毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第二十二章 コーラル〜海の人形〜

第474話 移送

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 黒塗りのリムジン車が、公道を走る。ドイツ南部に向けて、真っ直ぐに。
 否。黒塗りのリムジン車に見えるそれは、実際の所、国連軍所有のVIP用装甲車両であった。
 外装の塗装は艶のない黒で統一され、ハメ殺しの車窓は完全にスモークがかけられ、外から中の様子を覗くことはおろか、内部から外の景色を確認することすらできない。
 まさしく、密閉された「移動する監禁室」だった。
 その後部座席。長椅子の一端に座らされたクララは、居心地悪そうに身を縮めていた。
 手は膝の上にきちんと置かれているが、指先には明らかに力が籠っている。視線を動かすたび、軍人の硬質な横顔に目が触れ、瞬時に逸らしてしまう。
 空気は重く、話し声どころか呼吸音すら憚られるような沈黙が支配していた。
 そんな中、彼女の隣に座るクロロメタンはまるで対照的だった。
 足を組み、背凭れに全体重を預け、指先で暇そうに髪をいじっている。
 場違いなほどリラックスしたその様子に、クララは内心で何度も「何故この人は平気でいられるのだろう」と問いかけていた。

 対面の座席には、モスグリーンの軍服を着た軍人が3人。
 二の腕の袖には、世界地図とオリーブを組み合わせた国連の紋章。その上には、アルファベットの『A』が重ねられている。
 国連上層部――国連警察所属の司令官『アダマス』の、私兵部隊。
 全員が無言で、かつ無表情。
 手元に置かれた端末や通信機に断続的に目を通すばかりで、クララには一切の関心を向けようとしない。

「あ、あのぅ」

 その圧迫感に耐えかねて、ついにクララが口を開いた。
 尤も声は控えめで、緊張に震えているが。

「マイクさんとビリーさんが乗車しないまま、発車してしまいましたが……。いつ、お会いできますでしょうか?」

 返答は、返ってこなかった。
 ただ、正面の軍人の一人が微かに顔を動かし、無表情のまま、彼女を一瞥するだけだ。

(ど、どうして、こうなってしまったのでしょうか……?)

 クララは膝の上に置いた手を握り締めながら、ここに至るまでの経緯を思い返す。
 つい先程まで、クララは多目的ホールで懸命に救命活動に励んでいた。菌床の死滅という吉報が届いた後も、運び込まれてくる重傷者たちの姿を前に、喜びや安堵を感じる余裕などあるはずもなく、一人でも助けようと奔走をしていた。
 そこへ現れたのが、今、目の前に座っている軍人達だった。
 彼らは静かな口調で、「後の処置は現地の医師に任せてほしい」と告げ、クララに「帰還の準備を」と促した。

 クララはアメリカから来た、学会参加者の一人でしかない身。非常事態にここまで関わる事など、想定はされていない。マイク達に警護を要請した通り、そろそろ合流した方が彼らも安心するだろうと、素直に頷いた。
 装甲車へと案内された時も、来た時と同じように黒塗りのリムジンだった為、深く考えなかった。
 これが最初から用意されていた帰路なのだと、そう思い込んでいた。
 だが車に乗り込んで初めて、クララは違和感に気付いた。
 マイクも、ビリーもいなかった。
 説明も、同行もないまま、扉は閉まり――車は、走り出してしまった。

(そういえば、この車には外装にアルファベットの『A』が描かれていましたわね。目の前の方々の軍服と、同じように)

 この車は、マイクが用意してくれたアメリカ支部の車ではない。
  理解した瞬間、クララの胸に冷たい何かがすっと差し込んだ。
 明かされない行き先。理由もなく閉じ込められる密室。
 その全てが、クララの理性を蝕んでいく。

「震えているな、星の乙女よ。肌寒いのか?」

 すると萎縮しているクララを見たクロロメタンが、おっとりとした声音で話しかけてきた。

「さ、寒くはありませんわ。でも、その、不安ではなくって?」
「何が?」
「何処に向かっているのかも、わからないのですわよ!?」

 不安と混乱がせり上がり、クララの言葉が一気に溢れ出す。

「貴方もクスシと離れてしまうのは問題でなくって!? 先程、通話なされていたフリッツさん、とても慌てた様子でしたわよ!?」

 ついに声を荒げてしまうクララ。けれどクロロメタンは相変わらず、微笑の輪郭すら崩さない。
 クララに続き乗車して来た時も、クロロメタンはやけに悠々としていた。
 クララがこの私兵部隊に連れられ、そっとホールを後にした時、クロロメタンは何故か後を付けてきたのだが、その尾行――本人曰く「ただの見送り」――に気付いた軍人の一人に、「ウミヘビか? ならば、お前も乗れ」と問答無用に乗車を命じられた。
 にも関わらず、彼はろくな抵抗もしていなかった。

