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第三章
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「彰太。あのね」
「いやだ。絶対、いやだ」
琉太が出ていってから、約十分。彰太はずっと一翔に引っ付いたままだ。その状態のまま、この押し問答は続いている。
「聞いて、彰太」
「やだ」
「お腹空いたから、彰太が買ってきてくれたもの、食べていい?」
彰太はぴくんと反応してからゆっくりと顔を上げた。「彰太も付き合ってくれる?」と一翔が微笑む。彰太は無言で頷き、玄関に置いたままにしていたレジ袋を取りに行った。
一人用のテーブルの上が、彰太がコンビニで買ってきた食べ物でいっぱいになる。半分はおにぎりとお惣菜。もう半分は全て、サラダ類だった。
「……よく考えたら、一翔の好きなものちゃんと知らなくて。モデルをしていたころは、サラダとかヘルシーなものばかり食べてたから」
「これからまた、少しずつ、お互いのことを知っていけばいいよ」
隣で肩を落とす彰太にお礼を言い、一翔は優しく語りかけた。
「ご両親にもね。一度で理解してもらうことは無理かもしれないけど、時間をかければ、きっとわかってくれると思うよ」
少し頭の冷えてきた彰太はちらっと一翔を見てから、正座した膝の上に置いた拳を握った。
「……一翔がおれより好きな人が出来たり、おれを嫌いになったんなら……諦める。でも、そうじゃないのに、誰かのせいで傍にいられないのはもう嫌だ。その可能性があることは、したくない」
一翔が彰太の拳にそっと手を添える。
「認めてくれない、かな。彰太のご両親は」
「……おれのことを愛してくれてる。それは充分過ぎるぐらい理解してる。愛情を疑ったことなんて一度もない」
「うん」
「でも……自分の子どもがゲイって、絶対ショックだと思う。お母さんとお父さんは優しいから、自分たちの育て方が悪かったんじゃないかって、責めるかもしれない。それも、辛い」
「……そっか」
互いに愛しているからこそ、辛いときもあるのか。一翔はもう、親には何の未練もない。だからそんな考えがあるのかと、少し驚いてもいた。
そんな一翔の様子に気付いたのか。彰太は、さあっと血の気が引いた。
(……おれ、家族に愛されてるとか、無神経なこと)
一翔が家族にどれだけ人生を振り回され、傷付けられ生きてきたか。知っているくせに、また自分だけが不幸みたいに。
「か、一翔はさ。おれが家族に愛されて育ってきたこと、どう思う?」
唐突な問いに「どうって?」と一翔が首を捻る。
「は、腹が立ったりしないかなって。何の苦労もせず、ぬくぬくと生きてきたおれのこと」
顔面蒼白な彰太。思いつきもしなかった考えに一翔は、そっと彰太を抱き寄せた。
「俺は、家族に愛されて育ってきた彰太だから好きになったんだ。だからそんなこと思うわけないよ。それに、少し期待もしてるんだ」
「……期待?」
「もしかしたら彰太を通して、俺にも家族のような存在が出来るんじゃないかって」
家族。
彰太がぽつりと繰り返す。
「そう。もちろん結婚は出来ないから、法律上は無理だけど、大事なのはそういう繋がりが持てることだから」
一翔は「他には? 何が不安?」と、彰太の頬に右手を添えた。
「何でも話して。もう二度と、すれ違ったりしないように」
彰太は、頬に置かれた一翔の手を握った。
「──離れていかない?」
潤む双眸とぶつかる。彰太は繰り返し訊ねた。
「おれが家族に拒絶されたとして。それを一翔のせいだって決めつけて、おれから離れていったりしない?」
見透かされたような問いに、一翔は言葉が詰まった。
認めてもらう努力は、むろん惜しまないつもりだった。でも、どうしても駄目なときは。彰太から家族を奪うようなことになったら。そのときは──。
そんな風に覚悟していたのは事実だ。でも。
『お前にフラれたとき、あいつ、こう言ったんだ。恋愛をするのはこれで最後だから、もう泣かないって』
──いったい、どんな気持ちでその科白を言ったのか。どんな想いを抱え、この六年を過ごしてきたのだろう。
どんな理由であれ、彰太から離れることは、彰太をまた泣かせることに他ならないのだ。どうしてそんなことすら理解出来なかったのか。やっぱり自分には、大事な何かが欠落しているのだろうか。
だとしても。
彰太と歩んでいければ、変わっていけるかもしれない。だから。
「──いかない。離れないよ」
真っ直ぐに向けられる視線と言葉に、彰太がほっと胸を撫で下ろす。一翔はそんな彰太をきつく抱き締めた。
「たくさん泣かせて、辛い思いばかりさせてごめんね。大好きだよ、彰太。俺の大切な唯一の宝物の君の傍に、ずっといさせてね」
言葉と体温に、彰太の視界がどんどん滲んでいく。大好きだって、宝物だって言ってくれた。唯一だって。嬉しくて、でも泣きたくもなって。彰太は数年ぶりに、声をあげて泣いた。
月曜日となり、一翔に見送られながらしぶしぶ仕事に向かった。急いで仕事から帰ってくると、一翔はちゃんと家にいて、出迎えてくれた。あたたかくて美味しい晩御飯まで用意して。
そんな日がひと月ほど続き、ようやく彰太は、少し安心出来るようになってきた。一翔は何処にも行かない、と。
