毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

文字の大きさ
498 / 600
第二十三章 失楽園

第481話 茨の道

しおりを挟む
 時は少し遡る。
 水銀を食堂に残し、外へと出たパラチオンは、大岩状の『珊瑚』が降り注ぐネグラの惨状を前に、言葉を失った。
 歩道の真ん中に、店舗の屋根に、訓練場に、図書館に、広場に――
 ギリシャの海岸都市を模して白く塗られた、美しい街並みが、今は菌糸に侵され、赤い胞子に包まれ、まるで血のように染まっている。
 その菌床から、棘を持つ蔦状菌糸がうねり、角のような突起が隆起し、地を穿ち、壁を穿ち、空へと向かって伸びている。
 まるで、絵本で読んだ茨姫が眠る城のように――
 行く手を塞ぐかのように、全てを封じ込めるかのように、真っ赤な茨が箱庭ネグラを覆い尽くしていた。

 そして何よりも、ネグラの柵の向こう側。海辺から天へと突き上がる、真紅の塔。
 そこに生えた巨大な単眼が、まるで神のように全てを見下ろし、逃げ場のない圧を放っていた。

(こんな有様では……どこに向かえば……?)

 非戦闘員であるテルルとアトロピンを、どう避難させるべきか。
 赤い塔――あの“何か”は、ペガサス教団本部で見たそれの比ではない。想像を遥かに超える規模に、パラチオンの思考は乱れた。

「パラチオン」

 その時、不意に白衣の裾が、くいと控えめに引かれた。
 見ると、アトロピンを抱えたテルルが、指先で彼の白衣を引っ張っていた。

「あそこに……ウミヘビが、集まっている……」

 次いでテルルは、白亜の壁で塗り固められたマンションの屋上へ、視線を向ける。
 そこには複数のウミヘビたちが集結しており、降り注ぐ『珊瑚』に対しても、飛び道具系統の抽射器を用いて迎撃していた。
 あのマンションはウミヘビの寝床であり、毒素が色濃く染み込んだ建物だ。それが功を奏しているのだろう、菌床の侵蝕を免れている。
 恐らく現時点で、最も安全な場所と言える。

「人が、多ければ……守り合える。……と、思う」
「……そうか。では、お前の案に従おう。あそこを目指す」

 未曽有の惨禍を前に身動きが取れずにいたパラチオンは、 テルルの小さな声を道標とし、ようやく足を踏み出した。

「マンションには抽射器もある。早めに回収しなくては……。テルル、俺様から離れるなよ?」
「……パラチオン」

 くい。もう一度、裾を引っ張られる。
 まだ何か言いたい事があるらしい。どうしたのだと、パラチオンがテルルの方へ身を傾ければ、

「この子は、お前が、抱えていてくれ……」

 彼は抱えていたアトロピンを、パラチオンへ差し出した。

「……私は、身体が弱い……。足も、遅い……。しかし、お前ならば、瞬きの間に……」

 2人で先に逃げろ。自分は置いていけ。
 暗に、そう言っている。
 テルルは人間で言う、虚弱体質だ。一般的なウミヘビの持つ卓越した身体能力はなく、酷く疲れやすい。
 走り続ける事さえできない程に。
 逆にパラチオンはウミヘビの中でも飛び抜けた身体能力を持つ。体格にも恵まれている。幼アトロピンを抱えたとして、何の負担にもならない。精々、片手が塞がってしまう程度か。
 何ならテルルごと抱えても、走りに支障は出ない。
 ただし、両手が塞がってしまう。そうなれば、『珊瑚』の飛来や菌糸の襲撃を防げない。
 それを見越し、テルルはアトロピンを託そうと思ったのだろうが――

「無駄口を叩いていないで、足を動かせ」

 パラチオンは「くだらない」とでも言うかのように、ふいと顔を逸らし無視をした。
 テルルは眉を下げ、困り顔を浮かべる。ならばアトロピンを下ろし、自力でパラチオンの元へ向かって貰おうかと、視線を下げてみれば、

