神託にしたがって同居します

温風

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 エイダンとの同居をはじめて早くも半年が経とうとしていた。
 神託を聞いたのが四の月で、今は十の月。
 爽やかな秋風が頬に心地好い季節だ。

 俺がオメガだったら、この期間に発情期が来て番が成立し、カップルによっては子もできる。だけどベータでは行き着く先がない。
 俺たちは宙ぶらりんな関係のままだった。

 この同居生活はいつまで続けられる?
 そんな疑問が影のように貼り付いて、頭から離れない。

 エイダンはなんの不自由もない様子で仕事に邁進している。そして相変わらず、豪勢な朝食を用意してくれる。
 俺も以前より食事をしっかりとるようになった。そのせいか、前よりも体が疲れにくくなった気がする。
 健康的な男同士の二人暮らし。
 こんな俺たちだけど、たまに甘い雰囲気になることもある。

「セオ? セオ、帰っているのか?」
「あっ、まっ……待ってエイダン!」

 がちゃり。手を伸ばしたけれど間に合わず、浴室のドアが開けられる。
 カッポーン……。
 浴室に石けんを落とす音が響いた。
 帰宅したばかりのエイダンが、風呂上がりの俺と鉢合わせしてしまったのだ。エイダンは俺の平たい胸と腹を見て、ぴしりと固まっていた。
 表情は完全に無の境地。凹凸のない俺の体じゃ、物足りないよな。

「ごめん、ちょうど出るところで……」
「いや……構わない」

 エイダンが口を手で覆う。
 俺の裸体は吐き気を催すほど気持ち悪いのか……地味に悲しいが、申し訳なさすぎて肩身が狭い。
 慌ててタオルを体に巻きつける。できるなら穴を掘って身を隠したかった。いつもより風呂を使う時間が遅かったので、エイダンとかち合ってしまったのだろう。

「ごめんな、驚かせて。街中の共同浴場に行くか迷ったんだけど、知り合いに会っちゃうんだよ。そいつもアルファなんだけど、めんどくさいやつでさ」

 官舎住みのころ、隣室に住んでいた遊び人のアルファだ。偶然会っただけなのに「俺のこと忘れらんねえのか?」と分かりやすい秋波を送られてしまい、全身に虫唾が走った。
 年がら年中発情しやがって。
 あいつに遭遇するのだけは二度と御免だ。

「……共同浴場? 共同浴場だって!?」
「あ、ああ、そうだけど?」

 エイダンがカッと目を見開いた。鳶色の瞳に炎のような光が渦巻いて、独特の威圧感を放つ。

「行くなそんなところ! しかもアルファがいる……? 危ないじゃないかっ!」
「……? 別に危なくはないだろ?」

 きょとんと首を傾げたら、ぐい、と力任せに手首を引かれた。強く引き寄せられ、巻いたタオルが床にはらりと落ちる。俺は素っ裸のまま、ぽすんとエイダンの胸に顔を埋めた。
 鼻をくっつけた胸元から、いい香りがする。石けんとも香水とも異なるエイダンの匂い。
 もっと嗅いでみたくなって、思わず、くん、と鼻を動かした。心地よい甘い匂いが鼻腔から肺腑に入り込む。

「セオ、頼むから共同浴場には行くな……家の風呂場を好きなだけ使ってくれ。プールが欲しければプールもつくるし、サウナが必要なら特注する……してみせる!」
「い、いらないいらない! そんなに言うなら共同浴場にはもう行かないよ。だから落ち着いて」
「君は自分の美しさを分かっていないんだ!」
「……エイダン?」
「いいか? 人は、君の髪や目の色を見てるんじゃない。君は……」

 濡れた背中に、エイダンの大きな手が回る。その途端、ぞくぞくした感覚が下肢から湧き上がった。

「うっ……」
「セオ? どうした?」

 些細な変化も見逃さないというように、エイダンが精悍な顔を近づける。

「は……離せって言ってるだろっ!」

 めったに触らない雄が反応しそうになるのが怖くて、隠したくて、俺はエイダンの胸板を力一杯押して、自室に駆け戻った。

「うおおおおおおお、やばかった……なんだよあの色気! 反則だろ!?」

 その夜は枕に顔を埋めて、じたばたと体の熱を逃した。





 この数週間、エイダンは兵舎に詰める日が続いていた。
 半日寝るために帰ってきては、またすぐに王宮に戻り、何日か兵舎に缶詰になる。家にも、たまに仕事の書類を持ち込んではうんうん唸っている。

 エイダンは本物のアルファで、筋金入りの貴族だ。
 つまらないベータと一緒に暮らすのが、苦痛になってきたんじゃないだろうか?