それからもう一度、琉太に言われたことを二人は話し合い──決意した。
「いやだ。絶対、いやだ」
琉太が出ていってから、約十分。彰太はずっと一翔に引っ付いたままだ。その状態のまま、この押し問答は続いている。
「聞いて、彰太」
「やだ」
「お腹空いたから、彰太が買ってきてくれたもの、食べていい?」
彰太はぴくんと反応してからゆっくりと顔を上げた。「彰太も付き合ってくれる?」と一翔が微笑む。彰太は無言で頷き、玄関に置いたままにしていたレジ袋を取りに行った。
一人用のテーブルの上が、彰太がコンビニで買ってきた食べ物でいっぱいになる。半分はおにぎりとお惣菜。もう半分は全て、サラダ類だった。
「……よく考えたら、一翔の好きなものちゃんと知らなくて。モデルをしていたころは、サラダとかヘルシーなものばかり食べてたから」
「これからまた、少しずつ、お互いのことを知っていけばいいよ」
隣で肩を落とす彰太にお礼を言い、一翔は優しく語りかけた。
「ご両親にもね。一度で理解してもらうことは無理かもしれないけど、時間をかければ、きっとわかってくれると思うよ」
少し頭の冷えてきた彰太はちらっと一翔を見てから、正座した膝の上に置いた拳を握った。
「……一翔がおれより好きな人が出来たり、おれを嫌いになったんなら……諦める。でも、そうじゃないのに、誰かのせいで傍にいられないのはもう嫌だ。その可能性があることは、したくない」
一翔が彰太の拳にそっと手を添える。
「認めてくれない、かな。彰太のご両親は」
「……おれのことを愛してくれてる。それは充分過ぎるぐらい理解してる。愛情を疑ったことなんて一度もない」
「うん」
「でも……自分の子どもがゲイって、絶対ショックだと思う。お母さんとお父さんは優しいから、自分たちの育て方が悪かったんじゃないかって、責めるかもしれない。それも、辛い」
「……そっか」
互いに愛しているからこそ、辛いときもあるのか。一翔はもう、親には何の未練もない。だからそんな考えがあるのかと、少し驚いてもいた。
そんな一翔の様子に気付いたのか。彰太は、さあっと血の気が引いた。
(……おれ、家族に愛されてるとか、無神経なこと)
一翔が家族にどれだけ人生を振り回され、傷付けられ生きてきたか。知っているくせに、また自分だけが不幸みたいに。
「か、一翔はさ。おれが家族に愛されて育ってきたこと、どう思う?」
唐突な問いに「どうって?」と一翔が首を捻る。
「は、腹が立ったりしないかなって。何の苦労もせず、ぬくぬくと生きてきたおれのこと」
顔面蒼白な彰太。思いつきもしなかった考えに一翔は、そっと彰太を抱き寄せた。
「俺は、家族に愛されて育ってきた彰太だから好きになったんだ。だからそんなこと思うわけないよ。それに、少し期待もしてるんだ」
「……期待?」
「もしかしたら彰太を通して、俺にも家族のような存在が出来るんじゃないかって」
家族。
彰太がぽつりと繰り返す。
「そう。もちろん結婚は出来ないから、法律上は無理だけど、大事なのはそういう繋がりが持てることだから」
一翔は「他には? 何が不安?」と、彰太の頬に右手を添えた。
「何でも話して。もう二度と、すれ違ったりしないように」
彰太は、頬に置かれた一翔の手を握った。
「──離れていかない?」
潤む双眸とぶつかる。彰太は繰り返し訊ねた。
「おれが家族に拒絶されたとして。それを一翔のせいだって決めつけて、おれから離れていったりしない?」
見透かされたような問いに、一翔は言葉が詰まった。
認めてもらう努力は、むろん惜しまないつもりだった。でも、どうしても駄目なときは。彰太から家族を奪うようなことになったら。そのときは──。
そんな風に覚悟していたのは事実だ。でも。
『お前にフラれたとき、あいつ、こう言ったんだ。恋愛をするのはこれで最後だから、もう泣かないって』
──いったい、どんな気持ちでその科白を言ったのか。どんな想いを抱え、この六年を過ごしてきたのだろう。
どんな理由であれ、彰太から離れることは、彰太をまた泣かせることに他ならないのだ。どうしてそんなことすら理解出来なかったのか。やっぱり自分には、大事な何かが欠落しているのだろうか。
だとしても。
彰太と歩んでいければ、変わっていけるかもしれない。だから。
「──いかない。離れないよ」
真っ直ぐに向けられる視線と言葉に、彰太がほっと胸を撫で下ろす。一翔はそんな彰太をきつく抱き締めた。
「たくさん泣かせて、辛い思いばかりさせてごめんね。大好きだよ、彰太。俺の大切な唯一の宝物の君の傍に、ずっといさせてね」
言葉と体温に、彰太の視界がどんどん滲んでいく。大好きだって、宝物だって言ってくれた。唯一だって。嬉しくて、でも泣きたくもなって。彰太は数年ぶりに、声をあげて泣いた。
月曜日となり、一翔に見送られながらしぶしぶ仕事に向かった。急いで仕事から帰ってくると、一翔はちゃんと家にいて、出迎えてくれた。あたたかくて美味しい晩御飯まで用意して。
そんな日がひと月ほど続き、ようやく彰太は、少し安心出来るようになってきた。一翔は何処にも行かない、と。
それからもう一度、琉太に言われたことを二人は話し合い──決意した。
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