修道院パラダイス

文字の大きさ
50 / 64
第五章 神獣

王都にて3

しおりを挟む

王宮では訪問を告げると、直接謁見室に案内された。待ち時間ゼロは、ユーリ様の婚約者だった時代でも無かった。大抵は控室に案内され、しばらく待つことになる。よほど、この件を重要視しているのだろう。

 最初に私が、お父様とジョナサンの代理として挨拶をした。それに続いてトーマス様の婚約者になったことと、認めていただいた感謝の言葉を述べた。

 その後で、トーマス様とロイがご挨拶をした。ここまでの間、陛下は黙って聞いていた。婚約に関しては、一言も触れないが、これで解決したと思いたい。

「リディア、顔をよく見せておくれ」

 顔を上げると、陛下は私の全身を不躾に眺め回した。少し顔を顰めたのは、どういう意味だろう。横に座る王妃様も、黙って私をじっと見ている。

「ジョナサンという男の力を預かってきたと、手紙に書かれているが、どうやってだね」

 私は首に掛けていたクロスを外し、掲げて見せた。
 
「このクロスに、神獣様とジョナサンの力を込めてあります。ほんの一時的にですが、これで私が神獣様の言葉を聞くことができます」

 ここで、クロスの方を強調しておいた。これを取り上げられる可能性を考えての事だ。念のために、似たような水色の玉のチャームも用意してきている。

 陛下がやって見せてくれと言うので、私少し大げさなくらいにクロスに念を込めて、神獣様、お姿をお見せください、と何回か唱えた。

 するとまた少し大きくなったホープが、フワッと姿を現し、私の前をカツカツと歩いて横に立った。
 そして気軽な調子で、ここどこ? と聞いてくる。

「ここは王宮です。ユニコーン様」

「リディア、喋り方が変だよ。面白いけどさ。あの間抜けな顔の男が王様なのかあ。やる気でない」

 他の人には聞こえないからいいけど、緊張している私は、下手にツボにはまったら大変なことになる。キッと眉を寄せて、唇を噛んだ。

「これが神獣か。綺麗な馬だが、どういった力を持っているんだ」

「復活したばかりで、まだ記憶が戻っていないため、自身のこともわからないそうです。女性を好むようなので、私たちはユニコーンでは、と考えています」

 陛下がホープに、こちらにおいでと声を掛けたが、ホープは無視している。
 陛下は神獣が自分に従うと思ったようだが、それはありえない。記憶を失っていても、幼く見えても神の眷属だ。それに、多分、神様は気まぐれなのだと思う。

 陛下は咳払いをして、バツの悪さをごまかした。

「では仮にだが、ユニコーン殿と呼ぶことにしよう。彼はこの国に住んでいるのだろうか」

 そういう風に考えたことがなかったので、虚を突かれた。そう……なのだろうかとホープに聞いてみた。

「ここに何かがあって、姿を現していたのだと思うよ。今はリディアがいるから居るだけ。本来の居場所は天界だった、かな?」 

 相変わらず曖昧な話だ。私は陛下に通訳して聞かせた。

「天界に普段は住んでいたけど、何かがあって、ここに来ていたと思う、と仰っています」

 ほう、とあごを撫でながら、ギラつく目でホープを見ている。ホープは嫌そうに私の後ろに回り、ロイの背中に首をこすりつけた。

 私が声を出して、何をなさっているのですか、と聞くと、かゆいんだとホープが答えた。

「ロイ様、神獣様が首が痒いと仰っています」

 ロイは、苦笑しながらホープの首をかいてやった。男性は嫌いなようだけど、ロイには友好的なのだ。単に綺麗な物が好きなだけなのだろうか。
 ロイとホープは同じような銀色の髪をしていて、寄り添うと絵になる。

ホープがもっと優しくしてよと文句を言い、ロイは甘えすぎだぞと返している。
ホープにしたら、単に下僕として仕えさせてやる、程度の扱いかもしれない。そして、ロイはなぜか言葉は聞こえなくても、ホープの言いたいことはわかるようだ。これは仲が良いということだろうか。

