、祝いの日に振る舞えるだけでも全然違う。
ジョッキを手にした彼らの表情が陽気なのは、きっとアルコールによる酔いだけではないでしょうね。
「すごいね、みんな笑顔だ」
「ええ」
隣のギルが呟き、私も頷いた。
広場では楽器と歌声が響き、みんな思い思いにダンスを踊っていたり、食事を楽しんだりしている。
どこへ行っても笑い声が絶えず、誰もが心から楽しそう。
これこそ――私がずっと見たかった光景。
集まった民に手を振りつつ、思わず頬が緩んでしまう。
「でも、それはともかくとして……」
「? どうしたの、フェルト?」
「いえ……」
それにしても彼ら、あんな風に日本酒をジョッキに注いでガブガブ飲んで大丈夫なのかしら?
……あの人たち、たぶん明日は地獄を見る羽目になるわね。
「あっ、フェルト王女が来たぞ!」
「美味しいおコメをありがとう!」
「こんなウマい飯、一生食えねえと思ってたよ!」
「王女様、こっち向いてください!」
歓声とともに人々の手から白い粒が空へ舞い上がる。
これはお米だ。純白のお米が、あたり一面に光を反射してきらきらと降り注ぐ。
「この国ではもともと収穫祭で小麦をまく風習がありましたの。穀物は生命と豊穣の象徴であり、まくことで“子孫繁栄”や“豊かな生活”を祈るのです」
「へ~」
振り返ったジークが説明してくれた。
なるほど、今回はそれをお米で代用したわけか。少々もったいない気もするけれど、夜の灯りに照らされて舞う様子は雪景色のように幻想的で美しい。
てかこれ、まんま前世の結婚式であった『ライスシャワー』よね。
まさか異世界にも似たような風習があるなんて思わなかったわ。懐かしい。
……ま、なんて言いつつも、転生前の私には結婚式なんて生涯縁がありませんでしたけどね。他人の以外は。
「きゃーっ、フェルト王女様!」
「あなたの塩で冬が越せます!」
「魚もだ! この国を救ってくれてありがとう!」
「よっ、救世主!」
しばらく進むと、今度はもっと細かい白い粒が舞い始めた。
空気中にふわりと広がる白い粉――これは塩だ。
なるほど、こちらはさしずめ『ソルトシャワー』ってところね。
なんだかお相撲さんの土俵入りみたいで、これはこれで風情がある。
「ねえジーク、これにはどんな意味があるの?」
こっちは前世でも見たことがない。
塩だからお清めとか?
これで身体を清めて、邪なものを祓うとかそういう意味でもあるのかしら?
「いえ、特に意味はありませんな」
「え」
「まあ民もそれだけお祭り気分ということでしょう」
いや、つまりノリってことかい。
もう、なによそれ。この一瞬でいろいろ想像しちゃった自分がバカみたいじゃない。
……まあでも、みんなが楽しそうならそれでいっか。
「人気者だね、フェルト。そうだ、この際だから“白米王”とでも名乗ったら?」
馬車の上から沿道を見下ろしながら、ギルがからかってくる。
え、なにそのダサい王様。普通に嫌なんだけど。
「ははは、そいつぁいいな。古今東西、後世に名を残す王はわかりやすい二つ名があるもんだしな。いっそ“塩王女”ってのはどうだ?」
「たしかに、どちらもフェルトの功績としては十分だ。う~ん、悩ましいところだね」
いやいや、グロウ兄様にリヒテル兄様まで乗ってこないで。
それだと私、普段は塩対応しかしない冷淡な人みたいじゃない。
「お兄様がた、それではフェルト姉さまがかわいそうです。どうせなら、もっとカッコいい名前にしましょう!」
さすがライル、やっぱりわかってるわね。
やはり持つべきは可愛い弟。
「ここは間を取って、“錬金王女”はどうです?」
「いや、一番ダメでしょ」
錬金術は最大の禁忌。
自ら吹聴なんて自殺行為だ。
私が思わずツッコむと、他の三人が一斉に声を上げて笑った。
もう、みんなして吞気なんだから。あ、しかもよく見たらジークまで笑ってるし。
やれやれ、歓声が大きいから民たちには聞こえてないとはいえ、困った人たちだわ。
「まあまあ、そんな顔するなって。むしろもっと胸を張っていいんだぞ、フェルト。この民の笑顔はお前が生み出したんだ」
「ああ。民から王への信頼なくして、国家の安寧はない。これもフェルト王の偉大な御業のおかげだ」
「それはグロウ兄様とリヒテル兄様が……」
塩づくりは兵士、お米づくりは文官が主導していたが、それぞれを率いる二人の兄は成果をすべて私の功績だと広めた。
結果、国中の人々は私を救世主のように讃えてくれる。
「いいんだよ。前にも言ったろ。王に人気が集中しなけりゃ、国が割れる」
