うまく笑えない君へと捧ぐ

西友

文字の大きさ
40 / 45
第三章

10

しおりを挟む
 ──九月。

 残暑が残り、まだ少しの熱を帯びた風が吹く。午前の空を覆うように、雲が隙間なく浮かんでいる。

「お、押すよ」

 彰太が実家のチャイムのボタンの前に人差し指を出し、隣に立つ一翔を見る。うん、と一翔が頷く。

「ほ、ホントに押すよ」「うん」とのやり取りは、実は五回目だったりする。


『来月のどこかの休日に、実家に行こうと思うんだ。──一翔と一緒に』

 兄の琉太に電話したのは、先月のこと。琉太はそうか、と嬉しそうに答え『オレも行っていいか?』と訊ねてきた。

『うん。出来れば、瑠花さんも』

『──わかった。予定を聞いたら、すぐに連絡する』

 通話が切れ、それから数分としないうちに琉太からラインがきた。一翔が横で見守る中、彰太は続けて母親に電話をかけた。

 みんなに、おれの大切な人を紹介したい。と。


 それからの数日間はよく眠れなくなり、夜中に目が覚めることもしばしば。一翔はその度、大丈夫だよと優しく慰めてくれた。新幹線の中では震えが止まらず、逃げ出したい気持ちで押し潰されそうだった。これからみんなにゲイであることを打ち明ける自分が、まるで想像出来なかった。

 実家に着くと、見覚えのある車が止まっていた。琉太の車だ。瑠花と結婚した琉太には、三歳になる娘の瑠里るりがいる。車の後部座席にはチャイルドシートがあり、彰太は、はっとした。

(……さ、三歳の姪にも、ゲイだってばれるんだ)

 さすがにまだ意味はわからないだろうが、だからこそ、まだ純粋な姪に知られるのは嫌だと顔面蒼白になった。

「彰太? 大丈夫?」

 隣から心配そうに一翔が覗き込む。彰太はぐっと奥歯を噛みしめ「大丈夫」と顔を上げた。

 もう決めたんだ。全部打ち明けるって。例えば一度で受け入れてくれなくても、諦めたりしない。一翔が傍にいてくれるなら、何だって頑張れるから。

 そして六回目の「押すよ」「うん」とのやり取りのあと、チャイムを押す前に、何とも言えない顔をした琉太が「……やっぱり」と、玄関から出てきた。

「うわ!」

「あ、琉太さん。こんにちは」

 驚く彰太をよそに、一翔は冷静に挨拶をする。琉太は「おう」と答え、玄関から二メートルほど先にある門扉を開けた。

「みんな揃ってるぞ」

 琉太の言葉に、彰太が改めて全身を硬直させた。琉太は「よく決心したな」と彰太の頭を撫で、一翔には「ここまで連れてきてくれて、ありがとな」と笑った。


 中に入ると、リビングのテーブルを囲うように、両親と瑠花がいた。幸いにも、瑠里はソファーで眠っており、彰太が少しほっとするも。

「しょうちゃん。お帰りなさい。えと、そちらの方は……?」

 真っ先に口を開いたのは、母親だった。父親は怪訝な顔をしていたが、瑠花は僅かに首を傾げていた。

「……あら? あなた、何処かで」

 琉太は「数年前に一度、会ってるよ。駅前で」と言った。もう何年も経っているのに、よく覚えていたものだと感心した。単に、目が覚めるほどのイケメンだったから、記憶に残っていたのかもしれないが。

「はじめまして。白沢一翔と申します」

 にっこりと挨拶をする一翔。母親と瑠花が困惑しながらも「こ、こんにちは?」と頬を赤く染める。父親は「彰太のお友達か?」と、彰太に視線を向けた。

 彰太はびくっと肩を揺らし「あ、あの」と、一翔のシャツの端を無意識に掴んだ。

「ち、違くて。友達じゃなくて」

 声が掠れる。全身が震える。背中に、冷たい汗がいくつも流れる。三つの視線から逃れるように、顔をうつ向かせた。続けなければいけない言葉が出ない。

 怖い。怖い。

 そのとき。シャツを掴む手が、そっと手のひらで包まれた。右隣を見上げると、一翔の優しい笑顔とぶつかった。一翔は前に向き直り「彰太さんと、お付き合いをさせて頂いています」と頭を下げた。

