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17(アレイナ)ヒロインの憂鬱
しおりを挟む「こんな髪色と瞳は見た事がない。きっと誰よりも美しくなるだろう」
「かわいいアレイナ、あなたは特別な子よ」
ゆりかごの中にいるアレイナを皆が褒めた。だからそうよといつも返事をした。もちろんまだ言葉なんて話せないけど。
6歳の時、鏡を見ていて気がついた。
妖精みたいな愛らしい顔、淡いローズピンクの髪、鮮やかなスカーレット色の瞳。
ああ、「エクシオウルの星屑」に出てくるアレイナだわ。大好きなゲームだから間違えるわけがない。
「エクシオウルの星屑」は中世ヨーロッパを模した乙女ゲーム。王宮で知り合った幼いヒロインと攻略対象たちが王立学院で再会して恋をする。学院修了時に攻略した相手と愛で結ばれて結婚をするという、よくある内容だった。
攻略対象キャラは六人いる。
孤高の王子イスハーク・エクシオウル。ゲーム中で彼は一番の美貌を誇る。たった一人、王国を継ぐ者としての重圧からいつしか感情を抑えるようになった。
王子の秘書官シャルト・エレイムは父親が宰相を務める侯爵家の嫡男。目立つ容姿のせいで女性不信になり、眼鏡を装備して全てを隠すようになった。
イスハークの護衛騎士ダヴィト・リファートは伯爵家の出。騎士団団長である父には敵わず次第に彼は心を病んでいく。
辺境伯嫡男スヴァーリ・コルクトは美少年顔を小さな頃から弄られつづけて屈折してしまう。作りものめいた綺麗な笑みで適当な人付き合いをするようになる。
王家に連なる公爵家の出イルディス・シェリノールは明るくて瑕疵などなに一つないように見える。彼の家族関係は複雑で闇を抱えていた。
侯爵家嫡男エフェ・ディライル・フスレウは妹に苦心する。甘い表情の下に殺したいほどの憎しみを隠していた。彼は一番攻略が難しかった。
歪んだ攻略対象たちの心を癒やしていくのがヒロインだった。
エディの4歳年下の妹が悪役令嬢ハティス・フスレウ。エクシオウルでも由緒正しい侯爵家に生まれ甘やかされて育ち、絵に描いたようなわがままに育つ。
どのルートでも攻略対象たちに嫌悪され、悲惨な最期を迎える。毒杯、公開処刑で断首、地下への投獄、凌辱。
かわいそうだけどそれがゲームのシナリオ。どうにもしてあげられない。悪役令嬢の運命は変えられないのだから。
6歳のアレイナは王宮に行く日を夢見て数えた。
一年、また一年が過ぎた。アレイナは王都から遠い領地にいる。
おかしいわね……
もう12歳になっていた。13歳になる来年には学院に通う。まだ攻略対象の誰にも会っていない。学院に入る前に出会って恋心を育むはずなのに。
「お父様、なぜ王都に行かないの?社交シーズンでしょう?」
「領地で過ごすのが一番だよ」
「わたくし、王都の王立学院に通いたいわ」
「そんなに勉強が好きだったか?家庭教師からの報告では……」
「今は苦手だけど学院に入ったらがんばりますわ!」
父も母もアレイナの王都行きを反対した。彼らは吃驚するくらい野心がない。けれどかわいい娘の懇願に最後は折れて、アレイナは学院に通う事が決まった。
ようやくゲームが始まった。
学院で攻略対象たちに会えたアレイナは歓喜した。もっと早く彼らに会いたかった。ゲームと同じ10歳の頃に。
(学院修了まで五年あるんだから大丈夫よね)
でもなにかが違っていた。
アレイナはようやくその違和感に気がついた。
悪役令嬢がいない。
フスレウ侯爵家がなくなってしまったのかと不安に駆られた。でもエディはいる。
細かい事は気にせず攻略をイスハークに決め、他のキャラたちとの関係だって大切にしたのに。
悪役令嬢がいないからイベントが起きない。彼らの好感度も変わらない。あなたの事わかるわ、なんて理解を示しても皆が怪訝な顔をした。18禁のはずなのに誰も触れてこない。
三年が過ぎてしまった。
悪役令嬢はどこ……?
