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第二十二章 コーラル〜海の人形〜
第472話 ほうき星
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西暦2320年。11月1日。15時13分。
ドイツの首都、ベルリン中心部。
燃え盛る鯨状の『珊瑚』は赤黒く変色し、沈黙。同時に菌床の死滅を確認。感染者の凍結及びコールドスリープ処置も終了。
白リン弾使用による汚染の除去、消火作業、負傷者の救助活動は依然と続いているが、ドイツ感染病棟内で巻き起こった災害は一旦の終息を迎えた。
現時点で判明している死傷者は、西棟に入院していた患者に勤務スタッフ、庭園に配属されていた警備兵を合わせ279名、という凄惨な結果となった。その中の三分の一がコールドスリープ処置を受け、更にその内の三分の一に当たる人数が――死者数となる見込みだ。
これを「対策の失敗」と見るか、「この程度で済んだ」と見るか、は今後の世論と国連上層部の議会によって定まる事だろう。
尤も現地にいる医師達は今後の事など目もくれず、目の前の救える命を助ける事に奔走していた。
菌床によって阻まれていた外部との連携、病棟への搬入が可能となった今、臨時医療施設となっていた講演ホールの内部、多目的ホールは絶え間なく人が行き来をしていた。
ストレッチャーで運ばれる者もいれば、動かすのが難しいからと、手術道具と無菌テントを持ち込みその場で手術を受ける者もいる。
鎮静化が進みつつある外の災害現場とは対照的に、非常に慌ただしい状況だ。
「フリッツ、大事ないか」
そんな人の波をかき分けるようにして、荒い足取りで壇上の手前、フリッツの元に来たのはユストゥスであった。
災害の対処中、講演ホール内を様子が全くわからなかった為、頭の片隅で一人残したフリッツが無事なのか否か、気が気ではなかった。
「僕は平気だよ。ユストゥス達が頑張ってくれたから、ホールの皆んなも無事だ。兵隊さん達は……助けきれなかった人も、いるのだけれど」
ぎゅっと白衣の裾を握り締め、沈んだ声で言うフリッツ。
悔しさと、自責の念を滲ませて。
それを見たユストゥスは彼の肩に手を置き、
「それは私も同じだ。しかし助けられた命も、確かにあっただろう? 人の命は足し引きするものではないが、助けられた命にまで、顔を俯かせる事はない」
そう慰めた。
「……ユストゥス。ありがとう」
フリッツの声音に、明るさが少し戻る。
「君達の方こそ、大丈夫だったかい? 何度も爆発音が聞こえたし、揺れも凄かった。兵隊さん達もあんなに傷付いて……」
「幸い、と言っていいのかはわからないが、私達クスシとウミヘビの損害はない。……いや、違う。一つ訂正をする」
「訂正?」
「……パウルが」
左足を失った。
ユストゥスはそう、静かに告げた。フリッツのマスクの下の瞳が揺れる。
「それ、は、ステージ6の手で……?」
「いいや、自傷によってだ。だが間接的な原因はステージ6に違いはない」
「どういう事だい? 順を追って話して欲しいな」
「柴三郎がステージ6の襲撃で致命傷を負った。その命を繋ぎ止める為に、パウルはアイギスに左足一本分の血液を支え、宿主ではない柴三郎に、治癒を施したという話だ」
講演ホールに姿を現さなかった、柴三郎。
思い返してみれば、柴三郎の行方を知るエミールは「避難できた」と話していたが……無傷とは、一言も言っていなかった。パウルの事も、どこかはぐらかしていた。
彼は感情を押し殺して、救命活動を続けていたという事だ。
「しかしそれでも、アイギスが宿主以外の人間へ施せる治癒には限界がある。止血は叶い即死は免れたそうだが、予断は許されない状況で、今は集中治療室(ICU)で監視体制が敷かれているとの事だ」
「……柴三郎院長がそんな状態って事は、一緒に居たっていうロベルト院長も、無事じゃないって事かな……?」
「ロベルトは、」
話しかけて、ぐっと、ユストゥスは口を固く結ぶ。
「すまない。ここで話せば、混乱を招く。後で、説明させて貰う」
