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成都攻略
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黄忠を死なせてしまった。
あの老将軍は、死に場所を求めて荊州から来た。それはわかっていた。
兵の先頭に立って、果敢に戦った。
彼を死なせない戦い方があったのではないかという後悔と、よき死に場所を与えてやれたという想いがせめぎあった。
「文長、黄忠は素晴らしい将軍であったと思います。彼が亡くなったのは、実に残念です」
「あの方は、男の死に様を教えてくれたような気がします」
「そうですね。黄忠は年老いていて、いつ死んでもよいと決意していたと思います。しかし、文長はまだ若く、天下統一のために必要な人です。死に急いではなりませんよ」
「わかっております。しかし、臆病になってはなりません。黄忠殿は、曹操との戦いでは、大胆な攻撃も必要だと教えてくれたのだと思っております」
「そうですね。いつか乾坤一擲の勝負が必要なときがくるでしょう」
劉循と会見した。
「あなたは雒城でよく戦われた。この後、どうしたいですか。我が軍の一員として戦うか、どこかで静かに暮らすか」
「まだ戦士として引退したくはありません。劉禅様に降伏しました。私を使ってください」
「わかりました。しかし、父親の劉璋様と戦うわけにはいきますまい。劉循殿は南鄭城へ行ってください。龐統という男がいますから、彼の命に従い、漢中郡の内治に協力していただきたい」
「わかりました。龐統殿は高名です。軍師としても、政治家としても優秀な方であると聞いています」
「私は龐統を行政の長として使っています。劉循殿も当面の間、行政官として働いてください」
「承知しました」
呉懿、呉蘭、雷銅にも会った。
彼らは、私に恭順し、働くと誓った。
私は法正を綿竹城から雒城へ呼び寄せた。呉懿、呉蘭、雷銅を法正の部下とした。
李厳は引きつづき、綿竹城に置いた。
建安十八年秋、私はついに、成都へ向かって進軍した。
兵力は七万になっていた。
軍師と中軍の指揮官は魏延である。黄忠亡きあとの先鋒の隊長には、馬忠を抜擢した。孟達が騎兵隊長、王平は親衛隊長。
成都城を包囲した。
城内には四万の兵力がある、と忍凜の報告で知った。
成都城を包囲しているとき、龐統から手紙が届いた。
劉禅様、ご報告があります。
涼州の英雄、馬超殿が曹操軍との戦いに敗れて、漢中郡へ落ち延びてこられました。
我が主劉禅様は成都攻略中であると伝えると、加勢したいと言われました。
馬超殿は、従弟の馬岱殿を従えており、その手勢は二千人です。
これから成都へ向かわれるので、劉璋軍攻撃に加えてください。
私は驚いた。
馬超と言えば、一騎当千の勇将である。その武勇は関羽、張飛、趙雲と同等であろう。
前世では、劉備に帰順している。
現世では、私のもとへ来る運命となったのか。
魏延に手紙を見せた。
「馬超殿が、我が軍に加わるのですか。大物ですね。頼もしくもあり、使いこなせるか、心配でもあります」
「彼をしっかりと受け入れましょう。馬超殿の助力は、成都への大きな圧力となるでしょう。そして、将来の魏との戦いで、活躍してくれるかもしれません」
馬超が二千の騎兵を率いて、颯爽と成都へ到来した。
私は魏延、王平とともに、馬超に会った。
「おう、話には聞いていたが、本当に漢中軍の総帥は子どもなのだな」
馬超の声は大きく、溌剌としていた。敗軍の将とは思えない。気力が横溢している感じだった。
「劉備の太子、劉禅です」
「馬超孟起です。曹操に負けました。劉備様、劉禅様は打倒曹操をめざしているそうですね。俺はまた曹操と戦いたい。旗下に加えてください」
「将軍としてお迎えしたい。しかし、我が軍の軍師は魏延です。私と魏延の命令には従っていただく。もちろん、我が父劉備の命があれば、逆らってはなりません。それでもよろしいですか」
