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番外編
後日談(2)
しおりを挟むルイスは成人して結婚するまでは冬ごもりの間だけグレスデンに滞在することになった。なにも一番暇でつまらない時期に来なくてもと思ったが、普段は私も忙しくてゆっくりできないので逆によかったかもしれない。
ちなみに私たちが婚約したという噂はあっという間に国中に知れ渡った。元々ルイスとの恋話をあちこちで囁いていた彼らは驚くことなく受け入れ、拍子抜けするくらいあっさりと祝福された。それだけでなく前代未聞の大国からの婿、しかも私の結婚ということで国民たちはお祭り騒ぎ。もし反対されたらどうしようと少し心配していたので、みんなが喜んでくれて良かったと安堵で胸を撫で下ろした。
そしてルイスはドローシアから大量の品物を持ってきてくれて、中でも一番有り難かったのは薬類だ。薬は貴重で高価なので私たちは自作しているのだが、求められる量には足りずずっと頭を悩ませていたところだった。これでかなり楽になるはず。
だいぶ増えたので城にある薬品庫を整理していると、人の気配を感じて後ろを振り返る。
「あら、アディ。どうしたの?」
何か必要なものがあるのかなと思って尋ねたら、アディはビクッと体を震わせて脱兎の如く逃げていってしまった。
―――え?
なな、な、なに?私は目を白黒させながら唇を戦慄かせる。いつもだったらニコニコしながら「姉様」って呼んでくれるのに、一言も何も言わずに悪いものを見てしまったかのようなあの反応。
まさか・・・―――嫌われた!?
「どうした、魂が抜けたような顔して」
「ル~イ~ス~・・・」
地獄から這って出てきたかのような声を上げ、彼の両肩をガッと掴む。当然ルイスは腰が引けていた。
「なに、なにかあった?」
「アディに無視されたの~」
うわあ!とショックのあまり両手で顔を覆ってその場に崩れ落ちた。
可愛くて可愛くて「姉様大好き」っていっつも言ってくれていたあのアディが返事もせず逃げていくなんて!この世の終わりかってくらいショックだ。
「どうしてなのー!?」
まさかアディに無視される日が来るなんて想像したこともなかった。
ルイスはうーん、と困ったような声を上げながら口を開く。
「年頃だからじゃない?」
「でも10歳よ!?反抗期には早すぎるわ!」
「そうかな、早すぎることはないと思うけど」
そんなあ!と絶望の声を上げて項垂れる。
「やっぱりあの時見られちゃったのかしら・・・」
嫌われるようなことをした覚えはないが、この前階段でルイスとキスしているところを偶然にもアディと出会してしまったことがあった。キスと言ってもかるーい挨拶みたいなものだし、物陰に隠れてこっそりしたから大丈夫だと思ってたんだけど・・・。
グレスデンの城は人目がほとんどないから油断してたわ。
「それより僕の問題かもね」
「なんでルイス?」
「すごく気を遣ってくれてるけど、なんか警戒されてたし」
「ええ!?」
まさか、私の結婚が気に入らないのかしら。口では言えないけど、本当は反対だったりして。
心の中にもやもやっとしたものが湧き上がってくる。いてもたってもいられない。
「ちょっとアディのところに行ってくる!」
「あっ、ちょっと・・・!」
私は後ろからかけられたルイスの声を無視して一目散に部屋から飛び出した。
「それでね、まさに神官の手にかかって捕らえられそうになったとき、ルイスが廊下のガラスを叩き割って―――。割れた所から外に出られたんだけど私を庇ってルイスが気絶しちゃって・・・」
勉強中のアディを捕まえてペラペラと喋り続ける私。アディがルイスのことを好きになってくれたら結婚に賛成してくれるんじゃないか、という下心でルイスの武勇伝を語っていた。
無視されたらどうしようと心配してたけど、アディはちゃんと私の話を聞いてくれている。
「・・・なにやってんの?」
「あ、ルイス!」
少々遅れて部屋にやって来た彼に私は振り返って大声を出す。
「今ね、ルイスの武勇伝をアディにね」
そういうとルイスはアディに向かって苦笑いをした。
「ごめんね、シンシアが邪魔してるみたいで」
「いいえ、そんな・・・」
首を横に振るアディは特にルイスを警戒している様子はなく、ルイスが言っていたのは取り越し苦労じゃないかしらと思い始めた。私に対しても普通だし(若干困っている様子はあったけど)、あの時無視されたのは何かの勘違いかも。そもそもアディが結婚に反対する理由なんて思い当たらないし。
「さっきシンシアが君に無視されたって大騒ぎしてさあ」
「ちょっとルイスっ!」
そんなド直球な!もうちょっと濁すとか様子を窺うとかあるでしょ!
