毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第二十二章 コーラル〜海の人形〜

第473話 弔い

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「パウル先輩、もう休んだ方が……」
「何言ってんの。浄化作業は終わってないよ」

 その頃、庭園では、アイギスに乗ったフリーデンとパウルが空中を漂っていた。

「市街地でウミヘビを戦闘させた上に、白リン弾も使ったんだ。入念にしないと」

 正確には、漂いながらアイギスの触手から中和剤を散布し、大気汚染の浄化作業を行っていた。
 警備兵の協力もあり大方は終わっているのだが、ここは市街地。それも病棟の敷地内。しつこいぐらいに浄化するのが丁度いい、という認識は正しい。
 それはわかっているのだが、フリーデンはパウルの、欠けた左足を見てしまう度に、心が乱れ集中できなかった。

「その、パウル先輩。足、治りますよね? 人工人体で欠損部分を復元して、くっ付ければ……。アイギスの治癒能力もありますし、再生手術でちょちょいっと……」
「治らないよ」

 突き放すように、パウルが冷たく言う。
 フリーデンは返す言葉を失ったまま、視線を落とす。

「僕はアイギスに左足分の血をあげたんだ。今だけじゃない。ずっとだ。……アイギスに脳をちょっと弄って貰ってね。僕の心臓には、足がなくなる前と変わらない血液量を作らせている。つまるところ、僕の身体は“足がない状態”を前提に組み直されてるんだ。例え足をくっ付けても、血が巡らなくって壊死するだけだよ」
「そ、そこまで、してもその……助かるん、ですか?」

 ようやく絞り出したフリーデンの声には、戸惑いと祈りが入り混じっていた。
 左足と、その足一本分の血液を永続的に捧げた所で……果たして柴三郎の命は助かるのか、と。

「わからない」

 その問いに対する答えは、短く静かで、それでいて、残酷だった。

「……ねぇ、フリーデンは前に知った顔の、それも死んだ筈の人間がステージ6になったんだって?」

 唐突な話題転換。
 それが意図的なものなのか、動揺の裏返しなのかわからず、フリーデンは戸惑いがちに「はい」と答える。
 パウルは話を続けた。

「顔が同じの別人だったって話だけど、会って直ぐそうだってわかったのかい?」
「まぁ、一応……。念の為、クロールに体重の確認をさせましたけど、知性に差があったので、『あ、違う』って……」
「そう」

 するとパウルは視線を遠くに向け、

「僕はね、わからなかった」

 独り言のように、淡々と呟いた。

「砒素に話した言葉を信じるとしたら、5年前から別人だったらしいんだけど、わからなかった。わからなかったんだ、僕は、これっぽっちも」
「……パウル先輩」
「ずっとずっと、今も、わからないし、信じられないんだ。あれは、悪い夢なんじゃないかって。今日戦ったあれは、幻だったんじゃないかって。寝て起きたら全部なかった事になるんじゃないかって」
「パウル先輩」
「家族として一緒に過ごしたのに、弟子として学んできたのに、背中を見てきたのに、憧れてきたのに、誰よりも長い間、側に居たのに……っ! 僕は、僕は……!」

 次第に震えていく声。揺れる肩。溢れ出る涙。

「パウル先輩っ!」

 堪えきれず、フリーデンが叫ぶように名を呼ぶ。
 その声にパウルははっとして、唇を噛みしめたまま黙り込んだ。
 少しの沈黙の後、フリーデンは息を整え一つの提案をする。

「……墓、作りません? これが、落ち着いたら……ロベルト院長の」

 墓の下に納めるべき身体は、ないけれど。

「ステージ6になっていた以上、人としてのロベルト院長は、亡くなっています。弔って、あげましょう?」
「……うん、そうだね。エミールも、賛成してくれると思うし……そうするよ」

 故人を偲ぶのは故人の為ではなく遺族の為、とはよく言ったもので。
 パウルは俯いたまま、静かに頷いたのだった。

 ◇

「作業を中断し、直ちに多目的ホールに召集されろ」
『いきなり何を言い出すんだ』

 クロロメタンがクララの元に居ると判明して直ぐ。
 ユストゥスは携帯端末でマイクと連絡を取り、急ぎこの場に来るよう命じていた。

「黙れ。何を企んでいるのか知らないが、迅速にウミヘビを返却しろ」
『何の話だ。そもそも借りていないだろう。共同戦線は張ったが、それももう終わったんだ。作戦終了次第、ウミヘビ達は立体駐車場の屋上、そこの車の中で待機だったか。その件に関して、私は介入していないぞ?』
「シラを切るな。フリッツに聞いた所、クララ院長を守るようクロロメタンに命じたそうだな? 多目的ホール内ならばまだしも、アメリカ帰還までの期間も含まれるのは話が違ってくるぞ」
『いや、だから何の話だ!?』

 端末越しに聞こえるマイクの声は、困惑が滲んでいる。
 また音声には慌ただしい足音や喧騒が混じっており、彼が未だに災害現場で作業をしている事を窺わせた。
 少なくとも、車の中にはいない。

『私がしたのは命令ではなく、強制力のない要請だぞ!? と言うかその言い分だと、お前達のいる多目的ホールにクララ院長は居ないのか!?』
「何を言っている? 貴様らがクララ院長の護衛にとクロロメタンを装甲車に乗せ、」
『ビリー! クララ院長へ連絡を!』
『もうしてますけど、まーったく繋がりませーん』
『ジーザス!!』

 ビリーの報告を聞いたマイクが、感情のまま叫んだ。

『悪いがクロロメタンの行方は知らん! そしては急用ができた、これで失礼する!!』
「貴様、話は終わってな……っ!」

 言いかけたユストゥスの声も空しく、通信はぷつりと切断されてしまう。
 ユストゥスは眉を寄せ、『通話終了』が表示された端末の画面を見詰めた。
 どうやら事態は、予想以上にややこしくなっている。そう悟らざるを得なかった。

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