「ああ、グロウ兄さんの言うとおりさ。僕らはただ、アストリアという国を守りたいだけなんだ。これまで別々に歩んでいたのは、単に信じる道が違ったからに過ぎない。結果的に国を救えるなら名誉なんかにこだわる気はないよ」
「二人とも……」
グロウ兄様もリヒテル兄様も当たり前のように言ったが、王族に生まれた人間が名誉を捨てるなど容易いことではないはず。
……やっぱり、あのとき二人を信じてすべてを打ち明けた判断は間違ってなかった。
***
いくつかの村を回って街に戻るころには、馬車の後ろに長い列ができていた。
各地から集まった人たちが、そのまま私の言葉を聞くためについてきたのだ。
城下の大広場には舞台が組まれている。
本来なら王城のバルコニーから――が通例なのだけど、高いところから見下ろすのはどうにも落ち着かない。
だから今回は私の希望でここにした。
馬車を降りると、近衛騎士であるギルがそっと手を差し出す。私はその手に引かれ、舞台へ上がった。
正面に視線を上げると、誰の顔もはっきり見える。
さっきまでざわめいていた広場が、私が立った瞬間に静かになった。
国を救った王女として、そして新しい王として、私の言葉を待っている――その熱が、肌でわかる。
「いってらっしゃい、フェルト」
「ええ。行ってくるわ、ギル」
三年前、私は錬金術で国を救うと決めた。
でも、その夢は私一人のものじゃない。私一人では、叶えられない。
だからこそ――みんなにも、同じ夢を見てほしい。
「私の名前は、フェルト・アストリア。今日をもって、私はこの国の王となります」
静かに語り始める。
威厳を出すのはここまで。あとは自分らしく。
「ねえみんな、まず聞いてもいい? この国は良くなったと思う?」
返ってきたのは、どれも肯定の声だった。
塩がある。魚がある。コメが食べられる――感謝が、歓声に混ざって広がる。
「そう。なら、ずっとこんな日々が続けばいいと思う?」
再び、うねるような肯定。
けれど私はそれに対し、ゆっくりと首を横に振った。
広場に戸惑いが走る。
「私はね、今のままじゃダメだと思う」
息を吸い、はっきりと言う。
「この国は、まだここからよ。塩が手に入り、冬を越せる糧が手に入った。だけど、まだそれだけ。私はその程度で満足しない。もっとおいしいものを食べたいし、もっと楽しいことがしたい。もっと便利なものも欲しい。ただ飢えないだけなんかじゃ……まだまだ満足なんてできない!」
成果は手に入れた。安定もつかんだ。
でも、それで終わりではない。
「あなたたちが今握っているジョッキの中身を見て。テーブルの上の料理を見て」
みんなの視線が手元に落ちる。
「それらはたぶん、生きるだけなら必要のない贅沢であり、無駄なものよ。けれど私はこう思うの。――この贅沢や無駄こそが、きっと“幸せ”なんだって」
健康だけ考えれば、お酒は害だ。
栄養だけ考えれば、料理の種類なんてこんなになくていい。
でも、人はそういうふうにできていない。
私も、みんなも。
「私はこれからもこの国を導くわ。もっと贅沢に、もっと幸せに。だからみんなも、それを願って私についてきて」
声が自然と強くなる。
「――それこそが、私が求める“真の救国”よ!」
ただ生き延びるだけでは駄目。
失ったものを取り戻すだけでも足りない。
今はまだスタート地点。ゴールは、もっと先にある。
ここで満足してしまえば、進歩は止まる。
私は周囲を見渡した。
最初、民の表情には戸惑いがあった。
これまでは、明日の食べ物に怯える毎日で、「豊かさ」や「幸せ」を考える余裕なんてなかったのだ。
でも今日――食べて、飲んで、笑って、体でわかったはず。
顔が、少しずつ変わっていく。
もっとおいしいもの。もっと良い暮らし。
夢を見始めた顔になっていく。
その気配は一人分の熱から二人分へ、十人分へ、やがて広がって――
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」」」
爆ぜた。
喝采が広場を震わせ、歓喜が波のように押し寄せる。
「「「「「女王フェルト万歳! 女王フェルト万歳!」」」」」
拳が一斉に突き上がり、声が夜空を突き抜けた。
人々の目に宿っているのは、明日への希望。
死や飢えではなく、「明日はもっと良くなる」と信じる光。
背後をちらりと見る。
グロウ兄様、リヒテル兄様、ライル、ジーク――そしてギルが、静かに頷いた。
「さあ、みんな。私と一緒に未来へ進みましょう」
私は最後に言い切った。
「私は必ず、このアストリア王国を救ってみせる。これが私、フェルト・アストリアが王として最初に行う、みんなとの約束よ」
