毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第二十三章 失楽園

第482話 力量差

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 ストリキニーネは指先から滲ませた薄橙色の液体を空中で収束し、鋭い一条の矢へと変貌させる。
 そしてそれをロングボウにかけ、弦を引き、放つ。
 ――ヒュッ
 放たれた毒矢は風を切り、残骸となった触腕を正確に貫通。一片も残さず、灰となって崩れ落ちる。
 だが彼は動きを止めない。
 矢を生成し、次。
 更に次。
 マンションの前に聳え立つ菌糸の“壁”。足元を蝕む菌床。再び蔓を伸ばそうとする、大岩状の『珊瑚』。
 脅威を的確に見極め、手数は必要最低限。
 一通りを駆逐し終えたところで、ストリキニーネは屋根から飛び降り、無駄のない動きで地面へと着地した。

「これで退避が可能となろう。気兼ねなく進むといい」

 低く落ち着いた声に、テルルは痛む身体を押しながら小さく頭を下げた。
 抱いていたアトロピンに外傷がないことを確認し、マンションの階段へと向かおうとする。
 だがその時。

「……ぱら」

 アトロピンが小さく口を開く。
 くい、とテルルの白衣を握りながら、そっとパラチオンを見上げた。

「うえ、いかない?」

 その場から動かない彼に向け、なぜ一緒に来ないのか。そう、尋ねる声だった。

「追撃がないか、見張る必要があるだろう? 俺様は後で向かう。先に行け」
「だい、じょぶ……?」
「平気だ。何せ俺様は、飛び切り強いのだからな」

 パラチオンは口角を上げ、冗談めかしたように胸を張ってみせた。
 その無骨な笑みに、アトロピンも少しだけ、安堵したように微笑み返す。
 こうしてテルルとアトロピンは、パラチオンとストリキニーネに見守られながら、無事マンションの屋上へと退避していった。

「いやはや、健気な事だ。幾ら第三課所属と言えど、丸腰では心もとなかろうに」

 地上に残ったパラチオンに向け、戯けるように言うストリキニーネ。

「うるさい。取りに行っている間に、状況が変わったらどうする。抽射器がなくとも俺様は戦えるんだ、問題な……」
「ほれ、これを使うといい」

 ぶんっ
 唐突に何かが投げられて、パラチオンは反射的に掴み取る。それは拳銃型の抽射器であった。扱い慣れた短機関銃と勝手は異なるが、手ぶらよりは遥かに心強い。

「先程まで訓練場に居てな。弓の他、使えそうな物を見繕ってきたのよ。それがし、お節介ゆえ」
「……ふむ」

 パラチオンは受け取った拳銃をくるりと指先で回し、その感触を確かめる。
 直後、
 タァンッ!
 銃口をストリキニーネへ向け、引き金を引き、撃った。
 放たれた淡黄色の発光体はストリキニーネの顔面“横”を通過。そのまま彼の後ろ一メートルまで迫ってきていた、大岩状『珊瑚』を、撃ち抜いた。

「これで貸し借りはなしだ」
「……恩を売れると思ったのだが、そう甘くはなかったか」

 肩をすくめ、ストリキニーネは残念そうに溜め息を吐く。けれどその横顔には、どこか楽しげな色も浮かんでいた。

「しかし哀れな者どもよな」

 パラチオンの弾丸に撃たれた事により、ストリキニーネに直撃する事なく地面へ墜落した大岩状『珊瑚』。
 その側へ、ストリキニーネは軽い足取りで歩み寄る。
 目前まで近付いた所で、バキリ、と。音を立て、“それ”は胡桃の殻のように左右へと割れた。そして中から、赤黒く変色した人間――推定感染者が姿を現した。

「感染者……!?」

 “中身”が居た事に、パラチオンは驚愕する。
 尤もこの個体はパラチオンの毒素によって、既に絶命。崩壊を待つだけの存在だが。

「左様。死地への片道切符を握らされ、その身を弾として撃ち込まれた者。まさに鉄砲玉と言えよう」
「片道切符だと?」
「毒が蔓延るこの島では、『珊瑚』が生き延びる術はない。無毒の動植物がほぼ存在しない以上、養分吸収という名の補給もままならない故、遅かれ早かれ毒素に侵され、枯れるのみ。帰る手段があるとすれば、あの単眼の柱が“手”を伸ばしてくれるかどうかであろうが……。あの単眼の柱は“弾”を投げるばかりで、島に近寄ろうともせぬ。救いの手は、来ない」

