うまく笑えない君へと捧ぐ

西友

文字の大きさ
39 / 45
第三章

9

しおりを挟む
「彰太。あのね」

「いやだ。絶対、いやだ」

 琉太が出ていってから、約十分。彰太はずっと一翔に引っ付いたままだ。その状態のまま、この押し問答は続いている。

「聞いて、彰太」

「やだ」

「お腹空いたから、彰太が買ってきてくれたもの、食べていい?」 

 彰太はぴくんと反応してからゆっくりと顔を上げた。「彰太も付き合ってくれる?」と一翔が微笑む。彰太は無言で頷き、玄関に置いたままにしていたレジ袋を取りに行った。


 一人用のテーブルの上が、彰太がコンビニで買ってきた食べ物でいっぱいになる。半分はおにぎりとお惣菜。もう半分は全て、サラダ類だった。

「……よく考えたら、一翔の好きなものちゃんと知らなくて。モデルをしていたころは、サラダとかヘルシーなものばかり食べてたから」

「これからまた、少しずつ、お互いのことを知っていけばいいよ」

 隣で肩を落とす彰太にお礼を言い、一翔は優しく語りかけた。
 
「ご両親にもね。一度で理解してもらうことは無理かもしれないけど、時間をかければ、きっとわかってくれると思うよ」

 少し頭の冷えてきた彰太はちらっと一翔を見てから、正座した膝の上に置いた拳を握った。

「……一翔がおれより好きな人が出来たり、おれを嫌いになったんなら……諦める。でも、そうじゃないのに、誰かのせいで傍にいられないのはもう嫌だ。その可能性があることは、したくない」

 一翔が彰太の拳にそっと手を添える。

「認めてくれない、かな。彰太のご両親は」

「……おれのことを愛してくれてる。それは充分過ぎるぐらい理解してる。愛情を疑ったことなんて一度もない」

「うん」

「でも……自分の子どもがゲイって、絶対ショックだと思う。お母さんとお父さんは優しいから、自分たちの育て方が悪かったんじゃないかって、責めるかもしれない。それも、辛い」

「……そっか」

 互いに愛しているからこそ、辛いときもあるのか。一翔はもう、親には何の未練もない。だからそんな考えがあるのかと、少し驚いてもいた。

 そんな一翔の様子に気付いたのか。彰太は、さあっと血の気が引いた。

(……おれ、家族に愛されてるとか、無神経なこと)

 一翔が家族にどれだけ人生を振り回され、傷付けられ生きてきたか。知っているくせに、また自分だけが不幸みたいに。

「か、一翔はさ。おれが家族に愛されて育ってきたこと、どう思う?」

 唐突な問いに「どうって?」と一翔が首を捻る。

「は、腹が立ったりしないかなって。何の苦労もせず、ぬくぬくと生きてきたおれのこと」

 顔面蒼白な彰太。思いつきもしなかった考えに一翔は、そっと彰太を抱き寄せた。

「俺は、家族に愛されて育ってきた彰太だから好きになったんだ。だからそんなこと思うわけないよ。それに、少し期待もしてるんだ」

「……期待?」

「もしかしたら彰太を通して、俺にも家族のような存在が出来るんじゃないかって」

 家族。
 彰太がぽつりと繰り返す。

「そう。もちろん結婚は出来ないから、法律上は無理だけど、大事なのはそういう繋がりが持てることだから」

 一翔は「他には? 何が不安?」と、彰太の頬に右手を添えた。

「何でも話して。もう二度と、すれ違ったりしないように」

 彰太は、頬に置かれた一翔の手を握った。

「──離れていかない?」

 潤む双眸とぶつかる。彰太は繰り返し訊ねた。

「おれが家族に拒絶されたとして。それを一翔のせいだって決めつけて、おれから離れていったりしない?」

 見透かされたような問いに、一翔は言葉が詰まった。

 認めてもらう努力は、むろん惜しまないつもりだった。でも、どうしても駄目なときは。彰太から家族を奪うようなことになったら。そのときは──。

 そんな風に覚悟していたのは事実だ。でも。

『お前にフラれたとき、あいつ、こう言ったんだ。恋愛をするのはこれで最後だから、もう泣かないって』

 ──いったい、どんな気持ちでその科白を言ったのか。どんな想いを抱え、この六年を過ごしてきたのだろう。

 どんな理由であれ、彰太から離れることは、彰太をまた泣かせることに他ならないのだ。どうしてそんなことすら理解出来なかったのか。やっぱり自分には、大事な何かが欠落しているのだろうか。

 だとしても。

 彰太と歩んでいければ、変わっていけるかもしれない。だから。

「──いかない。離れないよ」

 真っ直ぐに向けられる視線と言葉に、彰太がほっと胸を撫で下ろす。一翔はそんな彰太をきつく抱き締めた。

「たくさん泣かせて、辛い思いばかりさせてごめんね。大好きだよ、彰太。俺の大切な唯一の宝物の君の傍に、ずっといさせてね」

 言葉と体温に、彰太の視界がどんどん滲んでいく。大好きだって、宝物だって言ってくれた。唯一だって。嬉しくて、でも泣きたくもなって。彰太は数年ぶりに、声をあげて泣いた。