熱気の渦を背に、私は舞台を降りた。
そう、まだ何も成し得ていない。この夢には続きがある。
シルフィーナ姉さんを取り戻す。お父様の病を治す。
――そして、みんなでまた花火を見よう。
その夜、人々はご馳走と酒、そして希望で満たされた収穫祭を楽しみ、新たな王の誕生を祝った。
この日は後に歴史に刻まれる。
偉大なる女王フェルト・アストリア誕生の日。
アストリア王国が、生まれ変わった日として――。
十五年ぶりの開催とあって、国中が朝から浮き足立っている。
通りには飾りつけが並び、子どもたちは手をつないで跳ね回り、大人たちは笑顔でそれを見守っていた。
収穫祭は冬のはじめに収穫を祝い、恵みに感謝する祭り。
けれど、ここ十数年はそんな余裕がなかった。
食糧は日々を生き抜くだけの量を確保するので精いっぱい。わずかに余った分も、塩を買う資金とするために売ってしまう。
しかも他国の情勢次第では塩が高騰し、最悪の場合は備蓄を削ってでも塩を買わねばならない年もあった。
とはいえ塩がなければ保存食が作れず、それはそれで冬を越せなくなる。
まさに「今日死ぬか、明日死ぬか」の究極の二択。
お祭りに回す余裕なんてあるはずもなかった。
……でも、今年は違う!
私が作った肥料によって芋もカボチャも見事に実り、収穫量は過去最高。
さらに初秋に植えた稲も、冬を前に黄金色の穂をつけた。
そして海の発見とトンネルの開通で塩が安定供給され、魚介類も豊富に。
おまけに塩が潤沢だから、肉や魚を塩漬けにした保存食も十分。
つまり――今年のアストリアは、食べ物が“余っている”!
***
夜になると、国中が灯りに包まれた。
通り沿いにはテーブルや椅子がずらりと並び、料理上手な主婦たちが次々と自慢の一皿を運び込む。
香ばしい匂いに誘われて、私も思わず足を止めてしまう。
中でも人気は、お米を香草と一緒に炊き上げ、魚介類をふんだんに使った料理。
見た目も華やかで、まるで前世で食べたパエリアのようだ。
私も仕込み段階で試食させてもらったが、これがもう本当においしくておいしくて……!
それに味もさることながら、見た目が豪勢でいかにもお祝いっぽいのもうれしいポイント。
これ一つとっても、アストリアという国の変化を肌で実感できる。
「さあフェルト王女、そろそろ出発しますぞ」
「悪いわね、ジーク。御者の役目を任せてしまって」
「なんの。これは自ら志願したものですぞ」
「あら、そうだったの?」
「はい。フェルト王女の晴れの舞台ですから。ぜひ間近で見たいと居てもたってもいられず」
馬車の運転席で振り返ったジークがにっこりと笑う。
ジーク=ガルディーニ――ギルの祖父であり、剣術の師匠でもある。かつてはアストリア最高の剣士であり、一線を退いてからは私の従者をしてくれている。
ジークとはしばらく会えていなかったが、実のところ錬金術の秘密を知る者の一人として極秘任務を頼んでいた。
こうして久々に再会できて、いっしょに収穫祭に参加できるのはとてもうれしい。
「では行きますぞ」
「ええ、よろしく」
ジークの声に頷き、パレードが始まる。
馬車には私のほかにギル、グロウ兄様、リヒテル兄様、ライルが同乗している。
オープンタイプの馬車なので風が心地よい。
城を抜けて街に入ると、すぐに人だかりができた。
酒に酔った民たちがジョッキを掲げ、声を張り上げて馬車を迎える。
お米の豊作によって、日本酒――この世界ではピンとこなさそうなので、“おコメのワイン”と呼ばせている――もたっぷり用意できた。
あれからライルが更なる改良を施して香りも味わいも向上したらしく、みんなからも大好評。
モーリスをはじめ兵士たちが総出で仕込み、今日のために樽を並べた。
酒は娯楽が少ないこの国で大きな役割を果たす。
まだ毎日飲めるほど在庫はないけど、祝いの日に振る舞えるだけでも全然違う。
ジョッキを手にした彼らの表情が陽気なのは、きっとアルコールによる酔いだけではないでしょうね。
「すごいね、みんな笑顔だ」
「ええ」
隣のギルが呟き、私も頷いた。
広場では楽器と歌声が響き、みんな思い思いにダンスを踊っていたり、食事を楽しんだりしている。
どこへ行っても笑い声が絶えず、誰もが心から楽しそう。
これこそ――私がずっと見たかった光景。
集まった民に手を振りつつ、思わず頬が緩んでしまう。
「でも、それはともかくとして……」
「? どうしたの、フェルト?」
「いえ……」
それにしても彼ら、あんな風に日本酒をジョッキに注いでガブガブ飲んで大丈夫なのかしら?
