うまく笑えない君へと捧ぐ

西友

文字の大きさ
10 / 45
第一章

10

しおりを挟む
「あら、しょうちゃん。お久しぶりね」

「いつも兄がお世話になってます。店長さん」

 家の最寄り駅から二駅先に、兄のバイト先であるカフェがある。その店のオーナー兼店長に、彰太が深々と頭を下げる。何度も訪れたことがあるので、すっかり顔馴染みとなっている。

 四十代後半の、おしゃべり好きな女性といった印象の店長は、兄の琉太ともども、彰太のこともとても可愛がってくれている。

「今日は兄のおごりで、パンケーキ食べに来ました」

 初耳の琉太が「──はあ?!」と目を吊り上げる。店長は「そうなの?」と笑っている。

「じゃあ、おばさんはアイスおごっちゃおうかな」

 彰太が「やったー」と両腕を上げる。可愛い、とクスクス笑ったのは、店内にいる女性客たち。お洒落で可愛い内装のこのカフェでは、九割以上が女性客だ。

「ちょっと、店長! こいつを甘やかさないで下さい!」

「琉兄が悪いんじゃん。おれの前で彼女とイチャイチャイチャイチャして」

「してねー!」

「してた。キスしてた」

 あらあ。店長が頬を赤く染める。

「青春ねぇ。しょうちゃんはお兄ちゃんが彼女さんに取られたみたいで、妬いちゃったのかしら?」

「そうです」

 やだー、可愛い。
 店長だけでなく、女性客たちまでテンションを上げる。彰太の返答は、その反応を承知した上でのものだ。

 嘘つけ! 
 とは言えない琉太。どう考えても瑠花とキスしてた腹いせだろう。自分はしたくても出来ないのに、と。琉太はぐっとこらえ、カウンター席に座ろうとする彰太の腕を掴んだ。

「お前に甘いものを食べさせたのがバレると、オレが母さんに怒られるんだよ!」

「黙ってたらバレないよ。まだ門限の七時まで時間あるし」

「バレるわ! お前は胃がちっこいから、すぐ夕飯残すだろ!」

「まあまあ、琉太くん。アイスぐらいならいいでしょ? きっと、お兄ちゃんと一緒にいたいのよ」

 ニコニコと店長が微笑む。違うんです店長。とも言えない琉太は、スマホ片手に最後の手段を取った。


 ──三十分後。

「しょうちゃん! またお兄ちゃんに迷惑かけて!」

 店に駆けて入ってきたのは、二人の母親だった。カウンター席でアイスを食べていた彰太はびくっとしながらも「か、かけてない」と、顔を背けた。

 彰太は、典型的な箱入り息子だ。小さいころは病弱だったこともあり、甘やかされまくって育った。正直、兄の立場としてはいらっとすることもある。でも。

『気持ち悪い弟で、ごめんなさい』

 そう言って、泣いていた光景が忘れられない。だからつい、琉太も甘やかしてしまう。

 ──いつかお前も、恋愛が出来る日がくるから。

 そんな無責任なこと、口がさけても言えない。だから出来る限り、瑠花とイチャついているところは見せないようにしてきたのだが。今日は完全にしくった。

「店長さん。いつも琉太がお世話になっております。そのうえ、この子までご迷惑をかけて」

 母親がカウンター越しに、頭を下げる。店長は「いえいえ、こちらこそ」と、微笑む。この二人も顔見知りだったりする。

「それより、こんなに仲の良いご兄弟がいて羨ましいわ。うちの兄妹なんか、喧嘩ばかりしていまして」

「そうなんです。この子ったら、すっかりお兄ちゃん子になってしまって」

 うふふ。
 先ほどまでの怒りは何処へやら。母親は兄弟の仲良しエピソードを語りはじめた。それまで口を挟まず黙々と仕事をこなしていた琉太だったが、ついにしびれを切らした。