 ここしばらくは朝食も別々だ。
 相変わらず豪勢な料理を用意してくれるが、エイダンの姿はない。
 番になれないとしても、せめて「君では物足りない」とか、愚痴のひとつでもこぼしてくれればいいのに。これじゃひとり暮らしと変わらない。
 帰ってきたと思ったら、エイダンは今夜もソファにもたれて、腕を組んだまま寝入ってしまった。
 あとで起こして、ベッドまで運んでやらないと。

「……エイダン。根を詰め込みすぎじゃないか?」

 こんな言葉をかけるのは、本人が寝ているからできる。かまってくれとねだっているようで、本人が起きているうちは絶対言えない。
 俺は眠るエイダンの傍にそっと腰を下ろして、ウードを爪弾いた。
 鼓膜を驚かせないように、少しだけ、少しだけ、囁くように。弦の響きが皮膚に浸透して、疲労に折れそうな心身をほぐすようなイメージで……。

 音楽は砂漠の民にとって薬でもある。
 夜の砂漠を照らす月の光のように、心地よい響きで体を包んで、癒してゆく。

 仕事漬けのエイダン。
 大捕物が控えているとか、巨大な陰謀を暴くとか、困難な仕事を抱えている? それとも――。

「俺が嫌なら、そう言ってくれよ。あんたは……あんたに似合う人は、きっと他にいるから」

 ぽつりともらした言葉に自分の首が絞められる気がして、口を閉ざした。ぽろんぽろんと、ひたすらウードを弾き続ける。
 エイダンを想って奏でる音色は、悲しげで切なくて、優しい旋律だった。



 朝になると、昨夜の疲れもすっかりとれた顔で、エイダンは「なんだかとてもいい夢を見たよ」と笑った。
 昨晩ウードで奏でた旋律が、エイダンの肉体の宿すオーラとうまくマッチしたのだろう。
「よかったな」と、俺も安心して喜んだ。
 役に立てることがひとつでもあって、よかった。

 簡単な朝食で申し訳ないと謝りつつ、ハムと目玉焼き、サラダにトースト二枚、フルーツ入りのヨーグルトまで用意してくれた。
 ポットを見れば、ベリーの香りのついた紅茶まで淹れてある。じゅうぶんすぎるほど豪勢な食卓だ。
 エイダンに椅子をひいてもらい席に着く。

「いいかい、セオ。少しでもいいから朝食は食べておくように。それと、いくらお休みの日だからって、お昼を抜いたらダメだよ」

 椅子の背に手をかけて、大きな背を丸めるようにして俺の顔を覗き込んだ。
 聡明な空気を湛えた鳶色の瞳と、凛々しくて太い眉。顔を寄せられると、心臓がばくばく跳ねる。

「わ、わかってるよ。ほら、忙しいんだろ。早く行けってば!」
「ふむ。ならばよし」

 ぽん、と大きな手が肩を撫でた。

「休日を楽しんで」

 大きな黒獅子のような男は、穏やかな笑みを残して仕事へ出かけていった。
 食卓に頬杖をついた俺は、フォークで目玉焼きを突きながら、ひとりで「ふふふ」と笑いを漏らす。
 ひとり残された朝だけど、さびしいという気持ちは不思議と湧いてこない。

「昼飯ねえ……んー、どうしよっかなー」

 そういえば今日はガブも休みだったはずだ。
 ほかほかとまだ温かなパンをちぎり、コーヒーで押し流す。顔を洗ったら服を着替えて、ガブの家に遊びに行こう。


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