 離れて見ている人達からしたら、とても見ごたえのある光景だろう。私も、部屋の壁沿いに立っている、重臣たちの位置から見たい、と一瞬思った。

 なぜなら今日のロイは、ことさら華やかに装っていて、美麗な貴公子そのものなのだ。陛下や重臣たちの気を散らさせるために、目を惹く装いをすると言って、自宅から衣装を運び込ませていた。片やホープも、今朝念入りにブラッシングをしてあげているので、全身がピカピカのキラキラだ。
 つまり拝みたくなるような、綺麗な画ずらなのだ。

 陛下も、美しいな、と言ったまま二人をしばし眺めている。
 謁見室の中が、絵画の鑑賞会場の様な雰囲気になっている。気がそれた所で、本題を持ち出した。

「陛下。ジョナサンの衰弱した体を、神獣様の力が少しずつ回復させております。神獣様はまだ完全に復活しているわけではなく、そのお力の何割かしか使えておられないようです。それでも、漏れ出たお力が、彼の弱った足や喉を回復させていく様を見ております。この力が、王太子殿下のお役に立てばと、祈るような気持ちでここまではせ参じました。どうか試すことをお許しください」

 突然に場の雰囲気が緊張した。

「王太子の事は、ハント伯爵から伝えられたようだな。肺の病にも、ユニコーン殿の力は及ぶのだろうか」

「わかりません。でも試してみる価値はあります」

「ユニコーン殿に害意はなさそうに見えるが、ご自身が何者であるかもわわらない状態で、王太子の治療をお任せするのは不安がある」

 不安だからと言って、何もせずにジェフリー殿下が回復するなら、それに越したことは無い。だが、それが危ぶまれるから、こうして無理をして、私達がここにやって来たのだ。
 私は内心イラついて、それが顔に出そうなのを抑える。
 希望があるのだから、くだくだと言っていないで、試してみればいいではないか、と思う。

「ぜひ試してみてください。私からお願いします。治療の場には、私達と神官と医師が同席します」

 今まで黙り通していた王妃様が、スパッと決定した。以前から感じていたことだが、王妃様の方が決断力に優れ、肝も据わっている。
 王が慌てたように王妃を見てから、こちらに向き直ったので、私は微笑んで見せてから、ゆっくりとお辞儀を返した。
 
「ご同意いただきありがとうございます。神獣様にお願いをしてさっそく治療に当たります」


 そのまますぐに、私達三人とホープ、王夫妻と神官とで、ジェフリー殿下の部屋を訪ねた。
 久しぶりにお会いするジェフリー殿下は、やせ細っていて顔は青白くなっている。その傍らに、口元を布で隠した医者が立って、脈を取っている。

「どうですか」

 王妃が尋ねる。

「あまりよろしくありません。食事量が減って体力が落ちています。咳がひどく、そのため更にお体が弱ってしまいます」

 ホープがとことことベッドに近寄って行った。そして顔をのぞきこんだ。

「神獣様、この方の病を癒していただけないでしょうか。お力をお貸しください」

 私は、ジェフリー殿下の様子にショックを受けていた。ここまで弱っているとは思わなかったのだ。それで手を組んで真剣にホープに願いを述べた。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】家族に愛されなかった辺境伯の娘は、敵国の堅物公爵閣下に攫われ真実の愛を知る

水月音子
恋愛
辺境を守るティフマ城の城主の娘であるマリアーナは、戦の代償として隣国の敵将アルベルトにその身を差し出した。 婚約者である第四王子と、父親である城主が犯した国境侵犯という罪を、自分の命でもって償うためだ。 だが―― 「マリアーナ嬢を我が国に迎え入れ、現国王の甥である私、アルベルト・ルーベンソンの妻とする」 そう宣言されてマリアーナは隣国へと攫われる。 しかし、ルーベンソン公爵邸にて差し出された婚約契約書にある一文に疑念を覚える。 『婚約期間中あるいは婚姻後、子をもうけた場合、性別を問わず健康な子であれば、婚約もしくは結婚の継続の自由を委ねる』 さらには家庭教師から“精霊姫”の話を聞き、アルベルトの側近であるフランからも詳細を聞き出すと、自分の置かれた状況を理解する。 かつて自国が攫った“精霊姫”の血を継ぐマリアーナ。 そのマリアーナが子供を産めば、自分はもうこの国にとって必要ない存在のだ、と。 そうであれば、早く子を産んで身を引こう――。 そんなマリアーナの思いに気づかないアルベルトは、「婚約中に子を産み、自国へ戻りたい。結婚して公爵様の経歴に傷をつける必要はない」との彼女の言葉に激昂する。 アルベルトはアルベルトで、マリアーナの知らないところで実はずっと昔から、彼女を妻にすると決めていた。 ふたりは互いの立場からすれ違いつつも、少しずつ心を通わせていく。