 月曜日となり、一翔に見送られながらしぶしぶ仕事に向かった。急いで仕事から帰ってくると、一翔はちゃんと家にいて、出迎えてくれた。あたたかくて美味しい晩御飯まで用意して。

 そんな日がひと月ほど続き、ようやく彰太は、少し安心出来るようになってきた。一翔は何処にも行かない、と。

 それからもう一度、琉太に言われたことを二人は話し合い──決意した。
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

僕を惑わせるのは素直な君

秋元智也
BL
父と妹、そして兄の家族3人で暮らして来た。 なんの不自由もない。 5年前に病気で母親を亡くしてから家事一切は兄の歩夢が 全てやって居た。 そこへいきなり父親からも唐突なカミングアウト。 「俺、再婚しようと思うんだけど……」 この言葉に驚きと迷い、そして一縷の不安が過ぎる。 だが、好きになってしまったになら仕方がない。 反対する事なく母親になる人と会う事に……。 そこには兄になる青年がついていて…。 いきなりの兄の存在に戸惑いながらも興味もあった。 だが、兄の心の声がどうにもおかしくて。 自然と聞こえて来てしまう本音に戸惑うながら惹かれて いってしまうが……。 それは兄弟で、そして家族で……同性な訳で……。 何もかも不幸にする恋愛などお互い苦しみしかなく……。

ジャスミン茶は、君のかおり

霧瀬 渓
BL
アルファとオメガにランクのあるオメガバース世界。 大学2年の高位アルファ高遠裕二は、新入生の三ツ橋鷹也を助けた。 裕二の部活後輩となった鷹也は、新歓の数日後、放火でアパートを焼け出されてしまう。 困った鷹也に、裕二が条件付きで同居を申し出てくれた。 その条件は、恋人のフリをして虫除けになることだった。

三ヶ月だけの恋人

perari
BL
仁野(にの)は人違いで殴ってしまった。 殴った相手は――学年の先輩で、学内で知らぬ者はいない医学部の天才。 しかも、ずっと密かに想いを寄せていた松田(まつだ)先輩だった。 罪悪感にかられた仁野は、謝罪の気持ちとして松田の提案を受け入れた。 それは「三ヶ月だけ恋人として付き合う」という、まさかの提案だった――。

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

【運命】に捨てられ捨てたΩ

あまやどり
BL
「拓海さん、ごめんなさい」 秀也は白磁の肌を青く染め、瞼に陰影をつけている。 「お前が決めたことだろう、こっちはそれに従うさ」 秀也の安堵する声を聞きたくなく、逃げるように拓海は音を立ててカップを置いた。 【運命】に翻弄された両親を持ち、【運命】なんて言葉を信じなくなった医大生の拓海。大学で入学式が行われた日、「一目惚れしました」と眉目秀麗、頭脳明晰なインテリ眼鏡風な新入生、秀也に突然告白された。 なんと、彼は有名な大病院の院長の一人息子でαだった。 右往左往ありながらも番を前提に恋人となった二人。卒業後、二人の前に、秀也の幼馴染で元婚約者であるαの女が突然現れて……。 前から拓海を狙っていた先輩は傷ついた拓海を慰め、ここぞとばかりに自分と同居することを提案する。 ※オメガバース独自解釈です。合わない人は危険です。 縦読みを推奨します。

刺されて始まる恋もある

神山おが屑
BL
ストーカーに困るイケメン大学生城田雪人に恋人のフリを頼まれた大学生黒川月兎、そんな雪人とデートの振りして食事に行っていたらストーカーに刺されて病院送り罪悪感からか毎日お見舞いに来る雪人、罪悪感からか毎日大学でも心配してくる雪人、罪悪感からかやたら世話をしてくる雪人、まるで本当の恋人のような距離感に戸惑う月兎そんなふたりの刺されて始まる恋の話。

【完結済】俺のモノだと言わない彼氏

竹柏凪紗
BL
「俺と付き合ってみねぇ?…まぁ、俺、彼氏いるけど」彼女に罵倒されフラれるのを寮部屋が隣のイケメン&遊び人・水島大和に目撃されてしまう。それだけでもショックなのに壁ドン状態で付き合ってみないかと迫られてしまった東山和馬。「ははは。いいねぇ。お前と付き合ったら、教室中の女子に刺されそう」と軽く受け流した。…つもりだったのに、翌日からグイグイと迫られるうえ束縛まではじまってしまい──?! ■青春BLに限定した「第1回青春×BL小説カップ」最終21位まで残ることができ感謝しかありません。応援してくださった皆様、本当にありがとうございました。

処理中です...