8 / 61
督郵崔廉
しおりを挟む
安熹県は小さな城と県衙があり、そこそこの大きさの街があり、郊外は田園地帯というよくある平凡な県だった。
劉備は県尉。彼が仕事をするための建物もあった。
長屋のような建物。尉の執務室があり、部下が待機する部屋があり、武術訓練をするための庭もあった。
五十人ほどの部下がいる。元義勇兵の三十人を加えて、八十人が劉備の手下。
劉備は県令の指揮下に入ることになる。
「しっかりやってくれよ、劉備とやら」と県令は言った。
足を机の上に乗せている。いばりくさった仕草だった。赤ら顔で、職務中に酒を飲んでいた。
劉備は不快になったが、上司には逆らえない。
「はい」とだけ答えた。
前任者から引き継ぎを受けた。
「ここは平和な街だったが、だんだんと治安が悪くなってきた。世の中の流れだな。国中が乱れている。黄巾の残党が山賊になったりしている」
「しっかりと県を守ります」
「街だけ守っていればいい。郊外まで完全に守るのは不可能だ。県令もそこまでは求めない」
「県令様は酒浸りですね」
「まともな役人が減った。これも世の流れだ。いたしかたない」
劉備は内心で反発したが、黙っていた。前任者に文句を言っても始まらない。
おれはしっかり仕事をしよう、と心の中で誓った。
彼は県の役人に、元義勇兵たちに給料を出してくれるよう頼んだ。
「無理ですよ。そんな予算はありません」
「頼むよ。しっかりと仕事をさせるから。県の治安を向上させてみせる」
「ない袖は振れません」
「兄貴が真面目に仕事をさせると言っているのに、けんもほろろに断りやがって!」
張飛が怒鳴った。
「私には県尉様の予算を増やす権限はないんですよ。県令様に頼んでください」
劉備は県令と交渉した。
「そんな金はねえ。仕事はそこそこでいいから、いまの予算でやりくりしろ」
予想どおりの返答で、がっかりした。
劉備は自分の給料で、三十人分の食べ物を買った。粗末なものしか手に入らないが、仕方がない。
彼を慕う元義勇兵たちは文句を言わなかった。
そして、県の治安のために一生懸命働いた。県内を巡察し、盗賊などがいたら、勇敢に戦い、逮捕した。
関羽と張飛の働きはすさまじく、山賊をふたりだけで蹴散らした。
安熹県はみるみるうちに治安のよいところになっていった。山賊は別の県へ逃げていった。
各地の長老たちが劉備に会うため、県尉の役場へやってきた。
「県尉様、あなたのおかげで、村が賊に襲われることがなくなりました。ありがとうございます」
「おれは当然のことをしているだけだよ。礼を言われるようなことはしていない」
「あなた様のような素晴らしい尉は初めてです。お名前を教えていただけませんか」
「劉備玄徳」
「劉備様、困ったことがあれば、なんでも言ってください」
「実は、三十人分の給料が足りないんだ。おれが食わせてやっている。そのせいで真面目に働いても、金が少しも貯まらない」
「その給料は、長老会から出します」
長老たちは、劉備に補助金を渡すことにした。
半年ほど働いた後、郡衙から崔廉という名の督郵がやってきた。
督郵とは、県の役人の仕事ぶりを調べる監察官である。
崔廉は、劉備の働きにけちをつけた。
「県尉さんよ、仕事がなっちゃいねえ」
劉備はどうして文句を言われているのかわからない。
「おれは真面目に働いていますよ」
「いや、おまえはだめだ。太守様に無能だと報告する。その上、長老たちから金をむしっている悪人だと言わなきゃならねえ」
「長老からもらっているお金は、部下の給料です」
「私的に部下を養っている。見過ごせない」
「私的ではありません。県の治安をよくするために働いています」
崔廉は、劉備をじろりと見た。手の袖を広げてみせた。
それでようやく劉備にも、袖の下を要求されているのだとわかった。
かっとなった。こんな汚れた役人たちがいるから、国が乱れているのだ。
腐った督郵に賄賂なんて、死んでも払いたくない。
「関羽、張飛、この汚濁督郵を縛りあげろ!」
劉備は激昂した。ふだんは穏やかだが、怒るとすさまじい声を出す。
義弟たちは、たちまち崔廉を縄できつく縛った。
劉備は杖を振りあげ、勢いよく督郵の背中を叩いた。
「痛い! 貴様、わしにこんなことをして、ただで済むと思っているのか」
「思ってねえよ! どうとでもなれだ。とにかく、おまえは許さない!」
崔廉を二百回叩いた。気絶した。
