14 / 61
糜竺子仲
しおりを挟む
劉備たちは徐州の下邳城に到着した。公孫瓚から与えられた援軍一千を率いている。
劉備は関羽を連れて、陶謙と面会した。
侵攻してきた曹操軍は五万。それに比べると劉備軍は少なすぎるが、軍事が苦手な徐州牧の陶謙は、喜色を浮かべた。
「劉備玄徳です。微力ですが、陶謙殿をお助けしたいと思っています」
「微力などと……。劉備殿が指揮する兵は強いと聞いている。ふたりの豪傑がいるとも……」
「ああ、関羽と張飛のことですね。私にはもったいないほどの将です」
背後で会話を聞いている関羽は、身が打ち震えるほどの感動を味わっている。劉備は謙虚で、自分を評価してくれている。この人のためなら命を捨ててもいいと思う。
「状況は深刻だ。曹操軍は残虐で、住民を殺戮しながら進んでいる。すでに琅邪国は蹂躙された。趙昱に兵を与えて押しとどめようとしたが、彼は戦死した」
「次の手は考えておられますか?」
陶謙は劉備をじっと見た。
劉備はその目を見つめ返した。
大きな耳を持つ男は、穏やかに微笑み、落ち着いている。
この人に賭けてみよう、と陶謙はふいに思った。
「糜竺に迎撃させようと考えていたが、あなたを主将とし、糜竺は副将にしよう。劉備殿、頼む」
劉備は驚いた。自分は援軍の将にすぎない。
「頼むと言われましても……。私は少ない兵しか持っていません」
「二万の兵を貸す。私がいま動かせる全兵力だ。曹操を打ち払ってくれ」
劉備はますます驚いた。徐州の命運が、にわかにのしかかってきた。
「陶謙殿、私は徐州のことを知りません。別の方を主将に指名してください」
「いや、曹操と戦えるのは、あなたしかいない気がする。劉備殿、心から頼む。徐州を救ってほしい」
そんなふうに頼られてしまうと断れない。
「とにかく、麋竺という方に会わせてもらえますか」
麋竺がやってきた。
「麋竺、幽州から援軍として来てくれた劉備殿だ。彼に曹操との戦いを任せようと思う。きみは副将として、劉備殿を助けてくれ」
陶謙からそう言われて、麋竺は怪訝な顔をした。
援軍に州の防衛を丸投げするなど、聞いたことがない。
彼は劉備を見た。
その瞬間、雷に打たれたような気分になった。
麋竺には、観相の心得がある。
劉備の容貌は、貴人の相だった。その大きな耳は、単なる福耳以上のものがある。皇帝になってもおかしくはない。
糜竺子仲は156年生まれ。徐州東海郡出身。劉備より五歳年上である。
先祖代々商人の家柄。一族は手広く商いをし、糜商会という巨大な企業を経営している。
麋竺は当主で、使用人を一万人従え、億万の富を有していた。
政治や軍事にも参画し、徐州の別駕従事の職についている。
陶謙の右腕とでも言うべき存在。
その麋竺が、ひとめで劉備に惚れ込んだ。
この人は世界を救うかもしれない、と直感的に思った。
「わかりました。劉備様に従います」
さらっと言った豪商に、劉備はまた驚いた。
「麋竺殿、初対面の私に従ってくれるのか?」
麋竺は多くを語らず、うなずいた。
「呼び捨てにしてください、麋竺と。あなたが主将で、私は副将です」
「しかし、私は主将になるのにためらっているのだ。あなたが軍を率いた方がよいのではないか?」
麋竺は劉備を見据えた。
「徐州を救えるのは劉備様しかいないでしょう。この麋竺、全力でお助けいたします」
関羽は、麋竺をたいした男だと思った。劉備の大器をひとめで見抜いたようだ。
「わかった。麋竺、おれは徐州のことを知らん。助力を頼む」
「命を賭けて、劉備様を支えます」
麋竺は、一生を劉備に捧げることになる。その生命と財産を、主のために使い尽くした。
劉備は関羽を連れて、陶謙と面会した。
侵攻してきた曹操軍は五万。それに比べると劉備軍は少なすぎるが、軍事が苦手な徐州牧の陶謙は、喜色を浮かべた。
「劉備玄徳です。微力ですが、陶謙殿をお助けしたいと思っています」
「微力などと……。劉備殿が指揮する兵は強いと聞いている。ふたりの豪傑がいるとも……」
「ああ、関羽と張飛のことですね。私にはもったいないほどの将です」
背後で会話を聞いている関羽は、身が打ち震えるほどの感動を味わっている。劉備は謙虚で、自分を評価してくれている。この人のためなら命を捨ててもいいと思う。
「状況は深刻だ。曹操軍は残虐で、住民を殺戮しながら進んでいる。すでに琅邪国は蹂躙された。趙昱に兵を与えて押しとどめようとしたが、彼は戦死した」
「次の手は考えておられますか?」
陶謙は劉備をじっと見た。
劉備はその目を見つめ返した。
大きな耳を持つ男は、穏やかに微笑み、落ち着いている。
この人に賭けてみよう、と陶謙はふいに思った。
「糜竺に迎撃させようと考えていたが、あなたを主将とし、糜竺は副将にしよう。劉備殿、頼む」
劉備は驚いた。自分は援軍の将にすぎない。
「頼むと言われましても……。私は少ない兵しか持っていません」
「二万の兵を貸す。私がいま動かせる全兵力だ。曹操を打ち払ってくれ」
劉備はますます驚いた。徐州の命運が、にわかにのしかかってきた。
「陶謙殿、私は徐州のことを知りません。別の方を主将に指名してください」
「いや、曹操と戦えるのは、あなたしかいない気がする。劉備殿、心から頼む。徐州を救ってほしい」
そんなふうに頼られてしまうと断れない。
「とにかく、麋竺という方に会わせてもらえますか」
麋竺がやってきた。
「麋竺、幽州から援軍として来てくれた劉備殿だ。彼に曹操との戦いを任せようと思う。きみは副将として、劉備殿を助けてくれ」