 ストリキニーネは淡々と喋りながら、

「『珊瑚』の感染者で形成された教団は、不老不死を目指していると聞き及んでいるが……。いやはや、何と対極的で、惨めで、不憫で、侘しく、見窄らしく……滑稽な最期よ」

 赤黒い灰となって散っていく人間だった何かを、ただ無感情に見下ろした。
 まるで、崩れかけの枯葉を観察するような眼差しで。

 ◇

 オフィウクス・ラボの白い巨塔。その3階にて。
 真っ赤な外郭が割れて、中から虚な目をした人型が出てくる。
 『珊瑚』の感染者。
 身体中から生える蔦のような、血管のような何かは外郭へ繋がっていて、“本体”は大きく動く事が出来ないようだ。
 しかしそれが、エタノールを押し潰したままで居ていい理由にはならない。
 エタノールの沈黙を見届けたペンタクロロフェノールは、殺意を乗せた拳で感染者の首を鷲掴む。そのままへし折りにかかったが、なかなかに固い。毒素にもある程度の耐性があるようで、指先から注いでも劇的な効果は見られない。

「ア、ァ、アア……」

 細くなった気道から絞り出すように、感染者はガラガラの声を発した。
 口の端からは涎を垂らし、目尻から涙……ではなく粘着性を感じる体液をこぼし、汚らしい。
 ペンタクロロフェノールは不快感から眉根を寄せ、一度感染者から離れた。
 刹那、

「どコだァ、アァァアアッ!!」

 3階を侵蝕していた菌床から、無数の角状菌糸が隆起し、空間を貫いていく。

「なぁっ!?」

 突然の事にかわし切れなかったペンタクロロフェノールの腕や足にも、角は容赦なく串刺しにしていき、その場で磔とする。

(不味い! 動けないんだゾ……!)

 青い血を流血させながら焦る間にも、角は空間を覆い尽くさんばかりにその数を増やしていき、その内の一つが、ペンタクロロフェノールの心臓部へ、矛先を定めた。

「……っ!」

 火事場の馬鹿力。
 そう称するのが相応しいだろう。ペンタクロロフェノールはあらん限りの力を振り絞り、廊下の床を蹴った。強引に前へ進んだ事により、自身を貫く角が貫かれた状態のまま折られる。
 数歩進んで、足に刺さっていた角が抜け、堰き止められていた青い血が噴出する。角が食い込んでいた腕は動いた事により大きく裂かれ、青い血が壁に飛び散る。
 それでも、血痕と言う名の花を咲かせながらも、ペンタクロロフェノールは突き進んだ。
 そして真っ青に染まった手で、再び感染者の首を鷲掴む。次いで確実に仕留める為に指を食い込ませ、剥き出しの毒素を注いだ。
 ――ドッ
 ペンタクロロフェノールの身体が、感染者の身体から隆起した針山によって、無数の穴を空けられる。それだけに留まらず感染者は、養分を対象とした時と同じように……“吸血”をした。
 自ら毒素を取り込んだ感染者の体表は、瞬く間に赤黒く変色し、乾いた砂のように崩れ始める。
 自滅を厭わないカウンターをまともに喰らってしまったペンタクロロフェノールは、己の迂闊さを鼻で笑い、棘を抜く為に一歩後ろに下がると、青い血溜まりの上に倒れ込んだ。

(貧血で、済みそうにないんだゾ……)

 傷口は徐々に再生していっているものの、元々の出血が多過ぎる。
 これでは【器】を保てない。

(……ホルム、さっさと逃して、良かったなぁ)

 霞んでいく景色。遠くなっていくサイレンの音。
 暑さも寒さも痛みも抜け落ちていく中、ペンタクロロフェノールは、平穏を壊した元凶を排除できた事に一人満足しつつ、静かに、目を瞑った。
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