「……てるる」

 アトロピンは、赤みがかった紫の瞳でじっとテルルを見上げていた。
 そして、小さな手でテルルの白衣をきゅっと掴む。離さないという、強い意思を込めて。

「行くぞ、テルル。俺様から離れるなよ」
「……。あぁ」

 ふっと、小さく微笑んだ後。
 テルルはアトロピンを抱き直し、パラチオンの背に身を寄せるように歩き始めた。
 食堂からマンションまでの距離はそう遠くない。歩いて10分といった所か。ウミヘビの脚力を駆使すれば3分とかからない。
 しかしその道中は今、文字通り茨の道と化している。
 大岩状の『珊瑚』が突き刺さった地面からは蔦状菌糸が無数に生え、まるで生き物のように蠢いている。
 一本一本が自律しており、鞭のように宙を撥ね、辺りを無差別に打ち据える。
 また、そこら中から突き出ている角状菌糸は、前触れもなく膨張したかと思えば、
 バギッ!
 瓦礫を弾き飛ばし、鋭い音を立てて一斉に跳ね上がる。槍の群れのように。
 それに対し、パラチオンは片端から叩き落とした。拳で殴る。足で蹴る。時には近場にあった角状菌糸をへし折り、それを槍として向かってくる脅威を全て跳ね返す。
 見えている範囲は勿論、音の出どころから、気配から、周囲の変化から、次の攻撃を即座に見切っていく。

 だがそれでも全ては防げない事を、パラチオンは理解していた。何せ菌床は足元にも張り巡っているのだ。その上にいる限り、真下から串刺しにされる可能性を無視できない。
 そこでパラチオンは敢えて靴を脱ぎ捨てた。
 そして素足を伝い、菌床へ毒素を注いでいく。間もなく辺りの『珊瑚』は赤黒く変色し、死滅。束の間の安全地帯ができあがる。

「進むぞ」

 そしてパラチオンは顎で先を示し、歩みを再開する。
 都度、毒素を注ぎながらの進行では走る事は叶わないが、それでもテルル達の安全が優先だ。
 それに急いだ結果、パラチオンまたはテルルが負傷をしてしまえば、青い血を流してしまえば……アトロピンを中毒に陥らせる危険が生じてしまう。
 必然的に、慎重にならざるを得なかった。

(抽射器があれば、容易に活路を見出せるのだが……っ!)

 苛立ちから舌打ちをするパラチオン。彼の抽射器、短機関銃を駆使すれば行手を阻んでくる菌糸へ風穴を空け、菌床に対しても容赦なく毒弾を撃ち込める。
 だが素手と素足で対処するしかない今、圧倒的にリーチが足りない。
 もどかしい思いをしている間にも、何体かの『珊瑚』の触手が再び空を割って降ってきた。
 パラチオンは咄嗟に掴んだ飛び石ほどの瓦礫を放り投げ、触手へ直撃させ、進路を逸らしていく。

「あと、少し……!」

 迎撃しながらの進行によって、マンションは目前。
 後は目の前に立ち塞がる、壁のように密生した菌糸を枯らし切れば、障害は全て取り除ける。
 パラチオンは口角をつり上げ、毒素を宿した蹴りを“壁”へ叩き込んだ。
 直後、ぬるり、と。
 側面の建物を這い上がるようにして、真っ赤な“異物”が迫る。
 数本の蔦を束ねたような、異様に太い“触腕”だ。
 パラチオンが視界の端で気づいた時には、既に振りかぶられていた。
 それは真っ直ぐ――テルルを、狙った。
 ドカッ!
 死角からの奇襲を避けきれず、テルルの細い身体が吹き飛ぶ。
 だが彼は反射的に、アトロピンを庇うようにぎゅっと抱きしめ、そのまま地面に叩きつけられた。

「テルル! アトロピン!!」

 パラチオンの声が裂ける。
 しかし触腕は止まらない。その先端を矢尻のように尖らせ、鋭利に変形させ、今まさに2人を串刺しにしようと、高く振り上げた――!

「待て……っ!」

 パラチオンが駆け付けるよりも先に、
 ――ヒュッ
 矢が空を裂く。標的に穴が空く。直に毒素を受けた触腕は赤黒く変色し、死滅していく。
 尤もそれは青い血による効果ではなく、

「苦戦しておるな、パラチオン」

 近くの店舗の屋根、その上に立つストリキニーネが放った、毒矢によるものだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

女神の白刃

玉椿 沢
ファンタジー
 どこかの世界の、いつかの時代。  その世界の戦争は、ある遺跡群から出現した剣により、大きく姿を変えた。  女の身体を鞘とする剣は、魔力を収束、発振する兵器。  剣は瞬く間に戦を大戦へ進歩させた。数々の大戦を経た世界は、権威を西の皇帝が、権力を東の大帝が握る世になり、終息した。  大戦より数年後、まだ治まったとはいえない世界で、未だ剣士は剣を求め、奪い合っていた。  魔物が出ようと、町も村も知った事かと剣を求める愚かな世界で、赤茶けた大地を畑や町に、煤けた顔を笑顔に変えたいという脳天気な一団が現れる。  *表紙絵は五月七日ヤマネコさん(@yamanekolynx_2)の作品です*