ようやくアレイナは彼女を見つけた。
王宮で大きな茶会が催された日。イスハークとシャルトの二人と共にハティスがいた。なんて図々しいのかとアレイナは顔を顰めた。
悪役令嬢が彼ら二人を困らせているのだ、と近づくとその場の空気が凍りついた。なぜかアレイナが二人に警戒されているようだった。
構わず悪役令嬢を見据えて、言葉を失う。
潤んだヘーゼルの瞳にふわふわしたチョコレート色の髪。透けるくらい白い頬は薔薇色に色づいている。
(待ってちょうだい。すごくかわいいし、いい子だわ。身分が下のわたくしから話しかけても嫌な顔しないもの)
イスハークとシャルトの二人が眉を顰めてアレイナを見据えている。
大丈夫。アレイナがお願いしたら、イスハークはいつも聞いてくれるのだから。
……程なくしてイスハークとハティスは婚約した。
ゲームはまだ始まっていないのに。じゃあ学院に来るよう声をかけたらいい。
……ハティスは3歳年下だった。
同じ年のはずでしょう?
どうしてヒロインのわたくしが悪役令嬢に嫉妬してるの。この世界はわたくしのために存在するのよ。
「フスレウ侯爵令嬢がわたくしを虐めるの」
「あなたをお慕いしているの」
イスハークに何度もお願いした。イスハークはハティスを諌めてくれた。彼女がなにか言ってもいつもアレイナを庇ってくれた。
でも婚約は破棄してくれない。
だからダヴィトにお願いした。
「フスレウ侯爵令嬢は身分の劣るわたくしをよく思っていないみたいなの」
「イスハークに近づくなと叱られたわ」
騎士であるダヴィトはいつもアレイナを守ってくれた。
でもそれだけ。いくら誘ってもアレイナに触れようとはしなかった。
どれだけイスハークにお願いしても婚約者はハティスのまま。だからハティスに頼んだ。
「悪役令嬢の役割を果たしなさいよ!」
「あんたがしないなら大切なものを奪ってやるから!」
何度詰め寄っても、ハティスは嫌だと拒否してアレイナに従おうとしない。悪役令嬢のくせにいい子ちゃんぶるなと最高にイラついた。
ハティスに意地悪された、と自作自演するだけでイベントはなにも起きない。
だからハティスは癇癪持ちのわがままだと噂を流した。嫌だと抵抗する様が、癇癪を起こしているように見えるもの。
次第にハティスは周囲から遠巻きにされた。
かわいいだけで取り柄もないくせに、王太子妃になろうとしている彼女を面白くなく思っている令嬢たちと協力した。
いくらお願いしても、イルディスもシャルトもスヴァーリも全然言う事を聞いてくれない。エディには近づく事さえできないままだった。
こんなシナリオあり得ない。
あの茶会の日だってそう。
いつまでも従わないハティスを連れ出して詰め寄った。
あんたも転生者で全て理解した上で断罪回避のために惚けてるんじゃないのか。ゲーム補正がかかるから無駄だ、悪役令嬢は幸せになんかなれない。
一方的に捲し立てた。それなのに、ハティスは怪訝な顔をしてアレイナを見ていたからもう許せなかった。
「あの男を殺してやろうかしら!」
「やめて!そんなこと絶対にダメ……!」
次の瞬間ハティスが倒れ込んだ。
イスハークたちが来てもハティスは動かないから、押されたのだと涙目で訴えた。
そしてダヴィトが彼女を引きずっていって。
あの日からおかしくなった。誰もアレイナに従わなくなった。王宮への立入りは禁じられ、イスハークも会おうとしない。
皆がヒロインの愛が欲しくて跪くはずなのに、学院を修了してもアレイナには婚約者もいない。
誰もアレイナに愛を捧げてくれない。
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