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第五章 神獣
王都にて2
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食事が始まる前に、公爵夫妻と挨拶を交わした。
公爵様は、トーマス様と同じ黒髪で、優し気な目元が特徴のダンディな方だ。夫人はトーマス様とよく似た顔立ちのきりっとした美人。高位貴族の威厳と貫禄を纏った美男美女で、その迫力に私は気おされてしまった。
王族の方々と親しくしていたので、高位貴族には慣れているはずなのに、何が違うのだろう。
ユーリ殿下と婚約した時は、まだ子供だったから、あまり緊張しないで溶け込めたのかもしれない。
今回は、思い切り緊張している。
それに、今の私は、お世辞にも素敵な貴族令嬢ではないのだという自覚がある。
ドレスは伯爵邸から運び込まれたものを着ている。たった4カ月程度しか経っていないのに、既に違和感があるのは、少し背が伸びたせいだろうか。自分のドレスなのに、借り着のようによそよそしい。
こんな格好で、婚約者家族との挨拶に臨むとは思ってもいなかった。
この数カ月の生活が、あまりにも貴族社会の日常と懸け離れていたので、いざその世界に戻ると、いかに自分が別世界で暮らしていたか、痛感させられる。
そんなふうにがちがちになっている私を、公爵夫妻は労ってくれた。
「細かいことは気にせず、くつろいで過ごしてほしい。必要なものがあれば、何でも言ってくれ。こちらに滞在中は、私たちの客として全面的に便宜をはかろう。ロイ・レグルス殿も同様にだ。今回はハント伯爵の代理として遇させていただくので、何でも言って欲しい」
二人揃ってそう言ってくれる。
公爵夫人は、新しいドレスが用意できないことを、申し訳なく思っていたようだ。
公爵家には令嬢がいないので、無理を言える伝手は無いだろうし、もしできたとしても、この短期間では無理がある。私としたら、気遣ってもらえるだけで嬉しい。
二人の温かい言葉に礼を述べて、私はぎこちなく椅子に座った。トーマス様は私を落ち着かせようとしてか、手の甲を軽く手で包み込む。
大丈夫だと伝えようと、トーマス様に向かって頷いて見せた。
反対側にはロイが座った。
「リディア、手」
ロイの言葉に、なんだろうと思って手を出そうとしたら、反対側の手をトーマス様が握ったまま離してくれない。
「トーマス殿、リディアの手を離していただけますか」
ロイの顔はにこやかで声も優しいけど、態度はきっぱりしていて圧が強い。まるでお父様が乗り移ったかのような保護者然とした様子。
そしてトーマス様が引き下がった、みたい?
呆気に取られてボーっとしていたが、その様子を見ている公爵様は、懐かしいとつぶやいた。
「昔、アリス嬢を巡ってよく争い事があってね。一歩先んじたハント伯爵が、今のように男達を蹴散らしているのを見かけたものだよ」
「まあ、初めて聞く話ですわ。それに私は母と似ていないので、とても比べものになりません」
公爵様は、目を見張ってから笑い出した。夫人も、懐かしいわねと言いながらほほ笑んでいる。
「あのね、アリス嬢も十七歳までは、とてもほっそりしていて、今のリディア嬢とそっくりだったのよ。他の男たちが騒ぎ出す前に、ガッチリと彼女を捕まえたハント伯爵には、感心したものよ。私の末の弟も、アリス嬢に振られた一人よ」
またなにか思い出したようで、ニコッとしてロイを見て、それから私に目を移した。
「ところでロイ殿は、幼馴染みだそうね。非常に気心が知れた仲だとか」
「はい。兄代わりのようなものです。今回は、父の代わりに同行してもらっています」
「ハント伯爵に雰囲気がそっくり。あらかじめロイ殿から伺っていましたけど、リディア嬢からも確認したかったの。トーマスが気にしていたから、一応確認させてもらったけど、これは本当に兄妹という感じね」
あれ、何か疑っていたのかしら。ロイと?
