うまく笑えない君へと捧ぐ

西友

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第三章

13

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「──彰太?」

 ふい。
 新幹線の中。窓際に座る彰太が、一翔とは反対方向に顔を向ける。

 彰太はたいへんご機嫌斜めだった。あれから瑠里はずーっと一翔にべったりで、片時も離れようとはしなかった。お風呂まで一緒に入ると言い出したが、それは琉太と父が許さなかった。母と瑠花には「やきもち? かわいい!」とからかわれ続け「違う」とは言いながらも、彰太は限界だった。

 瑠里が瑠花とお風呂に入ってる間に、みんなが止めるのも聞かず、一翔の腕を引っ張り実家を出てきたのだ。


「ご機嫌斜めのお姫様は、どうしたら機嫌を直してくれますか?」

「おれは女じゃないから、お姫様にはなれないもん。瑠里ならドレスもお似合いだろうけど」

「そうかな。彰太なら似合うと思うけど」

「三十路がすぐそこまで見えてきているおじさんのドレス姿が見たいなんて物好きはいない」

 ふん。
 彰太が「一翔のロリコン」と頬を膨らませる。

「確かに、瑠里ちゃんは可愛かったなあ」

 正直子どもは好きではなかったが、彰太と血が繋がっているという事実だけで可愛く見えてくるのだから不思議なものだ。──という内容をつけ加えたのだが、果たして聞こえているのかいないのか。

 彰太が「……一翔は、やっぱり若くて可愛い女の子がいいんだ」とずんと落ち込む。今はどんな軽口や冗談も、通じる精神状態ではないらしい。それにしても、三歳の子にまで焼きもちを妬くとは思わなかった。昔付き合っていたころは、一度も妬いてくれたことはなかったのに。

(もしかして、我慢してたのかな)

 他にはどんな言葉を、感情を、胸にずっと溜めていたんだろう。思えば親のことも、一度も抱いていない理由すら、聞かれたことはなかった。

 ずっと。ずっと、我慢して。

「──彰太が妬いてくれて、嬉しい」

 思わずもれでた言葉に、彰太がゆっくりと視線を向けてきた。視線が穏やかに交差する。彰太が嬉しそうに、目を細めた。

「昔の一翔の笑顔より、今の一翔の笑った顔の方が好きかも」

「────っ」

 ふいに一翔の脳裏を過ったのは、高一の初夏。忘れ物を取りに戻った放課後の教室。

『白沢ってさ。いっつもニコニコしてるよな』『な。何考えてんのかわかんねえ』との会話に、開けようとしていた扉の前で一翔は動きを止めた。男子に陰口を叩かれることは、はじめてではなかったけど。それでもやっぱり心はきっちりと傷付く。そんな中響いた『確かに笑顔つくるの、うまいよね。でも、下手な気もする』という中性的な声。

『めっちゃ相反してんだけど』との複数の笑い声が教室を満たす。

 うーん、との唸り声。
 当人もよくわかっていないようで。

『何て言うか……いつも変わらない顔して笑ってるなって』

 一翔の目が僅かに見開く。『ああ。商売用の笑顔ってこと?』との揶揄する問いに、真剣に悩みながら答える。からかうでも、馬鹿にするのでもなく。

『んー……そうじゃなくて。いや、そういうことなのかな。でもうまく説明出来ないな』

 モデルの仕事をするようになって、よりいっそう張り付いてしまった笑顔。それを見抜かれたような気がして、驚いた。

(──そうか。彰太を目で追うようになったのは、あの日からだ)

 目が合う度に逸らされ、嫌われていると思っていた。それは本当。でも、目が合うということは、それだけ俺のことを見ているのかもしれない。そんな風にも思えて。けれど、不思議と不快には感じず。

 ──しんどいんだ、俺。張り付いてしまった笑顔を見抜いた多比良なら、気付いてくれないかな。

 いつからか、そんな勝手な想いを抱くようになり、よりいっそう、目で追うようになっていった。この気持ちが何なのか。理解するのに少しの時間を要したけど。

「ね、彰太。今の俺は、うまく笑えているかな」

 彰太は僅かに目を見張ってから「作り笑いじゃない笑顔に、うまいも下手もないよ」と柔らかく微笑んだ。

 そうだね。
 一翔が嬉しそうに笑う。

 きっとこれから先の未来は、そんなことで悩むことはないだろう。

 そんなことを想い、左手に繋がれたあたたかい右手をぎゅっと握った。


                ─完─
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