慌ててアディを見れば顔を赤くして畏縮していた。ああ、ルイスのせいで・・・!
「すみません、そんなつもりはなかったんですけど」
「気にしないで、アディ」
「失礼なことをしてしまって・・・」
「大丈夫よ、全然気にしてないわ」
嘘つけ、って視線を後ろから感じたけど無視して笑顔を作り、アディに思いっきり抱きついた。いつもみたいによしよしと頭を撫でていたが、突然ルイスに首の根っこを掴まれて引き離される。
「なにするのっ」
「なにするの、じゃない。アディの顔見てみなよ」
ルイスに言われた通りアディの方を向けば顔を真っ赤にして固まっていた。
「もういい歳なんだからそろそろそういうのは卒業しないと」
「ごめんなさいっ、嫌だった!?」
「嫌ではないですけど・・・」
「ごめんね、本当に」
そうか。初めてアディに会ったのは赤ちゃんだったけどこんなに大きくなっていたのね。抱っこしたり手を繋いだりするのを遠慮する歳になったんだわ。
「泣くなよ・・・」
「泣いてないわよ!」
呆れたルイスの声に手で目を覆ったまま反論する。私は決して泣いてはいない。泣きそうではあったけれど。
「無事に育ってくれて嬉しいわ。本当よ。
急に態度が変わったから不安だったけど、結婚を反対してたわけじゃなかったのね」
顔を上げられず俯いたまま言うと、少し沈黙が続いた後にアディがゆっくりと話し始めた。
「反対なんて・・・とんでもないです。ルイス殿下はとても素晴らしい方ですし」
人前では猫被ってるからね。
「それに、姉様も民の皆も喜んでいます。僕も姉様が幸せそうで嬉しいです。
ただ、その・・・何もかも上手くいき過ぎて逆に怖くなってしまって。なんでルイス殿下みたいな方がグレスデンにいらっしゃるんだろうかと思ったら、もしかしたら姉様が、騙されてるんじゃないかって少し不安になってしまって・・・」
変な態度になってしまい申し訳ないです、ってアディは勉強机で座ったままお腹が太股にぴったり着くくらいに深く頭を下げる。
私はびっくりしてすぐに声が出なかった。アディがそんなことを考えていたなんて。
「君は賢いんだね」
ルイスはアディの前で屈むと床に膝をついた。しっかりアディの目を見て話し始める。
「確かに裕福な人間は好き好んでグレスデンには来ないし、貧しくて何の利にもならない王家の人間にはなりたくないよ。シンシアみたいに進んで苦労を請け負うような変わり者なんてそうそう居ないし」
変わり者ですって!?って抗議したかったけれど、ルイスが真剣に話していたので私は後ろで黙って聞くことにした。
「僕も最初はあんなに恵まれた場所を離れるつもりなんてなかったよ。ましてや何の義理も思い入れもない国のために尽くすつもりなんて微塵もなかった。
―――だけどシンシアがいたからね」
目頭が熱くなり俯いてぎゅっと手を固く握り締める。
「シンシアが国のために尽くす人生を選んだように、僕は彼女に尽くす人生を選んだんだ。シンシアが国の平和や繁栄を望むならそのために僕は苦労することも厭わない。その覚悟があったからグレスデンに来たんだよ」
ちょ、泣きそう。
ルイスの愛情表現が足りないなんて思ったことはないけど、こう改めて言われると感動して泣きそうになり鼻の付け根を強く抑えた。
「でも、何故姉様なんですか?ドローシアにも美しい方はいっぱいいますよね」
「さあ、人を好きになるのは理屈じゃないからなあ。僕の場合は一目惚れだから尚更言葉にして説明するのは難しい。
・・・ただ、君のお姉さんは君が思っているよりずっとずっとすごい人だよ。それだけは言えるかな」
アディはルイスの目を見てしっかりと頷いた。良かった、ちゃんとわかってくれたみたい。
「うおっ!」
私は後ろから屈んでいるルイスに飛び付くと、彼の首に腕を回してギュウギュウに抱き締めた。
「まあ、しょっちゅう体当たりされて大変なんだけどね」
笑って言うルイスに、私も声を上げて笑ってしまった。
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