そう思って、トーマス様を見たら、また拗ねた表情に戻っていた。私が呆れて見ていたら、居心地悪そうに横を向いた。
「だって目くらましとは言え、ロイと婚約しようと考えたじゃないか。あれはショックだった」
あの時は平気そうにしていたのに、意外だ。ロイと婚約…...そんな話も出たわね、と思い出して、客観的にその話を考えてみた。そうしたら、私はロイに甘えすぎているのかも、と突然に思い至った。
「ごめんなさい、ロイ。私、自分のことしか考えていなかった。お父様もだけど、あなたに迷惑かけすぎよね」
ロイはいたずらっぽく笑いながら、片目をつぶった。
「いいさ。僕はハント伯爵に、絶対の信頼を置いているからね。特にリディア絡みなら、規格外の見返りがある。しかも今回戦う相手は国王だもの」
「全くちゃっかりしてるわね。今度は空想じゃなくて、本物の国王が相手なのよ」
昔、海賊ごっこをする時はロイがキャプテンで、私は腹心の船乗りだったり、大砲の砲撃手だったりした。おどけているロイに、その時の面影がちらつく。二人で空想の国王軍の船を沈めて逃げたりしたものだ。そうやって水に沈められたり、壊されたりしたおもちゃの船は、片手に余る。
逃げる先は、我が家の屋根裏部屋だった。そこで昼寝をするのが大好きだった。
ロイも思い出したのか、そうだね空想の国王軍じゃないな、と言うので吹き出してしまった。
「何の話なの?」
相変わらずトーマス様が不機嫌そうなので、小さい頃の海賊ごっこの話を聞かせてあげた。聞いている内に更に眉間のしわが深くなっていく。
向かい側でその様子を見ていた公爵様が、トーマス様に声を掛けた。
「子供時代の話で妬いていたら、この先が大変だぞ」
「逆にそっちの方が焼けるかもね、昔の思い出の中には、今から入り込めないものね、トーマス」
夫人はトーマス様にいたずらっぽくウインクした。
夫人と目が合うと、トーマス様も苦笑して機嫌を直した。
「はい、昔の思い出には入り込めませんが、今からの思い出は、僕と二人で作って行くからいいのです。そうですよね、リディア」
いつのまにか、名前の呼び方が変わって、呼び捨てになっている。
横でロイが溜息をついた。トーマス様は全然押してくる勢いを止めてくれないようだ。
でも、とても仲の良い家族で、予想していたのとだいぶ違う。
以前の冷やかなトーマス様のイメージで想像していたせいか、ほぼ180度違っていた。家族揃って凄く気さくで、堅苦しさなんてまるでない。
最近知ったトーマス様のイメージに近いようだ。やはり今の状態が素なのだろう。
翌日の午後、陛下への謁見が決まっているので、食事が終わると早目に休むことになった。
謁見の申し込みは、あらかじめ公爵家から出してもらっていた。神獣の力を、ジェフリー殿下の病に試させていただきたい、と申し入れている。
それに対して、王家はすぐにスケジュールの調整をして、時間を空けたようだ。きっと期待しているのだろう。それだけジェフリー殿下の状態が悪いのかもしれない。
明日の為に、私は力を蓄えよう。ホープの力を最大限に引き出すには、触媒になる私の状態が良くなければならない。
公爵様は、トーマス様と同じ黒髪で、優し気な目元が特徴のダンディな方だ。夫人はトーマス様とよく似た顔立ちのきりっとした美人。高位貴族の威厳と貫禄を纏った美男美女で、その迫力に私は気おされてしまった。
王族の方々と親しくしていたので、高位貴族には慣れているはずなのに、何が違うのだろう。
ユーリ殿下と婚約した時は、まだ子供だったから、あまり緊張しないで溶け込めたのかもしれない。
今回は、思い切り緊張している。
それに、今の私は、お世辞にも素敵な貴族令嬢ではないのだという自覚がある。
ドレスは伯爵邸から運び込まれたものを着ている。たった4カ月程度しか経っていないのに、既に違和感があるのは、少し背が伸びたせいだろうか。自分のドレスなのに、借り着のようによそよそしい。
こんな格好で、婚約者家族との挨拶に臨むとは思ってもいなかった。
この数カ月の生活が、あまりにも貴族社会の日常と懸け離れていたので、いざその世界に戻ると、いかに自分が別世界で暮らしていたか、痛感させられる。
そんなふうにがちがちになっている私を、公爵夫妻は労ってくれた。
「細かいことは気にせず、くつろいで過ごしてほしい。必要なものがあれば、何でも言ってくれ。こちらに滞在中は、私たちの客として全面的に便宜をはかろう。ロイ・レグルス殿も同様にだ。今回はハント伯爵の代理として遇させていただくので、何でも言って欲しい」
二人揃ってそう言ってくれる。
公爵夫人は、新しいドレスが用意できないことを、申し訳なく思っていたようだ。
公爵家には令嬢がいないので、無理を言える伝手は無いだろうし、もしできたとしても、この短期間では無理がある。私としたら、気遣ってもらえるだけで嬉しい。
二人の温かい言葉に礼を述べて、私はぎこちなく椅子に座った。トーマス様は私を落ち着かせようとしてか、手の甲を軽く手で包み込む。
大丈夫だと伝えようと、トーマス様に向かって頷いて見せた。
反対側にはロイが座った。
「リディア、手」
ロイの言葉に、なんだろうと思って手を出そうとしたら、反対側の手をトーマス様が握ったまま離してくれない。
「トーマス殿、リディアの手を離していただけますか」
ロイの顔はにこやかで声も優しいけど、態度はきっぱりしていて圧が強い。まるでお父様が乗り移ったかのような保護者然とした様子。
そしてトーマス様が引き下がった、みたい?