「母さん! もういいから彰太を連れて帰ってよ」

「あ、そうね。つい……しょうちゃん、帰りましょう。すいません、お会計は」

「あらあらいいんですよ。それは私のおごりですから」

「まあ! そんなわけにはいきませんわ!」

「いえ、いいんです。その代わりといっては何ですが、一度、お二人の子どもの頃の写真など見せていただきたいですわぁ。きっと、とてもお可愛らしいお子さんだったのでしょうね」

 カバンから財布を取りだそうとしていた母親の手がぴたりと止まった。

「ええ? そんな──見ます?」

 母親は定期入れに挟んである写真を取り出そうとしている。彰太は「琉兄。ナポリタン食べたい」とほざいている。

 琉太は母親と彰太の肩をそれぞれ背後から掴み「──お帰り下さい」と、一言呟いた。
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

ジャスミン茶は、君のかおり

霧瀬 渓
BL
アルファとオメガにランクのあるオメガバース世界。 大学2年の高位アルファ高遠裕二は、新入生の三ツ橋鷹也を助けた。 裕二の部活後輩となった鷹也は、新歓の数日後、放火でアパートを焼け出されてしまう。 困った鷹也に、裕二が条件付きで同居を申し出てくれた。 その条件は、恋人のフリをして虫除けになることだった。

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

三ヶ月だけの恋人

perari
BL
仁野(にの)は人違いで殴ってしまった。 殴った相手は――学年の先輩で、学内で知らぬ者はいない医学部の天才。 しかも、ずっと密かに想いを寄せていた松田(まつだ)先輩だった。 罪悪感にかられた仁野は、謝罪の気持ちとして松田の提案を受け入れた。 それは「三ヶ月だけ恋人として付き合う」という、まさかの提案だった――。

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

刺されて始まる恋もある

神山おが屑
BL
ストーカーに困るイケメン大学生城田雪人に恋人のフリを頼まれた大学生黒川月兎、そんな雪人とデートの振りして食事に行っていたらストーカーに刺されて病院送り罪悪感からか毎日お見舞いに来る雪人、罪悪感からか毎日大学でも心配してくる雪人、罪悪感からかやたら世話をしてくる雪人、まるで本当の恋人のような距離感に戸惑う月兎そんなふたりの刺されて始まる恋の話。

【完結】『ルカ』

瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。 倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。 クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。 そんなある日、クロを知る青年が現れ……? 貴族の青年×記憶喪失の青年です。 ※自サイトでも掲載しています。 2021年6月28日 本編完結

【完結済】俺のモノだと言わない彼氏

竹柏凪紗
BL
「俺と付き合ってみねぇ?…まぁ、俺、彼氏いるけど」彼女に罵倒されフラれるのを寮部屋が隣のイケメン&遊び人・水島大和に目撃されてしまう。それだけでもショックなのに壁ドン状態で付き合ってみないかと迫られてしまった東山和馬。「ははは。いいねぇ。お前と付き合ったら、教室中の女子に刺されそう」と軽く受け流した。…つもりだったのに、翌日からグイグイと迫られるうえ束縛まではじまってしまい──?! ■青春BLに限定した「第1回青春×BL小説カップ」最終21位まで残ることができ感謝しかありません。応援してくださった皆様、本当にありがとうございました。

君に二度、恋をした。

春夜夢
BL
十年前、初恋の幼なじみ・堂本遥は、何も告げずに春翔の前から突然姿を消した。 あれ以来、恋をすることもなく、淡々と生きてきた春翔。 ――もう二度と会うこともないと思っていたのに。 大手広告代理店で働く春翔の前に、遥は今度は“役員”として現れる。 変わらぬ笑顔。けれど、彼の瞳は、かつてよりずっと強く、熱を帯びていた。 「逃がさないよ、春翔。今度こそ、お前の全部を手に入れるまで」 初恋、すれ違い、再会、そして執着。 “好き”だけでは乗り越えられなかった過去を乗り越えて、ふたりは本当の恋に辿り着けるのか―― すれ違い×再会×俺様攻め 十年越しに交錯する、切なくも甘い溺愛ラブストーリー、開幕。

処理中です...