陶謙からそう言われて、麋竺は怪訝な顔をした。
援軍に州の防衛を丸投げするなど、聞いたことがない。
彼は劉備を見た。
その瞬間、雷に打たれたような気分になった。
麋竺には、観相の心得がある。
劉備の容貌は、貴人の相だった。その大きな耳は、単なる福耳以上のものがある。皇帝になってもおかしくはない。
糜竺子仲は156年生まれ。徐州東海郡出身。劉備より五歳年上である。
先祖代々商人の家柄。一族は手広く商いをし、糜商会という巨大な企業を経営している。
麋竺は当主で、使用人を一万人従え、億万の富を有していた。
政治や軍事にも参画し、徐州の別駕従事の職についている。
陶謙の右腕とでも言うべき存在。
その麋竺が、ひとめで劉備に惚れ込んだ。
この人は世界を救うかもしれない、と直感的に思った。
「わかりました。劉備様に従います」
さらっと言った豪商に、劉備はまた驚いた。
「麋竺殿、初対面の私に従ってくれるのか?」
麋竺は多くを語らず、うなずいた。
「呼び捨てにしてください、麋竺と。あなたが主将で、私は副将です」
「しかし、私は主将になるのにためらっているのだ。あなたが軍を率いた方がよいのではないか?」
麋竺は劉備を見据えた。
「徐州を救えるのは劉備様しかいないでしょう。この麋竺、全力でお助けいたします」
関羽は、麋竺をたいした男だと思った。劉備の大器をひとめで見抜いたようだ。
「わかった。麋竺、おれは徐州のことを知らん。助力を頼む」
「命を賭けて、劉備様を支えます」
麋竺は、一生を劉備に捧げることになる。その生命と財産を、主のために使い尽くした。
21
あなたにおすすめの小説
【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記
糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。
それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。
かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。
ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。
※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。
大日本帝国、アラスカを購入して無双する
雨宮 徹
歴史・時代
1853年、ロシア帝国はクリミア戦争で敗戦し、財政難に悩んでいた。友好国アメリカにアラスカ購入を打診するも、失敗に終わる。1867年、すでに大日本帝国へと生まれ変わっていた日本がアラスカを購入すると金鉱や油田が発見されて……。
大日本帝国VS全世界、ここに開幕!
※架空の日本史・世界史です。
※分かりやすくするように、領土や登場人物など世界情勢を大きく変えています。
※ツッコミどころ満載ですが、ご勘弁を。
電子の帝国
Flight_kj
歴史・時代
少しだけ電子技術が早く技術が進歩した帝国はどのように戦うか
明治期の工業化が少し早く進展したおかげで、日本の電子技術や精密機械工業は順調に進歩した。世界規模の戦争に巻き込まれた日本は、そんな技術をもとにしてどんな戦いを繰り広げるのか? わずかに早くレーダーやコンピューターなどの電子機器が登場することにより、戦場の様相は大きく変わってゆく。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記
颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。
ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。
また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。
その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。
この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。
またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。
この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず…
大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。
【重要】
不定期更新。超絶不定期更新です。
小日本帝国
ypaaaaaaa
歴史・時代
日露戦争で判定勝ちを得た日本は韓国などを併合することなく独立させ経済的な植民地とした。これは直接的な併合を主張した大日本主義の対局であるから小日本主義と呼称された。
大日本帝国ならぬ小日本帝国はこうして経済を盤石としてさらなる高みを目指していく…
戦線拡大が甚だしいですが、何卒!
日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー
黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる