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第二章
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「……六年前のあのとき、泣いた?」
もう一度、今度ははっきりと一翔が問う。
彰太は驚いたように目を丸くしたが、やがて口元を緩めた。
ずっと気にしてくれていたんだ。
六年間も。忘れずに。
申し訳ない気持ちも大きかったが、やっぱり嬉しくもあった。
「泣いたよ。めちゃくちゃ泣いた。でも──やっぱ、言うの止めた」
「え?」
「白沢、絶対ドン引きするから」
何のことかわからないまま、一翔は「しないよ。だから教えて?」と慌てた。彰太は悩みながらも、もう会うことはないだろうからいいかと口を開いた。
「……葉山から電話があって。白沢が結婚すること聞いて。そのときに、式場とか、日時とか、知ってしまって──こっそり、見に行ったんだ」
一翔の双眸に、動揺が見てとれた。絶対引かれたと思いつつ、彰太はもうどうにでもなれと、自分の目尻の下を指差した。
「白沢の奥さんて、目尻の下にさ、横に並んで二つホクロのある人だよね? 実は、白沢にフラれてから一度だけ、同じ人と街で歩いているの、見かけたことがあって。六年もずっと、たった一人だけを愛してきたんだなって思って──哀しかったけど、嬉しくもあったんだ」
「……嬉しい?」
「おれの勝手な考えかもしれないけど。白沢はさ、ずっと好きになれる人を探していたんじゃないかなって。それでやっと、本当に好きになれる人を見つけられたんだと思ったから」
一翔が固まるのがわかった。図星かな。そんな風に彰太は解釈した。
「──もう忘れていいよ」
「……え?」
「おれとの三年間は、なかったことにしていいんだよ。もう充分だから、そんな顔しないで」
穏やかに微笑む彰太に、一翔が声を失くす。
「白沢にフラれて泣いたのは本当。でも思い返すと、ちゃんと白沢は言ってくれてたんだよね。人肌が恋しいけど、事務所的に女の子じゃまずいから、おれを代わりにしたいって」
一翔は「──そんなこと言ってない!」と目を剥いた。声を荒げる一翔が珍しく、彰太はびくっと肩を揺らした。一翔は慌てて口を右手で覆い、目線を逸らせた。
「あ、いや……言ったけど、それは付き合う前の話しだよね?」
「そう、だったかな。でも、おれはそれを思い出して自分なりに納得したんだ。おれは仮の恋人だったのに、いつの間にかそれを忘れて、勝手に傷付いた。それだけの話しだって」
「……なに、それ」
一翔が驚愕に目を見開く。もしかしたら、思うよりずっと、一翔は自分を好きでいてくれていたんだろうか。そんな想いに背中を押されるように彰太は立ち上がり「……白沢。ずっと聞いてみたいことがあったんだ」と拳に力を込めた。弾みでブランコが、ギイッと音をたてた。
「おれのこと、気持ち悪くなかった? ほんとはおれと会うたび、我慢してたんじゃない?」
彰太の双眸は真剣そのもので、一翔は絶句した。一体、何を言っているのだろうと。
「何か、当時のこと思い出すたびに思うんだ。ノーマルな白沢に甘えて、媚びて。恥ずかしさよりも、白沢に気持ち悪い思いをさせてたことが怖くて、申し訳なくて」
うつ向く彰太の握られた拳が、僅かに震えはじめた。一翔の顔面から血の気が引いていく。
一翔は「ちょ、ちょっと待って」と彰太の両肩を掴んだ。
「どうしてそんな……気持ち悪いとか、我慢とか、そんなこと思うはずないよ。それに、本当に好きな人ってなに? 俺は何度も伝えたよね。彰太のことが好きだって。彰太はずっと、嘘だと思ってたの?」
「……ずっとじゃ、ないけど。モデルをやめると同時にフラれて、女の子と付き合い出したのを知って……ああ、やっぱりって」
顔を伏せながら、先ほどまでとは違い、静かに力なく紡がれる言葉。「……そんな風に、思って」と一翔は愕然とした。彰太の肩を掴んだ両手から、力が抜けていく。
もう一度、今度ははっきりと一翔が問う。
彰太は驚いたように目を丸くしたが、やがて口元を緩めた。
ずっと気にしてくれていたんだ。
六年間も。忘れずに。
申し訳ない気持ちも大きかったが、やっぱり嬉しくもあった。
「泣いたよ。めちゃくちゃ泣いた。でも──やっぱ、言うの止めた」
「え?」
「白沢、絶対ドン引きするから」
何のことかわからないまま、一翔は「しないよ。だから教えて?」と慌てた。彰太は悩みながらも、もう会うことはないだろうからいいかと口を開いた。
「……葉山から電話があって。白沢が結婚すること聞いて。そのときに、式場とか、日時とか、知ってしまって──こっそり、見に行ったんだ」
一翔の双眸に、動揺が見てとれた。絶対引かれたと思いつつ、彰太はもうどうにでもなれと、自分の目尻の下を指差した。
「白沢の奥さんて、目尻の下にさ、横に並んで二つホクロのある人だよね? 実は、白沢にフラれてから一度だけ、同じ人と街で歩いているの、見かけたことがあって。六年もずっと、たった一人だけを愛してきたんだなって思って──哀しかったけど、嬉しくもあったんだ」
「……嬉しい?」
「おれの勝手な考えかもしれないけど。白沢はさ、ずっと好きになれる人を探していたんじゃないかなって。それでやっと、本当に好きになれる人を見つけられたんだと思ったから」
一翔が固まるのがわかった。図星かな。そんな風に彰太は解釈した。
「──もう忘れていいよ」
「……え?」
「おれとの三年間は、なかったことにしていいんだよ。もう充分だから、そんな顔しないで」
穏やかに微笑む彰太に、一翔が声を失くす。
「白沢にフラれて泣いたのは本当。でも思い返すと、ちゃんと白沢は言ってくれてたんだよね。人肌が恋しいけど、事務所的に女の子じゃまずいから、おれを代わりにしたいって」
一翔は「──そんなこと言ってない!」と目を剥いた。声を荒げる一翔が珍しく、彰太はびくっと肩を揺らした。一翔は慌てて口を右手で覆い、目線を逸らせた。
「あ、いや……言ったけど、それは付き合う前の話しだよね?」
「そう、だったかな。でも、おれはそれを思い出して自分なりに納得したんだ。おれは仮の恋人だったのに、いつの間にかそれを忘れて、勝手に傷付いた。それだけの話しだって」
「……なに、それ」
一翔が驚愕に目を見開く。もしかしたら、思うよりずっと、一翔は自分を好きでいてくれていたんだろうか。そんな想いに背中を押されるように彰太は立ち上がり「……白沢。ずっと聞いてみたいことがあったんだ」と拳に力を込めた。弾みでブランコが、ギイッと音をたてた。
「おれのこと、気持ち悪くなかった? ほんとはおれと会うたび、我慢してたんじゃない?」
彰太の双眸は真剣そのもので、一翔は絶句した。一体、何を言っているのだろうと。
「何か、当時のこと思い出すたびに思うんだ。ノーマルな白沢に甘えて、媚びて。恥ずかしさよりも、白沢に気持ち悪い思いをさせてたことが怖くて、申し訳なくて」
うつ向く彰太の握られた拳が、僅かに震えはじめた。一翔の顔面から血の気が引いていく。
一翔は「ちょ、ちょっと待って」と彰太の両肩を掴んだ。
「どうしてそんな……気持ち悪いとか、我慢とか、そんなこと思うはずないよ。それに、本当に好きな人ってなに? 俺は何度も伝えたよね。彰太のことが好きだって。彰太はずっと、嘘だと思ってたの?」
「……ずっとじゃ、ないけど。モデルをやめると同時にフラれて、女の子と付き合い出したのを知って……ああ、やっぱりって」
顔を伏せながら、先ほどまでとは違い、静かに力なく紡がれる言葉。「……そんな風に、思って」と一翔は愕然とした。彰太の肩を掴んだ両手から、力が抜けていく。
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