敵国王子に一目惚れされてしまった

伊川有子

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番外編

後日談(3)

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 ルイスがグレスデンへ来てから城の暮らしは随分良くなった。警備の兵士が常駐し、使用人の数は倍に。食卓はドローシアほどではないけれど私たちからしたら十分豪華と言えるような料理が毎食用意されて、まるで突然大儲けした成金のような気分になる。
 本来はグレスデンの王家としてあるまじき生活なんだけど、国民の皆もルイスのお陰で食卓におかずが1品か2品は増えたので文句など出るはずもなかった。

「本当にいいの?豊かになってグレスデンとしては有難いけどほとんどルイスのお金なんでしょ?」

 政治関係は主にお父様とルイスがやっているので詳しくは知らないけれど、ルイスの資産を使ったお陰で孤児は暖かい部屋で過ごせるようになり、皆の生活は格段に良くなった。

 私は外が吹雪始めたので窓をもう一枚閉じてから尋ねると、ルイスは「んー」と本を読みながら生返事で答える。

「元々内政は整ってたしそんなに手は入れてないよ。貧しくても治水はしっかりやってたからやりやすかったよ。じゃなきゃこんな短期間じゃ改善しないし、流通さえ改善させればお金は回るからね。
それに元手は僕のお金じゃなくて兄さんからぶんどっ・・・お祝いに貰ったお金だから」

 今“ぶん獲った”って言いかけた?

 とにかく有難い話だ。私たちが必死にやろうとしていたことをルイスはいとも簡単にこなしてしまう。

 私はルイスから読みかけの本を取り上げるとベッドにぽいっと投げ捨てる。

「あっ、今いいところだったのに」
「ねえねえ、一目惚れなんでしょ?具体的に私のどこが良かったの?」

 有無を言わさず読書を中断させ、私はルイスの目の前に陣取った。

 ルイスの言う通り一目惚れならば彼は私の外見に興味を持ったということになる。言ってはなんだが私はルイスやルイスのご家族に比べたら平凡な顔立ちなので、私の見た目の何が気に入ったのかずっと気になっていた。

 ルイスは両手で私の髪を撫でながら言う。

「そうだなあ、一直線に走るところとか」

 褒められている気がしない。何故そこを気に入る?という疑問はあったが私は先を促した。

「他にないの!?」
「声が大きいところ」

 悪口!?

 イラっとしたが彼との付き合いが長くなってきた私は分かっている、ルイスはそうそう素直には褒めてくれないってことを。

「他にもお願い」
「えー、そうだなあ・・・」

 なんだろ、と明後日の方をぼーっと見ながら考え込むルイス。一目惚れとは直感的なもので特に理由はないのかもしれないと諦め始めた頃、ようやくルイスは口を開いた。

「立ち姿がキレイ・・・かなあ」
「そうなの?」

 鏡に映った自分の姿を思い起こしてみたが今一ピンと来ない。

「背筋がまっすぐだからかな、遠くから見た時に綺麗だなって思った」

 そうなのね。良かった、まともな答えが貰えて。

 安堵しているとルイスは思い出したように付け加える。

「あと髪も」

 ルイスが撫でている自分の髪をじっと見た。お母様譲りの赤毛は赤と茶色の混じった髪なんだけど、他人にこの髪を褒められることは結構多い。自分じゃよく分からなくても他人からは魅力的に見えるのかしら。

「だったらお母様に感謝しなきゃ」

 生まれて初めて赤毛で良かったって思ったかもしれない。

「あとー」
「まだあるの?」
「唇がさくらんぼみたいに赤いよね」

 私は思わず自分の唇に触った。生まれつき赤くて気持ち悪いと言われることも多かったためちょっとコンプレックスだったんだけど・・・。

「ルイスにはこれが良く見えるの?」
「うん、美味しそう」

 ちゅう、と強めに唇を吸われて私は目を丸くする。

「ルイス」
「ん?何?」
「あなたって趣味が悪いのかもしれないわ」
「それはお互い様だよ」

 確かに!

 まんまと嵌められてとんでもない性格の男を好きになってしまった私は、ルイスの意見に心から同意して深く深く頷いた。














 婚約してから初めて春が来た時のこと。ドローシアに帰ったルイスと入れ違いでランス王子がグレスデンを訪ねて来た。

「やっほー、元気だったか?」

 彼は何故か全身土だらけで、まるでしばらく山の中で生活していたかのような出で立ち。城の外で花壇に水をあげていた私は手を振りながらやってくる彼に気付いて顔を綻ばせた。