劉備は、督郵の首に県尉の印綬をかけた。もう尉としては働けない。
「兄者、私もこいつを懲らしめたのは正しいと思いますが、これからどうします?」
「逃げる。元義勇兵たちに声をかけてくれ。とにかくいったんみんなで逃げる」
張飛が待機室へ走り、「いますぐここから出る。劉備兄貴と一緒に行きたい者はついて来い」と叫んだ。
こうして、劉備はお尋ね者になった。
劉備は県尉。彼が仕事をするための建物もあった。
長屋のような建物。尉の執務室があり、部下が待機する部屋があり、武術訓練をするための庭もあった。
五十人ほどの部下がいる。元義勇兵の三十人を加えて、八十人が劉備の手下。
劉備は県令の指揮下に入ることになる。
「しっかりやってくれよ、劉備とやら」と県令は言った。
足を机の上に乗せている。いばりくさった仕草だった。赤ら顔で、職務中に酒を飲んでいた。
劉備は不快になったが、上司には逆らえない。
「はい」とだけ答えた。
前任者から引き継ぎを受けた。
「ここは平和な街だったが、だんだんと治安が悪くなってきた。世の中の流れだな。国中が乱れている。黄巾の残党が山賊になったりしている」
「しっかりと県を守ります」
「街だけ守っていればいい。郊外まで完全に守るのは不可能だ。県令もそこまでは求めない」
「県令様は酒浸りですね」
「まともな役人が減った。これも世の流れだ。いたしかたない」
劉備は内心で反発したが、黙っていた。前任者に文句を言っても始まらない。
おれはしっかり仕事をしよう、と心の中で誓った。
彼は県の役人に、元義勇兵たちに給料を出してくれるよう頼んだ。
「無理ですよ。そんな予算はありません」
「頼むよ。しっかりと仕事をさせるから。県の治安を向上させてみせる」
「ない袖は振れません」
「兄貴が真面目に仕事をさせると言っているのに、けんもほろろに断りやがって!」
張飛が怒鳴った。
「私には県尉様の予算を増やす権限はないんですよ。県令様に頼んでください」
劉備は県令と交渉した。
「そんな金はねえ。仕事はそこそこでいいから、いまの予算でやりくりしろ」
予想どおりの返答で、がっかりした。
劉備は自分の給料で、三十人分の食べ物を買った。粗末なものしか手に入らないが、仕方がない。
彼を慕う元義勇兵たちは文句を言わなかった。
そして、県の治安のために一生懸命働いた。県内を巡察し、盗賊などがいたら、勇敢に戦い、逮捕した。
関羽と張飛の働きはすさまじく、山賊をふたりだけで蹴散らした。
安熹県はみるみるうちに治安のよいところになっていった。山賊は別の県へ逃げていった。
各地の長老たちが劉備に会うため、県尉の役場へやってきた。
「県尉様、あなたのおかげで、村が賊に襲われることがなくなりました。ありがとうございます」
「おれは当然のことをしているだけだよ。礼を言われるようなことはしていない」
「あなた様のような素晴らしい尉は初めてです。お名前を教えていただけませんか」
「劉備玄徳」
「劉備様、困ったことがあれば、なんでも言ってください」
「実は、三十人分の給料が足りないんだ。おれが食わせてやっている。そのせいで真面目に働いても、金が少しも貯まらない」
「その給料は、長老会から出します」
長老たちは、劉備に補助金を渡すことにした。
半年ほど働いた後、郡衙から崔廉という名の督郵がやってきた。
督郵とは、県の役人の仕事ぶりを調べる監察官である。
崔廉は、劉備の働きにけちをつけた。
「県尉さんよ、仕事がなっちゃいねえ」
劉備はどうして文句を言われているのかわからない。
「おれは真面目に働いていますよ」
「いや、おまえはだめだ。太守様に無能だと報告する。その上、長老たちから金をむしっている悪人だと言わなきゃならねえ」
「長老からもらっているお金は、部下の給料です」
「私的に部下を養っている。見過ごせない」
「私的ではありません。県の治安をよくするために働いています」
崔廉は、劉備をじろりと見た。手の袖を広げてみせた。
それでようやく劉備にも、袖の下を要求されているのだとわかった。
かっとなった。こんな汚れた役人たちがいるから、国が乱れているのだ。
腐った督郵に賄賂なんて、死んでも払いたくない。
「関羽、張飛、この汚濁督郵を縛りあげろ!」
劉備は激昂した。ふだんは穏やかだが、怒るとすさまじい声を出す。
義弟たちは、たちまち崔廉を縄できつく縛った。
劉備は杖を振りあげ、勢いよく督郵の背中を叩いた。