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

初恋♡リベンジャーズ

遊馬友仁
青春
【第五部開始】  高校一年生の春休み直前、クラスメートの紅野アザミに告白し、華々しい玉砕を遂げた黒田竜司は、憂鬱な気持ちのまま、新学期を迎えていた。そんな竜司のクラスに、SNSなどでカリスマ的人気を誇る白草四葉が転入してきた。  眉目秀麗、容姿端麗、美の化身を具現化したような四葉は、性格も明るく、休み時間のたびに、竜司と親友の壮馬に気さくに話しかけてくるのだが――――――。  転入早々、竜司に絡みだす、彼女の真の目的とは!?  ◯ンスタグラム、ユ◯チューブ、◯イッターなどを駆使して繰り広げられる、SNS世代の新感覚復讐系ラブコメディ、ここに開幕!  第二部からは、さらに登場人物たちも増え、コメディ要素が多めとなります(予定)

ネクスト・ステージ~チートなニートが迷宮探索。スキル【ドロップ★5】は、武器防具が装備不可!?

武蔵野純平
ファンタジー
現代ファンタジー(ローファンタジー)です。ニート主人公のスキルは【ドロップ★5】――ドロップ確率が大幅上昇し、ドロップアイテムの品質も大幅上昇するチートスキルだった。だが、剣や盾などの装備品が装備出来ない欠陥があり、攻撃力、防御力に問題を残す。 ダンジョン探索をする為に冒険者となりパーティーメンバーを募集するが、なぜか【ワケあり】女性ばかり集まってくる。

 神典日月神示 真実の物語

蔵屋
歴史・時代
 私は二人の方々の神憑りについて、今から25年前にその真実を知りました。 この方たちのお名前は 大本開祖•出口なお(でぐちなお)、 神典研究家で画家でもあった岡本天明(おかもとてんめい)です。  この日月神示(ひつきしんじ)または日尽神示(ひつくしんじ)は、神典研究家で画家でもあった岡本天明(おかもとてんめい)に「国常立尊(国之常立神)という高級神霊からの神示を自動書記によって記述したとされる書物のことです。  昭和19年から27年(昭和23・26年も無し)に一連の神示が降り、6年後の昭和33、34年に補巻とする1巻、さらに2年後に8巻の神示が降りたとされています。 その書物を纏めた書類です。  この書類は神国日本の未来の預言書なのだ。 私はこの日月神示(ひつきしんじ)に出会い、研究し始めてもう25年になります。  日月神示が降ろされた場所は麻賀多神社(まかたじんじゃ)です。日月神示の最初の第一帖と第二帖は第二次世界大戦中の昭和19年6月10日に、この神社の社務所で岡本天明が神憑りに合い自動書記さされたのです。 殆どが漢数字、独特の記号、若干のかな文字が混じった文体で構成され、抽象的な絵のみで書記されている「巻」もあります。 本巻38巻と補巻1巻の計39巻が既に発表されているが、他にも、神霊より発表を禁じられている「巻」が13巻あり、天明はこの未発表のものについて昭和36年に「或る時期が来れば発表を許されるものか、許されないのか、現在の所では不明であります」と語っています。 日月神示は、その難解さから、書記した天明自身も当初は、ほとんど読むことが出来なかったが、仲間の神典研究家や霊能者達の協力などで少しずつ解読が進み、天明亡き後も妻である岡本三典(1917年〈大正6年〉11月9日 ~2009年〈平成21年〉6月23日)の努力により、現在では一部を除きかなりの部分が解読されたと言われているます。しかし、一方では神示の中に「この筆示は8通りに読めるのであるぞ」と書かれていることもあり、解読法の一つに成功したという認識が関係者の間では一般的です。 そのために、仮訳という副題を添えての発表もありました。 なお、原文を解読して漢字仮名交じり文に書き直されたものは、特に「ひふみ神示」または「一二三神示」と呼ばれています。 縄文人の祝詞に「ひふみ祝詞(のりと)」という祝詞の歌があります。 日月神示はその登場以来、関係者や一部専門家を除きほとんど知られていなかったが、1990年代の初め頃より神典研究家で翻訳家の中矢伸一の著作などにより広く一般にも知られるようになってきたと言われています。 この小説は真実の物語です。 「神典日月神示(しんてんひつきしんじ)真実の物語」 どうぞ、お楽しみ下さい。 『神知りて 人の幸せ 祈るのみ 神の伝えし 愛善の道』

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

処理中です...