「かまいません。俺は将軍でなくてもいい。一兵卒でも、曹操と戦えればよいのです。あいつは、父馬騰と俺の一族を殺した。残っているのは、俺と馬岱だけになってしまった。なにがなんでも仇を討ちたい」
「私は漢王朝の再興を目的としています。そのための最大の敵が曹操です。いずれは曹操軍と戦います。しかし、いまは劉璋軍と戦っています」
「いつか曹操と戦えればよいのです。劉禅軍の一員となる以上、その戦略に従って動く。当然のことです。なんでも命令してください。成都城に突撃せよと命じられたら、突撃します」
私は馬超を惚れ惚れと見た。
なんとも勇ましい将軍であると思った。
魏延が、馬超に向かって言った。
「馬超殿、城へ突撃する必要はありません。劉璋様は、弱っておられる筈です。長男の劉循殿と名将の李厳殿は、我が軍に降伏しました。黄権将軍も戦死された。さらに勇将と名高い馬超殿が我が軍に加わった。劉璋様は戦意を失い、降伏するのではないかと予測しています」
「あなたは?」
「魏延文長です」
「油断は大敵だぞ、魏延殿。窮鼠猫を噛むという言葉もある」
「油断など微塵もしておりません。ただ、包囲し、圧力をかけつづければ、降伏する可能性が高いと考えているだけです。劉璋様が戦闘を選択されたなら、完膚なきまでにたたきつぶす。その準備と覚悟はできています」
「そうか。そのときはこの馬超、先駆けをしよう」
馬超が先駆けをする必要はなかった。
魏延の予測どおり、まもなく劉璋は降伏したのである。
「劉璋様、あなたと城兵の命は保障します」
「かたじけない、劉禅殿……」
「あなたには荊州の公安城へ行っていただきます。我が父劉備と会い、その命に従ってください。おそらく、劉備はあなたを悪いようにはしないと思います」
「わしは劉備殿の温情におすがりするしかない。益州は劉備殿と劉禅殿のものだ。善政をしてくださるようお願いしたい」
「もちろんです。ただ、いまは乱世です。戦争と無縁ではいられません」
「わかっておる。わしはすべてをあなたがたに任せて、引退する。どこかで静かに暮らせたら、それで満足じゃ」
「その希望を、父に伝えてください」
劉璋に護衛をつけて、公安城へ送った。
益州攻略は完了した。
あの老将軍は、死に場所を求めて荊州から来た。それはわかっていた。
兵の先頭に立って、果敢に戦った。
彼を死なせない戦い方があったのではないかという後悔と、よき死に場所を与えてやれたという想いがせめぎあった。
「文長、黄忠は素晴らしい将軍であったと思います。彼が亡くなったのは、実に残念です」
「あの方は、男の死に様を教えてくれたような気がします」
「そうですね。黄忠は年老いていて、いつ死んでもよいと決意していたと思います。しかし、文長はまだ若く、天下統一のために必要な人です。死に急いではなりませんよ」
「わかっております。しかし、臆病になってはなりません。黄忠殿は、曹操との戦いでは、大胆な攻撃も必要だと教えてくれたのだと思っております」
「そうですね。いつか乾坤一擲の勝負が必要なときがくるでしょう」
劉循と会見した。
「あなたは雒城でよく戦われた。この後、どうしたいですか。我が軍の一員として戦うか、どこかで静かに暮らすか」
「まだ戦士として引退したくはありません。劉禅様に降伏しました。私を使ってください」
「わかりました。しかし、父親の劉璋様と戦うわけにはいきますまい。劉循殿は南鄭城へ行ってください。龐統という男がいますから、彼の命に従い、漢中郡の内治に協力していただきたい」
「わかりました。龐統殿は高名です。軍師としても、政治家としても優秀な方であると聞いています」
「私は龐統を行政の長として使っています。劉循殿も当面の間、行政官として働いてください」
「承知しました」
呉懿、呉蘭、雷銅にも会った。
彼らは、私に恭順し、働くと誓った。
私は法正を綿竹城から雒城へ呼び寄せた。呉懿、呉蘭、雷銅を法正の部下とした。
李厳は引きつづき、綿竹城に置いた。
建安十八年秋、私はついに、成都へ向かって進軍した。
兵力は七万になっていた。