……あの人たち、たぶん明日は地獄を見る羽目になるわね。
「あっ、フェルト王女が来たぞ!」
「美味しいおコメをありがとう!」
「こんなウマい飯、一生食えねえと思ってたよ!」
「王女様、こっち向いてください!」
歓声とともに人々の手から白い粒が空へ舞い上がる。
これはお米だ。純白のお米が、あたり一面に光を反射してきらきらと降り注ぐ。
「この国ではもともと収穫祭で小麦をまく風習がありましたの。穀物は生命と豊穣の象徴であり、まくことで“子孫繁栄”や“豊かな生活”を祈るのです」
「へ~」
振り返ったジークが説明してくれた。
なるほど、今回はそれをお米で代用したわけか。少々もったいない気もするけれど、夜の灯りに照らされて舞う様子は雪景色のように幻想的で美しい。
てかこれ、まんま前世の結婚式であった『ライスシャワー』よね。
まさか異世界にも似たような風習があるなんて思わなかったわ。懐かしい。
……ま、なんて言いつつも、転生前の私には結婚式なんて生涯縁がありませんでしたけどね。他人の以外は。
「きゃーっ、フェルト王女様!」
「あなたの塩で冬が越せます!」
「魚もだ! この国を救ってくれてありがとう!」
「よっ、救世主!」
しばらく進むと、今度はもっと細かい白い粒が舞い始めた。
空気中にふわりと広がる白い粉――これは塩だ。
なるほど、こちらはさしずめ『ソルトシャワー』ってところね。
なんだかお相撲さんの土俵入りみたいで、これはこれで風情がある。
「ねえジーク、これにはどんな意味があるの?」
こっちは前世でも見たことがない。
塩だからお清めとか?
これで身体を清めて、邪なものを祓うとかそういう意味でもあるのかしら?
「いえ、特に意味はありませんな」
「え」
「まあ民もそれだけお祭り気分ということでしょう」
いや、つまりノリってことかい。
もう、なによそれ。この一瞬でいろいろ想像しちゃった自分がバカみたいじゃない。
……まあでも、みんなが楽しそうならそれでいっか。
「人気者だね、フェルト。そうだ、この際だから“白米王”とでも名乗ったら?」
馬車の上から沿道を見下ろしながら、ギルがからかってくる。
え、なにそのダサい王様。普通に嫌なんだけど。
「ははは、そいつぁいいな。古今東西、後世に名を残す王はわかりやすい二つ名があるもんだしな。いっそ“塩王女”ってのはどうだ?」
「たしかに、どちらもフェルトの功績としては十分だ。う~ん、悩ましいところだね」
いやいや、グロウ兄様にリヒテル兄様まで乗ってこないで。
それだと私、普段は塩対応しかしない冷淡な人みたいじゃない。
「お兄様がた、それではフェルト姉さまがかわいそうです。どうせなら、もっとカッコいい名前にしましょう!」
さすがライル、やっぱりわかってるわね。
やはり持つべきは可愛い弟。
「ここは間を取って、“錬金王女”はどうです?」
「いや、一番ダメでしょ」
錬金術は最大の禁忌。
自ら吹聴なんて自殺行為だ。
私が思わずツッコむと、他の三人が一斉に声を上げて笑った。
もう、みんなして吞気なんだから。あ、しかもよく見たらジークまで笑ってるし。
やれやれ、歓声が大きいから民たちには聞こえてないとはいえ、困った人たちだわ。
「まあまあ、そんな顔するなって。むしろもっと胸を張っていいんだぞ、フェルト。この民の笑顔はお前が生み出したんだ」
「ああ。民から王への信頼なくして、国家の安寧はない。これもフェルト王の偉大な御業のおかげだ」
「それはグロウ兄様とリヒテル兄様が……」
塩づくりは兵士、お米づくりは文官が主導していたが、それぞれを率いる二人の兄は成果をすべて私の功績だと広めた。
結果、国中の人々は私を救世主のように讃えてくれる。
「いいんだよ。前にも言ったろ。王に人気が集中しなけりゃ、国が割れる」
「ああ、グロウ兄さんの言うとおりさ。僕らはただ、アストリアという国を守りたいだけなんだ。これまで別々に歩んでいたのは、単に信じる道が違ったからに過ぎない。結果的に国を救えるなら名誉なんかにこだわる気はないよ」