「……そう。わかったよ、ユストゥス」
きっとフリッツが想像するよりも悪い状況なのだろう。
重苦しい空気を纏うユストゥスの様子から察したフリッツは、マスクの下の目を伏せた。
「ユストゥス先生~っ!」
そこに、ぱたぱたと足音を立ててクロロホルムがやって来る。そしてずっと会えなかったユストゥスの白衣をきゅっと摘んだ。もう離れたくない、と言わんばかりに。
実の所、クロロホルムは医療キットの配給を終えた辺りでユストゥスと合流したかったのだが、自身の毒素の麻酔効果に目を付けられ、ホールの医師達に呼ばれ続け今の今まで毒素注入に奔走させられていたのだ。
外部提携が取れるようになり、ようやく解放された形になる。
「ご無事でよかったです! 僕ずっと麻酔係させられてしまっていて、駆け付けられず、すみませんでした~っ!」
「謝る事はない。よくやった、クロロホルム」
ユストゥスは柔らかい声音で称賛すると、クロロホルムの頭を撫でた。
ぴゃあと、甲高い声を出して軽く飛び跳ねてしまうクロロホルム。
「あ、いいなーっ」
その様子を見ていたカルバミドが、フリッツの後ろからひょっこり顔を出し、フリッツに向け自分も撫でて欲しいとぐりぐり頭を押し付けた。
「フリッツ先生ーっ! 僕も凍結頑張りましたので、褒めて欲しいですーっ!」
「うん。カルバミドもすごーく頑張ってくれたよ。ここが落ち着いてアバトンに戻ったら、ご褒美もあげなくっちゃね」
「やったーっ! 嬉しいですーっ!」
要望通り撫でてくれた上に、ご褒美の約束も交わせて、カルバミドは満面の笑みを浮かべる。
「ホールでも冷弾を使用したんだな。そして麻酔も、となると、クロロメタンはさぞ忙しかっただろう。奴はどちらもこなせるからな」
「いや、クロロメタンは麻酔の方に集中していたよ。クロロホルムと一緒に、ホールの彼方此方に……うん、あれ?」
周囲を見渡し、話に出たクロロメタンへ視線を向けようとして、フリッツは首を傾げた。
クロロメタンの姿が、ない。多目的ホールの何処にも。
幾ら人がごった返していると言っても、クロロメタンは浮世離れした美貌を持つウミヘビ。見落とす事などあり得ない。
「い、いない!? 嘘っ!?」
「何っ!?」
ウミヘビが行方不明となっている事態に気付いたフリッツとユストゥスの2人は、慌てて携帯端末で連絡を試みる。
通信障害が回復した今、電波は問題なく繋がり、クロロメタン本人もまた普通に応答に出てくれた。
「クロロメタン! 良かった、今どこに居るんだい!? フリーデンくんか、パウルくんの元ならいいんだけど……っ!」
『そう立ち騒ぐ事はない。我は今、星の乙女と共にいるゆえ』
「星の乙女? 誰だ、それは」
「星の乙女……」
クロロメタンがそう呼称する人物を、フリッツは知っている。
何せ目の前でそう呼んでいたのだから。
「……もしかして、クララ院長と一緒にいるのかい?」
『左様』
即答。
クロロメタンは宇宙とそこで輝く星々を愛するウミヘビ。そしてクララのフェイスマスクには、五角星がデザインされている。そのデザインにつられ、ついて行ってしまったのだろう。
フリッツは脱力した。
「それならそれで、いいけれど……」
いや良くないのでは? ユストゥスはそう思ったが、話を遮っては悪いとグッと堪えた。
「許可もなくクスシの目の届かない場所に行ってはいけないよ。直ぐに戻っておいで」
『その事なのだが、どうも不可逆となってしまった』
「……え? 何? どういう事だい?」
『星の乙女の輝きを見届けようとしたら、彼女はほうき星だったようでな。尾に巻き込まれてしまった。なかなか愉快ではあるが。ははは』
「いや笑っている場合じゃないよ、クロロメタン!? ちゃんと説明して!?」
『簡潔に言うと国連の装甲車に一緒に乗せられてしまった。下車は不可との事。手続き等をすれば降りられるかもしれぬが、我はその手の事はてんで』
『そこ。車内での通話は禁止されています』
『あ、』
ぷつん
機械的な声が介入したかと思えば、クロロメタンの通話は切れてしまった。
何が何だかわからないながらも、フリッツは携帯端末を操作し、クロロメタンのGPSを探る。