 混乱しながら、母親と父親が顔を見合わせる。瑠花は「えと、どういう」と頭に疑問符を浮かべていた。

 彰太はきつく唇を噛みしめ、覚悟を決めた。

「──おれ、ゲイなんだ」

 顔を上げ、みんなを見渡す。

「男の人しか好きになれない、ゲイなんだ。一翔は友達じゃなくて、恋人だよ。みんなに紹介したかった、おれの大切な人は一翔なんだ。ずっと隠してて、ごめんなさい」

 普通じゃなくて、ごめんなさい。
 頭を下げる。ズボンを握る手が震えた。

 言ってしまった。
 みんながどんな表情をしているのか、怖くて頭を上げれない。

「父さん、母さん。瑠花も。これだけは知っておいてほしい。彰太は、こいつと──一翔と一緒にいるときが、一番幸せそうなんだ」

 左隣から響く、琉太の声。いつだって味方でいてくれた、たった一人の兄。その存在に、今さらながら泣きそうになった。

「幸せなんだよ、彰太は。それだけは否定しないであげてほしい。そしてオレは、彰太が幸せなら、それでいいと思っている。みんなはどう思う?」

 しん。
 室内は、水を打ったように静まり返った。
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

ジャスミン茶は、君のかおり

霧瀬 渓
BL
アルファとオメガにランクのあるオメガバース世界。 大学2年の高位アルファ高遠裕二は、新入生の三ツ橋鷹也を助けた。 裕二の部活後輩となった鷹也は、新歓の数日後、放火でアパートを焼け出されてしまう。 困った鷹也に、裕二が条件付きで同居を申し出てくれた。 その条件は、恋人のフリをして虫除けになることだった。

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

三ヶ月だけの恋人

perari
BL
仁野(にの)は人違いで殴ってしまった。 殴った相手は――学年の先輩で、学内で知らぬ者はいない医学部の天才。 しかも、ずっと密かに想いを寄せていた松田(まつだ)先輩だった。 罪悪感にかられた仁野は、謝罪の気持ちとして松田の提案を受け入れた。 それは「三ヶ月だけ恋人として付き合う」という、まさかの提案だった――。

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

刺されて始まる恋もある

神山おが屑
BL
ストーカーに困るイケメン大学生城田雪人に恋人のフリを頼まれた大学生黒川月兎、そんな雪人とデートの振りして食事に行っていたらストーカーに刺されて病院送り罪悪感からか毎日お見舞いに来る雪人、罪悪感からか毎日大学でも心配してくる雪人、罪悪感からかやたら世話をしてくる雪人、まるで本当の恋人のような距離感に戸惑う月兎そんなふたりの刺されて始まる恋の話。

【完結】『ルカ』

瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。 倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。 クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。 そんなある日、クロを知る青年が現れ……? 貴族の青年×記憶喪失の青年です。 ※自サイトでも掲載しています。 2021年6月28日 本編完結

【完結済】俺のモノだと言わない彼氏

竹柏凪紗
BL
「俺と付き合ってみねぇ?…まぁ、俺、彼氏いるけど」彼女に罵倒されフラれるのを寮部屋が隣のイケメン&遊び人・水島大和に目撃されてしまう。それだけでもショックなのに壁ドン状態で付き合ってみないかと迫られてしまった東山和馬。「ははは。いいねぇ。お前と付き合ったら、教室中の女子に刺されそう」と軽く受け流した。…つもりだったのに、翌日からグイグイと迫られるうえ束縛まではじまってしまい──?! ■青春BLに限定した「第1回青春×BL小説カップ」最終21位まで残ることができ感謝しかありません。応援してくださった皆様、本当にありがとうございました。

君に二度、恋をした。

春夜夢
BL
十年前、初恋の幼なじみ・堂本遥は、何も告げずに春翔の前から突然姿を消した。 あれ以来、恋をすることもなく、淡々と生きてきた春翔。 ――もう二度と会うこともないと思っていたのに。 大手広告代理店で働く春翔の前に、遥は今度は“役員”として現れる。 変わらぬ笑顔。けれど、彼の瞳は、かつてよりずっと強く、熱を帯びていた。 「逃がさないよ、春翔。今度こそ、お前の全部を手に入れるまで」 初恋、すれ違い、再会、そして執着。 “好き”だけでは乗り越えられなかった過去を乗り越えて、ふたりは本当の恋に辿り着けるのか―― すれ違い×再会×俺様攻め 十年越しに交錯する、切なくも甘い溺愛ラブストーリー、開幕。

処理中です...