笑い方を忘れた令嬢

Blue
恋愛
 お母様が天国へと旅立ってから10年の月日が流れた。大好きなお父様と二人で過ごす日々に突然終止符が打たれる。突然やって来た新しい家族。病で倒れてしまったお父様。私を嫌な目つきで見てくる伯父様。どうしたらいいの?誰か、助けて。

【完】嫁き遅れの伯爵令嬢は逃げられ公爵に熱愛される

えとう蜜夏
恋愛
 リリエラは母を亡くし弟の養育や領地の執務の手伝いをしていて貴族令嬢としての適齢期をやや逃してしまっていた。ところが弟の成人と婚約を機に家を追い出されることになり、住み込みの働き口を探していたところ教会のシスターから公爵との契約婚を勧められた。  お相手は公爵家当主となったばかりで、さらに彼は婚約者に立て続けに逃げられるといういわくつきの物件だったのだ。  少し辛辣なところがあるもののお人好しでお節介なリリエラに公爵も心惹かれていて……。  22.4.7女性向けホットランキングに入っておりました。ありがとうございます 22.4.9.9位,4.10.5位,4.11.3位,4.12.2位  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

邪魔者はどちらでしょう?

風見ゆうみ
恋愛
レモンズ侯爵家の長女である私は、幼い頃に母が私を捨てて駆け落ちしたということで、父や継母、連れ子の弟と腹違いの妹に使用人扱いされていた。 私の境遇に同情してくれる使用人が多く、メゲずに私なりに楽しい日々を過ごしていた。 ある日、そんな私に婚約者ができる。 相手は遊び人で有名な侯爵家の次男だった。 初顔合わせの日、婚約者になったボルバー・ズラン侯爵令息は、彼の恋人だという隣国の公爵夫人を連れてきた。 そこで、私は第二王子のセナ殿下と出会う。 その日から、私の生活は一変して―― ※過去作の改稿版になります。 ※ラブコメパートとシリアスパートが混在します。 ※独特の異世界の世界観で、ご都合主義です。 ※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。

姉が年々面倒になっていくのを弟と押し付けあっていたのですが、手に負えない厄介者は他にいたようです

珠宮さくら
恋愛
伯爵家に生まれたシュリティ・アガルワルには、姉と弟がいた。両親は、3人の子供たちに興味がなく、自分たちの好きなことをしているような人たちだった。 そんな両親と違い、姉は弟妹たちに何かと外の話をしてくれていたのだが、それがこんなことになるとは思いもしなかった。

婚約破棄され家を出た傷心令嬢は辺境伯に拾われ溺愛されるそうです 〜今更謝っても、もう遅いですよ?〜

八代奏多
恋愛
「フィーナ、すまないが貴女との婚約を破棄させてもらう」  侯爵令嬢のフィーナ・アストリアがパーティー中に婚約者のクラウス王太子から告げられたのはそんな言葉だった。  その王太子は隣に寄り添う公爵令嬢に愛おしげな視線を向けていて、フィーナが捨てられたのは明らかだった。  フィーナは失意してパーティー会場から逃げるように抜け出す。  そして、婚約破棄されてしまった自分のせいで家族に迷惑がかからないように侯爵家当主の父に勘当するようにお願いした。  そうして身分を捨てたフィーナは生活費を稼ぐために魔法技術が発達していない隣国に渡ろうとするも、道中で魔物に襲われて意識を失ってしまう。  死にたくないと思いながら目を開けると、若い男に助け出されていて…… ※小説家になろう様・カクヨム様でも公開しております。