そしてベルリンの外に出た所で追跡が途絶えている事を知り、額に手を当て天を仰いだのだった。
ドイツの首都、ベルリン中心部。
燃え盛る鯨状の『珊瑚』は赤黒く変色し、沈黙。同時に菌床の死滅を確認。感染者の凍結及びコールドスリープ処置も終了。
白リン弾使用による汚染の除去、消火作業、負傷者の救助活動は依然と続いているが、ドイツ感染病棟内で巻き起こった災害は一旦の終息を迎えた。
現時点で判明している死傷者は、西棟に入院していた患者に勤務スタッフ、庭園に配属されていた警備兵を合わせ279名、という凄惨な結果となった。その中の三分の一がコールドスリープ処置を受け、更にその内の三分の一に当たる人数が――死者数となる見込みだ。
これを「対策の失敗」と見るか、「この程度で済んだ」と見るか、は今後の世論と国連上層部の議会によって定まる事だろう。
尤も現地にいる医師達は今後の事など目もくれず、目の前の救える命を助ける事に奔走していた。
菌床によって阻まれていた外部との連携、病棟への搬入が可能となった今、臨時医療施設となっていた講演ホールの内部、多目的ホールは絶え間なく人が行き来をしていた。
ストレッチャーで運ばれる者もいれば、動かすのが難しいからと、手術道具と無菌テントを持ち込みその場で手術を受ける者もいる。
鎮静化が進みつつある外の災害現場とは対照的に、非常に慌ただしい状況だ。
「フリッツ、大事ないか」
そんな人の波をかき分けるようにして、荒い足取りで壇上の手前、フリッツの元に来たのはユストゥスであった。
災害の対処中、講演ホール内を様子が全くわからなかった為、頭の片隅で一人残したフリッツが無事なのか否か、気が気ではなかった。
「僕は平気だよ。ユストゥス達が頑張ってくれたから、ホールの皆んなも無事だ。兵隊さん達は……助けきれなかった人も、いるのだけれど」
ぎゅっと白衣の裾を握り締め、沈んだ声で言うフリッツ。
悔しさと、自責の念を滲ませて。
それを見たユストゥスは彼の肩に手を置き、
「それは私も同じだ。しかし助けられた命も、確かにあっただろう? 人の命は足し引きするものではないが、助けられた命にまで、顔を俯かせる事はない」
そう慰めた。
「……ユストゥス。ありがとう」
フリッツの声音に、明るさが少し戻る。
「君達の方こそ、大丈夫だったかい? 何度も爆発音が聞こえたし、揺れも凄かった。兵隊さん達もあんなに傷付いて……」
「幸い、と言っていいのかはわからないが、私達クスシとウミヘビの損害はない。……いや、違う。一つ訂正をする」
「訂正?」
「……パウルが」
左足を失った。
ユストゥスはそう、静かに告げた。フリッツのマスクの下の瞳が揺れる。
「それ、は、ステージ6の手で……?」
「いいや、自傷によってだ。だが間接的な原因はステージ6に違いはない」
「どういう事だい? 順を追って話して欲しいな」
「柴三郎がステージ6の襲撃で致命傷を負った。その命を繋ぎ止める為に、パウルはアイギスに左足一本分の血液を支え、宿主ではない柴三郎に、治癒を施したという話だ」
講演ホールに姿を現さなかった、柴三郎。
思い返してみれば、柴三郎の行方を知るエミールは「避難できた」と話していたが……無傷とは、一言も言っていなかった。パウルの事も、どこかはぐらかしていた。
彼は感情を押し殺して、救命活動を続けていたという事だ。
「しかしそれでも、アイギスが宿主以外の人間へ施せる治癒には限界がある。止血は叶い即死は免れたそうだが、予断は許されない状況で、今は集中治療室(ICU)で監視体制が敷かれているとの事だ」
「……柴三郎院長がそんな状態って事は、一緒に居たっていうロベルト院長も、無事じゃないって事かな……?」
「ロベルトは、」
話しかけて、ぐっと、ユストゥスは口を固く結ぶ。
「すまない。ここで話せば、混乱を招く。後で、説明させて貰う」
「……そう。わかったよ、ユストゥス」
きっとフリッツが想像するよりも悪い状況なのだろう。
重苦しい空気を纏うユストゥスの様子から察したフリッツは、マスクの下の目を伏せた。
「ユストゥス先生~っ!」