「お久しぶりです。お陰様で皆元気にしています」
「ルイスは?」
「つい先日ドローシアに帰りましたよ」

 あちゃー、また入れ違いかあ、と額を押さえながら苦笑いするランス王子。

「まあいいや、はい、コレ。品物はちゃんと無事だから」

 彼に手渡された箱には見覚えがあった。前にもランス王子から同じものをお土産としていただいた事がある。

「チョコレートですか?」
「うん、ルイスに頼まれてたから」
「ルイスが?へえ、チョコレート好きだったんですね」
「好きなのはシンシアなんじゃないのか?」

 え、私?と自分を指さす。ランス王子はうんうんと頷いた。

「前もルイスからシンシアに買ってこい―――買ってきてって頼まれたし」
「・・・」

 私は黙り込んで昔を思い出す。確かに初めてチョコレート入りのお菓子を食べた時、当時私はそれがなんなのか知らなかったけど美味しいって騒いでいたような気がする。ルイスはそれでわざわざランス王子にチョコレートを買ってくるように頼んでくれたんだろうか。

「だからこれはシンシアのものな。ルイスからの贈り物なんだから、人に分けずに自分で食べるんだぞ」
「・・・はい」

 私は差し出された箱を大事に受け取った。

 なんだか感慨深いなあ。ルイスが私を好きだなんて全然現実味が無くてなかなか実感が湧かなかったけど、知れば知るほど大事にされているのが分かって。ドローシアに居た頃は分かりづらくて気付かなかったけれど彼はちゃんと私に愛情を示してくれていた。捻くれてるから真っすぐじゃないんだけどね。

「どうだ?ルイスとの新生活は」

 まるで親戚のおじさんのようなことを聞くランス王子に、私はクスリと笑ってから口を開いた。

「楽しいですよ。そんなに変化があったわけではありませんが・・・。いや、あったのかな」

 元々恋人のフリをしていた私たちはドローシアでもいちゃいちゃすることがあったので今はその延長線上にいるような感じだ。でも偽の関係から名実共に恋人関係になると変わるものはある。堂々と相手に好きだって伝えられるのは大きい。

「グレスデンは大きく変わりましたよ。ルイスのお陰で」
「みたいだなあ」

 元々貧しさに負けないくらい元気な人たちだったけど、皆前よりも表情が生き生きしている。生活に余裕があるって本当に大切なことなんだなあと身を以て知った。

「ルイスも、本当は数か月でグレスデンの生活に音を上げちゃうんじゃないかなって思ってたんですけど、どうやら平気そうで・・・」

 前より良くなったと言ってもグレスデンの生活はルイスにはキツイんじゃないかと思っていた。ベッドだってドローシアのものとは比べ物にならないくらい固いし、部屋は暗くて狭いし、娯楽は少なくて不便なことも多い。模様替えでタンスを持ち上げてもらったり大工仕事に駆り出されたりと体力的にも大変だったはず。

 今年は比較的穏やかだったけれど、それでもドローシアの王子として箱入りで大事に育てられた彼には未知の領域だっただろう。
 だけど冬ごもりの間ずっとグレスデンで生活する中で、文句らしき言葉が彼の口から出ることはなかった。

 ランス王子はからからと気持ちよく笑う。

「あー、大丈夫大丈夫。ルイスはあれでも結構図太いからどこでも生きていける奴だよ。前に1週間野宿が続いたときは半分キレられたけど」

 それは私も嫌だわ。

 ランス王子は引き続き笑顔で話を続ける。

「不便とかキツイこととかさ、そんなことは分かった上で自分の生きる場所を選んだんだよ。だから大丈夫」
「・・・そうですね」

 私は小さく笑って頷いた。大好きな家族に囲まれて国の皆に見守られて、ルイスと一緒に居られるなんて夢みたいに幸せだ。

「にしてもシンシアえらい綺麗になったなー。前から美人だったけど」
「え!?」

 私は目が飛び出るくらい驚いてランス王子を凝視した。この完璧なお顔の造りをしている彼から顔立ちを褒められるなんて!

「ランス王子も趣味が悪い方ですか?」

 さてはルイスと同類?

 彼は大きく口を開けて笑いながら手を横に振る。

「まさか!一般的な意見を言っただけだって!」
「私ドローシアでひとっこともそのような誉め言葉は言われませんでしたよ」

 侍女たちのよいしょや社交辞令を除けばの話だけど。
 もちろんグレスデンでは言われることも多いけど、民の皆は王家のことを崇拝しているのでフィルターが何重にもかかっている状態。さすがに彼らの言葉を真に受けるほど私は間抜けじゃない。

「あー、ドローシアは父さんたちがアレだからなあ。後、ドローシアの女性は化粧してるし派手に着飾ってるから」
「それ言って大丈夫ですか?」

 ドローシアの女性を敵に回しません?と言うとランス王子は茶目っ気たっぷりに笑う。

「まあまあ、ここだけの話だから。
やっぱり幸せな女性はキラキラしてるからすぐわかるよ。シンシアもすごくキラキラしてる」

 ランス王子の言葉に顔が綻んだ。

「ありがとうございます」
「あいつもよくやるよ。俺がグレスデンに同じ額を投資してもここまで結果は出せなかっただろうし」
「・・・有難いお話です」

 彼はからからと気持ち良く笑って私の頭を撫でた。

「シンシアも、よく頑張ったな」
「まだまだこれからですよ」

 そう言うと「そうかそうか!」とランス王子は大きく口を開けて笑った。




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