軍師と中軍の指揮官は魏延である。黄忠亡きあとの先鋒の隊長には、馬忠を抜擢した。孟達が騎兵隊長、王平は親衛隊長。
成都城を包囲した。
城内には四万の兵力がある、と忍凜の報告で知った。
成都城を包囲しているとき、龐統から手紙が届いた。
劉禅様、ご報告があります。
涼州の英雄、馬超殿が曹操軍との戦いに敗れて、漢中郡へ落ち延びてこられました。
我が主劉禅様は成都攻略中であると伝えると、加勢したいと言われました。
馬超殿は、従弟の馬岱殿を従えており、その手勢は二千人です。
これから成都へ向かわれるので、劉璋軍攻撃に加えてください。
私は驚いた。
馬超と言えば、一騎当千の勇将である。その武勇は関羽、張飛、趙雲と同等であろう。
前世では、劉備に帰順している。
現世では、私のもとへ来る運命となったのか。
魏延に手紙を見せた。
「馬超殿が、我が軍に加わるのですか。大物ですね。頼もしくもあり、使いこなせるか、心配でもあります」
「彼をしっかりと受け入れましょう。馬超殿の助力は、成都への大きな圧力となるでしょう。そして、将来の魏との戦いで、活躍してくれるかもしれません」
馬超が二千の騎兵を率いて、颯爽と成都へ到来した。
私は魏延、王平とともに、馬超に会った。
「おう、話には聞いていたが、本当に漢中軍の総帥は子どもなのだな」
馬超の声は大きく、溌剌としていた。敗軍の将とは思えない。気力が横溢している感じだった。
「劉備の太子、劉禅です」
「馬超孟起です。曹操に負けました。劉備様、劉禅様は打倒曹操をめざしているそうですね。俺はまた曹操と戦いたい。旗下に加えてください」
「将軍としてお迎えしたい。しかし、我が軍の軍師は魏延です。私と魏延の命令には従っていただく。もちろん、我が父劉備の命があれば、逆らってはなりません。それでもよろしいですか」
「かまいません。俺は将軍でなくてもいい。一兵卒でも、曹操と戦えればよいのです。あいつは、父馬騰と俺の一族を殺した。残っているのは、俺と馬岱だけになってしまった。なにがなんでも仇を討ちたい」
「私は漢王朝の再興を目的としています。そのための最大の敵が曹操です。いずれは曹操軍と戦います。しかし、いまは劉璋軍と戦っています」
「いつか曹操と戦えればよいのです。劉禅軍の一員となる以上、その戦略に従って動く。当然のことです。なんでも命令してください。成都城に突撃せよと命じられたら、突撃します」
私は馬超を惚れ惚れと見た。
なんとも勇ましい将軍であると思った。
魏延が、馬超に向かって言った。
「馬超殿、城へ突撃する必要はありません。劉璋様は、弱っておられる筈です。長男の劉循殿と名将の李厳殿は、我が軍に降伏しました。黄権将軍も戦死された。さらに勇将と名高い馬超殿が我が軍に加わった。劉璋様は戦意を失い、降伏するのではないかと予測しています」
「あなたは?」
「魏延文長です」
「油断は大敵だぞ、魏延殿。窮鼠猫を噛むという言葉もある」
「油断など微塵もしておりません。ただ、包囲し、圧力をかけつづければ、降伏する可能性が高いと考えているだけです。劉璋様が戦闘を選択されたなら、完膚なきまでにたたきつぶす。その準備と覚悟はできています」
「そうか。そのときはこの馬超、先駆けをしよう」
馬超が先駆けをする必要はなかった。
魏延の予測どおり、まもなく劉璋は降伏したのである。
「劉璋様、あなたと城兵の命は保障します」
「かたじけない、劉禅殿……」
「あなたには荊州の公安城へ行っていただきます。我が父劉備と会い、その命に従ってください。おそらく、劉備はあなたを悪いようにはしないと思います」
「わしは劉備殿の温情におすがりするしかない。益州は劉備殿と劉禅殿のものだ。善政をしてくださるようお願いしたい」
「もちろんです。ただ、いまは乱世です。戦争と無縁ではいられません」
「わかっておる。わしはすべてをあなたがたに任せて、引退する。どこかで静かに暮らせたら、それで満足じゃ」
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