「そう言われてもな。我は人間に逆らう事は許されぬ身、命じられたら従う他ない」

 どこか他人事のように、クロロメタンは肩を竦めてみせる。

「此度は珍しく、病棟敷地内ならば自由が効く条件下だった故、星の乙女の輝きをこの目に納めておこうと行動した結果、このような顛末が待っているとはな。いやはや、星の巡りは読めぬものよ。ははは」
「あの、さっきから気になっていたのですけれど……」

 ホールに居た時も車内に居る時も、度々交わされていたキーワード。

「貴方は、人間とは違う……?」

 『ウミヘビ』と呼ばれる、毒を操る彼らの事を、クララは知らなかった。

「そなたは知らなんだか。されど我の仔細は機密。どう説明したものか……」

 ――キッ
 クロロメタンが逡巡している間に、車が停まる。
 それと同時に、無言の圧で軍人たちが下車を促してきた。解放された訳でも、目的地に着いたわけではない。
 外には更に大きな装甲車が横付けされていて、そこへと“移送”されるらしい。
 厳重すぎる警備態勢。逃げる隙など最初からない。クララは観念して次の車両へと足を運んだ。続いて、クロロメタンも悠然と歩み出る。
 そして、新たな装甲車の扉が開いた瞬間。

「ワオ! クロロメタンも来ちゃったんだっ!」

 飛び出してきた、場違いなほど明るい声。
 声の主は、甘いマスクという表現がしっくりくる美青年だった。その隣には、細縁眼鏡をかけたやや不機嫌そうな青年が座っており、顔をしかめたまま背凭れに身を沈めている。そして眼鏡の彼もまた、非常に整った容姿をしていた。

「トルエン、クレゾール。このような場で邂逅するとは。やはり星の巡りは読めぬな」
「面白いよねー! 車旅っ!」
「……僕は今すぐ帰りたいんだけど? 抽射器どころか本まで没収されたし……」

 和気藹々(一人不満げだが)と話しながら、クロロメタンは美青年達の隣に腰を下ろす。
 整いすぎた容姿の3人が並ぶ姿は、どこか現実感に欠け、まるで神話の一場面のようだ。人間離れした美貌と空気感が、目の前にあるのに遠い。
 クララは思わずたじろぎ、視線を逸らすと、向かい側の座席に目をやった。せめて少しでも落ち着ける場所を、と。
 だがそこで目に入ったのは――ミシェルとジョン。
 医療業界の最前線でその名を轟かせる2人が、揃って並んで座っている。
 あまりにも唐突で、現実感のない光景にクララは一瞬思考が止まった。

(な、何故お二人が……!?)

 浮世離れした美貌を持つウミヘビ3人組に、医学界の怪物2人。
 その間に挟まれる形で、自分は――

(……降りたいですわぁ~っ!)

 クララの内心は、ただひたすらに叫んでいた。
 場所も立場もよくわからないこの空間が、彼女にとっては地上で最も「居心地の悪い場所」と化していた。

 ◇

「どうなっている……! クララ院長の護衛を務めていたマイク達が、クララ院長の行方を知らないだと!?」
「ただ事じゃないね。これじゃあクロロメタンが何処に行ったのか、全く掴めない」

 通話越しの様子から、マイクはクララが既にベルリンを離れた事も知らない様子だった。
 マイクと連絡が付きさえすれば、クロロメタンは戻ってくる。その希望的観測は早々に打ち砕かれてしまった。
 想定外の事態に、フリッツは肩を落とし項垂れる。

「ごめんね、ユストゥス。僕が彼の勝手を許してしまったから……」
「私も幾度かウミヘビに単独行動を許した、責められはしない。それにクロロメタンは規則に従順なウミヘビだ、まさか逃走まがいの事をするなど、誰が想像できよう」
「それでも、これは彼を御し切れなかった、僕の責任だ。ラボに連絡しないと」

 気落ちするのも程々に、フリッツは迅速に異常事態を伝達しようと、握ったままだった携帯端末へ視線を落とし、
 硬直した。

「……ねぇ、ユストゥス」

 暫しの間を置いて、彼は絞り出すように声を出し、

「ラボが、アバトン、が……」

 途切れ途切れに、異常事態を伝達する。
 自分達の拠点、帰る場所たる人工島アバトンが――菌床に侵蝕された、と。



  ▼△▼

 次章より『失楽園』、開幕。

 ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。
 『コーラル ~海の人形~』、これにて完結です。
 ちなみにコーラル(珊瑚)のギリシャ語の語源『海の人形』から来ているそうですよ。ネット曰く。裏を取りたいんですがどこかの書籍に載っていないかしら?
 
 そして本章、あちらこちらで戦闘が勃発し、書くのに苦労した章でした。戦闘描写苦手なのにどうして皆んな大暴れするのか……。
 そして所長は登場しなかったよ。戦闘の決着まで大分長引いてしまいそれどころではなかったよ。
 次章には登場してくれ~! あと今回一切登場していないモーズも次章には出る、はず。
 多分。恐らく。ぱはっぷすめいびー。お楽しみに!

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