劉禅が勝つ三国志

みらいつりびと

文字の大きさ
21 / 39

張飛と張哀

しおりを挟む
 新人事が発表され、張飛は荊州大将軍になったが、彼はすぐには荊州へ行かなかった。
「若君、俺は益州に心残りがあります。若い将軍を育て、騎兵隊をもっと精鋭にしたかった」と張飛は私に言った。
「張飛、気持ちはうれしい。しかし、父があなたを必要としているのです」
「はい。俺は劉備兄貴のもとへ帰ります。しかしあと一か月だけ益州に残ります。調練をやらせてください」
「それはありがたい。よろしくお願いします」
「三千の騎兵を徹底的に鍛えます。そして、馬忠を一人前の将軍にしたい」
「馬忠を?」
「俺はあの男の明るさが気に入っているのです。ああいう男が率いる兵は、強い」
「馬忠を呼びましょう」

 成都城の益州刺史室で、私と張飛、馬忠が向かい合った。
「張飛様、大将軍就任、おめでとうございます」と馬忠がにこにこしながら言った。
「おう。おまえも正式に将軍になったではないか。よかったな」
「はあ。僕には荷が重いですが」
「そうだな。おまえはまだまだ甘い。俺が鍛え直してやる」
「えっ、張飛大将軍が、僕を直接鍛えてくれるのですか」
「そうだ」
「うれしいことです」
 張飛は馬忠を睨んだ。
「俺が怖くないのか。俺が本気で調練をすると、兵が何人も死ぬ」
「怖いです」と馬忠は答えた。
「でも、将軍も兵も強くならなければ、蜀は魏に勝てません」
 張飛が笑った。
「よくわかっているではないか。蜀はもっと強くならねばならんのだ」

 それから、張飛は馬忠とともに、三千の騎兵の調練を行った。
 益州の原野を連日駆け回った。
 張飛は馬忠に剣の稽古もつけてやっていた。
 荊州大将軍は鬼神のごとき強さで、益州の若い将軍は、さんざんに打ちまくられている。
 馬忠は全身傷だらけになった。

 私はときどき張飛と馬忠に会い、話し合った。
「張飛、馬忠、お疲れさまです」
「俺はちっとも疲れていません」
「僕はへとへとです」
 馬忠は確かに疲れているようだったが、顔は笑っていた。明るい将軍なのだ。
「馬忠、騎兵とはなにか、わかってきたか」
「疾風のように走り、敵兵を切り裂くのが、騎兵です」
「そうだ。三千の騎兵が、一糸乱れずに駆ければ、三万の歩兵を蹴散らすことができるのだ」
 張飛の言葉は力強かった。

「かつて、中原に呂布という男がいた」と張飛が語った。
 私と馬忠は聞き入った。
「怖ろしく統率の取れた強い騎兵隊を率いていた。呂布自身も豪傑で、赤兎という名馬に乗っていた。あの男ほど強い武将は他におらず、あの騎兵隊を超える軍隊は他になかった。その呂布ですら、曹操に敗れた。蜀は、その曹操を倒さねばならんのだ」
「呂布……」と馬忠がつぶやいた。
「馬忠、俺は荊州で、呂布軍に勝るとも劣らぬ騎兵隊をつくるつもりだ」
「張飛様になら、できるでしょう」
「おまえも、つくれ」
「僕も? あはははは、冗談ですよね?」
「やるんだ、馬忠。おまえのような若い将軍が伸びなければ、蜀は強くなれん。俺や関羽兄貴、趙雲は、若い世代が成長するのを望んでいる」
 張飛は、温かい目で、馬忠を見ていた。
「張飛様……」
「益州には趙雲や馬超がいる。俺が荊州へ去った後は、やつらに学べ。そして、もっと強くなれ、馬忠」
「はい。僕はやります、張飛大将軍!」

 一か月間、張飛は馬忠と騎兵隊を鍛えつづけた。
 そして、張飛が成都を去る日がやってきた。
 建安十九年の春のことである。

 張飛は美しい少女を連れて、益州刺史室に別れのあいさつに来た。
 彼女は、長坂の戦いのときに私と母を助けてくれた張哀であった。
 いま、私は八歳で、張哀は十二歳である。

「劉禅様、あたしを憶えていますか」
「張哀、あなたのことを忘れたことはありません。あなたは勇敢で、そして美しい」
 私は思ったとおりのことを言い、張哀の頬は赤くなった。
「若君、劉備兄貴からの手紙を預かっています。読んでください」
 張飛は私に手紙を渡した。
 私はすぐに読んだ。

 禅よ、元気か。
 しっかりと益州を治めよ。
 そしていつか、ともに魏を攻めよう。
 ところで、わしと張飛とで話し合って決めたのだが、張哀と婚約せよ。
 張飛は我が義弟である。そして、その娘、哀と禅には縁がある。
 張哀は、新野で、そなたを助けた。 
 結婚相手としてふさわしいと思う。
 張哀を成都城に住まわせよ。
 そしていずれ、結婚するのだ。

 私は驚いた。
 張哀と婚約?

「張飛、この手紙の内容を、あなたは知っているのですか」
「知っております」
「もしかして、張哀も……?」
「はい……」
 張哀は、耳まで真っ赤になっていた。
「劉禅様、あたしと婚約するのは、嫌ですか?」
「嫌ではありませんが、私もあなたもまだ子どもではありませんか」

「若君、年齢など気にしないでください。俺の娘と、婚約していただきたい」
 張飛が、ギロリと私を睨んだ。
 断ったら、斬られそうな迫力がある。
「わかりました。張哀と婚約します」
「よかった。娘を成都城に残します。哀、若君に尽くせよ」
「はい。一生、劉禅様に尽くします」

 そういうわけで、張哀は成都城に住むことになった。
 私の食事の世話などは、侍女たちがしているのだが、張哀は子どもながら、侍女の指揮をするようになった。
 私たちは子どもなので、男と女のことは、まだしていない。 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記

颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。 ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。 また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。 その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。 この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。 またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。 この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず… 大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。 【重要】 不定期更新。超絶不定期更新です。

小日本帝国

ypaaaaaaa
歴史・時代
日露戦争で判定勝ちを得た日本は韓国などを併合することなく独立させ経済的な植民地とした。これは直接的な併合を主張した大日本主義の対局であるから小日本主義と呼称された。 大日本帝国ならぬ小日本帝国はこうして経済を盤石としてさらなる高みを目指していく… 戦線拡大が甚だしいですが、何卒!

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

if 大坂夏の陣 〜勝ってはならぬ闘い〜

かまぼこのもと
歴史・時代
1615年5月。 徳川家康の天下統一は最終局面に入っていた。 堅固な大坂城を無力化させ、内部崩壊を煽り、ほぼ勝利を手中に入れる…… 豊臣家に味方する者はいない。 西国無双と呼ばれた立花宗茂も徳川家康の配下となった。 しかし、ほんの少しの違いにより戦局は全く違うものとなっていくのであった。 全5話……と思ってましたが、終わりそうにないので10話ほどになりそうなので、マルチバース豊臣家と別に連載することにしました。

もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら

俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。 赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。 史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。 もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。

電子の帝国

Flight_kj
歴史・時代
少しだけ電子技術が早く技術が進歩した帝国はどのように戦うか 明治期の工業化が少し早く進展したおかげで、日本の電子技術や精密機械工業は順調に進歩した。世界規模の戦争に巻き込まれた日本は、そんな技術をもとにしてどんな戦いを繰り広げるのか? わずかに早くレーダーやコンピューターなどの電子機器が登場することにより、戦場の様相は大きく変わってゆく。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

処理中です...