「痛い! 貴様、わしにこんなことをして、ただで済むと思っているのか」
「思ってねえよ! どうとでもなれだ。とにかく、おまえは許さない!」
崔廉を二百回叩いた。気絶した。
劉備は、督郵の首に県尉の印綬をかけた。もう尉としては働けない。
「兄者、私もこいつを懲らしめたのは正しいと思いますが、これからどうします?」
「逃げる。元義勇兵たちに声をかけてくれ。とにかくいったんみんなで逃げる」
張飛が待機室へ走り、「いますぐここから出る。劉備兄貴と一緒に行きたい者はついて来い」と叫んだ。
こうして、劉備はお尋ね者になった。
24
あなたにおすすめの小説
【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記
糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。
それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。
かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。
ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。
※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。
大日本帝国、アラスカを購入して無双する
雨宮 徹
歴史・時代
1853年、ロシア帝国はクリミア戦争で敗戦し、財政難に悩んでいた。友好国アメリカにアラスカ購入を打診するも、失敗に終わる。1867年、すでに大日本帝国へと生まれ変わっていた日本がアラスカを購入すると金鉱や油田が発見されて……。
大日本帝国VS全世界、ここに開幕!
※架空の日本史・世界史です。
※分かりやすくするように、領土や登場人物など世界情勢を大きく変えています。
※ツッコミどころ満載ですが、ご勘弁を。
電子の帝国
Flight_kj
歴史・時代
少しだけ電子技術が早く技術が進歩した帝国はどのように戦うか
明治期の工業化が少し早く進展したおかげで、日本の電子技術や精密機械工業は順調に進歩した。世界規模の戦争に巻き込まれた日本は、そんな技術をもとにしてどんな戦いを繰り広げるのか? わずかに早くレーダーやコンピューターなどの電子機器が登場することにより、戦場の様相は大きく変わってゆく。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記
颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。
ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。
また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。
その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。
この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。
またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。
この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず…
大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。
【重要】
不定期更新。超絶不定期更新です。
小日本帝国
ypaaaaaaa
歴史・時代
日露戦争で判定勝ちを得た日本は韓国などを併合することなく独立させ経済的な植民地とした。これは直接的な併合を主張した大日本主義の対局であるから小日本主義と呼称された。
大日本帝国ならぬ小日本帝国はこうして経済を盤石としてさらなる高みを目指していく…
戦線拡大が甚だしいですが、何卒!
日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー
黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる