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第八十九話【触れることさえ】前
しおりを挟む命をかけて仕えたい方の傍にいる時間が増えるごとに、苦しくなる。
下男として仕え始めたものの、冬也の地位では力仁の傍に常にいることは叶わなかった。小姓として主君の隣に控える時も、主君の外出につく時も、御用聞きの時も、夜のお勤めの時もすぐ傍で付き従うことはできず。
離れた場所からその一手一足に気を配り気配を殺し、必要とするときにだけ近寄り、それ以外は手も触れぬ位置で顔を見ることも叶わない。
人前では顔をあげることも、触れることもできず、言葉を発することすら叶わない。ただ膝をつき、自分の膝を見つめ、お声がかかるのを待つのみ、時に道ばたの石のように気配をなくし、背景と化す。
主君の傍でなければ、力仁の傍に寄ることはできた。顔を見ることは叶わなくとも、隣で控え、返事以外の言葉を発することもできる。
そんな時は、力仁も用をよく言いつけてくれ、馬の手綱を任せてくれたりもした。時には力仁も色々な話しをしてくれ、会話などできなくてもそれで十分だった。
夜のお勤めがない日は、私室の廊下で仕事をする姿を見ていることができた。正面から見つめることはできなくとも、視線の隅に入るそれだけで構わなかった。
一日のうちで数えるほどしかない、その時間を楽しみにしていた。独占欲などではない、ただ少しでも近くで役に立ちたかった。
中でも夜とぎの時の待ち時間は余り気が進まなかった。寝所に近寄れるのは小姓だけで、下男である冬也は声も姿も一切見えない場所でただ終わるのを待つだけだった。
全ての事が済み、主君が立ち去ったのちに、湯を持ち許可を得てから中にはいる。けして顔を上げることなく、何も考えず無心で体を清め、整えられている寝所へ案内する。
一連の流れを作業のように行い、触れることができる代わりに声を出すことは叶わない。
例え、傷痕があろうとも、肌の色が変化しているところがあろうとも、気遣うことも許されない。それが嫌だった。
しかしそんな時間が段々と減り、離れている時間も減った。初めは嬉しかったその事実が徐々に喜べないものとなった。
無論、傍にいることが苦痛なわけではない。敬愛する相手に何を頼まれようと嬉しく思える。それでも、苦しく感じるようになった。
「力仁様、眠れませぬか?」
「少し目が覚めただけです」
ようやく眠ったと思ったが、寝所から聞こえた物音に冬也は障子越しに声をかけた。朝も早く、日中も忙しく動いているその身を心配し、長く睡眠をとってほしいが困ったことに力仁はなかなか眠らない。
やっと寝たかと思えば、最近は途中で起きてしまっているようだ。
「なにかお飲み物でもお持ちいたしましょうか?」
「いえ、必要ありません」
「では、お香を取り替えましょう」
「香も足りています。心配無用です」
障子の向こうにいる力仁の顔を見ることはできない、睡眠途中の寝間着の無防備な姿を下男の前に出すことはできない。
小姓でなければできるだろうが、小姓の仕事の内には主君への夜とぎもある。男妾ともいえる身分では、他の男達と同じように扱うわけにはいかない。
「睡魔がまた訪れれば寝ます。気に病む必要はありません。控えなさい」
「ですぎた真似をいたしました」
そうは言っても、おそらくなかなか眠ることはできないのだろう。力仁は所謂睡眠障害に陥っていた。疲れているのに眠りが浅く、起きてしまい眠ることができない。
その原因は力仁だけでなく、冬也もわかっていた。顔色が悪くなり、食欲も少なくなり、寝不足にも陥るその原因は主からの命令不足、従特有の症状だった。
「明日のご予定は?」
「今日と同じです」
「殿にはお会いになられないのですか?」
「お声がかかれば参ります」
「ですが・・・・・・」
本来冬也の身分ではこのような質問さえ許されないとわかっているが、それでも聞かずにはいられなかった。そんな無礼ともいえる質問にも力仁は怒ることもせずに答えてくれた。
「冬也」
「申し訳ございません」
「貴方に夜の番を任せるのはやめた方がいいのかもしれません」
「お許しください! もう二度と出過ぎた事は申しません!」
例え夜の間だけでも遠ざけられるのが耐えられないと思った。ここは城内でも奥に位置し、近づく者は限られ警備も厳しいが、それでも絶対安全とはない。
刺客がくる可能性は少なくとも、全くない訳ではない。小姓頭としての力仁の刀の腕を疑う訳ではないがそれでも離れたくはない。
額を床へこすりつけるようにし、詫びれば小さなため息が聞こえた。同世代同士気兼ねなく接したくとも、身分の差がそれを許さない。
「・・・・・・貴方の心遣いはわかっています。では、早く眠れるように少し肩を揉んでいただけますか?」
「はい、もちろんでございます!」
その言葉に、少し体を起こし頭を下げ、床に視線を固定したまま障子を開け寝所へ膝をついたまま入る。
「失礼いたします」
障子を閉めもう一度頭を下げ、あくまでも視線は下へ固定したまま力仁の傍まで歩き膝をつく。
「失礼いたします」
下級武士の家に生まれた冬也の礼儀作法はほとんどが城に上がってから覚えた物で、体に染みついてなどいない。だからこそ距離を測りきることができず、不敬と不興をただ恐れていた。
肩にそっと触れればその頼りなさに驚く、小姓頭として殿を守るため戦うこともあれど、それは思い描く同世代の体とは違っていた。
「冬也、私は甘え方がわかりません。殿のお言葉を強請ることも、お情けを強請る方法もわかりません。その所為で自分の体調を管理することもできず、こうして貴方に心配をかけています」
「力仁さまがお気になされることではございません。俺のほうこそ、心労を増やしてしまい申し訳ございません」
痛くないようにゆっくりと細心の注意をはらいながら肩を揉む、これほど近くで触れているというに距離が近づく気がしない。
背中を向けている力仁の顔は見れず、肌着越しに感じる体温は低く、余計に心配になる。
「冬也は好いている女子はいませんか?」
「へ?」
「仕事が忙しいのはわかります。ですが、そろそろ考えてもいいと思いますよ。誰もいないと言うならば私が探しましょうか?」
「必要ありません!」
反射的にそう返してしまい、その声の大きさに自分でも驚いた。しかし、それよりも驚いたのは力仁のようだった。
咄嗟に振り返ったその瞳が衝撃を物語っていた。
「あ、申し訳ございません!」
声を荒げてしまった失態に、肩から手を離すこともできずに慌てて詫びる様子に、力仁はいつも通りの表情へ戻った。
「いえ、世話焼きをしすぎました。どうやら同世代同士の会話も私にはわからないようです」
申し訳なさそうに苦笑する様子に、首を振り否定をし、再び肩を揉む。自分でもあれほど声を荒げて締まった意味がわからない。
「色恋に興味がおありですか?」
「冬也はありませんか?」
「正直それどころではありません。色恋にうつつを抜かしていては貴方様のお役にたてません」
「下男を増やしましょうか?」
その問いに思わず返事に詰まってしまう。小姓頭に下男が冬也一人だけというこの状況もおかしい、本来なら冬也が仕える前に誰か身元の確かなものがついているはずだ。
「増やせるのですか?」
「わかりません。不可能ではないと思いますが私は小姓頭とは言え従なので・・・・・・やはり大変ですか?」
「いえ、お心だけありがたくいただきます」
従とは一体何なんなのだろう。それが未だ冬也にはわからない。主君からの命を聞き、それに従うことを幸せと考えるならば自分もそうだろう。
だが、冬也が従いたいのは力仁だけで殿にはそのような感情は起らない。
人柄に惚れ込み敬愛しているお方だからこそ、命をかけて従いたいと思う。しかし、従はそうではないらしい。
従は主の命令を聞くのが生きがいで、その為に産まれてきたと言われる。褒美や見返りなどなくとも、命令を与えられるだけでよいとされている。
その姿は主の命令だけを糧とする人形のようでもある。城に仕えるものたちの中には従のそうした生き方を笑うもの達さえいる。犬や馬と変わらぬと揶揄するものもいる。
そのような中でも従達は己の境遇を嘆くことなく、真摯に向き合い続けている。
主からのお召しも、お言葉も少なくなった力仁でさえ、こうして体調を崩しながらもそれを受け入れている。
いくら従うことが生きがいだといえども、それは楽な事ではないだろう。それでも、こうして不満を持たずに尽くしている。
「強さはいかがですか?」
「丁度いいです」
「ならばよかったです」
「ありがとうございます。冬也」
そんな健気で気高い心を一体誰が笑えるだろうか? いくら人の心をくみ取ろうとも、人からはくみ取られない苦しさをどうしたら取り除けるのだろうか?
力がない冬也ではなにもできず、こうして仕える意外に寄り添うこともできない。
それがなによりも辛い。
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