「二人とも……」
グロウ兄様もリヒテル兄様も当たり前のように言ったが、王族に生まれた人間が名誉を捨てるなど容易いことではないはず。
……やっぱり、あのとき二人を信じてすべてを打ち明けた判断は間違ってなかった。
***
いくつかの村を回って街に戻るころには、馬車の後ろに長い列ができていた。
各地から集まった人たちが、そのまま私の言葉を聞くためについてきたのだ。
城下の大広場には舞台が組まれている。
本来なら王城のバルコニーから――が通例なのだけど、高いところから見下ろすのはどうにも落ち着かない。
だから今回は私の希望でここにした。
馬車を降りると、近衛騎士であるギルがそっと手を差し出す。私はその手に引かれ、舞台へ上がった。
正面に視線を上げると、誰の顔もはっきり見える。
さっきまでざわめいていた広場が、私が立った瞬間に静かになった。
国を救った王女として、そして新しい王として、私の言葉を待っている――その熱が、肌でわかる。
「いってらっしゃい、フェルト」
「ええ。行ってくるわ、ギル」
三年前、私は錬金術で国を救うと決めた。
でも、その夢は私一人のものじゃない。私一人では、叶えられない。
だからこそ――みんなにも、同じ夢を見てほしい。
「私の名前は、フェルト・アストリア。今日をもって、私はこの国の王となります」
静かに語り始める。
威厳を出すのはここまで。あとは自分らしく。
「ねえみんな、まず聞いてもいい? この国は良くなったと思う?」
返ってきたのは、どれも肯定の声だった。
塩がある。魚がある。コメが食べられる――感謝が、歓声に混ざって広がる。
「そう。なら、ずっとこんな日々が続けばいいと思う?」
再び、うねるような肯定。
けれど私はそれに対し、ゆっくりと首を横に振った。
広場に戸惑いが走る。
「私はね、今のままじゃダメだと思う」
息を吸い、はっきりと言う。
「この国は、まだここからよ。塩が手に入り、冬を越せる糧が手に入った。だけど、まだそれだけ。私はその程度で満足しない。もっとおいしいものを食べたいし、もっと楽しいことがしたい。もっと便利なものも欲しい。ただ飢えないだけなんかじゃ……まだまだ満足なんてできない!」
成果は手に入れた。安定もつかんだ。
でも、それで終わりではない。
「あなたたちが今握っているジョッキの中身を見て。テーブルの上の料理を見て」
みんなの視線が手元に落ちる。
「それらはたぶん、生きるだけなら必要のない贅沢であり、無駄なものよ。けれど私はこう思うの。――この贅沢や無駄こそが、きっと“幸せ”なんだって」
健康だけ考えれば、お酒は害だ。
栄養だけ考えれば、料理の種類なんてこんなになくていい。
でも、人はそういうふうにできていない。
私も、みんなも。
「私はこれからもこの国を導くわ。もっと贅沢に、もっと幸せに。だからみんなも、それを願って私についてきて」
声が自然と強くなる。
「――それこそが、私が求める“真の救国”よ!」
ただ生き延びるだけでは駄目。
失ったものを取り戻すだけでも足りない。
今はまだスタート地点。ゴールは、もっと先にある。
ここで満足してしまえば、進歩は止まる。
私は周囲を見渡した。
最初、民の表情には戸惑いがあった。
これまでは、明日の食べ物に怯える毎日で、「豊かさ」や「幸せ」を考える余裕なんてなかったのだ。
でも今日――食べて、飲んで、笑って、体でわかったはず。
顔が、少しずつ変わっていく。
もっとおいしいもの。もっと良い暮らし。
夢を見始めた顔になっていく。
その気配は一人分の熱から二人分へ、十人分へ、やがて広がって――
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」」」
爆ぜた。
喝采が広場を震わせ、歓喜が波のように押し寄せる。
