毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第二十二章 コーラル〜海の人形〜

第471話 メッセンジャー

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 庭園に倒れ込んだ鯨の口から、炎と白煙が溢れている。
 まるでパレードの巨大人形の演出。機械仕掛けのドラゴンが、火を吹いているかのようだ。

「うわぁ! ウミヘビ凄いですね、マイク上官!」

 その光景を見て、ビリーはガスマスクの下の目を輝かせ、機関銃で足元の魚を蜂の巣にしながら叫んだ。

「こっちはちっこいの捌くのに手一杯なのに! と言うかあんな強力な技があるなら、民間人の避難が終わった辺りで使えばよかったんじゃないですかね!? あ、感染者凍らすのに不都合だったとか!?」
「そう単純な話じゃないぞ、ビリー」

 興奮するビリーを制したのは、同じくガスマスクを装着したマイクだ。

「白リン弾はその毒性の強さと燃焼持続性から、軍事使用が厳しく制限されている非人道的な兵器だ。しかもここは市街地。平時ならばこんな場所で撃つのは本来あり得ない」

 彼は毒が仕込まれた軍刀で魚を斬り付けながら、淡々と説明を続ける。

「そして待ち受けているのは後始末の無間地獄。クスシは中和作業、俺達は消火作業だな。万が一、白燐が皮膚に付着すれば骨まで一気に燃焼する。立ち込めている煙も当然、有毒だ。吸い込めば真っ先に肺がやられる。充分に気を付けろよ?」
「こ、怖い……! ウミヘビやっぱ怖い……!」

 ウミヘビの毒素の危険性を思い知り、ビリーは震え上がった。
 ちなみに鯨の外郭へ白リン弾を撃ち込んでも、効果は変わらない。寧ろ酸素が豊富な分、より激しく燃えた事だろう。
 だからこそ、硫黄はわざわざ鯨の口をこじ開け、体内へ直接撃ち込んだ。そうすれば燃焼の広がりを抑え、白煙の拡散も幾分かコントロールできるからだ。
 尤も後始末の過酷さに関しては、どこに撃ち込もうが誤差もいいところだが。

(……輸血剤、足りっかな……)

 空に浮かぶアイギスの上で。
 白リン弾が撃ち込まれる一部始終を見守っていたフリーデンは、中和の為にアイギスを酷使する事になる――つまり血を大量に供給する未来が見え、マスクの下で遠い目をしたのだった。

 ◇

(残念。タイムリミットか)

 菌床を伝い、鯨が内側から焼かれていくのを感じ取ったコーラルは、引き際を察した。
 そもそもミシェルの側にトルエンを伏兵として配置されていた時点で、詰みであった。
 彼を倒すのも、この場に留まり策を練るのも悪手だ。どう転んでも毒素の取り込みを避けられない。結局は遭遇した時点で逃走一択が正解だったのだ。それどころか逡巡する隙を与えられた事で、まんまと弱体化させられた。
 即死を狙える程に強い毒素を持つウミヘビならば、迷わずに済んだというに。

(結局、『予備』を使う事になってしまうね。口惜しい)

 脳の萎縮という弱体化を解消するには、やはり他者と融合し乗っ取る他ない。マーキングよりも早急に解消すべき問題。
 けれど一度、融合してしまえば、再び融合できるようになるまで2、3年の時を要する。

(でも、仕方ない)

 べしゃり
 コーラルの泥状の身体が菌床の上に叩き付けられ、飛散し、吸収されていく。
 そしてその場から、離脱をした。

(――宝石は、手に入ったのだし)

 ガンッ!
 泥が散った菌床の上を、トルエンがメイスで叩き付ける。
 叩き付けられた菌床は砕け、菌糸の欠片が散り、ややあって赤黒く変色し、灰となって消えた。

「ありゃ。逃げられちゃったかな?」

 肩の力を抜き、メイスを指先でくるくると回しながら、不満気に言うトルエン。
 念の為、ミシェルの周囲の菌床も砕いてみると、何の抵抗もなく毒素が注がれ赤黒く変色した。著しく耐久性が落ちている所から、コーラルがこの場からいなくなったのは確かなようだ。
 そう判断したところで、ミシェルが口を開いた。