呆気に取られてボーっとしていたが、その様子を見ている公爵様は、懐かしいとつぶやいた。
「昔、アリス嬢を巡ってよく争い事があってね。一歩先んじたハント伯爵が、今のように男達を蹴散らしているのを見かけたものだよ」
「まあ、初めて聞く話ですわ。それに私は母と似ていないので、とても比べものになりません」
公爵様は、目を見張ってから笑い出した。夫人も、懐かしいわねと言いながらほほ笑んでいる。
「あのね、アリス嬢も十七歳までは、とてもほっそりしていて、今のリディア嬢とそっくりだったのよ。他の男たちが騒ぎ出す前に、ガッチリと彼女を捕まえたハント伯爵には、感心したものよ。私の末の弟も、アリス嬢に振られた一人よ」
またなにか思い出したようで、ニコッとしてロイを見て、それから私に目を移した。
「ところでロイ殿は、幼馴染みだそうね。非常に気心が知れた仲だとか」
「はい。兄代わりのようなものです。今回は、父の代わりに同行してもらっています」
「ハント伯爵に雰囲気がそっくり。あらかじめロイ殿から伺っていましたけど、リディア嬢からも確認したかったの。トーマスが気にしていたから、一応確認させてもらったけど、これは本当に兄妹という感じね」
あれ、何か疑っていたのかしら。ロイと?
そう思って、トーマス様を見たら、また拗ねた表情に戻っていた。私が呆れて見ていたら、居心地悪そうに横を向いた。
「だって目くらましとは言え、ロイと婚約しようと考えたじゃないか。あれはショックだった」
あの時は平気そうにしていたのに、意外だ。ロイと婚約…...そんな話も出たわね、と思い出して、客観的にその話を考えてみた。そうしたら、私はロイに甘えすぎているのかも、と突然に思い至った。
「ごめんなさい、ロイ。私、自分のことしか考えていなかった。お父様もだけど、あなたに迷惑かけすぎよね」
ロイはいたずらっぽく笑いながら、片目をつぶった。
「いいさ。僕はハント伯爵に、絶対の信頼を置いているからね。特にリディア絡みなら、規格外の見返りがある。しかも今回戦う相手は国王だもの」
「全くちゃっかりしてるわね。今度は空想じゃなくて、本物の国王が相手なのよ」
昔、海賊ごっこをする時はロイがキャプテンで、私は腹心の船乗りだったり、大砲の砲撃手だったりした。おどけているロイに、その時の面影がちらつく。二人で空想の国王軍の船を沈めて逃げたりしたものだ。そうやって水に沈められたり、壊されたりしたおもちゃの船は、片手に余る。
逃げる先は、我が家の屋根裏部屋だった。そこで昼寝をするのが大好きだった。
ロイも思い出したのか、そうだね空想の国王軍じゃないな、と言うので吹き出してしまった。
「何の話なの?」
相変わらずトーマス様が不機嫌そうなので、小さい頃の海賊ごっこの話を聞かせてあげた。聞いている内に更に眉間のしわが深くなっていく。
向かい側でその様子を見ていた公爵様が、トーマス様に声を掛けた。
「子供時代の話で妬いていたら、この先が大変だぞ」
「逆にそっちの方が焼けるかもね、昔の思い出の中には、今から入り込めないものね、トーマス」
夫人はトーマス様にいたずらっぽくウインクした。
夫人と目が合うと、トーマス様も苦笑して機嫌を直した。
「はい、昔の思い出には入り込めませんが、今からの思い出は、僕と二人で作って行くからいいのです。そうですよね、リディア」
いつのまにか、名前の呼び方が変わって、呼び捨てになっている。
横でロイが溜息をついた。トーマス様は全然押してくる勢いを止めてくれないようだ。
でも、とても仲の良い家族で、予想していたのとだいぶ違う。
以前の冷やかなトーマス様のイメージで想像していたせいか、ほぼ180度違っていた。家族揃って凄く気さくで、堅苦しさなんてまるでない。
最近知ったトーマス様のイメージに近いようだ。やはり今の状態が素なのだろう。
翌日の午後、陛下への謁見が決まっているので、食事が終わると早目に休むことになった。
謁見の申し込みは、あらかじめ公爵家から出してもらっていた。神獣の力を、ジェフリー殿下の病に試させていただきたい、と申し入れている。
それに対して、王家はすぐにスケジュールの調整をして、時間を空けたようだ。きっと期待しているのだろう。それだけジェフリー殿下の状態が悪いのかもしれない。
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