そこに、ぱたぱたと足音を立ててクロロホルムがやって来る。そしてずっと会えなかったユストゥスの白衣をきゅっと摘んだ。もう離れたくない、と言わんばかりに。
実の所、クロロホルムは医療キットの配給を終えた辺りでユストゥスと合流したかったのだが、自身の毒素の麻酔効果に目を付けられ、ホールの医師達に呼ばれ続け今の今まで毒素注入に奔走させられていたのだ。
外部提携が取れるようになり、ようやく解放された形になる。
「ご無事でよかったです! 僕ずっと麻酔係させられてしまっていて、駆け付けられず、すみませんでした~っ!」
「謝る事はない。よくやった、クロロホルム」
ユストゥスは柔らかい声音で称賛すると、クロロホルムの頭を撫でた。
ぴゃあと、甲高い声を出して軽く飛び跳ねてしまうクロロホルム。
「あ、いいなーっ」
その様子を見ていたカルバミドが、フリッツの後ろからひょっこり顔を出し、フリッツに向け自分も撫でて欲しいとぐりぐり頭を押し付けた。
「フリッツ先生ーっ! 僕も凍結頑張りましたので、褒めて欲しいですーっ!」
「うん。カルバミドもすごーく頑張ってくれたよ。ここが落ち着いてアバトンに戻ったら、ご褒美もあげなくっちゃね」
「やったーっ! 嬉しいですーっ!」
要望通り撫でてくれた上に、ご褒美の約束も交わせて、カルバミドは満面の笑みを浮かべる。
「ホールでも冷弾を使用したんだな。そして麻酔も、となると、クロロメタンはさぞ忙しかっただろう。奴はどちらもこなせるからな」
「いや、クロロメタンは麻酔の方に集中していたよ。クロロホルムと一緒に、ホールの彼方此方に……うん、あれ?」
周囲を見渡し、話に出たクロロメタンへ視線を向けようとして、フリッツは首を傾げた。
クロロメタンの姿が、ない。多目的ホールの何処にも。
幾ら人がごった返していると言っても、クロロメタンは浮世離れした美貌を持つウミヘビ。見落とす事などあり得ない。
「い、いない!? 嘘っ!?」
「何っ!?」
ウミヘビが行方不明となっている事態に気付いたフリッツとユストゥスの2人は、慌てて携帯端末で連絡を試みる。
通信障害が回復した今、電波は問題なく繋がり、クロロメタン本人もまた普通に応答に出てくれた。
「クロロメタン! 良かった、今どこに居るんだい!? フリーデンくんか、パウルくんの元ならいいんだけど……っ!」
『そう立ち騒ぐ事はない。我は今、星の乙女と共にいるゆえ』
「星の乙女? 誰だ、それは」
「星の乙女……」
クロロメタンがそう呼称する人物を、フリッツは知っている。
何せ目の前でそう呼んでいたのだから。
「……もしかして、クララ院長と一緒にいるのかい?」
『左様』
即答。
クロロメタンは宇宙とそこで輝く星々を愛するウミヘビ。そしてクララのフェイスマスクには、五角星がデザインされている。そのデザインにつられ、ついて行ってしまったのだろう。
フリッツは脱力した。
「それならそれで、いいけれど……」
いや良くないのでは? ユストゥスはそう思ったが、話を遮っては悪いとグッと堪えた。
「許可もなくクスシの目の届かない場所に行ってはいけないよ。直ぐに戻っておいで」
『その事なのだが、どうも不可逆となってしまった』
「……え? 何? どういう事だい?」
『星の乙女の輝きを見届けようとしたら、彼女はほうき星だったようでな。尾に巻き込まれてしまった。なかなか愉快ではあるが。ははは』
「いや笑っている場合じゃないよ、クロロメタン!? ちゃんと説明して!?」
『簡潔に言うと国連の装甲車に一緒に乗せられてしまった。下車は不可との事。手続き等をすれば降りられるかもしれぬが、我はその手の事はてんで』
『そこ。車内での通話は禁止されています』
『あ、』
ぷつん
機械的な声が介入したかと思えば、クロロメタンの通話は切れてしまった。
何が何だかわからないながらも、フリッツは携帯端末を操作し、クロロメタンのGPSを探る。
そしてベルリンの外に出た所で追跡が途絶えている事を知り、額に手を当て天を仰いだのだった。
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