「「「「「女王フェルト万歳! 女王フェルト万歳!」」」」」
拳が一斉に突き上がり、声が夜空を突き抜けた。
人々の目に宿っているのは、明日への希望。
死や飢えではなく、「明日はもっと良くなる」と信じる光。
背後をちらりと見る。
グロウ兄様、リヒテル兄様、ライル、ジーク――そしてギルが、静かに頷いた。
「さあ、みんな。私と一緒に未来へ進みましょう」
私は最後に言い切った。
「私は必ず、このアストリア王国を救ってみせる。これが私、フェルト・アストリアが王として最初に行う、みんなとの約束よ」
熱気の渦を背に、私は舞台を降りた。
そう、まだ何も成し得ていない。この夢には続きがある。
シルフィーナ姉さんを取り戻す。お父様の病を治す。
――そして、みんなでまた花火を見よう。
その夜、人々はご馳走と酒、そして希望で満たされた収穫祭を楽しみ、新たな王の誕生を祝った。
この日は後に歴史に刻まれる。
偉大なる女王フェルト・アストリア誕生の日。
アストリア王国が、生まれ変わった日として――。
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交通事故で死んだ筈の私は、地球ではない星の一室にいた。ここは地球からみて異世界で、人口不足の為に他世界から移民を求めており、私も移民として転移させられたらしい。ただし移民だから言葉は通じないし生活習慣も違う。だから正式居住までの1年間、寮がある施設で勉強することになるようだ。
突然何もかも変わって、身体まで若返ってしまった私の、異世界居住の為の日々が始まった。
チートなし、戦闘なし、魔物無し、貴族や国王なし、恋愛たぶんなしというお話です。魔法だけはありますが、ファンタジーという意味では微妙な存在だったりします。基本的に異世界での日常生活+α程度のお話です。
なお、カクヨムでも同じタイトルで投稿しています。
ある平凡な女、転生する
眼鏡から鱗
ファンタジー
平々凡々な暮らしをしていた私。
しかし、会社帰りに事故ってお陀仏。
次に、気がついたらとっても良い部屋でした。
えっ、なんで?
※ゆる〜く、頭空っぽにして読んで下さい(笑)
※大変更新が遅いので申し訳ないですが、気長にお待ちください。
★作品の中にある画像は、全てAI生成にて貼り付けたものとなります。イメージですので顔や服装については、皆様のご想像で脳内変換を宜しくお願いします。★
転生能無し少女のゆるっとチートな異世界交流
犬社護
ファンタジー
10歳の祝福の儀で、イリア・ランスロット伯爵令嬢は、神様からギフトを貰えなかった。その日以降、家族から【能無し・役立たず】と罵られる日々が続くも、彼女はめげることなく、3年間懸命に努力し続ける。
しかし、13歳の誕生日を迎えても、取得魔法は1個、スキルに至ってはゼロという始末。
遂に我慢の限界を超えた家族から、王都追放処分を受けてしまう。
彼女は悲しみに暮れるも一念発起し、家族から最後の餞別として貰ったお金を使い、隣国行きの列車に乗るも、今度は山間部での落雷による脱線事故が起きてしまい、その衝撃で車外へ放り出され、列車もろとも崖下へと転落していく。
転落中、彼女は前世日本人-七瀬彩奈で、12歳で水難事故に巻き込まれ死んでしまったことを思い出し、現世13歳までの記憶が走馬灯として駆け巡りながら、絶望の淵に達したところで気絶してしまう。
そんな窮地のところをランクS冒険者ベイツに助けられると、神様からギフト《異世界交流》とスキル《アニマルセラピー》を貰っていることに気づかされ、そこから神鳥ルウリと知り合い、日本の家族とも交流できたことで、人生の転機を迎えることとなる。
人は、娯楽で癒されます。
動物や従魔たちには、何もありません。
私が異世界にいる家族と交流して、動物や従魔たちに癒しを与えましょう!
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