「問い掛ける」

 メイスの柄を肩に置き一息ついたトルエンへ向け、硬い声で。

の元に来た理由を述べよ」
「それ、仕込み杖かい?」

 がしかし、トルエンはミシェルの問い掛けを無視し、ミシェルの持つステッキへ視線を投げる。
 ミシェルの手がぎちりと音を立てて震えた。ステッキを握る指に、明らかな力が籠っている。――図星だ。

「大方、剣でも入っているのかな? 毒をたーっぷり塗り込んだ剣を、ね?」

 ミシェルは答えない。無言のままだ。
 だがそれこそが肯定。トルエンの口元が、にやりと歪んだ。

「ミシェルちゃんは教祖と刺し違える気でいた。って言うのが、うちの所長の『予言』だけど、どうかな? 当たってる?」
「……そう読んだのならば、何故なにゆえに介入をした」

 明るいトルエンの声とは対照的に、ミシェルは変わらず硬い声で話す。

「かの接触は、を処分する千載一遇の機会であった。融合と同時に、己が脳を貫く。さすれば地上に厄災は訪れずに済んだ」

 そこにあるのは、自死の覚悟。
 ミシェルは教祖コーラルの『融合』の能力を知る数少ない人物であり、コーラルが定期的に身体を乗り換えている事も把握していた。
 その情報はオフィウクス・ラボの所長の元にも届いて――と言うよりも、それを最初に突き止めた人物こそが所長であり、ミシェルは彼の情報を共有したからこそ存知していた。
 加えて、先月。
 ウミヘビによるペガサス教団本部への奇襲。マーキングの成功。訊いてもいないのに報せてきた、所長の報告。そこから導き出されるのは、コーラルが自分の身体を奪いに来る未来だ。
 ならば、それを“機”と見做さない手はない。
 融合されたその刹那、意識のあるうちに己が脳を突き刺す。全てを道連れに。
 ミシェルはそれを果たす為だけに、ドイツを訪れていた。

「『成功率の低い賭けに出るのは、君らしくない』。って、所長から伝言メッセージ

 張り詰めた空気の中、トルエンは軽やかに言葉を挟む。
 次いで彼は白衣のポケットに手を突っ込み、がさごそと何かを取り出した。

「『降臨が近いから焦るのはわかるけど』、とも言ってたね。詳しくはこれ読んで?」

 それは封蝋で閉じられた一通の封筒であった。
 赤い蝋には『P』の印璽いんじ――所長の名の、イニシャルが刻まれている。

「色々書いてあると思うけど、所長はミシェルちゃんにされるのが嫌なのが本当の所だと思……」
「ミシェル会長、ここに居られましたか」
「ワオ。もうお迎え来ちゃった」

 裏門の方から、アルファベットの『A』の紋章を付けた軍人達がやって来る。アダムス直属の私兵部隊だ。
 先に派遣された部隊が戻ってこない。つまりミシェルの連行が完了していない事に業を煮やし、アダムスが増援を差し向けたのだろう。
 しかしその先に待ち受けているのは、護送という名の拘束。コーラルをやり過ごせたたとして、自身には自由がない。その未来を、ミシェルは知っている。

「問い掛ける」

 その前に、と。再びトルエンへ向き直るミシェル。

「え? まだ何か訊きたい事があるの?」
「数多いる海蛇の中でも、汝を予の元に遣わせた理由を述べよ」
「あぁ、それ~?」

 それに対しトルエンは軽薄に笑うと、

「ミシェルちゃん、好きだからトルエンがぴったりでしょ? ってさ」

 あっけらかんと答えた。
 トルエン。砂糖の数百倍の甘味を持つ、人工甘味料サッカリンの原料で、紛うとこなき『甘い物』である。
 そして所長の言う通り、ミシェルは――甘味好きであった。

「……あの阿呆」

 あまりの選出理由の浅さと、そこはかとない嫌がらせの気配を感じ取ったミシェルは、威厳も含みも投げ捨て、この場にいない奇人宛てに、率直で正直な悪態を吐いたのだった。
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