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第五章 神獣
王都にて3
しおりを挟む王宮では訪問を告げると、直接謁見室に案内された。待ち時間ゼロは、ユーリ様の婚約者だった時代でも無かった。大抵は控室に案内され、しばらく待つことになる。よほど、この件を重要視しているのだろう。
最初に私が、お父様とジョナサンの代理として挨拶をした。それに続いてトーマス様の婚約者になったことと、認めていただいた感謝の言葉を述べた。
その後で、トーマス様とロイがご挨拶をした。ここまでの間、陛下は黙って聞いていた。婚約に関しては、一言も触れないが、これで解決したと思いたい。
「リディア、顔をよく見せておくれ」
顔を上げると、陛下は私の全身を不躾に眺め回した。少し顔を顰めたのは、どういう意味だろう。横に座る王妃様も、黙って私をじっと見ている。
「ジョナサンという男の力を預かってきたと、手紙に書かれているが、どうやってだね」
私は首に掛けていたクロスを外し、掲げて見せた。
「このクロスに、神獣様とジョナサンの力を込めてあります。ほんの一時的にですが、これで私が神獣様の言葉を聞くことができます」
ここで、クロスの方を強調しておいた。これを取り上げられる可能性を考えての事だ。念のために、似たような水色の玉のチャームも用意してきている。
陛下がやって見せてくれと言うので、私少し大げさなくらいにクロスに念を込めて、神獣様、お姿をお見せください、と何回か唱えた。
するとまた少し大きくなったホープが、フワッと姿を現し、私の前をカツカツと歩いて横に立った。
そして気軽な調子で、ここどこ? と聞いてくる。
「ここは王宮です。ユニコーン様」
「リディア、喋り方が変だよ。面白いけどさ。あの間抜けな顔の男が王様なのかあ。やる気でない」
他の人には聞こえないからいいけど、緊張している私は、下手にツボにはまったら大変なことになる。キッと眉を寄せて、唇を噛んだ。
「これが神獣か。綺麗な馬だが、どういった力を持っているんだ」
「復活したばかりで、まだ記憶が戻っていないため、自身のこともわからないそうです。女性を好むようなので、私たちはユニコーンでは、と考えています」
陛下がホープに、こちらにおいでと声を掛けたが、ホープは無視している。
陛下は神獣が自分に従うと思ったようだが、それはありえない。記憶を失っていても、幼く見えても神の眷属だ。それに、多分、神様は気まぐれなのだと思う。
陛下は咳払いをして、バツの悪さをごまかした。
「では仮にだが、ユニコーン殿と呼ぶことにしよう。彼はこの国に住んでいるのだろうか」
そういう風に考えたことがなかったので、虚を突かれた。そう……なのだろうかとホープに聞いてみた。
「ここに何かがあって、姿を現していたのだと思うよ。今はリディアがいるから居るだけ。本来の居場所は天界だった、かな?」
相変わらず曖昧な話だ。私は陛下に通訳して聞かせた。
「天界に普段は住んでいたけど、何かがあって、ここに来ていたと思う、と仰っています」
ほう、とあごを撫でながら、ギラつく目でホープを見ている。ホープは嫌そうに私の後ろに回り、ロイの背中に首をこすりつけた。
私が声を出して、何をなさっているのですか、と聞くと、かゆいんだとホープが答えた。
「ロイ様、神獣様が首が痒いと仰っています」
ロイは、苦笑しながらホープの首をかいてやった。男性は嫌いなようだけど、ロイには友好的なのだ。単に綺麗な物が好きなだけなのだろうか。
ロイとホープは同じような銀色の髪をしていて、寄り添うと絵になる。
ホープがもっと優しくしてよと文句を言い、ロイは甘えすぎだぞと返している。
ホープにしたら、単に下僕として仕えさせてやる、程度の扱いかもしれない。そして、ロイはなぜか言葉は聞こえなくても、ホープの言いたいことはわかるようだ。これは仲が良いということだろうか。
離れて見ている人達からしたら、とても見ごたえのある光景だろう。私も、部屋の壁沿いに立っている、重臣たちの位置から見たい、と一瞬思った。
なぜなら今日のロイは、ことさら華やかに装っていて、美麗な貴公子そのものなのだ。陛下や重臣たちの気を散らさせるために、目を惹く装いをすると言って、自宅から衣装を運び込ませていた。片やホープも、今朝念入りにブラッシングをしてあげているので、全身がピカピカのキラキラだ。
つまり拝みたくなるような、綺麗な画ずらなのだ。
陛下も、美しいな、と言ったまま二人をしばし眺めている。
謁見室の中が、絵画の鑑賞会場の様な雰囲気になっている。気がそれた所で、本題を持ち出した。
「陛下。ジョナサンの衰弱した体を、神獣様の力が少しずつ回復させております。神獣様はまだ完全に復活しているわけではなく、そのお力の何割かしか使えておられないようです。それでも、漏れ出たお力が、彼の弱った足や喉を回復させていく様を見ております。この力が、王太子殿下のお役に立てばと、祈るような気持ちでここまではせ参じました。どうか試すことをお許しください」
突然に場の雰囲気が緊張した。
「王太子の事は、ハント伯爵から伝えられたようだな。肺の病にも、ユニコーン殿の力は及ぶのだろうか」
「わかりません。でも試してみる価値はあります」
「ユニコーン殿に害意はなさそうに見えるが、ご自身が何者であるかもわわらない状態で、王太子の治療をお任せするのは不安がある」
不安だからと言って、何もせずにジェフリー殿下が回復するなら、それに越したことは無い。だが、それが危ぶまれるから、こうして無理をして、私達がここにやって来たのだ。
私は内心イラついて、それが顔に出そうなのを抑える。
希望があるのだから、くだくだと言っていないで、試してみればいいではないか、と思う。
「ぜひ試してみてください。私からお願いします。治療の場には、私達と神官と医師が同席します」
今まで黙り通していた王妃様が、スパッと決定した。以前から感じていたことだが、王妃様の方が決断力に優れ、肝も据わっている。
王が慌てたように王妃を見てから、こちらに向き直ったので、私は微笑んで見せてから、ゆっくりとお辞儀を返した。
「ご同意いただきありがとうございます。神獣様にお願いをしてさっそく治療に当たります」
そのまますぐに、私達三人とホープ、王夫妻と神官とで、ジェフリー殿下の部屋を訪ねた。
久しぶりにお会いするジェフリー殿下は、やせ細っていて顔は青白くなっている。その傍らに、口元を布で隠した医者が立って、脈を取っている。
「どうですか」
王妃が尋ねる。
「あまりよろしくありません。食事量が減って体力が落ちています。咳がひどく、そのため更にお体が弱ってしまいます」
ホープがとことことベッドに近寄って行った。そして顔をのぞきこんだ。
「神獣様、この方の病を癒していただけないでしょうか。お力をお貸しください」
私は、ジェフリー殿下の様子にショックを受けていた。ここまで弱っているとは思わなかったのだ。それで手を組んで真剣にホープに願いを述べた。
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