第12回ネット小説大賞コミック部門入賞・コミカライズ化企画進行中「妹に全てを奪われた元最高聖女は隣国の皇太子に溺愛される」完結

まほりろ
恋愛
第12回ネット小説大賞コミック部門入賞・コミカライズ企画進行中。 コミカライズ化がスタートしましたらこちらの作品は非公開にします。 部屋にこもって絵ばかり描いていた私は、聖女の仕事を果たさない役立たずとして、王太子殿下に婚約破棄を言い渡されました。 絵を描くことは国王陛下の許可を得ていましたし、国中に結界を張る仕事はきちんとこなしていたのですが……。 王太子殿下は私の話に聞く耳を持たず、腹違い妹のミラに最高聖女の地位を与え、自身の婚約者になさいました。 最高聖女の地位を追われ無一文で追い出された私は、幼なじみを頼り海を越えて隣国へ。 私の描いた絵には神や精霊の加護が宿るようで、ハルシュタイン国は私の描いた絵の力で発展したようなのです。 えっ? 私がいなくなって精霊の加護がなくなった? 妹のミラでは魔力量が足りなくて国中に結界を張れない? 私は隣国の皇太子様に溺愛されているので今更そんなこと言われても困ります。 というより海が荒れて祖国との国交が途絶えたので、祖国が危機的状況にあることすら知りません。 小説家になろう、アルファポリス、pixivに投稿しています。 「Copyright(C)2021-九十九沢まほろ」 表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 小説家になろうランキング、異世界恋愛/日間2位、日間総合2位。週間総合3位。 pixivオリジナル小説ウィークリーランキング5位に入った小説です。 【改稿版について】   コミカライズ化にあたり、作中の矛盾点などを修正しようと思い全文改稿しました。  ですが……改稿する必要はなかったようです。   おそらくコミカライズの「原作」は、改稿前のものになるんじゃないのかなぁ………多分。その辺良くわかりません。  なので、改稿版と差し替えではなく、改稿前のデータと、改稿後のデータを分けて投稿します。  小説家になろうさんに問い合わせたところ、改稿版をアップすることは問題ないようです。  よろしければこちらも読んでいただければ幸いです。   ※改稿版は以下の3人の名前を変更しています。 ・一人目(ヒロイン) ✕リーゼロッテ・ニクラス(変更前) ◯リアーナ・ニクラス(変更後) ・二人目(鍛冶屋) ✕デリー(変更前) ◯ドミニク(変更後) ・三人目(お針子) ✕ゲレ(変更前) ◯ゲルダ(変更後) ※下記二人の一人称を変更 へーウィットの一人称→✕僕◯俺 アルドリックの一人称→✕私◯僕 ※コミカライズ化がスタートする前に規約に従いこちらの先品は削除します。

見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ

しおしお
恋愛
四歳で婚約破棄された“天才幼女”―― 今や、彼女を妻にしたいと王子が三人。 そして隣国の国王まで参戦!? 史上最大の婿取り争奪戦が始まる。 リュミエール王国の公爵令嬢セリカ・ディオールは、幼い頃に王家から婚約破棄された。 理由はただひとつ。 > 「幼すぎて才能がない」 ――だが、それは歴史に残る大失策となる。 成長したセリカは、領地を空前の繁栄へ導いた“天才”として王国中から称賛される存在に。 灌漑改革、交易路の再建、魔物被害の根絶…… 彼女の功績は、王族すら遠く及ばないほど。 その名声を聞きつけ、王家はざわついた。 「セリカに婿を取らせる」 父であるディオール公爵がそう発表した瞬間―― なんと、三人の王子が同時に立候補。 ・冷静沈着な第一王子アコード ・誠実温和な第二王子セドリック ・策略家で負けず嫌いの第三王子シビック 王宮は“セリカ争奪戦”の様相を呈し、 王子たちは互いの足を引っ張り合う始末。 しかし、混乱は国内だけでは終わらなかった。 セリカの名声は国境を越え、 ついには隣国の―― 国王まで本人と結婚したいと求婚してくる。 「天才で可愛くて領地ごと嫁げる?  そんな逸材、逃す手はない!」 国家の威信を賭けた婿争奪戦は、ついに“国VS国”の大騒動へ。 当の本人であるセリカはというと―― 「わたし、お嫁に行くより……お昼寝のほうが好きなんですの」 王家が焦り、隣国がざわめき、世界が動く。 しかしセリカだけはマイペースにスイーツを作り、お昼寝し、領地を救い続ける。 これは―― 婚約破棄された天才令嬢が、 王国どころか国家間の争奪戦を巻き起こしながら 自由奔放に世界を変えてしまう物語。

処理中です...