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18 兄と妹
しおりを挟む「僕のかわいいハティス!兄様が帰ったよ!!」
「お帰りなさいませ、お兄様」
視察から王都へ戻ったエディと顔を合わせるのは五日ぶりだった。過大な抱擁にハティスは気恥ずかしさを覚えながら、兄を笑顔で出迎えた。
「ねえ、ハティス。こんなの持っていたかい?」
よしよしと頭を撫でていたエディの視線が縫いとめられたようにハティスの首元に注がれる。
ハティスは大切なことを思い出した。
「レーヴェ様がくださったのです。魔石、というものだそうです」
繊細なチェーンを指先にかけて魔石を見せると、エディの視線は菫色の石に釘づけになり、宝石に負けないくらい美しい紺碧の瞳を大きく見開いた。
シェリノール公爵家の屋根裏部屋を探検した日、レヴェントは王都にある商会に注文して古びれたネックレスを使えるようにした。
「これは大変すばらしいものを拝見しました。ネックレスに限らず指輪などにすることも可能ですが」
「同じで頼む。すぐ使いたいんだ」
「畏まりました。ではチェーンをお選びください。お若い方にはこちらが人気です」
商会の人間が示したのはゴールド、シルバー、プラチナ……様々な種類の装飾具だった。ハティスにはよくわからず、結局プラチナでらせん状にひねりがある繊細なデザインのチェーンをレヴェントが選んだ。
その日もフスレウ侯爵とエディが侯爵家に不在だったので、公爵家の方々のご厚意に甘えて滞在させてもらったのだ。
その夜ハティスは夢を見なかった。
ハティスはレヴェントから聞いた話、公爵家であった出来事をそのままエディに話した。
エディは目を瞠ったまま動かない。
「レーヴェ様のお母様のご実家に伝わっていたものだそうです。もうかなり古くて価値がないのだとおっしゃってました。でもとても綺麗ですよね?」
「えぇ……っ!?」
そんなわけあるかと、エディは絶叫した。
「お兄様……?」
「ハティス、なんて言ったの?兄様よく聞こえなかったよ」
「レーヴェ様がくださいました」
「うんうん。……いや、そこじゃなくて」
「お母様のご実家に伝わるものだったと」
「うんうん」
「かなり古くて価値がないと」
「うんうん……て、そんなわけないよね!?」
首を傾げるハティスにエディは深い溜め息を吐いた。
「はぁ……兄様はどうつっこめばいいかわからない」
困ったように目尻を下げたため、ますます垂れ目が目立つエディは金髪を雑にかき上げた。
いいかい、ハティス……とエディが話し始める。今度はハティスが絶叫したくなった。
かわいくて気に入っていたネックレスの魔石がまさか国宝級の価値を持つなんて知らなかった。かわいいなんて二度と言えない。どうしてそんなものが屋根裏部屋に。しかも宝石箱に雑多に詰め込まれて。
知っていたら絶対に絶対に受け取らなかった。固まるハティスにエディは優しく言い聞かせるように話を続ける。
「手に入れたいと思っても旧時代のものはなかなか残っていないんだよ。だから信じられないくらい高値がつくんだ。レーヴェは説明しなかったのか?」
(自分の瞳の色と同じ魔石を贈るとか怖っ!なにを考えてるんだあいつは……)
「そ、そんな大変なものだとは知らず……すぐにお返ししましゅ……」
思いきり噛んだ。
恥ずかしさから手で顔を覆うハティスの頭をエディはよしよしと撫でる。
「あいつが受け取るわけないから、もらっておきなさい。アミュレットとして身につけておけばいい。魔法がありふれた世界に暮らす人々が身を守るため装飾していたものだ。確かに魔力はもう失われているし、意味なんかないけれど守られているような気持ちにはなるだろう?」
「はい……お兄様。あの、もしかしてフスレウにもその時代のものが保管されていますか?」
「うん、あるよ。それで学院に通っていた頃に時間潰しに論文を書いたら優をもらったな。ハティスがレーヴェにもらったのは呪いや魔力の類を避けるためのアミュレットだろう?その反対のものも存在したんだよ。つまり、呪いを助長するためのものがね。いつの時代も人の本質って変わらないんだよ。ハティスも見てみたいかい?」
エディの申し出にハティスは首を横に振った。
呪い……?そんな恐ろしいものがあるなんて、話を聞いただけで身体が震えそうになる。
「さ、夜会の準備をしようか?」
「はい、お兄様」
視察先から王宮へは行かず、邸に直帰したエディは着替えをしながらジェムの報告を聞いていた。
(あいつ……)
王宮で殿下に会うハティスに付き添うまではいい。エディからくれぐれもと頼んだのだから。
だがその後が問題だった。
シェリノール公爵家に連れて帰った?それはそれは楽しく過ごしていただって?……は?二泊もした?
というかあの魔石はなんだ?
魔石は失われた時代のものだ。王都の一等地に邸が構えられる、それほどの価値があるものを、価値がないからと偽って贈るとか。
(重いわ!ハティスはその意味をわかっているのか、わかってないよな。兄様は心配だな)
開き直ったとでも言えばいいのか。レヴェントの変わる事のない妹への執着をエディは思い知る。
「ジェム、お前の立場はわかるが文句を言ってやりたいよ」
「もしもの時は全力で止めましたし、ですがあの方に限ってあり得ないでしょう?」
「なぜだ?」
「拗らせてますから」
「……そうか、そうだったな」
護衛騎士の分析が的確すぎてエディは言葉もない。
「――うなされていたって?」
「はい、最初の晩にです。侍女殿がレヴェント様を呼んですぐお嬢も目を覚ましましたが」
「そうか……」
ハティスがまだ小さな頃、怖い夢を見るのだと言って大きな瞳に涙を浮かべていた。ちょうど母が亡くなった時期だ。なにもできない自分がもどかしかった。
「こちらにお嬢が戻る事をかなり反対しておられました。このまま公爵家に留めたいと馬車が出発するギリギリまでおっしゃってました」
「はは!……レーヴェの奴、ハティスはうちの子なんだぞ」
そういえばハティスは小さな頃レーヴェにべったりで僕より懐いてたよな。
「こんな日に夜会とか面倒だな。かなり視察がハードだったんだよ」
「心中お察しします」
護衛騎士は全然心が伴なっていない声で返事をした。
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